山田三郎と放課後の共犯者
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「や、や、や、やったーーーーー!!!!!」
大声で勝利を宣言する葵を見て、僕はただ呆然としていた。
目の前が真っ白になったような、いや、真っ黒かもしれない。とにかく今回らない頭で認識出来ているのは、僕が負けて、このバカが勝ったってことだ。
今日はとにかく運が悪くて、山札から引くカードはほとんど終盤に使いたいようなコストの高いカードだったし丁度切羽詰まった盤面でもいいカードは引けなかったし散々だった。しかし、だ。こいつはどうやら逆だったようで序盤からどんどん攻めてきた。僕は次々出てくるカードをどうにか捌くのが精一杯で挙句に簡単なトラップに引っかかるというザマ。まあ、それで、負けた。
今日はお前の奢りだ!
何食べよっかな~!
呑気なコイツの声がやけに遠くに聞こえた。
その代わりに、
──お前にポテト奢らせるまで諦めねえからな
少し前に聞いたこのセリフだけが頭をぐるぐる回っていた。
─────
別にあんなの適当に出した煽り文句とかそんなものだろうし大した意味は無いんじゃないかと頭の隅で言い訳をしていた。……でも。
僕が負けたら、もう葵は此処には来ないのかもしれない。
そんな不安は絶えず僕の頭を占めていた。
だってそうだろ。僕だって興味がなくなったものにわざわざ構ってやらない。ましてたった何ヶ月か前に仲良くなっただけの男なんて、僕ならすぐに捨てる──特別な好意でも抱いていない限り。
……だから、僕だって別に、そんな、悲しむことないだろ?ゲームはネットに繋げば相手なんて掃いて捨てるほどいるしたった一人の、あんなまぐれでしか勝率も稼げないやつに構ってやらなくたっていいじゃないか。
あいつに会わなくなったあとの放課後の過ごし方とか、あいつに捨てられた時の言い訳とか、そんなことばかり考えていたのでどうやって帰ったのか覚えていない。どんなことを話したのかとか、あいつはどんな顔をしていたとか、いつもならずっと鮮明に覚えているのに。
隣の部屋から二郎のものであろう叫び声が聞こえる。いち兄に憧れてラップの練習をしているらしい。昔からそうだな、お前はいち兄の真似ばっかり。
ほんと、低脳はお気楽でいいな。
──こんなこといちいち悩まなくていいんだろ?
─────
「おはよ~~」
「おっはよ!なあこいつの頭見ろよ!」
「あ?うわやっべ!!なんだよそれ!?てか頭めっちゃ濡れてね!?」
「登校してきた時に鳥の糞を被りましたァ!」
「は!?きったね!寄るんじゃねえよ!!!」
「え~~!!洗ったんだよ!ちゃんと!」
「うわっやば~!」
教室の喧騒が鬱陶しくて仕方の無い朝。登校してきたアイツはどうやら鳥の糞を被ったらしい同級生──チビなお調子者だ。小学校の頃から知っているがその時はもっと大人しかった気がする──を見てけらけら笑っていた。頭は洗ったらしいが濡れた髪を取り巻きに三つ編みにされていたらしく横目に見れば鶏を彷彿とさせるような頭になっていた。僕は悪くないと思う。低脳にはお似合いだ。
「お前も三つ編みの刑に処する!!」
「はぁ~~!?やめっおいこらお前なぁ!」
視界の端に鶏頭のチビに羽交い締めにされて笑っているアイツが見えた。バカみたいだ。いや、実際バカなんだろうけど。
人に話しかけられたくなくて読んでいた文庫本をじっと見つめた。何故か文章が頭に入らなくて、多分5分位同じページで止まっていたように思う。くそ、うるさいな。僕の読書の邪魔するなよ。
お前のせいでいつも集中出来なくて困ってるんだ。なんとかしろよ。
二時限目は体育、持久走だった。
授業にもいまいち身が入らない──いや、いつもわりと聞いていないが──ので、こんな時には心を無にして走るのもなかなかいいと思った。もう夏が近付いてきたようで木々の緑色が眩しかった。もう一年生の頃よりずっと小さくなった体操服の裾で汗を拭う。
前を走っている人もいないし後ろにもいなかった。恐らく僕は半周ほど同級生達より早いらしい。あいつはいつも通り誰かとふざけながら走ってるんだろうな、なんてことを考えてみた。
