氷笑卿の御令嬢は強欲の魔女
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一人の少女が泣いていた。
年は14かそこらだろうか、雪のように白い手足を覆う布はなくボロボロの布っ切れのようなものがかろうじて彼女の体を隠していた。
少女の近くに人はいない。
少女の周り、見渡せる地平線の先まで一面が氷の世界と化していた。
人間は愚か動物や草木ですら存在を許されないほどの極寒、いつまでこの孤独が続くのか。
少女が寂しさや悲しさから再び涙を流すと周りの氷が蔓になり、彼女の脚へと巻き付く。
感覚などとうの昔にない、無意識下で少女は己の足を捨てようとした。
すると氷よりは温かいものが足を撫でると氷の蔓は砕け散り、少女の意識が足へ向く。
そこには白い手袋と対象的な真っ黒のマントを纏う髭をはやした長い耳に赤い目をした、吸血鬼……
「自暴自棄はよくないよ」
寒くないの?と少女に問いながらその吸血鬼はしゃがみこみ顔を覗き込む。
少女は驚きのあまり涙が止まった。
いつぶりがわからない人の声、喉が張り付いていて返事が出せない。
そんな少女をよそに吸血鬼は感情の読めない瞳を向けながらこてん、と首を傾げる。
「もしかして言葉違った?」
そう言うとありとあらゆる言語で話しかけて来た。
少女は全ての言語が聞き分けたわけではないがいくつかは聞き覚えのある言葉だったので首を横に振る。
「あって、ます」
張り付いていた喉に唾を流し込みかすれた声で少女は言う。
すると吸血鬼は(傍から見て表情は変わらないので分からないが)嬉しそうな表情をする。
そして少女の姿へ再び視線を落とす、晒された手足に傷や怪我こそ無いが髪は伸ばしっぱなしの割にはところどころ短い毛があってハネておりお粗末な服とも呼べない布はよく見れば裾が焼け焦げているのを見つける。
吸血鬼は言葉をかける。
「昼と夜の狭間の子、君が望むなら夜の世界に招けるよ」
どうする?と言いたげに再び首を傾げながら少女の長い前髪の下から覗く金眼を見つめる。
絹のような髪に透けるほど白い髪から覗くその瞳はまるで雪解けが待ちきれず姿を表した若芽が吹雪に揺らされる様に動揺を隠せず紅玉のような吸血鬼の瞳を見つめ返す。
少女の脳裏にかける情景は思い出したくもない日々ばかり
心が揺れる、少女は期待を込めて問う。
「吸血鬼になったら、忘れられますか」
「忘れられるか分からないけど、多分今より暇はしないと思うよ。」
悪魔の囁き、かの吸血鬼は悪の一端だと昔聞いた。
しかし今の少女を救うのは善良な人間でも、信心深い教職者でも、ましてや神などではない。
この者達は少女に傷を作れど癒やしや救いなどしたこと一度たりともなかった、神など居るはずがない。
少女はそう考えていた。ならば一人で泣くだけのこの時間も、これから続くのかもしれない悠久の時を、目の前の悪魔に託してもいいかもしれない。
ーー今のこの時より暇にはならない。
それは少女にとってどんなに甘い嘘よりも滑らかに喉を通る。
「私を、吸血鬼にしてください。」
少女の言葉を聞き吸血鬼は静かに頷いた。
その時遠くから誰かを呼ぶ声がする、少女は困惑し吸血鬼は空を見上げた。
「見つけましたよ御真祖様、ドラウスが泣きながら探してましたよ」
安堵した表情で黒いロングコートをはためかせながら男が一人空から降りてくる。
少女は何が起こってるのか分からず今現れた人物を見つめ、二人のやり取りを眺める。
よく見ると今現れた男の髪から覗く耳は尖っている、そして先程の人間離れした現れ方……悩むことなく男の正体に少女は気づく。
二人はなにか話をしているが少女には分からない言葉で話していた為内容が分からず只々ぼぅっと二人を見つめる。
すると男の方が少し驚いた表情で少女に顔を向ける。
少女はわけが分からず男の眼力に驚き少し後ろに下がるがそんなことお構いなしに男は少女に近づくと少女の姿を上から下までしっかりと見つめた男が先程吸血鬼と話していた時と同じ言語でこぼす。
「ダンピールか、可哀想に……」
少女の髪を梳くい取り不揃いな長さの髪が男の指からこぼれ落ちる。
少女はその時初めて男の姿をしっかりと見る。
青白い肌に端正な顔立ち、センター分けの切り揃えられた髪型は手入れが行き届いており貴族のように感じられた。
男の顔を見つめると先程の吸血鬼と同じ綺麗な紅眼が少女の金眼を見つめると今度は少女のわかる言葉で話しかけられる。
