リーブ
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「今回の護衛を担当する(名前)です。」
そうツォン君に紹介された彼女は30°の角度で綺麗に敬礼した。短い前髪と横髪だけ長い特徴的な髪型、深く何処までも広がりそうなブルーブラックの髪色が彼女が身にまとっている一直線のシルエットの黒いスーツをより美しく魅せていたのを僕は今でも鮮明に覚えている。
「今回の護衛任務を担当させていただくことになりました、総務部調査課(名前)です。よろしくお願い致します。」
「あぁ、はい。よろしくお願いします。」
「当日はご自宅まで私が送迎させて頂きます。ご不便をお掛けしてしまいますが何卒ご容赦下さい。」
「はい、えっと…因みに何か気を付けておいたほうがいいこととかありますか?」
「え?」
ポカン、とした表情で私と視線が交わる(名前)さんを見ながら私はなにかおかしなことを言っただろうかと不安になる。
「あ、いえ、当日はリーブ統括のご自由になさってください。私がそばにおりますので」
「そうですか、わかりました。」
それでは当日はよろしくお願いします。
そう告げると(名前)さんは再び敬礼をしてツォン君と部屋を出て行った。………何かいけないことでも言っただろうか?
──────────
「よ、お帰り。………ってどうしたんだよ変な顔してるぞ、と」
「え、あ。ただいま。いや、少し珍しい事もあるんだと思って」
「何かあったのか」
「んー………嫌、幹部にも色んな人がいるんだなぁって思っただけだよ。」
変なやつじゃなかったんなら良かったじゃねぇか。と言いながらレノはルードを連れて任務に出ていった、…ん?
「ちょっと待ってよ!その任務私も一緒のやつ!!」
そう叫びながら赤髪の跡を追いかけた。
──
「で?何があったんだよ。」
先程のオフィスからはところ変わって今は車の中、ルードが運転する車にレノは助手席、私は後部座席に腰を下ろしていた。
任務も無事終わって後は本社に戻り報告書を提出すれば今日の仕事は終わる、なんと残業なしの定時退社だ。
そんな状況で密かに心躍らせていると先程の台詞。
「何って?」
「幹部にも色んな人がいる。って話」
「………??」
「心配している」
何かあったのか。と心配してくるこの同僚の気遣いに気付くのにルードからの助言を貰っても理解するのに少し時間がかかった。
「心配………??………!!あぁ、気にしないでいいよ。変な事されなわけじゃない、ただ、“私にも何か気をつけるところはありますか?”って聞かれたの。珍しいでしょ?」
「そりゃまた変わり者の幹部様だな」
「でしょー?なんて言ったかな、そう。リーブ統括。」
「あぁ、あの幹部役員たちの中で唯一の良識者か」
「そうなの?」
「そうだろ。どう考えても。」
まぁ、確かに?と返しながら他の幹部達を頭に思い浮かべる。
警備兵を足置きにしてたり隙あらばセクハラして来ようとしたりしない、みえみえな野心の塊でもなければ研究変質者でもない。………確かに唯一の良識人だ。
「むしろ何故あんな人が総統に…??」
口から溢れてしまった疑問はレノが拾う。
「もしかしたらどっかのネジ外れてる人かもしれないぞ。と」
「可能性はゼロではない」
「ちょっとルードまでそんなこと言うの!?やめてよ!途端に怖くなってきちゃった」
身を乗り出して前の助手席にあるヘッドレストを抱え込めば必然的にレノの首が締まる。ぐぇっ、と何か聞こえたがこの際無視だ。
「まぁご愁傷様だぞ、と。」
私の腕をほどきながらそう言うレノをレッドレスト越しに睨みながら他人事だと思って…と恨み節を溢していると車が本社についた。
はぁ、今日の仕事もさっさと終わらせて定時退社しよう。
───────────────────
「お迎えに上がりました。統括」
「(名前)さん、もうそんな時間ですか。」
リーブ統括の執務室のドアをノックして声をかければ若干疲れた姿…髪型の崩れた統括が顔を出した。
少し待っててください。そう告げた統括に会釈をして都市開発課秘書のデスク前…簡易待合室となっている所で待機姿勢で待つ。
さっき入ってきた時にアポを通していたので会釈をしたがタークスをあまり見慣れない様子で少し視線をもらう、つい居たたまれなくなった私はそんな秘書さんに愛想笑いと会釈を再びすれば少し驚かれた。何故。
そんな少し不思議な時間を過ごしていると統括の執務室の方でガタガタ、と物音が起きたあとガチャリとドアが開く。
「それじゃあ私は席を外すから後のことはよろしくお願いします。」
「かしこまりました。お気をつけて」
先程よりは整った髪型とコートを羽織上等なビジネスバッグを手にした統括が秘書さんに何やら指示を少し出せばそのまま彼女の見送りを受けて私の元へ来る統括。
「(名前)さん、おまたせしました。」
「いえ、それでは行きましょう。」
少し視線を下げて私の目を捉えながら話をする統括にむず痒い感覚を感じるも特に悟られることはなく車まで同行する。
統括を後部座席へ案内した後運転席へ乗り込みシートベルトをして振り返りながらこれからの予定の確認を口頭でする。
「これからサロンに向かい、ご準備をしていただいた後パーティー会場まで向かいます。会場では私が常に脇で控えております、何かありましたら直ぐお知らせください。退場後は再びこちらの車で総統のご自宅までお送りさせて頂きます。変更点等はございますでしょうか?」
「いえ、大丈夫です。今日はよろしくお願いします。」
そう言いながら軽く頭を下げる統括を見てやっぱり変な人だな。と思うが口には出さなかった。
それでは発進します。そう伝えルームミラーを微調整してブレーキを踏みながらエンジンをかけギアを1stにすればサイドブレーキを下ろしてクラッチを半クラにしてアクセルを踏みそのまま直ぐ2ndまで上げて駐車場を出る。
