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ようやく動いた身体。周りを見渡せば知らない場所で、すぐそばを魔物が通る。ああ、どうしてこうなったんだっけ。ミコトは絶望に近い感情を抱えながら、直前までの出来事を思い返した。
事の始まりは、そう。午後の授業だった。一般魔術科─通称『魔術科』─の全クラス合同授業。魔術科は毎年特にクラスが多く、今年は12クラスもある。1クラス40人編成、締めて480人。入学生の約半数にもなる人数での授業。最早小さな学校とかだと全学年合同のイベントみたいなものじゃないかな、この人数。まぁ、学年が上がると、魔術科の中で専門とする授業内容によって更に細かくカリキュラムが分けられるみたいで、こんな大人数での授業はこの1学年のみだとかなんとか。
話が逸れた。こんなに大人数でやる授業は、実践形式だったり、普通に座学だったり様々な訳だけど、今日は私が入学式の日に何故かたどり着いたあの森で授業をするらしい。確かに、助けてくれたあの親切な知らない人も授業で使うって言ってたな…。
「あ、いたいた!ミコっちゃん〜!探したよ〜!」
「ラメさん、みんなも」
同じチームであるラメさんがおーいと手を振りながら駆け寄ってくる。そのすぐ後ろではエトワールさん、ミュゼさんも一緒にいた。
「魔術科合同授業だから、見つけるのとにかく大変だわ〜」
「みんなで集まってから来ればよかったね、ごめん」
「いいんだよぅ!だって急に場所変わったわけだし!」
そう言いながらぎゅっと抱きついてくるラメさん。それをイクスさんがやめなさいと引き剥がした。
ラメさんの言う通り、元々は大講堂での授業の筈が急遽この森になったのだ。しかも割と直前の変更で、私達以外にも同じチームメンバーを探し回ってる人は結構多い。ついさっきもイクスさんが「うちのチームメンバーが1人見つかんないんだけど!どこ行ったのよあいつ!」って言って探し回っているのを見かけたくらいだ。
「それにしても不思議よね。直前で教室での授業じゃなくなるなんて…」
「本来使う予定の部屋に不備があった、とか?」
「不備があったらもっと早く伝えてくれそうだけど…」
「でも、学園の説明会で建物全体に自動修復と保護の魔術が掛かってて、中々壊れたりしないって言ってなかった?」
うーん、と皆で首を傾げながらいるとチャイムが鳴り響いた。それと同時に先生が現れる。
「はい、皆さん揃ってますね〜。それでは、今から魔術科合同授業を始めますよ〜」
拡声機能を持つ魔具を使ってそういう先生。そんな先生を見ながらあれ、と違和感を覚える。覚えた違和感に首を傾げてると、ちょいちょい、と隣にいるエトワールさんがつついてきた。そして、小さな声で話しかけてくる。
「ミコトちゃんって、記憶力自信ある方?」
「うん、まぁそこそこには。どうしたの?」
「こんな事聞くのもおかしいかもなんだけど…あんな先生、この学園にいたかな?」
「もしかして…エトワールさんも変だって思った?」
「うん。私ね、記憶力に関しては絶対の自信があるんだけど、貰ってる教師紹介のとこにあんな先生、いなかったはずなのよね…」
エトワールさんと2人で小声で話してると、ラメさんとミュゼさんが何事かと気になったようで、私達の方に振り向いた。
「エっちゃんもミコっちゃんも、さっきから小声で、何話してるの?」
「2人とも、授業はちゃんと聞かなきゃダメよ?」
「その、ちょっと気になる事があって…」
「気になること?」
「2人は、さ……」
そう言ってエトワールさんが2人にも同じ事を聞こうとしたタイミングで、突如視界がぐらりと揺れる。地面が揺れたのか、そう思って周りを見ようとして、何故か身体が全く動かせなかった。さっきまで動かせてたのに。周りを見ようにも視線1つ動かせない。声を出そうとしても全く出ない。まるで私の身体が急に玩具になったみたいに。もしくは、突然意識と身体が切り離されたみたいに。
なんで、どうして?