「……山田三郎、12分32秒!頑張ったじゃないか!」
「どうも」
喧嘩は得意じゃないけど僕だっていち兄の弟だ。運動も嫌いではなかった。おそらく男子の記録ではトップに近い筈だった。
僕は早々に適当な日陰を見つけて座り、息を切らして走る同級生達を見ていた。
「お前~~!!一緒に走るって約束したじゃねえか!おい!!」
「あはは~~ハニー~~ここまでおいで!」
「きもちわりいダーリンだな!!!」
「うわっちょっとハニー!ズボン下ろすんじゃねえよパンツごと脱げたらどうすんだ」
「こんな一物持ってるダーリン嫌だな~~!」
「俺もズボン下ろしてくるハニーやだ~!」
下品で幼稚極まりないやり取りだった。
ズボンを下ろされたらしいダーリン、間違えた。葵はズボンと一緒に落ちそうになったらしい灰色のボクサーパンツをズボンごと直してハニーこと先程の鶏頭の低能男の股間に蹴りを入れようとして転んだ。馬鹿じゃないの?背中汚れてんじゃん。
「あれ!?さぶろーお前早くね!?」
取り巻きと軽口を叩きながらちら、とこちらを見たあいつが目を丸くして叫んだ。だから僕のこと大声で呼ぶなって。みんな見るだろ。
「無駄口叩いてないで走れば?」
「くっそ~~お前細っこいし運動なら勝てると思ったのによ!!こうなったら俺の必殺技見せてやるぜ!!うお~~~!!!」
突然砂埃を上げながら速度を上昇させたあいつはすごい速さで一周して戻ってきた。取り巻きも感化されたようで俺も俺も、とダッシュしてくる。戻ってくるのはあいつだけで良かったのになんでお前らまで、いや、あいつしか友達がいないから気まずいだろ、うん。
──適当な言い訳をしたけれど頭の中には二人きりで木陰に座って話す、なんて少女漫画みたいなシチュエーションの絵が頭の中に浮かんでいた。
「──14分32秒!」
「お揃いねダーリン!」
「そうだねハニー!」
鳥頭は裏声で、あいつは演技がかった声でそう言って男二人で抱き合っていた。気持ち悪い。何やってんだよ男同士で。……いや、男二人で掃除用具入れに入ってた僕が言えたことじゃないな。
それにしても気分が良くない。あんな気味の悪い二人組が周りから笑われている。僕は笑えなかった。何となく、はやくあいつ僕のところに来ないかな、なんて考えていた。
「さぶろ~~お前早すぎんよ」
「ふん、お前はふざけすぎ」
「てか全然平気そうじゃん……お前暑いの苦手なんだと思ってた」
「は?何で」
「ほら、橋本から隠れた時。お前めっちゃ顔赤かったしふらふらしてたじゃん」
「……っ」
気付いてたのかよ。というか顔、見えてたの?
どうしよう、変な顔してたかもしれない。いや現に顔が赤かったって言われてるんだから変な顔してたんだろ。うわ、恥ずかしい。……は?恥ずかしい?いや恥ずかしがることないだろ?そんな女みたいな、ただ熱かっただけだろ?……そうだよな、
「だからてっきり暑いのダメなんじゃねえかなって………………あれ!?お前やっぱりやばいじゃんえっ顔めっちゃ赤いぞ!ごめん日が当たってて気付かなかった!!」
「……は?」
別にそんな事ない。平気だ。
そう言う前に僕の体が浮いた。否、足はもちろん地面についてるんだけど、そう、正しくは起き上がった。
どうやらこいつは僕を保健室にでも連れて行く気らしい。僕の両脇に手を差し込む様にして僕を起き上がらせてから肩を組んだ。お前走ったばっかだから熱いし耳元で息されると擽ったいんだよ。
なんでそういうことするんだよ、お前。
「はしも……先生~~!!さぶろーが熱中症でやばいです!」
「なにぃ!?お前サボってんじゃないだろうな…………うわ!山田お前顔すごい赤いぞ!そうだな!保健室行ってこい!任せたぞ!」
「うぃっす!」
なんだか良くわからないうちに話が進んでいる様だった。本当に体調なんて悪くないのに。いや、でもどんどん体が熱くなってくる。もしかしたら本当に熱中症なのかもしれない。
─────
「えぇ~~せんせぇ居ないのかよ。今年入った先生可愛いし話したかったのにな」
「……葵」
「三郎!?おまえこんどは顔色悪いぞもしかして頭痛いのか!?」
「寝たい」
「そっか!寝たいな!よし来たこうなったら俺が看病してやろう!」
三郎のこと心配だし!うん!