車道に出ればそのまま3rd、topへと入れる。
無線のノイズ音だけが流れる車内で私のギア操作音だけが響く。
まぁ、護衛対象と話すことなんて基本ないしこれが普通なんだがやはりリーブ統括は変わった人だった。
「MTなんですね。」
一瞬何を言われたのか分からない私はボケっとしたがその台詞が私に向けてのものだとわかった瞬間返事をする。
「ぁ、はい。ATの方がよろしかったでしょうか?」
「いえ、最近じゃ珍しいな。と思いまして、特に女性が乗られてるのは」
少しガタつくかな?と自分の運転技術に不安を感じたがそうではなかったようだ。
「何かあった時にアナログな方が何とかなることが多いので私は好んでこの子に乗ってます。」
「なるほど、プライベートでもですか?」
「いえ、欲しいとは思っていますが家族が乗るので」
「ご家族…あ、いえ他意はないんです、」
「珍しい、ですよね。タークスなのに家族が健在なんて」
「……家族には稼ぎ頭だと、頼られております。神羅の社員ですから。」
「そうですか…」
勿論家族に本当の仕事内容なんて話せない。時には会社勤めじゃありえない怪我をすることもある、でもそれら全てに気づかないふりをしてくれているのも私の家族の有り難いところ。
統括はなんと言ったら良いのかわからない様子で少し視線を下げていた。
「私が選んだ仕事ですから。」
そう溢した言葉を統括は聞き漏らさなかった。
「私はここで待機しております。」
後部座席のドアを開けサロン店内迄案内した後そのまま店の入口近くに立ちながら告げると「すぐに終わらせてきますね」と言って統括は奥の部屋へと入って行った。
すぐに終わらせると言っても今からシャワーを浴びて美容師がヘアセットとスキンケアを施し正装に着替えて来るのだ、軽く見積もっても1時間はかかる。
まぁ、兵器開発部門の統括様に比べれば十二分に早いのだが。あの人の護衛に付いたことは何度かあるが………長かった。事前に予定していた時間(しかも余分に取っている時間)を余裕でオーバーさせてくるのだから。
それに比べたら1時間…かかっても1時間半程だろうか、待機しておく分にはなんの支障もない。
ただ黙ってじっと待機なんてのも護衛任務ではよくある事。頭の中でこの後の予定を確認しながら車を走らせるルート、万が一があった場合のプランの確認を黙々とする。
頭の中でひたすら“万が一”のシュミレーションをしていると気づけば50分程経過していた。
折り返しにはなったな。と思っていると奥の部屋から革靴の良い音をさせながら「お待たせしました。」と声が聞こえてきた。
まさかと思いつつそちらを確認すれば先程まで居た疲れた様子が滲み出たリーブ統括の姿はなく、しっかりとセットされた髪に見るからに上等なモーニングコートを身に纏った統括の姿だった。
コツ、と音を立てながら私の目の前に立った統括はやはり幹部らしからぬ穏やかな笑みを私に向けた。
ちなみに私はと言うとそこそこ早く見積もっての1時間より早く、そしてリーブ統括の変わり様に正直少し呆けていた。
「(名前)さん?」
「…!!失礼致しました。それでは行きましょう。」
何をしているんだ私は。少なくとも仕事中、しかも護衛任務中に気が緩んでしまうなんて失態。主任にバレたらたまったものじゃない、心の中で己を叱責しながら再び統括を車へ案内する。
運転席に乗り込み時計を確認すると予定より30分以上早く事が進んで居る事実に出かける鼻歌をこらえながら今回の本命、パーティー会場へと車を走らせた。
ーーーーーーーーー
「それでは、乾杯」
壇上で今回の主催者がバカラのグラスを片手に音頭を取る。周りの来賓達もそれに準じながらグラスを上げれば各々話し始める。
私の他にも来賓客が連れてきた護衛の人間達を横目に私は少し寂しい内ポケットに手を添える。まさか警棒すら駄目だったとは…
この会場に入る時、金属物は全て没収された。勿論事前にそのことは聞いていたのでナイフや念の為に薬品の類は持ってきていなかったがまさか普段使ってるタークスの警棒も対象になるとは思わなかった。
一応靴に仕込んでる鉄板は何も言われなかったが(金属探知機でバレて凄く怪訝な顔はされたがこの靴を失うと私は裸足になるためその方が問題視になって見逃してもらえた)
少し寂しい懐を慰めながら今回の仕事のチェックポイントに目を向ける。
立食式のこのパーティー、初めてではないがやはり護衛はとてもしにくい。………のだが今回はその限りではなかった。
そう、リーブ統括は動かないのだ。壁の花………とまでは行かないが最初に少しお皿に手頃なものを数品乗せて後は乾杯のグラス片手に立っているだけだった。
勿論、あの神羅カンパニーの幹部の一人であるリーブ統括を放っておくほどここの来賓客達も馬鹿ではない。あれよあれよと周りに人だかりが出来ると統括は先程から挨拶をずっとしている。
だがそれ以上動かない。護衛対象によっては会場中を隅から隅まで移動する方もいる、まぁそう言う時は目立たない様に壁沿いに追いかけるのだがそれもまた面倒なのであまり好きではない。
そんな中でのこれである。勿論周りに群がっている人間に目は光らせているがそれだけでいい。比較的楽だ。
幹部護衛がこんなに楽でいいのか、こんなにやりやすくていいのか。
なんて謎の自問自答を繰り広げながら美味しそうな料理を横目に観察を続けているとやはり居るんだ不届き者が。
銀製のナイフの音じゃない、物を切る為の金属が出す特有の音が聞こえる。
皮のホルダーに入っているのだろう、音は最小限だ。
ただ少しずつ大きくなるその音が、持ち主のターゲットが私の護衛対象である事は明白だった。
さて、あまり大事にしたくはない。そのスピードならゆっくり近づいて来てるから…位置は………