突然の状況に意識的には混乱していると、先生が魔具を使って話し出す。
その顔は、先生だとは到底思えないほどに悪意に満ちていた。
「さぁ皆さん、この用意した転移結晶 を使って移動しますよ!貰ったチームからどんどん向かって下さいね〜!」
そう話す先生の横には山のように積まれた転移結晶が。
先生のその言葉でみんなは、転移結晶を受け取っていく。明らかにダメだとわかっているのに、身体は全く言うことを聞いてくれない。受け取りたくないのに、身体はそれとは裏腹に転移結晶を受け取っていて。そのまま4人で転移結晶を使う。視界は、結晶が放つ光に覆われて、そして──
そこまで思い出したミコトは、他のみんなは、と慌てて辺りを見渡すが、いるのはやはり魔物たちばかり。不幸中の幸いなのは、魔物はまだミコトのことを視認していないことだろう。
誰か近くにいないのだろうか。
そう思って動き出そうと1歩、踏み出したその瞬間、どうやら小枝を踏み折ったらしく、パキリと音が鳴る。
まずい。
そう思って恐る恐る振り返ると、魔物がミコトをハッキリと捉えていた。なんなら、目と目があったのではないだろうか。
ほんの一瞬の静寂の後、全速力で逃げるミコトと、同じく全速力で追いかける魔物の命懸けの追いかけっこが始まったのだった。
バカか私は!と、足元を気にせず踏み出した過去の自身に思いつく限りの罵詈雑言を浴びせる。浴びせたところでこの恐怖の追いかけっこが終わる訳でもないし、獲物を見つけた魔物が急に居なくなるわけでもないが。
走って走って、ひたすらに走って。しかし、地の利がなければ引き離す事など難しいわけで。魔物との距離が少しずつ近付いてくる。そして、振り返らずともわかる程に追いつかれたその時。
「危ない!」
少女の悲鳴に近い声と衝撃。ミコトは何が起きたか分からなかった。気付けば誰かに押し倒されたようで、ミコトの上に誰かが倒れ込むように乗っていた。
「大丈夫!?怪我とかしてない!?」
ミコトの上に乗っていた黒髪の少女はバ、と飛び起きるかのように体を起こすと、ミコトの身体に何も無いかと心配そうに確認をとる。
魔物は、どうやらターゲットを追いかけていたミコトから、邪魔をした少女に移したらしい。鳴き声をあげ、少女に襲いかかろうとする。が。
「魔術展開、【絡めとる神樹の根 】!」
先に気付いたらしい少女が魔術を発動させ、魔物は木の根に拘束される。魔物は何とか拘束から抜け出そうともがくが抜け出せず、やがて完全に動きを止めた。そのタイミングで少女はふう、と大きく息を吐くと、改めてミコトの方へと振り向いた。
「大丈夫?怪我とか何にもしてない?気分悪いとかある?」
「あ、うん、平気。助けてくれてありがと」
「よかったぁ…!みんな急に変になるし、急に訳わかんないとこに転移結晶で飛ばされたし、誰かいないか探し回ってたら、魔物に襲われそうになってるキミがいるしで、びっくりしたよぉ」
そう言って眉を下げて笑う少女。あちこち人を探し回っていたのだろう。身体の至る所に草や泥を付けた少女はニパ、と笑いながらミコトに向かって手を差し出した。差し出された手を握り返しながら、ミコトは立ち上がる。
「ひとまずはろ助けられて良かった!大きな怪我とかかも特にないみたいで………って、あぁ!?」
突如大きな声をあげる少女に、思わず肩を跳ねあげる。何事かと思いながら少女を見ると、プルプルと震えながら、ミコトの腕の方を指さした。彼女の大きな瞳には薄く涙の膜が張られていた。
「腕、怪我してる……!も、もしかしてさっきアタシが押し倒した時に引っかかっちゃった!?」
「え?腕?」
少女のその言葉にミコトも指された腕を確認すると、確かに何かに引っかかったのか、白い制服が赤く一直線に汚れていた。