なんて言っているコイツが僕をベッドに寝かせて冷たいものを探している。多分、いや絶対お前サボりたいだけだろ。
「はい、冷えピタ。使っていいのか知らねえけどお前優等生だし許してくれんだろ」
「……ばーか」
「はぁ?おまえ冷えピタいらねえの?」
「いる」
「そっか。ほら」
なんだか本当に体調が悪い気がしてきた。多分思い込みかなにかなんだろうけど。
それよりも冷えピタがうまく貼れないとか言って僕の上からなかなか退こうとしないコイツが気になった。汗と、柔軟剤のにおいがする。それと僕の顔に手が触れてこそばゆい。
「へたくそ」
「病人は黙ってろよな」
「ん」
「……お前やっぱり大丈夫じゃないよな、なんか口数少ないぞ」
「持久走、疲れたからあんまり喋りたくないだけ」
「そか」
どうやら冷えピタを貼ることに成功したらしく漸く上から退いてくれた。
そして土で汚れた体操服をいじりながら僕に話しかけてくる。
「なあ」
「ん」
「お前、今日はさ、放課後ちゃんと帰れよ」
「……え」
頭が冷えていく。いや、きっと冷えピタのせいだろう。そうだ。昨日から考えてたことだろ。驚くはずもない。
どこかで期待してたとか、そんなこと、絶対に。
「早く帰れよ、体調悪いん……」
「別に大丈夫」
こいつの言葉を遮る様に僕の口から本音が飛び出した。
なに、意地張ってんだよ。めんどくさいとか思われたらどうするんだ。きっといい機会だと思ったんだろ。僕の体調が悪いことを理由にして帰って、こいつは僕よりずっと仲のいい友達と遊ぶようになるんだ。そこに僕が入る隙なんて無い。
だから、解ってるのに、どうして。
「今日は、勝つから……絶対、負けないから」
なんで僕が縋ってるんだよ。こんなの惨めだろ。
「え?明日でもよくね」
「……は?」
は?
何、お前、明日の事考えてんの?
「そーだ、こんどはミルクレープがうまい店見つけたんだよいこーぜ!地図とか明日RINEするからさ!」
それで今日は早く寝ろよな。
そう続けてから優しく笑って、僕を見ていた。
────────
「三郎!!」
保健室の扉を勢いよく開けて入ってきたのはいち兄だった。安堵する手前、申し訳ないという気持ちが込み上げてくる。
「っあ、いち兄……ごめんなさい迷惑かけて。仕事中じゃ……」
「バッカ、お前が保健室で寝てるって聞いて心臓止まると思ったぞ!弟倒れたって聞いて仕事なんてやってられるか!」
「倒れてはいな……」
「オイ三郎!!!お前!!!誰にやられた!!」
またもや扉を馬鹿でかい音を立てて入ってきたのは二郎。お前まで来なくてよかったというかお前学校サボって来たの?
「は!?何勘違いしてんだこのド低脳!あと静かにしろよ授ぎょ……」
「お前かァ!うちの弟に手出しやがって!」
「えーーーっ!?違うんですけど!!!」
「ホンット低能だな!こいつは僕を看病してくれたんだ!喧嘩しか頭にないのかこの…っ!」
「っ、心配してやってんだぞ俺は!お前表出ろ……!」
「さぶろっ、俺はいいから!」
「おい二郎、三郎!ここ学校だぞ静かにしろ!」
いち兄とあいつの制止を受けてカッとなった頭が一瞬で冷めた。まったく、低能の相手をするとこうなるから嫌なんだ。
いち兄も二郎も看病してくれたあいつに感謝していたし、うちに呼んでメシでも食っていってもらうか、なんて相談もしていた。どうやらあいつは断った様だが……ちょっと楽しそうだから来てくれてもよかった、なんて思わないこともない。顔には出さないけど。
僕は結局いち兄と二郎に連れられて帰宅することになった。本当に放課後あいつとゲームすることは出来なくなってしまったが……あいつの中に変わらず僕との『次の予定』があることを知って既に気持ちは晴れていた。
「ありがと。じゃあね」
「さ、三郎がす、素直だ……!!」
「は?何か文句ある?」
「無いです!!じゃあな!!」
「……うん」
ばかみたいに手を大きく振って、校舎に戻っていくあいつを見ていた。胸のあたりがなんだか暖かくなって、安心するような、すこし緊張するような、何故かそんな気持ちでいっぱいだった。
「ほら、いいダチじゃねぇか」
「……はい」
友達、そう、僕らはきっと───────
大声で勝利を宣言する葵を見て、僕はただ呆然としていた。
目の前が真っ白になったような、いや、真っ黒かもしれない。とにかく今回らない頭で認識出来ているのは、僕が負けて、このバカが勝ったってことだ。
今日はとにかく運が悪くて、山札から引くカードはほとんど終盤に使いたいようなコストの高いカードだったし丁度切羽詰まった盤面でもいいカードは引けなかったし散々だった。しかし、だ。こいつはどうやら逆だったようで序盤からどんどん攻めてきた。僕は次々出てくるカードをどうにか捌くのが精一杯で挙句に簡単なトラップに引っかかるというザマ。まあ、それで、負けた。
今日はお前の奢りだ!