そう目星をつけようとした時だった。敵さんは定石通りではなかった、一際大きなヒールが大理石を蹴り上げる音がした瞬間私は統括の腕を引き前に出る。
素人では無かった。
蹴り上げた音と直進スピード、そして彼女がドレスの下から出したナイフのスピード。
どれも場馴れをした動きだった。………がこちらも素人ではない。ナイフの一手目と言うのは予想ができる。
突き刺してくるように真っ直ぐ向かってくるナイフに平行する様腰を拗らせて避ける。がそのままナイフを持つ手が手首を返して私の胸を数cmの深さまで切る。
さすがの痛みに顔が歪むがむしろこれは好機。
相手の手首、二の腕を掴みそのまま肘を可動域方向に折り畳めば崩れる重心を見逃さない。手首を掴んだ手でそのまま肩を押せば敵を床に封じ込むことは容易だった。
そのままナイフを手放させ拘束をする。
そこそこ強めに床へ押し倒したせいかナイフを振り回した敵さんは気を失っていた。
そこからは会場の外を警備していた警備兵へ引き渡せばパーティーはお開きとなった。
はぁ、やっと終わった。後は統括をお送りすれば今日の任務は終わりである、さっさと終わらして帰ろうと振り返れば少し怒った表情の統括。
「(名前)さん」
「はい」
「なんでそんな平気そうなんですか」
「…え?」
なんで?何でも言われても仕事をこなしただけですので。とは口が裂けても言えない。言える雰囲気ではない。
というか統括が何故そんなに怒っているのかわからない。
「傷の話をしているんです!血が凄く出ていないじゃないですか!」
あぁ、そっちか。
そういえば気に留めていなかったがそこそこ深かったらしい傷は胸の一番厚い部分が今でも少し血が流れてせっかくの白いシャツを赤く染めていた。…今手元に止血剤を持っていない。
ふむ、少し見栄えは悪くなるが仕方ないか。
「統括、お目汚しを失礼いたします」
建前上一言断りを入れればジャケットとシャツのボタンを外しシャツの裾で傷口の上をきつく縛りジャケットのボタンを閉める。
本当に見栄えは良くないがやらないよりまっしだろう。
「それでは行きましょうか。」
「いや、いやいやいや、おかしいですよね?!」
「??なにかでしょうか」
「その傷の深さをそれで済ませるなんて…!!すぐにでも救急隊員を…」
「その心配は不要です統括。」
「そんなわけ無いでしょう!!」
なぜこの人はここまで必死に言ってくるのだろう。と思って私は少し方向性の違う弁解を言う。
「いえ、切られたのは脂肪なので本当に大丈夫です」
「いやそういう話じゃ………え?」
「脂肪です。私、胸が大きいことだけが取り柄なので」
「いや、いやいやいや、え?」
こいつは何を言っているんだと言いたげな統括の目を見ながら応える。
「普段からホルダーを巻いて胸を潰して壁を作って居るので数cm程度の深さまでなら問題ありません。」
「………は?」
「なのでご安心を。」
「いやそういう話じゃ…」
「違いましたか?」
違…わないのか…?と困惑した様子の統括を見つめて居ると退場していく来賓客に紛れてボーイの格好をした男が襲ってくるのを捉える。
「統括、失礼します。」
「え?」
握りしめられたナイフの刃の部分を握りしめて止めた瞬間怯んだ相手の手首を蹴り上げる。それでも尚向かって来る相手に私は容赦なく顔を蹴飛ばす。
ただの蹴りとは違って鉄板の仕込まれた靴での蹴りは数メートル飛んで壁にめり込んだ。
おそらく鼻の骨が折れてるであろう男が近くにいた警備兵に拘束されるのを確認すれば早々にここを立ち去るべきだな、と判断する。
「行きましょう、統括」
「え、いや」
「またどんな刺客が来るかわかりません。ひとまず車まで戻りましょう。」
そこまで行けば一息ぐらいはつける。
そう思いながら私は統括を車まで連れて行った。
ーーーーーーーーー
車までの移動中、私の胸元をそれはそれはソワソワした様子で見てくる統括が少し可哀想に思えた為車に乗り込み置いてあった止血剤…科学部門が開発した血液凝固剤を胸の傷に振りかければ手袋を替える。
支給品だけど気に入ってたのになぁ。と少し凹みながらナイフでパックリ行ってる手袋をポケットにしまい込む。
アタッシュケースに入っているルードの替えシャツを拝借する。
止血剤をふりかけたとはいえこのシャツを汚すのは忍びない為元着ていたシャツを引き裂きホルダーの切られた部分、要するに傷口の部分にあて布として詰める。
流石神羅の薬品と言うのか、突っ込んだ白シャツの色が変わる事も無いのを確認すればルードのシャツに袖を通す。うん、でかい。
しかしわがままも言ってられない。何なら今わたしはこの一連の流れを車外でやっている、後部座席に座られてるリーブ統括をこれ以上待たせるわけにはいかない。
ジャケットを羽織りサイズの大きいシャツの袖をごまかすようにシャツと一緒にジャケットの袖を捲くれば運転席へと乗り込む。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。」
「いえ、それより傷の方は大丈夫なんですか?」
恐る恐ると行った様子でこちらに目を向けてくるリーブ統括は先程までの私の見苦しいシャツで圧迫止血している姿とか違う綺麗なシャツを着ているのを見て何やら少しホッとしたような表情をされた。
「はい、もう大丈夫です。それでは、車出しますね。」
そう告げて車を出す。
そのまま暫く車を走らせながら夜のミッドガルの町並みを眺めて運転していると一等地の住宅街に入る、確か統括のご自宅は…前情報で確認していた道を走りながら目的のマンションに到着する。
専用の入り口に車で入り車を停めればそのまま駐車場からエントランスへの入口まで統括に同行する。あれ、これって何処までなんだろう。家のドアまでかな?万が一を考えればそうなんだろう、と言うかここまで来てこの距離を面倒くさく思うこともない。