「あ、本当だ。逃げ回ってる時に切っちゃってたかな…」
「ど、どうしよう!?アタシ治癒はいつも人に任せてるから苦手で…あ、そうだ!確かポーチにもしもの時の応急セットが……ってうそ!?無い!!??」
わぁわぁと1人盛り上がる少女。周りが危険である事は分かっているが、どうしても、百面相かというくらいコロコロ変わる表情は可愛いと思い、和んでしまう。
「さっきまでいた場所に落としてきちゃったんだ…!待ってて!すぐそこだからサッと行って取って戻ってくる!」
「え、それなら一緒に、行った方が……」
早いんじゃないか、そう言い切るより前に少女は走って何処か、恐らく彼女が言っていたさっきまでいた場所に向かっていってしまった。まるで嵐のように元気で、どこかイクスやラメリアを重ねてしまう。
戻ってくる、と少女は言っていたため、彼女を追いかけて合流できなくなるといったよりは、大人しくここにいた方がまだマシだろう。そう思い、近くの木の根に腰掛ける。
「あ…そういえば名前、聞いてなかったな…」
彼女が着ていたセーターに付いていた2つのピンの色や、話の内容的にほぼ間違いなく、この騒動に巻き込まれた同学年ではあるだろうが、少なくとも同じクラスではないだろう。同じクラスであれば見覚えがあるはずなのだから。しかし、同じクラスで黒髪でツインテール、セーター姿の女子生徒は居なかったハズだ。戻ってきたら名前を聞こうと思いつつ、ミコトは改めてここまで何が起きたかを思い返す。
みんな、無事だといいけど…。一緒に飛ばされた筈のチームメンバーや、他のクラスメイト達の安否を気にしつつ少女を待っていると、ガサリと音が聞こえた。少女が戻ってきたのか、そう思って音のした方を振り返ると、そこに居たのは少女ではなく、先程とは違う魔物。
ミコトと目の合った魔物が吼え、ミコトに向かって突進してくる。
「ちょ、うそ……!?」
咄嗟に避けると、魔物はそのまま後ろにあった木に食らいつく。木はバキバキと音をたてると倒れていった。それで気絶してくれないかと淡い希望を抱くが、魔物はくるりとミコトを見ると、再び突進してくる。
もうダメだ、そう直感し思わず目を瞑る。
だが、いくら経っても何も起こらず。不思議に思ったミコトが恐る恐る目を開けると、ミコトを襲おうとしていた魔物は身体をぴくぴくと痙攣させて、そして、ゆっくりと倒れていった。何が起きたか分からずにいると声が掛けられる。
「やぁ、また会ったね、ミコトちゃん」
どこかで聞いたことのある声。思わずバッと顔をあげると、入学式の日に会ったあの人物が、にこりと笑いながらミコトに向かって手を差し伸べていた。
「また迷子?ここは学園都市『マギア』の結界の外側にある立ち入り禁止エリアだよ?」
「立ち入り禁止エリア…!?」
「どうやって入ったのか分からないけど、魔物だらけのこの場所で、流石に前みたいに案内する訳にも行かないね。ちょっと待ってね、転移結晶が、確か…まだ残ってたはず…」
「ま、待ってください!」
ズボリと突如空間に手を突っ込む彼或いは彼女に対し、思わず声を荒らげて止めさせてしまう。今目の前の人物がなんで空間に手を突っ込んでいるのかとか、そもそもどうしてここにいるのかとか、なんで名前を知ってるのかとか、気になる事はいっぱいあるが、そんな事を気にしている場合ではないのだ。
「助けてください!」
「え、うん、だからいま…」
「そうじゃなくて……っ!私だけじゃなくて…」
ピクリと、全ての言葉を言い切る前に目の前の人物は何かを察したかのように反応する。
それに気付かないミコトは目の前の人物に、助けを求める。あの光景を覚えているから。全員が転移結晶を受け取り、使った光景を。
誰でもいい、誰でもいいから。
「皆を、皆を助けてください…っ!」
魔術科のみんなを、助けて。