何食べよっかな~!
呑気なコイツの声がやけに遠くに聞こえた。
その代わりに、
──お前にポテト奢らせるまで諦めねえからな
少し前に聞いたこのセリフだけが頭をぐるぐる回っていた。
─────
別にあんなの適当に出した煽り文句とかそんなものだろうし大した意味は無いんじゃないかと頭の隅で言い訳をしていた。……でも。
僕が負けたら、もう葵は此処には来ないのかもしれない。
そんな不安は絶えず僕の頭を占めていた。
だってそうだろ。僕だって興味がなくなったものにわざわざ構ってやらない。ましてたった何ヶ月か前に仲良くなっただけの男なんて、僕ならすぐに捨てる──特別な好意でも抱いていない限り。
……だから、僕だって別に、そんな、悲しむことないだろ?ゲームはネットに繋げば相手なんて掃いて捨てるほどいるしたった一人の、あんなまぐれでしか勝率も稼げないやつに構ってやらなくたっていいじゃないか。
あいつに会わなくなったあとの放課後の過ごし方とか、あいつに捨てられた時の言い訳とか、そんなことばかり考えていたのでどうやって帰ったのか覚えていない。どんなことを話したのかとか、あいつはどんな顔をしていたとか、いつもならずっと鮮明に覚えているのに。
隣の部屋から二郎のものであろう叫び声が聞こえる。いち兄に憧れてラップの練習をしているらしい。昔からそうだな、お前はいち兄の真似ばっかり。
ほんと、低脳はお気楽でいいな。
──こんなこといちいち悩まなくていいんだろ?
─────
「おはよ~~」
「おっはよ!なあこいつの頭見ろよ!」
「あ?うわやっべ!!なんだよそれ!?てか頭めっちゃ濡れてね!?」
「登校してきた時に鳥の糞を被りましたァ!」
「は!?きったね!寄るんじゃねえよ!!!」
「え~~!!洗ったんだよ!ちゃんと!」
「うわっやば~!」
教室の喧騒が鬱陶しくて仕方の無い朝。登校してきたアイツはどうやら鳥の糞を被ったらしい同級生──チビなお調子者だ。小学校の頃から知っているがその時はもっと大人しかった気がする──を見てけらけら笑っていた。頭は洗ったらしいが濡れた髪を取り巻きに三つ編みにされていたらしく横目に見れば鶏を彷彿とさせるような頭になっていた。僕は悪くないと思う。低脳にはお似合いだ。
「お前も三つ編みの刑に処する!!」
「はぁ~~!?やめっおいこらお前なぁ!」
視界の端に鶏頭のチビに羽交い締めにされて笑っているアイツが見えた。バカみたいだ。いや、実際バカなんだろうけど。
人に話しかけられたくなくて読んでいた文庫本をじっと見つめた。何故か文章が頭に入らなくて、多分5分位同じページで止まっていたように思う。くそ、うるさいな。僕の読書の邪魔するなよ。
お前のせいでいつも集中出来なくて困ってるんだ。なんとかしろよ。
二時限目は体育、持久走だった。
授業にもいまいち身が入らない──いや、いつもわりと聞いていないが──ので、こんな時には心を無にして走るのもなかなかいいと思った。もう夏が近付いてきたようで木々の緑色が眩しかった。もう一年生の頃よりずっと小さくなった体操服の裾で汗を拭う。
前を走っている人もいないし後ろにもいなかった。恐らく僕は半周ほど同級生達より早いらしい。あいつはいつも通り誰かとふざけながら走ってるんだろうな、なんてことを考えてみた。
「……山田三郎、12分32秒!頑張ったじゃないか!」
「どうも」
喧嘩は得意じゃないけど僕だっていち兄の弟だ。運動も嫌いではなかった。おそらく男子の記録ではトップに近い筈だった。
僕は早々に適当な日陰を見つけて座り、息を切らして走る同級生達を見ていた。
「お前~~!!一緒に走るって約束したじゃねえか!おい!!」
「あはは~~ハニー~~ここまでおいで!」
「きもちわりいダーリンだな!!!」
