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置き場

6.旅立ちの日

2018/06/28 16:02
ちっちゃな兼さんのいる本丸

執務室に一歩足を踏み入れれば、途端にぴりぴりとした緊張感に包まれる。
出どころは明白で、息を張り詰め背筋を伸ばす昔馴染みに僕は呆れた声をかけた。

「戦装束で何やってんの、清光」
「や、安定ぁ」

なんでそんなに泣きそうなのさ。



「第一部隊に所属しといて今更不安なの?」
「だって、だってさぁ!」

緊張感を崩して泣きそうな顔で不安を吐露する彼、加州清光。
第一部隊所属の上、この本丸の彼はしっかりとした性格で、こと雑務においては彼はかなりの働き者だ。特に総隊長である陸奥守が修業に行き、出陣が忙しくなったこの二ヶ月は彼が本丸運営を支えていたと言っても過言じゃない。
そんな彼に修業の準備が整ったと通達がきたのは、秘宝の里も閉じて落ち着いた少し前のこと。主もすぐに解禁日には本丸に行く、と連絡が来て、それに頷いたのは彼自身だ。

「主も送り出してくれるし、戻ってきたらまた第一部隊での出陣が決まってるし、ほんと今更すぎない?」
「そうなんだけど! でも仕方ないじゃん! 不安なの!」

わーっ、と叫ぶ清光にまたもやため息。あいつをなんとかしろ、と僕に言ってきた山姥切を心の内で恨む。
清光のこれは発作のようなものだ。言うことは毎回決まっているし、一通り吐き出したら勝手にすっきりしてる。長い付き合いなんだから自分でなんとかしてほしい。なんで毎回僕なんだろ。

「俺なんて主の特別お気に入りってわけでもないし、なんで俺を第一部隊に選んでくれたの、って聞いたら『なんとなく』だよ! いつ外されたっておかしくないし」
「まぁそうだね」
「主に愛して欲しいけど愛してくれてるのもわかってるけど! でも違うもん!」
「まあ、特別お気に入りとか誰でもあるし」

人間って、そんなものじゃん?
とはいえ主は全員を可愛がってくれているとは思う。修業に行く刀がいる時や練度最大に達した刀がいる時は無理を通してでも本丸に来てくれるし。
そのなかで70振り以上もいるのだ、特にお気に入りの刀がいてもおかしくはないし、実際いる。
そしてそれは加州清光でも大和守安定でもない。ただそれだけの話だ。

「でも主は俺たちを折らないし戦わせてくれるし、1番じゃないかもだけど愛してくれる。それでいいじゃん」
「知ってるよ! 俺だって主大好きだし!」
「じゃあいいじゃん。修業頑張って」
「軽いよ!」

まあ今回の原因は修業が不安ってことだろうな、わかりきってるけど。

「まあ……清光なら大丈夫でしょ」

ふと、自分の修業を思い出す。
辛さと悲しさと、そして決意と力を手に入れた。きっと彼も行き先はそんなに変わりないはずだ。もしかしたら、あの夜の日という可能性もある。
それでも彼は、力を手に入れてくるだろう。

「……帰ってきたら連隊戦行かなきゃだしね」

泣き言を言っていた言葉とは違う湿度で、清光は呟く。
敵の本拠地を叩くため、敵兵が集まる場所に一斉攻撃をかける連隊戦。その作戦決行の日取りが清光の修業解禁日と同日だったのは偶然か必然か。

「俺が帰るまで、負けたりしないでよ」
「任せときなよ」

そんなヘマはしないさ。
作戦決行と、清光の見送りのため、主が本丸にやってくる時間が刻一刻と近づいてくる。
だらけていた背筋を清光はまたしっかりと伸ばし、僕も姿勢を整えて立ち上がった。

「じゃあ、僕は作戦会議に行くよ」
「うん。ーー行ってくる」
「行ってらっしゃい、清光」

きっと次に昔馴染みの姿を見るのは、この本丸時間で四日後だ。
その時の彼の姿を楽しみにしながらーー廊下を歩む音は、自然と軽やかになった。

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