「それでは、本日最後の奏者です。ホン・ジェナ、曲はFiglio Perdutoです！」
　ミリに名前を呼ばれたジェナは、大きな拍手に迎えられ、背筋を伸ばし舞台袖からピアノに向かって堂々と歩いた。
　ピアノの前まで来ると客席に向かってお辞儀をし、椅子に腰かけ、集中するために一呼吸置く、そしてスッ・・・と鍵盤に手を添えた。



　大きなミスもなくジェナは見事に最後の奏者としてやり遂げた。
　ジェナの演奏に皆が盛大な拍手を送る。ジェナは晴れやかな笑顔を客席に向け、お辞儀をすると、颯爽と舞台袖へと吸い込まれていった。
　演奏を聴いていたヴィンツェンツォとチャヨンは大きな拍手を最愛の娘に届けとばかりに響かせる。
「凄いな。音楽の才能がある。それもクラシックの才能が。」
「あーら、あなたって才能がある。めちゃくちゃ親ばかっていう才能が。でも、確かにあの子は音楽にとても打ち込んでいるわ。特に声楽、歌うのが好きみたい。」
「留学先はイタリアに決まりだな。」
「音楽と言えばウィーンとかドイツじゃないの？」
「声楽、オペラと言えば、イ、タ、リ、ア。それ以外は認めない。」
「口実ね。」
「その通り。」
　懐かしさを感じる言葉のやり取りと声に、二人の心は深い喜びで満たされる。
　チャヨンがヴィンツェンツォの肩に頬を寄せれば、ヴィンツェンツォも彼女に自身の頬を寄せる。
「もうじきカーテンコールよ。」
「舞台が明るくなるまではこうしていよう。」
　チャヨンの右手にヴィンツェンツォの左手が互いの指と指を絡めて重なる。
「ねえ、また発表会の度に来るつもり？」
「そうだな・・・強盗を呼ばなければ。」
「ふふ。そうする。」
　舞台が照明に照らされる。
　カーテンコールだ。
　二人は今一度、最愛の娘ジェナに大きな拍手を送り続けた。







　Fin.