「うわっちょっとハニー!ズボン下ろすんじゃねえよパンツごと脱げたらどうすんだ」
「こんな一物持ってるダーリン嫌だな~~!」
「俺もズボン下ろしてくるハニーやだ~!」
下品で幼稚極まりないやり取りだった。
ズボンを下ろされたらしいダーリン、間違えた。葵はズボンと一緒に落ちそうになったらしい灰色のボクサーパンツをズボンごと直してハニーこと先程の鶏頭の低能男の股間に蹴りを入れようとして転んだ。馬鹿じゃないの?背中汚れてんじゃん。
「あれ!?さぶろーお前早くね!?」
取り巻きと軽口を叩きながらちら、とこちらを見たあいつが目を丸くして叫んだ。だから僕のこと大声で呼ぶなって。みんな見るだろ。
「無駄口叩いてないで走れば?」
「くっそ~~お前細っこいし運動なら勝てると思ったのによ!!こうなったら俺の必殺技見せてやるぜ!!うお~~~!!!」
突然砂埃を上げながら速度を上昇させたあいつはすごい速さで一周して戻ってきた。取り巻きも感化されたようで俺も俺も、とダッシュしてくる。戻ってくるのはあいつだけで良かったのになんでお前らまで、いや、あいつしか友達がいないから気まずいだろ、うん。
──適当な言い訳をしたけれど頭の中には二人きりで木陰に座って話す、なんて少女漫画みたいなシチュエーションの絵が頭の中に浮かんでいた。
「──14分32秒!」
「お揃いねダーリン!」
「そうだねハニー!」
鳥頭は裏声で、あいつは演技がかった声でそう言って男二人で抱き合っていた。気持ち悪い。何やってんだよ男同士で。……いや、男二人で掃除用具入れに入ってた僕が言えたことじゃないな。
それにしても気分が良くない。あんな気味の悪い二人組が周りから笑われている。僕は笑えなかった。何となく、はやくあいつ僕のところに来ないかな、なんて考えていた。
「さぶろ~~お前早すぎんよ」
「ふん、お前はふざけすぎ」
「てか全然平気そうじゃん……お前暑いの苦手なんだと思ってた」
「は?何で」
「ほら、橋本から隠れた時。お前めっちゃ顔赤かったしふらふらしてたじゃん」
「……っ」
気付いてたのかよ。というか顔、見えてたの?
どうしよう、変な顔してたかもしれない。いや現に顔が赤かったって言われてるんだから変な顔してたんだろ。うわ、恥ずかしい。……は?恥ずかしい?いや恥ずかしがることないだろ?そんな女みたいな、ただ熱かっただけだろ?……そうだよな、
「だからてっきり暑いのダメなんじゃねえかなって………………あれ!?お前やっぱりやばいじゃんえっ顔めっちゃ赤いぞ!ごめん日が当たってて気付かなかった!!」
「……は?」
別にそんな事ない。平気だ。
そう言う前に僕の体が浮いた。否、足はもちろん地面についてるんだけど、そう、正しくは起き上がった。
どうやらこいつは僕を保健室にでも連れて行く気らしい。僕の両脇に手を差し込む様にして僕を起き上がらせてから肩を組んだ。お前走ったばっかだから熱いし耳元で息されると擽ったいんだよ。
なんでそういうことするんだよ、お前。
「はしも……先生~~!!さぶろーが熱中症でやばいです!」
「なにぃ!?お前サボってんじゃないだろうな…………うわ!山田お前顔すごい赤いぞ!そうだな!保健室行ってこい!任せたぞ!」
「うぃっす!」
なんだか良くわからないうちに話が進んでいる様だった。本当に体調なんて悪くないのに。いや、でもどんどん体が熱くなってくる。もしかしたら本当に熱中症なのかもしれない。
─────
「えぇ~~せんせぇ居ないのかよ。今年入った先生可愛いし話したかったのにな」
「……葵」
「三郎!?おまえこんどは顔色悪いぞもしかして頭痛いのか!?」
「寝たい」
「そっか!寝たいな!よし来たこうなったら俺が看病してやろう!」
三郎のこと心配だし!うん!
