終着点はどこだ【風丸一朗太】
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その年一郎太は陸上の大会で優秀な成績を残した。そしてそれは讃えられるべき事だった。一郎太はメダルの紐を手に持って目の前にぶら下げながら通学路を歩いていた。金ぴかで少し重たい。あのトラックを走った自分は風になっていた。そんな表現も比喩にならないほど。一郎太は本当の風になれていた。はずだ。
「気に入ってるんだね」
隣を歩くななみは少しだけつまらなさそうな顔をしていた。ななみは陸上をやっている訳ではないけれど、一郎太が何か名誉なことをしたのが羨ましいのかもしれない。一郎太は「良い記録が出せたから」と満足そうにはにかんでみせる。太陽の光が落ちてきて地面はやや橙色を帯びている。彼にとってこれほど嬉しい帰路はなかった。
一郎太はそれまでの悩みや怨み言なんかを押し込むように唾を飲んでメダルを見つめた。一郎太は自分の中で暗示をかける。ほら、俺はこんなにも凄いじゃないか。きっとみんな俺を認めてくれる。俺は速い。俺はきっとすごい。俺より速い奴なんか居ない。俺は……。
不憫な一郎太を誰も救えない。その速さに価値を見いだしてしまったからには捨てられない。いっそ弔ってしまいたい。この脚が腐りきって対を成し得なくなったとき、やっと救われるのではないかと考えるうちは……何かを患っているのかもしれない。
「なにしてんの?」
自己暗示はぷつりと途切れてしまった。目の前に立ち塞がる小さな人間。ななみだ。一郎太の自己嫌悪がぶわりと広がっていくのを感じる。どうしようもなくて何歩か後ずさるとななみは一郎太の手からメダルをいとも簡単に奪い取ってしまった。
ななみがそのひもを握りしめる。無配慮で、無神経で、その価値あらんばかりの金属に彼女の指紋がつくたび、一郎太はなんだか気狂いを起こしそうだった。やめてくれ! 一郎太の心臓が悲鳴を上げてアップテンポを刻む。
なにするんだよ。夕陽の光を受けてオレンジ色の顔が感情を露に歪んでいる。湿気が多くて嫌になる風は、一郎太の知っているものとは違うような気がする。おれはいったいどこまで走るのだろう。おれはいつまで走り続けるのだろう。考えて、一郎太は吐き気がした。
喉の奥がつまる一郎太。そんな彼を見てななみは走り出してしまう。通学路から何倍も離れた所へ。幾万の風を切り、幾億の空を越え、その背中はより小さくなっていく。待てよななみ。一朗太は追いかける。一朗太は足が速かった。ななみに追い付く筈だった。
一朗太は、こんなとき考える。自分はいつまで走るのだろう。どこが終わりなのだろう。あのトラックを走っているときも本当はそんなことばかり考えていた。自分に言い聞かせて生きてきた。走って、とにかく走って、奴の背中を僅かに手が掠めた。ななみは急に立ち止まり、振り返る。
「このメダルと貴方はよく似てる。どちらも、見てくれだけ繕ったただのおもちゃだ」
一郎太は肩で息をしながら考える。いつまで走るのだろう。どこまでゆくのだろう。考えて、考えて、足の速いななみが泣いてしまっている事に気付いた。ななみはおめおめと泣いた。糸が切れたように大泣きをはじめた。なんと愚かな、小娘は鼻をすすり一郎太の救世主でありたい。
されどピストルは鳴り止まない。誰もが一郎太にアンカーを委ねようとしている。頼むぜ最終ランナー。お前のスピードですべてをかっさらってくれ。その脚の軋みも血の味も、やがて英雄の勲章になるはずだから。
ああ、終着点はどこだ。
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その年一郎太は陸上の大会で優秀な成績を残した。そしてそれは讃えられるべき事だった。一郎太はメダルの紐を手に持って目の前にぶら下げながら通学路を歩いていた。金ぴかで少し重たい。あのトラックを走った自分は風になっていた。そんな表現も比喩にならないほど。一郎太は本当の風になれていた。はずだ。
「気に入ってるんだね」
隣を歩くななみは少しだけつまらなさそうな顔をしていた。ななみは陸上をやっている訳ではないけれど、一郎太が何か名誉なことをしたのが羨ましいのかもしれない。一郎太は「良い記録が出せたから」と満足そうにはにかんでみせる。太陽の光が落ちてきて地面はやや橙色を帯びている。彼にとってこれほど嬉しい帰路はなかった。
一郎太はそれまでの悩みや怨み言なんかを押し込むように唾を飲んでメダルを見つめた。一郎太は自分の中で暗示をかける。ほら、俺はこんなにも凄いじゃないか。きっとみんな俺を認めてくれる。俺は速い。俺はきっとすごい。俺より速い奴なんか居ない。俺は……。
不憫な一郎太を誰も救えない。その速さに価値を見いだしてしまったからには捨てられない。いっそ弔ってしまいたい。この脚が腐りきって対を成し得なくなったとき、やっと救われるのではないかと考えるうちは……何かを患っているのかもしれない。
「なにしてんの?」
自己暗示はぷつりと途切れてしまった。目の前に立ち塞がる小さな人間。ななみだ。一郎太の自己嫌悪がぶわりと広がっていくのを感じる。どうしようもなくて何歩か後ずさるとななみは一郎太の手からメダルをいとも簡単に奪い取ってしまった。
ななみがそのひもを握りしめる。無配慮で、無神経で、その価値あらんばかりの金属に彼女の指紋がつくたび、一郎太はなんだか気狂いを起こしそうだった。やめてくれ! 一郎太の心臓が悲鳴を上げてアップテンポを刻む。
なにするんだよ。夕陽の光を受けてオレンジ色の顔が感情を露に歪んでいる。湿気が多くて嫌になる風は、一郎太の知っているものとは違うような気がする。おれはいったいどこまで走るのだろう。おれはいつまで走り続けるのだろう。考えて、一郎太は吐き気がした。
喉の奥がつまる一郎太。そんな彼を見てななみは走り出してしまう。通学路から何倍も離れた所へ。幾万の風を切り、幾億の空を越え、その背中はより小さくなっていく。待てよななみ。一朗太は追いかける。一朗太は足が速かった。ななみに追い付く筈だった。
一朗太は、こんなとき考える。自分はいつまで走るのだろう。どこが終わりなのだろう。あのトラックを走っているときも本当はそんなことばかり考えていた。自分に言い聞かせて生きてきた。走って、とにかく走って、奴の背中を僅かに手が掠めた。ななみは急に立ち止まり、振り返る。
「このメダルと貴方はよく似てる。どちらも、見てくれだけ繕ったただのおもちゃだ」
一郎太は肩で息をしながら考える。いつまで走るのだろう。どこまでゆくのだろう。考えて、考えて、足の速いななみが泣いてしまっている事に気付いた。ななみはおめおめと泣いた。糸が切れたように大泣きをはじめた。なんと愚かな、小娘は鼻をすすり一郎太の救世主でありたい。
されどピストルは鳴り止まない。誰もが一郎太にアンカーを委ねようとしている。頼むぜ最終ランナー。お前のスピードですべてをかっさらってくれ。その脚の軋みも血の味も、やがて英雄の勲章になるはずだから。
ああ、終着点はどこだ。
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