金魚鉢プラネタリウム【亜風炉照美】
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本当のところ、金魚鉢は金魚を飼うのに適さないらしい。それでも狭いせかいに閉じ込めるのは私のエゴイズムだ。[神様]が地球で暮らすのは窮屈すぎるのと同じように。
彼は突然にやってきた。神様は涙をながした。便宜上彼と呼ぶけれど、どうやら性別という概念はないらしい。ただ、(ひとこと断っておくと、私はとくべつクリスチャンの類ではなかった)彼は私の想像していた神とは離れすぎていた。
無知の神。全知全能の神。いろいろなことを聞いても要領を得ず、そのあたりは言語が通じるにも関わらず異邦人らしかった。歳は人間で換算すれば私と同じ十四歳らしいけれど、私なんかよりもずっとずうっと大人びて見えた。
「前はどこに住んでいたの」
「太陽から隠れて生活しているんだ」
地球は自転と公転を併せているだろう。あの恒星の光が当たらないよう、常に地球の影側に漂うんだ。なにも悪い話じゃあないさ。とくに星なんかが綺麗でね。暇になると流星をつついたりしていたよ。
……じゃあどうしてここに居るのかな。そう聴く前に神様は縁側脇の金魚鉢へ手を入れる。狭い空間のなか赤い尾びれを揺らして金魚は隅に逃げた。抜き取られた指先は血行がよく芸術的なフォルムの爪をしていた。水が扇情的に滴っていた。綺麗な瞳に射抜かれる。息をするのに躊躇うくらい。神様は神様だった。
「やがて生まれ変わる」
「いつ」
「人間が輪廻の輪をくぐるころに」
神様の言うことはよく分からない。けれど多分、ここに居るべき存在ではないのだ。神様にこの世界は狭すぎる。私が閉じ込めている金魚たちもそうであるように。
神様はきっと宇宙の果てから星の輝きを届けにきたのだ。この世に生命の息吹を吹かせにきたのだ。私たちに現世の全てを説こうとしているのだ。もうすぐ夏がやってくる。
神様はふいに遠くを見て小さく呟いた。プラネタリウム。私が言葉をもらせば神様は少しだけ怒ったような顔をしている。まるで普通の人間みたいに。
「人間は目が悪いんだね。星の数が少なすぎるし、あるはずのない場所に星があったり、めちゃくちゃだ」
プラネタリウムって結構満天の星だと思うのだけれど、神様と人間では見えているものも違うのかもしれない。私は、プラネタリウムで不貞腐れる神様を想像したあとおかしくて少しだけ笑ってしまった。金魚鉢のなかで金魚は泳いでいる。まるで満ち足りているような様子で。丁度いいとでも語っているように。
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夏がやってきて、気分がどことなく浮かれていたのか、あるいは・・・泣きたくなってしまったのか。うっかりしただけだった。この辺りに野良猫が多いのは知っていた。つい網戸を開けておいてしまった。大きな音がしたと思えばもう遅い。ひっくりかえった金魚鉢と、まだ生きていた金魚たち。ぴちぴちと跳ねて。でもやがて動くなった。
「それじゃ意味が無いよ」
目尻に浮き出た涙を指の腹で拭いとってくれる神様。びしょ濡れの床を拭きながら床を濡らしていた。私はなんにも言えなくなってしまった。
死んでしまってから私は思う。やはりあのこ達にあの金魚鉢は小さすぎたのだ。金魚鉢なんて名前がついているのに。どうして大切に思ったのだろう。死んだとき悲しくならない生き物を飼ったつもりだったのに。後悔はいつも私の後ろで息をしている。誰かのために愛情深くありたかったのに、それなのに、私にはそれが出来なかったのだ。
広くもない庭に金魚を埋めた。神様も手伝ってくれた。愛の亡骸は薄情だった。
神様は静かに泣く私を抱き締める。私が涙をこぼしているから。神様は多分知らない。生き物が死んで泣く意味を。私が泣くから抱き締める。泣いているから慰める。それだけのことだ。
「プラネタリウムより綺麗なものを見せてあげよう」
幸い割れなかったので水がはられている金魚鉢。もう入れる物なんてないのに入れる事で空虚なそこを誤魔化そうとしているのかもしれない。神様はそこに手をかざした。
…………ああ、世界は暗闇に輝いて、そこにいくつもの光の筋が差す。ぐつぐつ煮えるよう鉢が震えだす。ちらりと彼の横顔を見つめればなんとうつくしい。やがてまるで魔法にかかったスクリーンのように水面が輝きはじめる。
怪訝な顔をする私などさしおいて、きらきら、突然スパンコールより綺麗な星空が映し出され、あふれていった! あっという間に部屋のなかは星で満たされていく。びゅんびゅんと流れ星があふれ、風が私たちをからかい、部屋は宇宙になってまばゆい。私の知らない星がたくさんある。
「彼等もじきに生まれ変わる」
「……いつ?」
綺麗で、きれいで、嗚咽がもれて我慢しきれなくなった。神様にこの世界は狭すぎた。狭すぎるせかい。私たちのせかい。うつくしく、退廃のせかい。
「きみが死んで月のこどもになるころ」
私は神様にすがって求めて泣き続けた。無垢よかみさま。全知全能のかみさま。神様はこんなところにいていい存在じゃない。もう、知ってたのに。
この両手に抱えられるプラネタリウムの中に神様のすべてがつまってるんだ。その楽園で星に囲まれながら何時も何倍も優美に笑い続けているのだ。
そう思うと何倍も悲しくなって泣いてしまった。それでも私は神様を突き放せないんだろうなって、されど明日もあなたのゆめを見るのだろうなって、いつまでも泣き続けてしまった。
