時刻は15：30、発表会本番まで残り1時間半となっていた。
　男たちの追跡から逃れることができたジェナは、藁に飛び込み、
「ママ、大変！お坊さんたちが逃げろって！知らない人がお坊さんを虐めてた！」
　と、チャヨンに状況説明を試みた。
「知らない人が僧侶様達を？・・・そいつら何か言ってた？」
「なんだっけ・・・ええと、かみがなんとかって言ったり、神様をを放り投げながらこれじゃない！って、言ってた。」
　身振り手振りで何とか目の前で起きたことを確実に伝えようとする娘を見つめながら、
（もしかして、地下にある黄金の仏像を知っているの？）
　チャヨンは一つの答えを導き出した。
（そいつらが本当に黄金の仏像をしているのか、今は置いておこう。今優先すべきなのは・・・）
「ジェナ、あなたの演奏は最後だったわね？」
「うん」
「よし、プラザのみんなを藁に呼んできて。ミリ先生、レリー院長、トトさん以外よ。」
「はい！」
　ジェナがしっかりとした返事をした次の瞬間、彼女の瞳が鋭く光った。その無機質に光る刃のような瞳をチャヨンはよく知っている。
「お父さんにそっくりね。頼もしいわ。」
　チャヨンはジェナの左右の頬を両手で優しく包み込み、次にジェナの両肩に手を移す。
「さあ、ママはあっちから。あなたはそっちから呼んでくるのよ。」
「うん！」
　ジェナは走り出すと、同じ階の住民たちを見つけては「ママが呼んでるから、急いで藁に来て！」と声を掛けていった。
　程なくして、藁にはヨンホ食堂親子、おじさん質屋一家、クリーニング店のタク、バイバイバルーン３人組、そして発表会の観客（サクラ要員）アンとチョが駆け付けた。
　チャヨンは想定していた人物が集まったことに安堵すると、
「まず、ミリ先生、レリー院長、トトさんは各会場の管理者だけど呼んでいないわ。」
　全員にそう告げた。タクが、
「僧侶様たちが居ないな。何か問題でもあったのか。」
　と、尋ねるとジェナが
「知らない男の人たちが、お坊さんたちを虐めてたの。」
　と、５歳とは思えない落ち着いた口調で説明した。
「なんだって！」
　チョルウクが思わず声を張りながら立ち上がる。
「パパ、落ち着いて。」
　娘のダルレが父チョルウクの袖を引く。冷静なところは母親譲りなのだろう。
「それで、現状は？」
　アンが静かに問いかけると、
「目撃したジェナを・・・しようと地下から追いかけてきているわ。」
　娘にはとても聞かせられない言葉をチャヨンは濁した。
「地下か、一部屋一部屋回っていたとしてもここに来るのは時間の問題ですね。」
「すぐには来てくれないだろうけど、警察には連絡したわ。」
「警察ってのは事件を未然に防いでくれるわけじゃないもんな。」
「じゃあ、警察が来るまでの間、俺たちでなんとかしようってことだね！」
　ヨンホは拳を力強く握りしめ、
「でも、お前らは弱いから隠れてろよ。」
　そう言って、ダルレとジェナを見やった。
　弱い者認定をされた二人は不服そうだったがヨンホの言葉に頷いた。
　チョが不安そうに、しかしもう既にここにいる全員が察しているであろうことを口にした。
「発表会の管理者を呼んでいない、ということは、発表会は遂行するとい事ですね？」
「そう。警察が来るまでの間、発表会組には発表会を続けててもらうの。」
「まあ、どんなことがあっても俺たちで解決してみせるさ。」
　一人ひとりが互いに視線を合わせると、それぞれが発表会での持ち場に向かった。
　ヨンホ食堂親子は入場者の案内を任されていたので、ゴーステップとアルノの中央で観客一人一人に検温と消毒を促しては、芳名帳に記名もさせた。
　タクは自分の店で子供たちの衣装の手直しに当たった。一通り持ち込まれた衣装を片付けると、作業を見守っていたジェナを手招きし、
「ほら、ジェナ。着てごらん。」
タクは客からクリーニングで預かっている洋服が掛かるポールの奥のほうから、紺色のドレスをジェナの前で広げた。
「素敵！素敵素敵！」
　ジェナは両手を叩いて飛び上がった。
「タクおじさん、ありがとう！ママとおそろいのドレス！」
「音楽教室の隣に着替える場所を用意したから、そこで着ておいで。」
「うん！わかった！」
　衣装を大切に抱えると、ジェナは弾むような駆け足で用意された更衣室へ向かった。
　ジェナが更衣室に入ると、同じデザインのドレスに着替えたチャヨンがいた。
「さあ、お姫様。お手伝いいたしますよ。」
「うふふ、お願いするわね。」
　ジェナとチャヨンは互いに恭しくお辞儀し、いたずらっぽく笑った。