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　生徒会室の中は意外にもがらんどうで、私を呼び出した張本人である浅野以外は誰も待ち受けていないようだった。煮詰めた水飴のような空気感が息苦しい。それでもやっぱり弱い姿を晒すのはみじめである。凛とした態度を心がけながら背筋を伸ばした。まさか今になって呼び出されてしまうなんて。あの時殴った頬はすっかり血色を取り戻し健康的だ。


「ごめんなさい。なるべく急いで来たけど遅れた」
「構わないよ。あの山からご苦労だった」
「･･･用件は何」


生徒会室は生意気にも空調が効いていてかなり過ごしやすい温度になっている。一見爽やかに見える表情と漂う圧倒的な威圧感でやはりこの人は理事長と同じ遺伝子が流れているのだと実感させられた。よくもまあこんな人を殴ったと無我夢中だったあの頃の私に言ってやりたいことだ。もう二度とできない。

浅野は本題と思われる話からは遠回りな話からしだした。元気にやっていたかいとか大変だろうねとか。私は少しの弱音も吐かなかった。見せれば付け込まれると思ったからできるだけ笑った。そのほうが浅野は癪に触るだろう。彼は存外私を馬鹿にするような発言はしない。それどころかまるで私を労るような言葉かけばかり。


「明日からの中間テストだが、仲間として君を激励すべきだと思って」
「私はもうA組じゃないよ」
「･･･これを受けとるといい」


　ばさり。手渡された何枚かの束になった紙。パソコン打ちされたのか明朝体が丁寧な回答と解説を載せている。これは何のつもりだろうか。お情けのつもりなら突っぱねて返すのに、そんなことができず紙に釘付けになったのは提示されていたテスト範囲とは大幅に違うからだ。

すぐ気がついて反射的に浅野のほうを向く。まだすべては理解しきれないが何かがおかしい。これは何？ 罠？ 彼の宝石色の目が合った。そのまま冷静に告げられる。二日前にテスト範囲が大幅に変更されて理事長先生が自ら教えにきてくださったこと。その伝達が、E組だけには伝えられていないこと。


「これは･･･これはなに･･･？」
「データは消したから理事長には見つからない。一夜漬けにはさせてしまうけれど期待している」


浅野は私の質問に答えない。何が"期待している"だろう。今だって本心では笑ってないはず。私が紙束を握りしめて立ち尽くすと続けて彼は言う。


「血が出ているよ。大事をとって保健室に行こう」