なんて言っているコイツが僕をベッドに寝かせて冷たいものを探している。多分、いや絶対お前サボりたいだけだろ。
「はい、冷えピタ。使っていいのか知らねえけどお前優等生だし許してくれんだろ」
「……ばーか」
「はぁ?おまえ冷えピタいらねえの?」
「いる」
「そっか。ほら」
なんだか本当に体調が悪い気がしてきた。多分思い込みかなにかなんだろうけど。
それよりも冷えピタがうまく貼れないとか言って僕の上からなかなか退こうとしないコイツが気になった。汗と、柔軟剤のにおいがする。それと僕の顔に手が触れてこそばゆい。
「へたくそ」
「病人は黙ってろよな」
「ん」
「……お前やっぱり大丈夫じゃないよな、なんか口数少ないぞ」
「持久走、疲れたからあんまり喋りたくないだけ」
「そか」
どうやら冷えピタを貼ることに成功したらしく漸く上から退いてくれた。
そして土で汚れた体操服をいじりながら僕に話しかけてくる。
「なあ」
「ん」
「お前、今日はさ、放課後ちゃんと帰れよ」
「……え」
頭が冷えていく。いや、きっと冷えピタのせいだろう。そうだ。昨日から考えてたことだろ。驚くはずもない。
どこかで期待してたとか、そんなこと、絶対に。
「早く帰れよ、体調悪いん……」
「別に大丈夫」
こいつの言葉を遮る様に僕の口から本音が飛び出した。
なに、意地張ってんだよ。めんどくさいとか思われたらどうするんだ。きっといい機会だと思ったんだろ。僕の体調が悪いことを理由にして帰って、こいつは僕よりずっと仲のいい友達と遊ぶようになるんだ。そこに僕が入る隙なんて無い。
だから、解ってるのに、どうして。
「今日は、勝つから……絶対、負けないから」
なんで僕が縋ってるんだよ。こんなの惨めだろ。
「え?明日でもよくね」
「……は?」
は?
何、お前、明日の事考えてんの?
「そーだ、こんどはミルクレープがうまい店見つけたんだよいこーぜ!地図とか明日RINEするからさ!」
それで今日は早く寝ろよな。
そう続けてから優しく笑って、僕を見ていた。
────────
「三郎!!」
保健室の扉を勢いよく開けて入ってきたのはいち兄だった。安堵する手前、申し訳ないという気持ちが込み上げてくる。
「っあ、いち兄……ごめんなさい迷惑かけて。仕事中じゃ……」
「バッカ、お前が保健室で寝てるって聞いて心臓止まると思ったぞ!弟倒れたって聞いて仕事なんてやってられるか!」
「倒れてはいな……」
「オイ三郎!!!お前!!!誰にやられた!!」
またもや扉を馬鹿でかい音を立てて入ってきたのは二郎。お前まで来なくてよかったというかお前学校サボって来たの?
「は!?何勘違いしてんだこのド低脳!あと静かにしろよ授ぎょ……」
「お前かァ!うちの弟に手出しやがって!」
「えーーーっ!?違うんですけど!!!」
「ホンット低能だな!こいつは僕を看病してくれたんだ!喧嘩しか頭にないのかこの…っ!」
「っ、心配してやってんだぞ俺は!お前表出ろ……!」
「さぶろっ、俺はいいから!」
「おい二郎、三郎!ここ学校だぞ静かにしろ!」
いち兄とあいつの制止を受けてカッとなった頭が一瞬で冷めた。まったく、低能の相手をするとこうなるから嫌なんだ。
いち兄も二郎も看病してくれたあいつに感謝していたし、うちに呼んでメシでも食っていってもらうか、なんて相談もしていた。どうやらあいつは断った様だが……ちょっと楽しそうだから来てくれてもよかった、なんて思わないこともない。顔には出さないけど。
僕は結局いち兄と二郎に連れられて帰宅することになった。本当に放課後あいつとゲームすることは出来なくなってしまったが……あいつの中に変わらず僕との『次の予定』があることを知って既に気持ちは晴れていた。
「ありがと。じゃあね」
「さ、三郎がす、素直だ……!!」
「は?何か文句ある?」
「無いです!!じゃあな!!」
「……うん」
ばかみたいに手を大きく振って、校舎に戻っていくあいつを見ていた。胸のあたりがなんだか暖かくなって、安心するような、すこし緊張するような、何故かそんな気持ちでいっぱいだった。
「ほら、いいダチじゃねぇか」
「……はい」
友達、そう、僕らはきっと───────