その言葉と、悲鳴があちこちから木霊したのはほぼ同時だった。
「一体何があったのかとか聞きたいことはいっぱいあるけど、一先ずはキミを安全エリアでもあるマギアへと送るね」
悲鳴を聞いた目の前の人物は冷静な声で、ミコトにそう言った。
悲鳴を聞いてから、そわそわとするミコトの頭を優しくぽんぽんと撫でながら、ふわりと笑う。
「大丈夫。絶対、誰1人傷つけさせやしない。約束する。なんたってボクらはその手のプロだからね。安心して欲しい」
「ボク『ら』……?」
「うん、1人でやるのも出来なくはないんだけど、傷つけないようにってなると流石に厳しそうだからね。仲間を呼んだんだ。ボクの仲間はみんな優秀なんだよ〜」
パチリ、と。入学式の日と同じくウインクをしてみせる目の前の人物。力強い言葉とは裏腹なお茶目とも言わんその行為は、何故か『この人なら何とかしてくれる』という安心感をミコトに与えた。
先程同様、何もない空間に突如方手を突っ込む彼或いは彼女はこれじゃない、これでもないとぶつぶつ呟きながら、もう片方の手でミコトの腕を指さした。
「あ、そうそう。ここら辺の植物ね、人間に害を及ぼすタイプのが割と結構生えてるんだ。だからマギアにいる先生にちゃんと診てもらいなね」
「は、はい……あ、そうだ!この近くにも同じ学年の子が居るんです!黒髪で、ツインテールの子が、ポーチを探しに行ってて…」
「黒髪でツインテールの子ね、りょーかい。………お、あったあった」
そう言って突っ込んでいた手を出す。その手には転移結晶が握られていた。
「よし、じゃあ先にキミをマギアに送る。ついでで悪いんだけど、送った先にいるやつに伝言を頼まれてくれないかな?」
「伝言、ですか?」
「そ」
にっこりと笑いながらそう言って、転移結晶を発動させる。
「『約束忘れてんじゃねぇよクソ野郎、ぶっ飛ばすぞ』ってさ」
あまりにも乱暴な伝言と、ここに来る前同様の強い光が視界いっぱいに広がるのはほぼ同時だった。
事の始まりは、そう。午後の授業だった。一般魔術科─通称『魔術科』─の全クラス合同授業。魔術科は毎年特にクラスが多く、今年は12クラスもある。1クラス40人編成、締めて480人。入学生の約半数にもなる人数での授業。最早小さな学校とかだと全学年合同のイベントみたいなものじゃないかな、この人数。まぁ、学年が上がると、魔術科の中で専門とする授業内容によって更に細かくカリキュラムが分けられるみたいで、こんな大人数での授業はこの1学年のみだとかなんとか。
話が逸れた。こんなに大人数でやる授業は、実践形式だったり、普通に座学だったり様々な訳だけど、今日は私が入学式の日に何故かたどり着いたあの森で授業をするらしい。確かに、助けてくれたあの親切な知らない人も授業で使うって言ってたな…。
「あ、いたいた!ミコっちゃん〜!探したよ〜!」
「ラメさん、みんなも」
同じチームであるラメさんがおーいと手を振りながら駆け寄ってくる。そのすぐ後ろではエトワールさん、ミュゼさんも一緒にいた。
「魔術科合同授業だから、見つけるのとにかく大変だわ〜」
「みんなで集まってから来ればよかったね、ごめん」
「いいんだよぅ!だって急に場所変わったわけだし!」
そう言いながらぎゅっと抱きついてくるラメさん。それをイクスさんがやめなさいと引き剥がした。
ラメさんの言う通り、元々は大講堂での授業の筈が急遽この森になったのだ。しかも割と直前の変更で、私達以外にも同じチームメンバーを探し回ってる人は結構多い。ついさっきもイクスさんが「うちのチームメンバーが1人見つかんないんだけど!どこ行ったのよあいつ!」って言って探し回っているのを見かけたくらいだ。
「それにしても不思議よね。直前で教室での授業じゃなくなるなんて…」