統括がカードキーで開けるゲートに追随する。
コツコツコツ、とどちらの物かはわからない革靴の音が響く。
エレベーターに乗り込み登っていく景色を横目に眺める、凄いなぁ…神羅の幹部になるとこんな所に住めるんだ。と素直に関心しながら上層階でポーン。と綺麗な音が鳴る。
エレベーターを降りると足元は靴越しでもわかる程柔らかいカーペットが敷かれておりその通路は高級ホテルと遜色のない空間だった。エレベーターホールから対角線上の位置にある扉まで行き統括が部屋の鍵を開ける、そのまま部屋に入るのを見届けようとして居ると何か不審に思ったのかこちらをちらりと見て首を傾ける統括。
「えっと…コーヒー飲んでいかれます?」
「………………は?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔でつい口から言葉を出してしまった私を見ながら静寂が響く。
…
……
………しまった!!!つい想定外なことを言われてよくわからない声を出してしまったがこれは失礼だ、大変失礼な行為を私は今している。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう…なんて弁解するべき?そのまま「い」と言ってあたかも返事をしたように見せかける?いや、そうしてしまうと統括の家でコーヒーを飲むことになってしまう。それはいけない。待って待って待って待って待って…………
この間実に0.5秒
そしてもうプラス0.5秒…合計1秒程たっぷりと思考を巡らせた私が口を開こうとした瞬間何やら焦った様子の統括が前言撤回をする。
「すみません!若い女性にこんな事、軽率でしたね。しかしやはり怪我をされているのでそのままというのも私の気が落ち着かなく、」
この方は本当にあの、あの、“あの”神羅カンパニーの重役様なのだろうか?ここまで来てとてつもなく疑問に思えてきた。
お茶でもというお心気遣いにすら気を使われるなんてある意味気にし過ぎな気もするがまぁ、常識的な人間はきっと本来こうなのだろう。………常識的な人が回りに思い当たらないのでこれはあくまでも予想だが。
しかし何というかこの方は本当に情が深いという訳ではなく物腰が柔らか過ぎやしないだろうかと心配になってくる。
「お心遣い誠にありがとうございます。ですが本日、私の任務は統括をご自宅までお送りする迄が任務ですのでこれにて帰還させて頂きます。」
「あ、ですよね…」
「…それと、差し出がましいとは思いますが統括、あまり下の者に気を使いすぎるのは賛成しかねます。統括は“命を狙われる”立場のお方です。そして私達は“命をかけて守る”立場です。私達は貴方様の盾であり影でもある、御理解の程願えますでしょうか」
「………(名前)さんの言わんとしておることは分かります。」
「ではどうか、そのお優しいお心の隅に留めていただければ幸いです」
私の本当に言わんとしていることを察した統括は少し視線を落とした。
「それでは、私はこれにて任務終了とさせて頂きます。どうぞ、お休み下さいませ。」
敬礼をした私はそのまま駐車場まで向かった。
─────
あぁーーーーー!!!!うちの阿呆!!!!何言うてんねん!!上司やで!?あの人は直属じゃないにしてもうちの首なんて文字通り一言で飛ばせることのできる人やで!?
なんであんなこと言うたんやろぉおおおお
あーーーーーー………あかん。絶対クビや、せっかく再就職先が決まったと思って浮かれて蓋を開けたら総務部調査課なんて体のいい名前のつけられた大企業の黒い裏方で、それでもやっぱり辞退するわけにもいかんからそのまま働き始めて早5年…社の幹部勢の護衛任務を単独で任されるようになって「これからだ。」って時に………
あかんわぁ…絶対あかん…………
…………待って?一社員なら露知らず、タークスやで?こんな大企業の闇を一心に背負ってる部署におって普通にクビに………
「なるわけない…」
良くて私一人を抹殺…最悪の場合プレートに暮らす家族全員………
ぁあああああ…なんでさっきそこまで考えられへんかったんやろ………
あかん。ホンマにあかん………
「ミッドガルから逃げる…か…??」
嫌あかん現実的やない。
何よりレノやルードならまだしもツォンさんに出てこられでもしたらホンマに無理や、うち一人じゃどうしようもない。
「はぁああああ………………」
自宅についた社用車の運転席でハンドルに項垂れながら全力で後悔するも覆水盆に返らず、時すでに遅し。
もうどうすることも出来ない。
ひとまず今日は当初の予定通りこのまま帰宅して明日報告書の提出をして…首が切られるとしたらその時か…あぁ、28にして人生の幕引きを目前にしながら私は最後の晩餐である夕食を食べる為に車から降りた。
ーーーーーーーーー
「昨日はご苦労だった、怪我をしたとリーブ統括から聞いているが支障はあるか。」
翌朝、普段ならまだ寝ていたい欲望で憎たらしく思う太陽も人生最後の朝日だと思うと妙に寂しく感じながら私は出社した。
オフィスにはまだ誰も出勤しておらず、私はなれた手付きで昨夜の報告書をまとめた。そして始業時間が始まると同時にツォンさんへ首を切られる(物理)覚悟で報告書を提出したら返ってきた言葉は先程の台詞だった。
「ぇ………」
「任務に支障が出るようなら療養休暇を使っても構わないが」
「い、いえ!大丈夫です、任務に支障はありません!お気遣いありがとうございます!」
「そうか、それなら良かった。早速だが次の任務だ。」
………え?リーブ統括は何もおっしゃられてない………?
あんな失礼を犯したのに…なんで?私の怪我の事は報告を上げたのにあの事はツォンさんに伝わっていないようで…え?