「私の名前はノースディン、君の名前を聞いてもいいかい?」
「私の名前は(名前)、です。」
「(名前)、可憐でとても素敵な名前だ。君の美しさに華を添えてくれている。」
「ありがとう、ございます?」
少女は困惑した。
己の名前を聞かれたことなど少女の人生で一度たりともなかった。
どこの人間たちも少女の事を名前で呼ぶことなどなかった、否知らなかったし知ろうともしなかっただろう。
少女の尊厳を踏みにじるように人間は彼女を侮蔑の言葉で言い表し続けていたのだ、そしてそれは母が愛おしく呼んでくれた名を誇りに思っていた少女には余りにも残酷な仕打ちだった。
だからこそ、名を聞き、褒め、己に尊厳を与えてくれたのは初めてだった少女は男にどう答えたらいいのかわからなくなった。
男は少女が困惑してることに気づきながら話を続ける。
「(名前)、早速なんだが君の新たなる門出を私にさせてくれないだろうか?」
少女の首筋を優しく指先で撫でながら男はまっすぐと少女を見つめて問う。
これ程までに真剣に向き合ってくれる彼らを誰が一体悪魔だというのか。
「はい」
男の態度に少女は躊躇いをしなかった。
少女の返事を聞き男は優しく微笑んだ、そしてゆっくりと少女の首筋へ頭を近づけ潤滑油になるようにその白く滑らかな皮膚へキスをする。
あまりの美しさにまるで本物の陶器のようで、手荒く触れれば割れてしまいそうなその首筋に男は優しく、そして勢いよく牙を立て、噛み付いた。
身体が熱くなる、寒くて熱くてチグハグな身体に少女は気を失いそうになるのを歯を食いしばりながら耐える。
眼の前がチカチカと目眩がする、固く瞼を閉ざしてさえ続くその現象に少女は男の肩口に頭を預ける形で体から力が抜けた。
「急激な変化に身体が追いついてないんだ、大丈夫。能力はしっかりと収まってるよ」
少女の身体を抱きかかえながら男は優しく耳元で教えてくれる。
その温もりと声に安心感を覚えた少女は穏やかに意識を手放した。
▲▽▲▽▲▽▲▽
次に少女が目を覚ましたのはベッドの上だった。
部屋の暖炉には火が灯り温めてくれている、柔らかく温かいシーツから身体を起こそうとすると慣れない柔らかさに重心を崩し一人でベッドに溺れる。
「わっぷ、」
顔から突っ込んだシーツの柔らかさに驚きながら次こそはと腕で上半身を支えるように顔をあげるとベッドの端から顔を覗かせる幼い顔と目が合う。
「っっっ!!!!」
ひゅっと喉から息を吸う音を立てながら少女は驚き今度は後ろに倒れる。
幼い顔はベッドの上で転がってる少女の動きを見てピスピスと笑いながら声をかける。
「大丈夫ですか?」
「え、あ、はい……」
少し落ち着きながら少女は相手の顔を見る、顔色が悪いなんてレベルではないくらい血色の悪い肌の色、尖った耳、そして赤い目。相手の幼い少年は吸血鬼だった。
今日は赤い瞳をよく見るな、と呆然としながら少年を見つめていれば無垢な笑顔を向けられる。
「ノースディンおじさま呼んで来ますね」
そう言うとピスピスと鳴きながら部屋から出ていった。
ノースディンおじさま……私を噛んだ人の名前だ、あれ、それなら私はもしかして……
少女は確認したくて部屋を見渡したが鏡がない。
それもそうか、さっきの出来事と今の少年を考えるとここは吸血鬼の屋敷なのだろう。
顔を触るがどこも変わりはなくて耳はいつもの通り尖っていた。他に確認のできるもの、身体を弄るが何もわからない。強いていうと先程より気分が良かった。
追い詰められて、思考が圧迫され、私が私ではないような気持ち悪さはどこにもなかった。そこでふと気づく、元から色白だった己の手が血色の悪い青白い色をしていた。それはまるで少女を噛んだ吸血鬼のような色で……
「おはよう、気分はどうだい」
かけられた声にハッとして顔を上げるとさっき考えていた吸血鬼がそこにいた。
「ノースディンさん……?」
「あぁ、おはよう。(名前)」
「あ、おはようございます。えっと、気分は悪くないです」
ベッドの縁に腰掛けながら少女の顔に手を添えて顔色を確認するノースディンの目を眺める。
嘘はついていない。
ノースディンは少女の調子が悪くないのを確認するととても優しく微笑んでくれた、慈愛に満ちたその顔に少女は安心感と信頼を感じながら微笑する。
それを見て、父が娘に与えるようにノースディンは優しく少女の額にキスをした。