「本来使う予定の部屋に不備があった、とか?」
「不備があったらもっと早く伝えてくれそうだけど…」
「でも、学園の説明会で建物全体に自動修復と保護の魔術が掛かってて、中々壊れたりしないって言ってなかった?」
うーん、と皆で首を傾げながらいるとチャイムが鳴り響いた。それと同時に先生が現れる。
「はい、皆さん揃ってますね〜。それでは、今から魔術科合同授業を始めますよ〜」
拡声機能を持つ魔具を使ってそういう先生。そんな先生を見ながらあれ、と違和感を覚える。覚えた違和感に首を傾げてると、ちょいちょい、と隣にいるエトワールさんがつついてきた。そして、小さな声で話しかけてくる。
「ミコトちゃんって、記憶力自信ある方?」
「うん、まぁそこそこには。どうしたの?」
「こんな事聞くのもおかしいかもなんだけど…あんな先生、この学園にいたかな?」
「もしかして…エトワールさんも変だって思った?」
「うん。私ね、記憶力に関しては絶対の自信があるんだけど、貰ってる教師紹介のとこにあんな先生、いなかったはずなのよね…」
エトワールさんと2人で小声で話してると、ラメさんとミュゼさんが何事かと気になったようで、私達の方に振り向いた。
「エっちゃんもミコっちゃんも、さっきから小声で、何話してるの?」
「2人とも、授業はちゃんと聞かなきゃダメよ?」
「その、ちょっと気になる事があって…」
「気になること?」
「2人は、さ……」
そう言ってエトワールさんが2人にも同じ事を聞こうとしたタイミングで、突如視界がぐらりと揺れる。地面が揺れたのか、そう思って周りを見ようとして、何故か身体が全く動かせなかった。さっきまで動かせてたのに。周りを見ようにも視線1つ動かせない。声を出そうとしても全く出ない。まるで私の身体が急に玩具になったみたいに。もしくは、突然意識と身体が切り離されたみたいに。
なんで、どうして?
突然の状況に意識的には混乱していると、先生が魔具を使って話し出す。
その顔は、先生だとは到底思えないほどに悪意に満ちていた。
「さぁ皆さん、この用意した
そう話す先生の横には山のように積まれた転移結晶が。
先生のその言葉でみんなは、転移結晶を受け取っていく。明らかにダメだとわかっているのに、身体は全く言うことを聞いてくれない。受け取りたくないのに、身体はそれとは裏腹に転移結晶を受け取っていて。そのまま4人で転移結晶を使う。視界は、結晶が放つ光に覆われて、そして──
そこまで思い出したミコトは、他のみんなは、と慌てて辺りを見渡すが、いるのはやはり魔物たちばかり。不幸中の幸いなのは、魔物はまだミコトのことを視認していないことだろう。
誰か近くにいないのだろうか。
そう思って動き出そうと1歩、踏み出したその瞬間、どうやら小枝を踏み折ったらしく、パキリと音が鳴る。
まずい。
そう思って恐る恐る振り返ると、魔物がミコトをハッキリと捉えていた。なんなら、目と目があったのではないだろうか。
ほんの一瞬の静寂の後、全速力で逃げるミコトと、同じく全速力で追いかける魔物の命懸けの追いかけっこが始まったのだった。
バカか私は!と、足元を気にせず踏み出した過去の自身に思いつく限りの罵詈雑言を浴びせる。浴びせたところでこの恐怖の追いかけっこが終わる訳でもないし、獲物を見つけた魔物が急に居なくなるわけでもないが。
走って走って、ひたすらに走って。しかし、地の利がなければ引き離す事など難しいわけで。魔物との距離が少しずつ近付いてくる。そして、振り返らずともわかる程に追いつかれたその時。
「危ない!」
少女の悲鳴に近い声と衝撃。ミコトは何が起きたか分からなかった。気付けば誰かに押し倒されたようで、ミコトの上に誰かが倒れ込むように乗っていた。
「大丈夫!?怪我とかしてない!?」