本気で今日死を覚悟していた私からしたらこの自体は想定外な訳で…正直ツォンさんの話が耳に入ってこない。
よく分からない事実に困惑して居ると急に視界が赤に染まる。
「おーい、聞いてるか?人の話はちゃんと聞けよ、と。」
「え、レノ!!」
「やーっぱり話聞いてなかったなお前。目の前の人の顔見てみろよ、と。」
「え、え、………!!!す、すみませんツォンさん!!!」
そこには少しだけ怒った様子のツォンさんの姿。
しまったぁあ………よくわからない現実に意識が飛びかけてた。
「次の任務の内容だが…もういい、レノ。移動中に説明してやれ。」
「はーい。んじゃ行くか(名前)。」
「え、あ、うん!ツォンさん、本当に申し訳ありません。以後、このようなことが起こらないよう気を引き締めて参ります!」
「あぁ。………(名前)、備品は行く前に補充しておけ。」
「はい!」
レノの跡を追いかけながら総務部のオフィスを飛び出した私はそのままエレベーターに飛び乗った。
そうツォン君に紹介された彼女は30°の角度で綺麗に敬礼した。短い前髪と横髪だけ長い特徴的な髪型、深く何処までも広がりそうなブルーブラックの髪色が彼女が身にまとっている一直線のシルエットの黒いスーツをより美しく魅せていたのを僕は今でも鮮明に覚えている。
「今回の護衛任務を担当させていただくことになりました、総務部調査課(名前)です。よろしくお願い致します。」
「あぁ、はい。よろしくお願いします。」
「当日はご自宅まで私が送迎させて頂きます。ご不便をお掛けしてしまいますが何卒ご容赦下さい。」
「はい、えっと…因みに何か気を付けておいたほうがいいこととかありますか?」
「え?」
ポカン、とした表情で私と視線が交わる(名前)さんを見ながら私はなにかおかしなことを言っただろうかと不安になる。
「あ、いえ、当日はリーブ統括のご自由になさってください。私がそばにおりますので」
「そうですか、わかりました。」
それでは当日はよろしくお願いします。
そう告げると(名前)さんは再び敬礼をしてツォン君と部屋を出て行った。………何かいけないことでも言っただろうか?
──────────
「よ、お帰り。………ってどうしたんだよ変な顔してるぞ、と」
「え、あ。ただいま。いや、少し珍しい事もあるんだと思って」
「何かあったのか」
「んー………嫌、幹部にも色んな人がいるんだなぁって思っただけだよ。」
変なやつじゃなかったんなら良かったじゃねぇか。と言いながらレノはルードを連れて任務に出ていった、…ん?
「ちょっと待ってよ!その任務私も一緒のやつ!!」
そう叫びながら赤髪の跡を追いかけた。
──
「で?何があったんだよ。」
先程のオフィスからはところ変わって今は車の中、ルードが運転する車にレノは助手席、私は後部座席に腰を下ろしていた。
任務も無事終わって後は本社に戻り報告書を提出すれば今日の仕事は終わる、なんと残業なしの定時退社だ。
そんな状況で密かに心躍らせていると先程の台詞。
「何って?」
「幹部にも色んな人がいる。って話」
「………??」
「心配している」
何かあったのか。と心配してくるこの同僚の気遣いに気付くのにルードからの助言を貰っても理解するのに少し時間がかかった。
「心配………??………!!あぁ、気にしないでいいよ。変な事されなわけじゃない、ただ、“私にも何か気をつけるところはありますか?”って聞かれたの。珍しいでしょ?」
「そりゃまた変わり者の幹部様だな」
「でしょー?なんて言ったかな、そう。リーブ統括。」
「あぁ、あの幹部役員たちの中で唯一の良識者か」
「そうなの?」
「そうだろ。どう考えても。」
まぁ、確かに?と返しながら他の幹部達を頭に思い浮かべる。
警備兵を足置きにしてたり隙あらばセクハラして来ようとしたりしない、みえみえな野心の塊でもなければ研究変質者でもない。………確かに唯一の良識人だ。
「むしろ何故あんな人が総統に…??」
口から溢れてしまった疑問はレノが拾う。
「もしかしたらどっかのネジ外れてる人かもしれないぞ。と」
「可能性はゼロではない」
「ちょっとルードまでそんなこと言うの!?やめてよ!途端に怖くなってきちゃった」
身を乗り出して前の助手席にあるヘッドレストを抱え込めば必然的にレノの首が締まる。ぐぇっ、と何か聞こえたがこの際無視だ。
「まぁご愁傷様だぞ、と。」
私の腕をほどきながらそう言うレノをレッドレスト越しに睨みながら他人事だと思って…と恨み節を溢していると車が本社についた。
はぁ、今日の仕事もさっさと終わらせて定時退社しよう。
───────────────────
「お迎えに上がりました。統括」
「(名前)さん、もうそんな時間ですか。」
リーブ統括の執務室のドアをノックして声をかければ若干疲れた姿…髪型の崩れた統括が顔を出した。
少し待っててください。そう告げた統括に会釈をして都市開発課秘書のデスク前…簡易待合室となっている所で待機姿勢で待つ。
さっき入ってきた時にアポを通していたので会釈をしたがタークスをあまり見慣れない様子で少し視線をもらう、つい居たたまれなくなった私はそんな秘書さんに愛想笑いと会釈を再びすれば少し驚かれた。何故。
そんな少し不思議な時間を過ごしていると統括の執務室の方でガタガタ、と物音が起きたあとガチャリとドアが開く。
「それじゃあ私は席を外すから後のことはよろしくお願いします。」
「かしこまりました。お気をつけて」
先程よりは整った髪型とコートを羽織上等なビジネスバッグを手にした統括が秘書さんに何やら指示を少し出せばそのまま彼女の見送りを受けて私の元へ来る統括。
「(名前)さん、おまたせしました。」
「いえ、それでは行きましょう。」
少し視線を下げて私の目を捉えながら話をする統括にむず痒い感覚を感じるも特に悟られることはなく車まで同行する。
統括を後部座席へ案内した後運転席へ乗り込みシートベルトをして振り返りながらこれからの予定の確認を口頭でする。
「これからサロンに向かい、ご準備をしていただいた後パーティー会場まで向かいます。会場では私が常に脇で控えております、何かありましたら直ぐお知らせください。退場後は再びこちらの車で総統のご自宅までお送りさせて頂きます。変更点等はございますでしょうか?」