温かい感触、いつ振りだろうその感覚に少女の瞳から涙が溢れる。
「あ、ごめ、ごめんなさい」
急なことに少女は自身の涙を拭い、止まるように努めるが少女の意に反してポロポロとその涙はこぼれ続ける。
ゴジゴジと瞳を擦る少女の手をノースディンは優しく止め指先で溢れる涙を拭う。
「そんなに擦ったら目が腫れてしまうよ」
ノースディンの赤い瞳を見つめると少女は自身の涙が不思議と引いた。
少女が落ちつたのを見計らってノースディンは大切な話を始めた。
「起きぬけに申し訳ないが私の血を吸えるかい?」
少女の頭の上にはてなが並ぶ
「あぁ、忘れてるのかな。君は吸血鬼になったんだよ、正式にね。」
やっぱりあれは夢ではなかった、そう思いながら少女は自分の手を今一度見る。
「私が君を吸血鬼にさせてもらったから今君と私には擬似的な親子関係が結ばれているんだ、それを解消する為に私の血を飲んで欲しい。」
一番最初にね。
そう付け加えながらノースディンはわかりやすく、そして優しく、完結に説明をしてくれた。
少女の中でノースディンの言葉が反芻される、親子…ということは今この時点ではこの人が私の……
「お父様…なんですか?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはまさにこの事。お手本通りに目を見開いた顔をノースディンがする。
数回パチパチとまばたきをして少し間をおいた後破顔する。
「そうだね、私は君のお父様だよ。でも安心して、私の血を飲んだからと言って他人になるわけじゃない。」
少女の不安を分かりきり、取り除くようにノースディンは優しく話してくれる。
ノースディンが少女を支配しない為の儀式だと、そしてもう少女は竜の一族の一員となった為私達は家族も同然なのだと。
しかし尚も不安そうな表情が拭えない少女にノースディンは提案する。
「それじゃあ、私の事はこれからもお父様と呼んでくれていいよ」
少女の顔が明るくなる。
出会いを考えればきっと両親も碌な死に方ができていないことは明白、何ならそれを目のあたりにしてる可能性だってある。それでも少女が今“父親”を求めているのは恐らく彼女が親に愛されていた証拠なのだろうとノースディンは思った。
「飲んでくれるかい?」
問いながらノースディンは指を切りアンティークのワイングラスに血を滴らせる。拒否権はない。
少女は静かに頷くとグラスをノースディンから受け取り中の血を覗き込む、飲むことに抵抗があるのではない。嫌、抵抗があるのは事実。
しかしそれは少女がノースディンに見つけてもらう前の過程での出来事によって躊躇わされる懸念材料、能力の暴走。
また周りを、今度はこの人を傷つけてしまう……唾を飲み込み髪が顔を隠す。
一度、ちらりとノースディンを見るとそこには静かに少女を見つめる瞳。“大丈夫。”そう思わせてくれるその力強い瞳に少女は意を決してグラスを口に付けて勢いよく傾ける。
コクリ、コクリと喉を鳴らしながら飲み干すが少女に特別大きな変化はなかった。
その事実に少なからず安堵しながら顔を上げる。
「お父様、」
弱々しく口から出たのはその言葉だった。
ノースディンは優しく応える。
「なんだい、(名前)」
少女はたまらなく嬉しくなった。
お父様お父様とノースディンを何度も呼ぶ少女の姿は雛鳥のようでたまらなく愛らしい。
何度目かの“お父様”を聞いたらタイミングで部屋の扉がノックされる、誰か大方の予想はついてるノースディンは「どうぞ。」と相手の入室を許可すると相手は予想通りの人物。
「ノースディン、彼女の容態はどうだい?」
「ドラウス、見ての通りだよ」
ノースディンの言葉を聞き黒髪の吸血鬼、ドラウスは少女に視線を向ける。少女は初対面の相手に少し表情を強張らせるがその心配も他所にドラウスは少女の顔色の良さを見て嬉しそうにしながら少女の手を取る。
「あぁ良かった。おはよう、はじめましてだね。私の名前はドラウス、今日から君の家族だよ。」
とても人の良さそうな表情でドラウスは自己紹介をする。その言動に少女はつい頬が緩み警戒心が薄れる。
「はじめまして、ドラウス、さん……?」
ノースディンを父と呼んだ手前ドラウスをなんと呼べばいいのかわからなくなった。しかしドラウスははっきりと“家族”だと言ってくれた、ではさん付けはおかしくなる気がして少女は一人で首を傾げ悩み始めた。
「好きに呼んでくれていいよ」
