空気が透き通り鼻先を少し冷たくなるのを感じながら彼女はシャッターの鍵を開ける

駅から程近いながらも大通りからは一本ずれたここに朝日はまだ指してない。
何本か快速の夜行列車が通過する音を聞きながら店内に冷たい空気を通す様にドアを全開にしてそのまま店の奥、スタッフルームまで足を進る。その途中卸市から仕入れてきた食材をキッチンに置き
マフラーとコートをハンガーに吊るしエプロンを手に取り
スタッフルームの扉を閉めながら店内を見渡し昨夜と変わりないことを確認すればエプロンを身に着け仕込みに取り掛かる、
営業時間中の店内は空調設備によって心地の良い気温と湿度に保たれているが今は違う。閉めっぱなしだった店内の空気を入れ替える為に開けられた扉から入る空気はコートを着てない彼女にとっては少し冷たく水作業をしている手をより真っ赤にする事は容易だった。
だがここでお湯を使っては食材を痛めてしまう、その為彼女は必ず冷水で作業をしていた。指先の感覚が少し麻痺して来ているのを感じながら先程の卸市で仕入れた食材を見つめ今日の日替わりメニューを考える。

「…………」
流水の音だけが響くこの空間、キュッと水道の栓を占める音がするとまな板と包丁を取り出し食材を刻み始める。軽やかなリズムを包丁とまな板が奏で始めれば心なしか店内が少し明るくなっていくように感じる
どうやら今日の日替わりは決まったようだ。


鍋がコトコトと奏でればある程度の仕込みが終わりを示す様に作業場に物はなくなる。
シャッターを開けた時にはまだ指していなかった朝日が店内を指し始めようと空が少し明るくなっている、彼女は手を洗い店内に入れていたブラックボードに今日の日替わりと一言を描けば店先に立て掛ける
すると店の二階へ続く階段から眠そうに瞼をこすりながら一人降りてくる。

「おはよう、今日も朝から早いね」

「おはようございます、店長。」

仕込みは終わってますよ。そう告げる彼女の言葉に店長は礼を返しキッチンに立つと珈琲豆のチェックを始めた。

そろそろこの街の駅に止まる夜行列車が来る時間だろう。
建物の間から除く霞がかった空から溢れる太陽の光を見つめながら彼女は店の扉を占めて空調の電源を入れる。



今日はどんなお客様がいらっしゃるのかしら。