「いえ、大丈夫です。今日はよろしくお願いします。」
そう言いながら軽く頭を下げる統括を見てやっぱり変な人だな。と思うが口には出さなかった。
それでは発進します。そう伝えルームミラーを微調整してブレーキを踏みながらエンジンをかけギアを1stにすればサイドブレーキを下ろしてクラッチを半クラにしてアクセルを踏みそのまま直ぐ2ndまで上げて駐車場を出る。
車道に出ればそのまま3rd、topへと入れる。
無線のノイズ音だけが流れる車内で私のギア操作音だけが響く。
まぁ、護衛対象と話すことなんて基本ないしこれが普通なんだがやはりリーブ統括は変わった人だった。
「MTなんですね。」
一瞬何を言われたのか分からない私はボケっとしたがその台詞が私に向けてのものだとわかった瞬間返事をする。
「ぁ、はい。ATの方がよろしかったでしょうか?」
「いえ、最近じゃ珍しいな。と思いまして、特に女性が乗られてるのは」
少しガタつくかな?と自分の運転技術に不安を感じたがそうではなかったようだ。
「何かあった時にアナログな方が何とかなることが多いので私は好んでこの子に乗ってます。」
「なるほど、プライベートでもですか?」
「いえ、欲しいとは思っていますが家族が乗るので」
「ご家族…あ、いえ他意はないんです、」
「珍しい、ですよね。タークスなのに家族が健在なんて」
「……家族には稼ぎ頭だと、頼られております。神羅の社員ですから。」
「そうですか…」
勿論家族に本当の仕事内容なんて話せない。時には会社勤めじゃありえない怪我をすることもある、でもそれら全てに気づかないふりをしてくれているのも私の家族の有り難いところ。
統括はなんと言ったら良いのかわからない様子で少し視線を下げていた。
「私が選んだ仕事ですから。」
そう溢した言葉を統括は聞き漏らさなかった。
「私はここで待機しております。」
後部座席のドアを開けサロン店内迄案内した後そのまま店の入口近くに立ちながら告げると「すぐに終わらせてきますね」と言って統括は奥の部屋へと入って行った。
すぐに終わらせると言っても今からシャワーを浴びて美容師がヘアセットとスキンケアを施し正装に着替えて来るのだ、軽く見積もっても1時間はかかる。
まぁ、兵器開発部門の統括様に比べれば十二分に早いのだが。あの人の護衛に付いたことは何度かあるが………長かった。事前に予定していた時間(しかも余分に取っている時間)を余裕でオーバーさせてくるのだから。
それに比べたら1時間…かかっても1時間半程だろうか、待機しておく分にはなんの支障もない。
ただ黙ってじっと待機なんてのも護衛任務ではよくある事。頭の中でこの後の予定を確認しながら車を走らせるルート、万が一があった場合のプランの確認を黙々とする。
頭の中でひたすら“万が一”のシュミレーションをしていると気づけば50分程経過していた。
折り返しにはなったな。と思っていると奥の部屋から革靴の良い音をさせながら「お待たせしました。」と声が聞こえてきた。
まさかと思いつつそちらを確認すれば先程まで居た疲れた様子が滲み出たリーブ統括の姿はなく、しっかりとセットされた髪に見るからに上等なモーニングコートを身に纏った統括の姿だった。
コツ、と音を立てながら私の目の前に立った統括はやはり幹部らしからぬ穏やかな笑みを私に向けた。
ちなみに私はと言うとそこそこ早く見積もっての1時間より早く、そしてリーブ統括の変わり様に正直少し呆けていた。
「(名前)さん?」
「…!!失礼致しました。それでは行きましょう。」
何をしているんだ私は。少なくとも仕事中、しかも護衛任務中に気が緩んでしまうなんて失態。主任にバレたらたまったものじゃない、心の中で己を叱責しながら再び統括を車へ案内する。
運転席に乗り込み時計を確認すると予定より30分以上早く事が進んで居る事実に出かける鼻歌をこらえながら今回の本命、パーティー会場へと車を走らせた。
ーーーーーーーーー
「それでは、乾杯」
壇上で今回の主催者がバカラのグラスを片手に音頭を取る。周りの来賓達もそれに準じながらグラスを上げれば各々話し始める。
私の他にも来賓客が連れてきた護衛の人間達を横目に私は少し寂しい内ポケットに手を添える。まさか警棒すら駄目だったとは…
この会場に入る時、金属物は全て没収された。勿論事前にそのことは聞いていたのでナイフや念の為に薬品の類は持ってきていなかったがまさか普段使ってるタークスの警棒も対象になるとは思わなかった。
一応靴に仕込んでる鉄板は何も言われなかったが(金属探知機でバレて凄く怪訝な顔はされたがこの靴を失うと私は裸足になるためその方が問題視になって見逃してもらえた)
少し寂しい懐を慰めながら今回の仕事のチェックポイントに目を向ける。
立食式のこのパーティー、初めてではないがやはり護衛はとてもしにくい。………のだが今回はその限りではなかった。
そう、リーブ統括は動かないのだ。壁の花………とまでは行かないが最初に少しお皿に手頃なものを数品乗せて後は乾杯のグラス片手に立っているだけだった。
勿論、あの神羅カンパニーの幹部の一人であるリーブ統括を放っておくほどここの来賓客達も馬鹿ではない。あれよあれよと周りに人だかりが出来ると統括は先程から挨拶をずっとしている。
だがそれ以上動かない。護衛対象によっては会場中を隅から隅まで移動する方もいる、まぁそう言う時は目立たない様に壁沿いに追いかけるのだがそれもまた面倒なのであまり好きではない。
そんな中でのこれである。勿論周りに群がっている人間に目は光らせているがそれだけでいい。比較的楽だ。
幹部護衛がこんなに楽でいいのか、こんなにやりやすくていいのか。
なんて謎の自問自答を繰り広げながら美味しそうな料理を横目に観察を続けているとやはり居るんだ不届き者が。
銀製のナイフの音じゃない、物を切る為の金属が出す特有の音が聞こえる。
皮のホルダーに入っているのだろう、音は最小限だ。
ただ少しずつ大きくなるその音が、持ち主のターゲットが私の護衛対象である事は明白だった。
さて、あまり大事にしたくはない。そのスピードならゆっくり近づいて来てるから…位置は………
そう目星をつけようとした時だった。敵さんは定石通りではなかった、一際大きなヒールが大理石を蹴り上げる音がした瞬間私は統括の腕を引き前に出る。
