「どう？ドレス決まった？」
　通販サイトを開いて3日目、チャヨンがジェナに尋ねた。
「ねえ、ママ。どれも子供っぽいの。」
　ため息をつきつつ尖らせたジェナの口元は子供のフォルムそのものだが、眉間のシワや少し持ち上げられた瞼から覗く視線がまた彼に似ている。
　チャヨンはそう思う自分を振り払いながらジェナに尋ねた。
「じゃあどんなドレスがいいの。」
「ママと同じのがいいの。ほら、クローゼットにしまってある素敵なドレス。」
「あのドレス？」
　ジェナはいつの間に見付けたのだろうか。あのドレスはジェナが生まれる前、バベルの騒動の１年後にヴィンチェンツォと再会を果たした時に着たものだ。
「ジェナ、あれはこのお店には売ってないものよ。
それに、あなたにはお姉さんすぎるんじゃ・・・。」
　と、チャヨンが言い終わるよりも先に、
「もうお姉さんよ！」
　ジェナは腕を組み頬を膨らませると、やや睨みつけるようにチャヨンを見上げた。
「・・・その顔！わたしにそっくりね！｣
　チャヨンはジェナの膨らんだほっぺたを思わず指でつついた。
「もう！子供扱いしないで！」
「何言ってるの、あなたは今までもこれからもずーっとわたしの子供よ。」
　ジェナに負けじとチャヨンも腕組みした。
「でも、そうね・・・。」
　ジェナに向けていた視線を斜め上に移すと、チャヨンは言った。
「お姉さんなドレスの事、考えておくわ。」
「ほんと？指切りね！」
「はいはい。・・・判子もいるの？｣




　後日、ジェナのドレスを求めてチャヨンが門を叩いたのは、プラザ内の第一ランドリー店主タク・ホンシクだった。
「このドレスの子供サイズを作って欲しいの。」
　アイロン台にチャヨンはドレスを広げながら言った。
　タクはドレスのラインやタックを確認しながら、
「やってみるよ｣ と快諾してくれた。
「今度ジェナを連れておいで」
「ありがとう！」
　チャヨンはドレスを預け、藁へと向かったがそこへ、
「ホン弁護士｣ と、後ろから呼び止められた。
　振り返るとそこにいたのは
「ソ先生？」
ピアノ教室のミリだった。
「ジェナが発表会に出られるってとても喜んでいたわ！本当にありがとう！」
　チャヨンはミリの両手を包むように両手で掴み上下に振りながら言った。
「そ、その、こと、なんだ、けど｣
　激しく振られたため、ミリは言葉が続けられない。
「ほんとにありがとう！」


　少ししてようやく上下運動から開放されたミリは、
「会場が無いの。」
　と、それだけ言った。
「・・・ん？」
　何度か瞬きをしながらチャヨンの顔には疑問符がハッキリと浮かび上がっていた。
「無いって？」
「会場が、無いの。」
　ミリの言葉がまるでゴルゴンの顔を見た者のようにチャヨンを固まらせてしまう
　固まったチャヨンをなんとか藁まで連れてきたミリは、ナム事務長も交え3人揃ってヴィンチェンツォポーズを取りテーブルを囲んでいた。
「会場が無いってどういうこと？」
「そういうこと」
「経緯を聞かせて下さい。」
　突如女たちの重苦しい雰囲気の中に投げ込まれたナム事務長は、至極真っ当な事を尋ねた。
　ミリが答える。
「うちのビルやその周辺は再開発を免れたけど、借りようと思ってた小さなライブハウスやイベントホールが再開発とコロナ禍で潰れてしまってて・・・」
「生き残れなかったのね・・・」
「それで、会場が無いと。」
「大きなホールはうちみたいな小さな教室だと元が取れないし・・・」

　チャヨンとミリが頭を抱えていると、
「あるじゃないですか・・・。」
　と、ヴィンチェンツォポーズ越しに事務長が言った。事務長は続けて、
「そこは一般的なコンサート会場とは違いますが、設備ならある程度整ってます」
「それはどこ？！」
　チャヨンとミリは事務長の顔を覗き込んで尋ねた。