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Gatto che corre nel cielo notturno

 二人が久しぶりにアルノを訪れたあの日、アンのスマホに表示されていた通知それは差出人不明のメールだった。
 メールに件名は無く、本文のみでこう表示されていた、
「鳩が好むコーンサラダとは?」
 アンはメールの送り主が何を伝えようとしているのか即座に理解した。アンはチョに「戻るぞ。」と言うと、地下駐車場に停めていた車の中から、
「Consigliere signore Vincenzo Casano」
 とだけ返信した。その日、相手から応答はなかったが、アンは翌日もプラザに赴き今度は運命ピアノ教室を訪ねた。
「アンさん、どうしたんですか?」
「ソ院長、実はお願いがありまして」



「なるほど。それでこのアプリを作ってもらったんですね。」
「ああ。そしてやはりメールの相手はルカさんだった。彼は、僕らが初めて会った時に僕が密かに渡していたカード(ヴィンツェンツォにも渡していたハートのカードの類似品)のメールアドレスにあのなぞなぞを送ってきたんだ。カサノ家当主の依頼がコンシリエーレを酷く悩ませているのだと言っていた。彼一人なら首を振ることができても、カサノ家のことを考えると道を踏み外すかもしれない。いや、首を振って無事に帰れるかどうか。」
「そんなことになってたんですか。」
「そこで、結果はどうであれしばらくイタリアからもマルタからも離れた方がいいだろう、と私は提案したんだ。」
「ですが、どうやって・・・」
「偽造パスポートや、日本とフランスの大手自動車会社元会長作戦、政府専用機潜入、なんかも考えたが・・・」
「2つ目以降はさすがに・・・」
「そこで、軍を頼ることにした。事前に軍の弱みを見つけておいて、特殊部隊をお借りすることにした。」
(特殊部隊を?どれだけ大きな弱みだったんだ?)
「特殊部隊の大尉と顔合わせをしたとき、それは驚いたよ。なんせ・・・」
 シジンの顔をまだ知らないチョにアンがもったいぶっていると、ノートパソコンから、
「こちらソ・デヨン。アン殿ですか。」
 ウルフの声がした。
 アンはみるみる険しい局長の顔になった。
「ソ上位、忙しいところを申し訳ない。ユ大尉はおられるか?」
「代わります。お待ちを。」
「ビッグボス、アン殿より中継です。」
 ウルフが開いたノートパソコンをシジンに差し出した。
「アン殿、無事にビンセンジョさんを見つけました。今向かっているところです。」
 シジンがにこやかにモニターの向こうにいるアンに報告する。アンの後ろでチョは目を見開いていた。シジンと名乗るその男がヴィンツェンツォと瓜二つだったからだ。
「状況が変わった。落ち合う予定だった場所に向かえそうにない。」
 神妙な面持ちでアンは答える。
 そこへ、
「久しぶりだね。アン君。」
 と、アンのモニターにシジンの横からヴィンツェンツォが映り込む。チョは手で口を覆いつつ「え?・・・は?・・・え?」と単語すら紡げない状態に陥っていた。
「コンシリエーレ・・・。やっと会えた。」
 突然の再会に表情筋の緊張が一気に解け、言葉に詰まるアンだったが、
「状況はどうなっているんだ。」
 ヴィンツェンツォが問いかけた途端、アンは表情を強張らせ、
「本来であれば、落ち合う場所へ私がお迎えに上がる予定でしたが、クムガプラザから出られそうにありません。」
「韓国に入り次第、自力でプラザに向かうよ。心配いらない。」
「ですが、プラザに警察が向かっています。入れるかどうか・・・。」
「「「どう言うことだ。ですか。」」」
 モニターにシジン、ヴィンツェンツォ、ウルフが詰め寄る。
 アンは、3人に現状報告を始めた。


「その不審者、身元は?」
 ヴィンツェンツォがアンに確認する。
「今、ビル付近の防犯カメラの映像を照合しています。ソクド達によると、催涙スプレーを所持。行きずりの犯行ではなさそうとのこと。」
(黄金の仏像を知っている?しかしどこでその情報を)
「ジェナちゃんの言う黒尽くめの二人組、プラザだと目立つが、外だと似たような恰好がたくさんいるな・・・」
「ジェナ?まさか、ホン・ジェナか?」
 ヴィンツェンツォがジェナの名前に反応を示す。
「えぇ。そうです。会ったのは今日で2回目ですが、今、貴方のお顔を見て確信しました。お二人にとてもよく似ていらっしゃいます。」
 溢れそうになる涙をとっさに隠すアン。
「ひょっとして、ビンセンジョさんのお子さん?」
 シジンが呟く。
「そうだ。韓国にいる恋人との間に生まれた娘だ。」
 ヴィンツェンツォがそう答えると、
「秘訣をお教え願いたい!距離的にも時間的にも離れているのに、どうして?」
 シジンがヴィンツェンツォの顔を覗き込む。スクラップ場でも見たことがない鬼気迫る表情だ。
「ビッグボス、ビッグボス。」
 ウルフにヴィンツェンツォから引きはがされたシジンは我に返ったのか、
「あぁ、すみません。ここのところ恋人とすれ違ってばかりで。」
 と、恥ずかしさと情けなさで肩を落とした。
 そんなシジンにヴィンツェンツォは、
「あなたと俺では置かれている状況がきっと何もかも違うでしょう。あなたはこれまで通り、恋人にも誠実であれば良いのです。」
 そう言ってシジンの背中をさすった。ヴィンツェンツォがなぜシジンの人間性を知りえたのか、それは、これまでに様々な人間を見てきたか彼だからこその察知できるものに違いない。
「ビンセンジョさん、この件が片付いたら俺と飲みましょう。0泊3日で!」
「あぁ。・・・ん?」
「お二人とも、その件はまだこれからですよ。」
 ウルフが二人の世界に旅立っていたシジンとヴィンツェンツォを呼び戻した。



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