素人では無かった。
蹴り上げた音と直進スピード、そして彼女がドレスの下から出したナイフのスピード。
どれも場馴れをした動きだった。………がこちらも素人ではない。ナイフの一手目と言うのは予想ができる。
突き刺してくるように真っ直ぐ向かってくるナイフに平行する様腰を拗らせて避ける。がそのままナイフを持つ手が手首を返して私の胸を数cmの深さまで切る。
さすがの痛みに顔が歪むがむしろこれは好機。
相手の手首、二の腕を掴みそのまま肘を可動域方向に折り畳めば崩れる重心を見逃さない。手首を掴んだ手でそのまま肩を押せば敵を床に封じ込むことは容易だった。
そのままナイフを手放させ拘束をする。
そこそこ強めに床へ押し倒したせいかナイフを振り回した敵さんは気を失っていた。
そこからは会場の外を警備していた警備兵へ引き渡せばパーティーはお開きとなった。
はぁ、やっと終わった。後は統括をお送りすれば今日の任務は終わりである、さっさと終わらして帰ろうと振り返れば少し怒った表情の統括。
「(名前)さん」
「はい」
「なんでそんな平気そうなんですか」
「…え?」
なんで?何でも言われても仕事をこなしただけですので。とは口が裂けても言えない。言える雰囲気ではない。
というか統括が何故そんなに怒っているのかわからない。
「傷の話をしているんです!血が凄く出ていないじゃないですか!」
あぁ、そっちか。
そういえば気に留めていなかったがそこそこ深かったらしい傷は胸の一番厚い部分が今でも少し血が流れてせっかくの白いシャツを赤く染めていた。…今手元に止血剤を持っていない。
ふむ、少し見栄えは悪くなるが仕方ないか。
「統括、お目汚しを失礼いたします」
建前上一言断りを入れればジャケットとシャツのボタンを外しシャツの裾で傷口の上をきつく縛りジャケットのボタンを閉める。
本当に見栄えは良くないがやらないよりまっしだろう。
「それでは行きましょうか。」
「いや、いやいやいや、おかしいですよね?!」
「??なにかでしょうか」
「その傷の深さをそれで済ませるなんて…!!すぐにでも救急隊員を…」
「その心配は不要です統括。」
「そんなわけ無いでしょう!!」
なぜこの人はここまで必死に言ってくるのだろう。と思って私は少し方向性の違う弁解を言う。
「いえ、切られたのは脂肪なので本当に大丈夫です」
「いやそういう話じゃ………え?」
「脂肪です。私、胸が大きいことだけが取り柄なので」
「いや、いやいやいや、え?」
こいつは何を言っているんだと言いたげな統括の目を見ながら応える。
「普段からホルダーを巻いて胸を潰して壁を作って居るので数cm程度の深さまでなら問題ありません。」
「………は?」
「なのでご安心を。」
「いやそういう話じゃ…」
「違いましたか?」
違…わないのか…?と困惑した様子の統括を見つめて居ると退場していく来賓客に紛れてボーイの格好をした男が襲ってくるのを捉える。
「統括、失礼します。」
「え?」
握りしめられたナイフの刃の部分を握りしめて止めた瞬間怯んだ相手の手首を蹴り上げる。それでも尚向かって来る相手に私は容赦なく顔を蹴飛ばす。
ただの蹴りとは違って鉄板の仕込まれた靴での蹴りは数メートル飛んで壁にめり込んだ。
おそらく鼻の骨が折れてるであろう男が近くにいた警備兵に拘束されるのを確認すれば早々にここを立ち去るべきだな、と判断する。
「行きましょう、統括」
「え、いや」
「またどんな刺客が来るかわかりません。ひとまず車まで戻りましょう。」
そこまで行けば一息ぐらいはつける。
そう思いながら私は統括を車まで連れて行った。
ーーーーーーーーー
車までの移動中、私の胸元をそれはそれはソワソワした様子で見てくる統括が少し可哀想に思えた為車に乗り込み置いてあった止血剤…科学部門が開発した血液凝固剤を胸の傷に振りかければ手袋を替える。
支給品だけど気に入ってたのになぁ。と少し凹みながらナイフでパックリ行ってる手袋をポケットにしまい込む。
アタッシュケースに入っているルードの替えシャツを拝借する。
止血剤をふりかけたとはいえこのシャツを汚すのは忍びない為元着ていたシャツを引き裂きホルダーの切られた部分、要するに傷口の部分にあて布として詰める。
流石神羅の薬品と言うのか、突っ込んだ白シャツの色が変わる事も無いのを確認すればルードのシャツに袖を通す。うん、でかい。
しかしわがままも言ってられない。何なら今わたしはこの一連の流れを車外でやっている、後部座席に座られてるリーブ統括をこれ以上待たせるわけにはいかない。
ジャケットを羽織りサイズの大きいシャツの袖をごまかすようにシャツと一緒にジャケットの袖を捲くれば運転席へと乗り込む。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。」
「いえ、それより傷の方は大丈夫なんですか?」
恐る恐ると行った様子でこちらに目を向けてくるリーブ統括は先程までの私の見苦しいシャツで圧迫止血している姿とか違う綺麗なシャツを着ているのを見て何やら少しホッとしたような表情をされた。
「はい、もう大丈夫です。それでは、車出しますね。」
そう告げて車を出す。
そのまま暫く車を走らせながら夜のミッドガルの町並みを眺めて運転していると一等地の住宅街に入る、確か統括のご自宅は…前情報で確認していた道を走りながら目的のマンションに到着する。
専用の入り口に車で入り車を停めればそのまま駐車場からエントランスへの入口まで統括に同行する。あれ、これって何処までなんだろう。家のドアまでかな?万が一を考えればそうなんだろう、と言うかここまで来てこの距離を面倒くさく思うこともない。
統括がカードキーで開けるゲートに追随する。
コツコツコツ、とどちらの物かはわからない革靴の音が響く。
エレベーターに乗り込み登っていく景色を横目に眺める、凄いなぁ…神羅の幹部になるとこんな所に住めるんだ。と素直に関心しながら上層階でポーン。と綺麗な音が鳴る。
エレベーターを降りると足元は靴越しでもわかる程柔らかいカーペットが敷かれておりその通路は高級ホテルと遜色のない空間だった。エレベーターホールから対角線上の位置にある扉まで行き統括が部屋の鍵を開ける、そのまま部屋に入るのを見届けようとして居ると何か不審に思ったのかこちらをちらりと見て首を傾ける統括。