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本当のところ、金魚鉢は金魚を飼うのに適さないらしい。それでも狭いせかいに閉じ込めるのは私のエゴイズムだ。[神様]が地球で暮らすのは窮屈すぎるのと同じように。
彼は突然にやってきた。神様は涙をながした。便宜上彼と呼ぶけれど、どうやら性別という概念はないらしい。ただ、(ひとこと断っておくと、私はとくべつクリスチャンの類ではなかった)彼は私の想像していた神とは離れすぎていた。
無知の神。全知全能の神。いろいろなことを聞いても要領を得ず、そのあたりは言語が通じるにも関わらず異邦人らしかった。歳は人間で換算すれば私と同じ十四歳らしいけれど、私なんかよりもずっとずうっと大人びて見えた。
「前はどこに住んでいたの」
「太陽から隠れて生活しているんだ」
地球は自転と公転を併せているだろう。あの恒星の光が当たらないよう、常に地球の影側に漂うんだ。なにも悪い話じゃあないさ。とくに星なんかが綺麗でね。暇になると流星をつついたりしていたよ。
……じゃあどうしてここに居るのかな。そう聴く前に神様は縁側脇の金魚鉢へ手を入れる。狭い空間のなか赤い尾びれを揺らして金魚は隅に逃げた。抜き取られた指先は血行がよく芸術的なフォルムの爪をしていた。水が扇情的に滴っていた。綺麗な瞳に射抜かれる。息をするのに躊躇うくらい。神様は神様だった。
「やがて生まれ変わる」
「いつ」
「人間が輪廻の輪をくぐるころに」
神様の言うことはよく分からない。けれど多分、ここに居るべき存在ではないのだ。神様にこの世界は狭すぎる。私が閉じ込めている金魚たちもそうであるように。
神様はきっと宇宙の果てから星の輝きを届けにきたのだ。この世に生命の息吹を吹かせにきたのだ。私たちに現世の全てを説こうとしているのだ。もうすぐ夏がやってくる。
神様はふいに遠くを見て小さく呟いた。プラネタリウム。私が言葉をもらせば神様は少しだけ怒ったような顔をしている。まるで普通の人間みたいに。
「人間は目が悪いんだね。星の数が少なすぎるし、あるはずのない場所に星があったり、めちゃくちゃだ」
プラネタリウムって結構満天の星だと思うのだけれど、神様と人間では見えているものも違うのかもしれない。私は、プラネタリウムで不貞腐れる神様を想像したあとおかしくて少しだけ笑ってしまった。金魚鉢のなかで金魚は泳いでいる。まるで満ち足りているような様子で。丁度いいとでも語っているように。
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夏がやってきて、気分がどことなく浮かれていたのか、あるいは・・・泣きたくなってしまったのか。うっかりしただけだった。この辺りに野良猫が多いのは知っていた。つい網戸を開けておいてしまった。大きな音がしたと思えばもう遅い。ひっくりかえった金魚鉢と、まだ生きていた金魚たち。ぴちぴちと跳ねて。でもやがて動くなった。
「それじゃ意味が無いよ」
目尻に浮き出た涙を指の腹で拭いとってくれる神様。びしょ濡れの床を拭きながら床を濡らしていた。私はなんにも言えなくなってしまった。
死んでしまってから私は思う。やはりあのこ達にあの金魚鉢は小さすぎたのだ。金魚鉢なんて名前がついているのに。どうして大切に思ったのだろう。死んだとき悲しくならない生き物を飼ったつもりだったのに。後悔はいつも私の後ろで息をしている。誰かのために愛情深くありたかったのに、それなのに、私にはそれが出来なかったのだ。
広くもない庭に金魚を埋めた。神様も手伝ってくれた。愛の亡骸は薄情だった。
神様は静かに泣く私を抱き締める。私が涙をこぼしているから。神様は多分知らない。生き物が死んで泣く意味を。私が泣くから抱き締める。泣いているから慰める。それだけのことだ。
「プラネタリウムより綺麗なものを見せてあげよう」
幸い割れなかったので水がはられている金魚鉢。もう入れる物なんてないのに入れる事で空虚なそこを誤魔化そうとしているのかもしれない。神様はそこに手をかざした。
…………ああ、世界は暗闇に輝いて、そこにいくつもの光の筋が差す。ぐつぐつ煮えるよう鉢が震えだす。ちらりと彼の横顔を見つめればなんとうつくしい。やがてまるで魔法にかかったスクリーンのように水面が輝きはじめる。
怪訝な顔をする私などさしおいて、きらきら、突然スパンコールより綺麗な星空が映し出され、あふれていった! あっという間に部屋のなかは星で満たされていく。びゅんびゅんと流れ星があふれ、風が私たちをからかい、部屋は宇宙になってまばゆい。私の知らない星がたくさんある。
「彼等もじきに生まれ変わる」
「……いつ?」
綺麗で、きれいで、嗚咽がもれて我慢しきれなくなった。神様にこの世界は狭すぎた。狭すぎるせかい。私たちのせかい。うつくしく、退廃のせかい。
「きみが死んで月のこどもになるころ」
私は神様にすがって求めて泣き続けた。無垢よかみさま。全知全能のかみさま。神様はこんなところにいていい存在じゃない。もう、知ってたのに。
この両手に抱えられるプラネタリウムの中に神様のすべてがつまってるんだ。その楽園で星に囲まれながら何時も何倍も優美に笑い続けているのだ。
そう思うと何倍も悲しくなって泣いてしまった。それでも私は神様を突き放せないんだろうなって、されど明日もあなたのゆめを見るのだろうなって、いつまでも泣き続けてしまった。
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