ミコトの上に乗っていた黒髪の少女はバ、と飛び起きるかのように体を起こすと、ミコトの身体に何も無いかと心配そうに確認をとる。
魔物は、どうやらターゲットを追いかけていたミコトから、邪魔をした少女に移したらしい。鳴き声をあげ、少女に襲いかかろうとする。が。
「魔術展開、【
先に気付いたらしい少女が魔術を発動させ、魔物は木の根に拘束される。魔物は何とか拘束から抜け出そうともがくが抜け出せず、やがて完全に動きを止めた。そのタイミングで少女はふう、と大きく息を吐くと、改めてミコトの方へと振り向いた。
「大丈夫?怪我とか何にもしてない?気分悪いとかある?」
「あ、うん、平気。助けてくれてありがと」
「よかったぁ…!みんな急に変になるし、急に訳わかんないとこに転移結晶で飛ばされたし、誰かいないか探し回ってたら、魔物に襲われそうになってるキミがいるしで、びっくりしたよぉ」
そう言って眉を下げて笑う少女。あちこち人を探し回っていたのだろう。身体の至る所に草や泥を付けた少女はニパ、と笑いながらミコトに向かって手を差し出した。差し出された手を握り返しながら、ミコトは立ち上がる。
「ひとまずはろ助けられて良かった!大きな怪我とかかも特にないみたいで………って、あぁ!?」
突如大きな声をあげる少女に、思わず肩を跳ねあげる。何事かと思いながら少女を見ると、プルプルと震えながら、ミコトの腕の方を指さした。彼女の大きな瞳には薄く涙の膜が張られていた。
「腕、怪我してる……!も、もしかしてさっきアタシが押し倒した時に引っかかっちゃった!?」
「え?腕?」
少女のその言葉にミコトも指された腕を確認すると、確かに何かに引っかかったのか、白い制服が赤く一直線に汚れていた。
「あ、本当だ。逃げ回ってる時に切っちゃってたかな…」
「ど、どうしよう!?アタシ治癒はいつも人に任せてるから苦手で…あ、そうだ!確かポーチにもしもの時の応急セットが……ってうそ!?無い!!??」
わぁわぁと1人盛り上がる少女。周りが危険である事は分かっているが、どうしても、百面相かというくらいコロコロ変わる表情は可愛いと思い、和んでしまう。
「さっきまでいた場所に落としてきちゃったんだ…!待ってて!すぐそこだからサッと行って取って戻ってくる!」
「え、それなら一緒に、行った方が……」
早いんじゃないか、そう言い切るより前に少女は走って何処か、恐らく彼女が言っていたさっきまでいた場所に向かっていってしまった。まるで嵐のように元気で、どこかイクスやラメリアを重ねてしまう。
戻ってくる、と少女は言っていたため、彼女を追いかけて合流できなくなるといったよりは、大人しくここにいた方がまだマシだろう。そう思い、近くの木の根に腰掛ける。
「あ…そういえば名前、聞いてなかったな…」
彼女が着ていたセーターに付いていた2つのピンの色や、話の内容的にほぼ間違いなく、この騒動に巻き込まれた同学年ではあるだろうが、少なくとも同じクラスではないだろう。同じクラスであれば見覚えがあるはずなのだから。しかし、同じクラスで黒髪でツインテール、セーター姿の女子生徒は居なかったハズだ。戻ってきたら名前を聞こうと思いつつ、ミコトは改めてここまで何が起きたかを思い返す。
みんな、無事だといいけど…。一緒に飛ばされた筈のチームメンバーや、他のクラスメイト達の安否を気にしつつ少女を待っていると、ガサリと音が聞こえた。少女が戻ってきたのか、そう思って音のした方を振り返ると、そこに居たのは少女ではなく、先程とは違う魔物。
ミコトと目の合った魔物が吼え、ミコトに向かって突進してくる。
「ちょ、うそ……!?」
咄嗟に避けると、魔物はそのまま後ろにあった木に食らいつく。木はバキバキと音をたてると倒れていった。それで気絶してくれないかと淡い希望を抱くが、魔物はくるりとミコトを見ると、再び突進してくる。