「えっと…コーヒー飲んでいかれます?」
「………………は?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔でつい口から言葉を出してしまった私を見ながら静寂が響く。
…
……
………しまった!!!つい想定外なことを言われてよくわからない声を出してしまったがこれは失礼だ、大変失礼な行為を私は今している。どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう…なんて弁解するべき?そのまま「い」と言ってあたかも返事をしたように見せかける?いや、そうしてしまうと統括の家でコーヒーを飲むことになってしまう。それはいけない。待って待って待って待って待って…………
この間実に0.5秒
そしてもうプラス0.5秒…合計1秒程たっぷりと思考を巡らせた私が口を開こうとした瞬間何やら焦った様子の統括が前言撤回をする。
「すみません!若い女性にこんな事、軽率でしたね。しかしやはり怪我をされているのでそのままというのも私の気が落ち着かなく、」
この方は本当にあの、あの、“あの”神羅カンパニーの重役様なのだろうか?ここまで来てとてつもなく疑問に思えてきた。
お茶でもというお心気遣いにすら気を使われるなんてある意味気にし過ぎな気もするがまぁ、常識的な人間はきっと本来こうなのだろう。………常識的な人が回りに思い当たらないのでこれはあくまでも予想だが。
しかし何というかこの方は本当に情が深いという訳ではなく物腰が柔らか過ぎやしないだろうかと心配になってくる。
「お心遣い誠にありがとうございます。ですが本日、私の任務は統括をご自宅までお送りする迄が任務ですのでこれにて帰還させて頂きます。」
「あ、ですよね…」
「…それと、差し出がましいとは思いますが統括、あまり下の者に気を使いすぎるのは賛成しかねます。統括は“命を狙われる”立場のお方です。そして私達は“命をかけて守る”立場です。私達は貴方様の盾であり影でもある、御理解の程願えますでしょうか」
「………(名前)さんの言わんとしておることは分かります。」
「ではどうか、そのお優しいお心の隅に留めていただければ幸いです」
私の本当に言わんとしていることを察した統括は少し視線を落とした。
「それでは、私はこれにて任務終了とさせて頂きます。どうぞ、お休み下さいませ。」
敬礼をした私はそのまま駐車場まで向かった。
─────
あぁーーーーー!!!!うちの阿呆!!!!何言うてんねん!!上司やで!?あの人は直属じゃないにしてもうちの首なんて文字通り一言で飛ばせることのできる人やで!?
なんであんなこと言うたんやろぉおおおお
あーーーーーー………あかん。絶対クビや、せっかく再就職先が決まったと思って浮かれて蓋を開けたら総務部調査課なんて体のいい名前のつけられた大企業の黒い裏方で、それでもやっぱり辞退するわけにもいかんからそのまま働き始めて早5年…社の幹部勢の護衛任務を単独で任されるようになって「これからだ。」って時に………
あかんわぁ…絶対あかん…………
…………待って?一社員なら露知らず、タークスやで?こんな大企業の闇を一心に背負ってる部署におって普通にクビに………
「なるわけない…」
良くて私一人を抹殺…最悪の場合プレートに暮らす家族全員………
ぁあああああ…なんでさっきそこまで考えられへんかったんやろ………
あかん。ホンマにあかん………
「ミッドガルから逃げる…か…??」
嫌あかん現実的やない。
何よりレノやルードならまだしもツォンさんに出てこられでもしたらホンマに無理や、うち一人じゃどうしようもない。
「はぁああああ………………」
自宅についた社用車の運転席でハンドルに項垂れながら全力で後悔するも覆水盆に返らず、時すでに遅し。
もうどうすることも出来ない。
ひとまず今日は当初の予定通りこのまま帰宅して明日報告書の提出をして…首が切られるとしたらその時か…あぁ、28にして人生の幕引きを目前にしながら私は最後の晩餐である夕食を食べる為に車から降りた。
ーーーーーーーーー
「昨日はご苦労だった、怪我をしたとリーブ統括から聞いているが支障はあるか。」
翌朝、普段ならまだ寝ていたい欲望で憎たらしく思う太陽も人生最後の朝日だと思うと妙に寂しく感じながら私は出社した。
オフィスにはまだ誰も出勤しておらず、私はなれた手付きで昨夜の報告書をまとめた。そして始業時間が始まると同時にツォンさんへ首を切られる(物理)覚悟で報告書を提出したら返ってきた言葉は先程の台詞だった。
「ぇ………」
「任務に支障が出るようなら療養休暇を使っても構わないが」
「い、いえ!大丈夫です、任務に支障はありません!お気遣いありがとうございます!」
「そうか、それなら良かった。早速だが次の任務だ。」
………え?リーブ統括は何もおっしゃられてない………?
あんな失礼を犯したのに…なんで?私の怪我の事は報告を上げたのにあの事はツォンさんに伝わっていないようで…え?
本気で今日死を覚悟していた私からしたらこの自体は想定外な訳で…正直ツォンさんの話が耳に入ってこない。
よく分からない事実に困惑して居ると急に視界が赤に染まる。
「おーい、聞いてるか?人の話はちゃんと聞けよ、と。」
「え、レノ!!」
「やーっぱり話聞いてなかったなお前。目の前の人の顔見てみろよ、と。」
「え、え、………!!!す、すみませんツォンさん!!!」
そこには少しだけ怒った様子のツォンさんの姿。
しまったぁあ………よくわからない現実に意識が飛びかけてた。
「次の任務の内容だが…もういい、レノ。移動中に説明してやれ。」
「はーい。んじゃ行くか(名前)。」
「え、あ、うん!ツォンさん、本当に申し訳ありません。以後、このようなことが起こらないよう気を引き締めて参ります!」
「あぁ。………(名前)、備品は行く前に補充しておけ。」
「はい!」
レノの跡を追いかけながら総務部のオフィスを飛び出した私はそのままエレベーターに飛び乗った。
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