もうダメだ、そう直感し思わず目を瞑る。
だが、いくら経っても何も起こらず。不思議に思ったミコトが恐る恐る目を開けると、ミコトを襲おうとしていた魔物は身体をぴくぴくと痙攣させて、そして、ゆっくりと倒れていった。何が起きたか分からずにいると声が掛けられる。
「やぁ、また会ったね、ミコトちゃん」
どこかで聞いたことのある声。思わずバッと顔をあげると、入学式の日に会ったあの人物が、にこりと笑いながらミコトに向かって手を差し伸べていた。
「また迷子?ここは学園都市『マギア』の結界の外側にある立ち入り禁止エリアだよ?」
「立ち入り禁止エリア…!?」
「どうやって入ったのか分からないけど、魔物だらけのこの場所で、流石に前みたいに案内する訳にも行かないね。ちょっと待ってね、転移結晶が、確か…まだ残ってたはず…」
「ま、待ってください!」
ズボリと突如空間に手を突っ込む彼或いは彼女に対し、思わず声を荒らげて止めさせてしまう。今目の前の人物がなんで空間に手を突っ込んでいるのかとか、そもそもどうしてここにいるのかとか、なんで名前を知ってるのかとか、気になる事はいっぱいあるが、そんな事を気にしている場合ではないのだ。
「助けてください!」
「え、うん、だからいま…」
「そうじゃなくて……っ!私だけじゃなくて…」
ピクリと、全ての言葉を言い切る前に目の前の人物は何かを察したかのように反応する。
それに気付かないミコトは目の前の人物に、助けを求める。あの光景を覚えているから。全員が転移結晶を受け取り、使った光景を。
誰でもいい、誰でもいいから。
「皆を、皆を助けてください…っ!」
魔術科のみんなを、助けて。
その言葉と、悲鳴があちこちから木霊したのはほぼ同時だった。
「一体何があったのかとか聞きたいことはいっぱいあるけど、一先ずはキミを安全エリアでもあるマギアへと送るね」
悲鳴を聞いた目の前の人物は冷静な声で、ミコトにそう言った。
悲鳴を聞いてから、そわそわとするミコトの頭を優しくぽんぽんと撫でながら、ふわりと笑う。
「大丈夫。絶対、誰1人傷つけさせやしない。約束する。なんたってボクらはその手のプロだからね。安心して欲しい」
「ボク『ら』……?」
「うん、1人でやるのも出来なくはないんだけど、傷つけないようにってなると流石に厳しそうだからね。仲間を呼んだんだ。ボクの仲間はみんな優秀なんだよ〜」
パチリ、と。入学式の日と同じくウインクをしてみせる目の前の人物。力強い言葉とは裏腹なお茶目とも言わんその行為は、何故か『この人なら何とかしてくれる』という安心感をミコトに与えた。
先程同様、何もない空間に突如方手を突っ込む彼或いは彼女はこれじゃない、これでもないとぶつぶつ呟きながら、もう片方の手でミコトの腕を指さした。
「あ、そうそう。ここら辺の植物ね、人間に害を及ぼすタイプのが割と結構生えてるんだ。だからマギアにいる先生にちゃんと診てもらいなね」
「は、はい……あ、そうだ!この近くにも同じ学年の子が居るんです!黒髪で、ツインテールの子が、ポーチを探しに行ってて…」
「黒髪でツインテールの子ね、りょーかい。………お、あったあった」
そう言って突っ込んでいた手を出す。その手には転移結晶が握られていた。
「よし、じゃあ先にキミをマギアに送る。ついでで悪いんだけど、送った先にいるやつに伝言を頼まれてくれないかな?」
「伝言、ですか?」
「そ」
にっこりと笑いながらそう言って、転移結晶を発動させる。
「『約束忘れてんじゃねぇよクソ野郎、ぶっ飛ばすぞ』ってさ」
あまりにも乱暴な伝言と、ここに来る前同様の強い光が視界いっぱいに広がるのはほぼ同時だった。