その優しさが少女をより一層悩ませる
「ドラウスは私の旧友だから気負わなくていい」
「お父様、」
しかし、でも、と少女が悩む。
「お父様、ノースディンおじ様、お二人のことゴルゴナおば様が呼ばれてましたよ」
扉が開き少し前に聞いた少し高い声が聞こえる。先程の吸血鬼の少年だった。
少女は少年を見てこれだ、と答えをもらった用にひらめく。
「ドラウスおじさま、」
二人が少女を見る
不安にかられた少女はどもつきながら駄目だったかと訂正をしようとするがドラウスの声がそれを遮る。
「なんだい(名前)」
とても優しく、慈悲深いその瞳は少女を捉えて離さない。
少女は少し照れながら、しかしはっきりと嬉しそう再び呼ぶ。
「ドラウスおじさま」
ドラウスは優しく少女の頭を撫でた。
「お父様、彼女のご紹介をしてほしいです」
ドラウスのマントを引っ張り少年が言う。
自身の父を“おじさま”と呼ぶ初対面の少女に少年は興味があった。
「この子は(名前)、今日から私達一族の一人だよ」
「はじめまして。僕の名前はドラルクです、(名前)お姉様」
ピスピスと可愛く鳴きながら優雅にマントを扱いお辞儀をする。
少女もまた覚束ないながらにベッドに腰かけながら軽く頭を下げる、まだまだ覚えることの多いその立ち振舞の幼い姿に大人二人は微笑ましく思いながら見つめた。
「(名前)お姉様は服がそれしかないのですか?」
そうドラルクが指す服は少女がノースディンに出会った時の布切れではなくサイズのあっていないワイシャツだった。手近に着せれるのがノースディンのシャツしかなかった為一先ずの寝間着に着せたものだが少し短めのワンピース位にはなっていた。
「今から揃えるところだよ、そうだドラルク(名前)に似合いそうな服をゴルゴナの所から何着か見繕ってきてくれないかい?」
ドラウスがそう伝えたときドラルクは思い出したように言う。
「ゴルゴナおば様!そうでした。お父様、ノースディンおじ様、お二人のこと呼ばれてましたよ。」
当初の自分の目的を思い出したドラルクはそう伝えると少女の手を掴み一足先に部屋を出た。
急な事に驚きが隠せない少女はもつれる足でコケないように後ろをついていく、先程ドラウスは「見繕って」と言っていた気がしたが……
「どうせ本人が居るなら一緒に見ましょう」
少女の心を読んでるかのような言葉に一瞬たじろぐ。
そんなこともお構いなしにドラルクは屋敷の廊下を迷うことなく進んでいく、綺麗な調度品に上質な布のカーテンは廊下の窓全てを隙間なく埋めている。
素足の少女が歩いても痛くない柔らかく肌触りの良い絨毯が廊下の真ん中、道標のようにひかれていた。
「あ、あの、ドラルク君……?」
「ドラルクでいいですよ、だって(名前)お姉様の方が歳上でしょう?」
そういえば先程から彼は私のことを“お姉様”と呼んでいる。特に自分の年齢など気にしたことなかったが私はこの少年より年上に見えるのかと初めてのことで少し考えながら少女はドラルクの言葉を受け止めた。
「でも私、年は11です。」
日付は覚えていないが母が冬になると必ず年を教えてくれてるのは覚えていた。それは母が居なくなったあとも、冬になれば必ず一つ歳を増やして少女は数え、覚えていた。
「ならやっぱり歳上です!僕はまだ8つですから。」
少女は人間に囲まれ同年代を見たことが殆どない為ドラルクの見た目年齢が分からなかった。それに吸血鬼故か歳の割にドラルクが落ち着いているのもあったかもしれない。
「11なんですね、もっと年上かと思いました」
「(名前)お姉様落ち着いてて背が高いですから」
そう言うとドラルクは一つの扉の前で止まり振り返る。
「きっとおばさまのお洋服でも着こなせますよ」
扉の開かれた先には一面の衣装ケース。
薄暗い部屋の隅にある燭台に火を灯し部屋の中がぼんやりと視える。
「別にこれがなくても見えると思いますが(名前)お姉様は吸血鬼になったばかりですらね、形も大事です」
そう言いながらドラルクは燭台を手に積み上げられた衣装ケースの間を掻い潜っていく。
あっと言う間にドラルクの姿を見失った少女はキョロキョロと周りを見渡す、衣装ケースの外観がきらびやかで細かい細工まで施されている。
少女の胸を高鳴らせるにはそれだけで十分だった。
「こちらですよ」
間からひょこっと顔を出したドラルクに少し肩を揺らして驚きながら後ろをついていく、ゆらゆら揺れる火が華美な装飾を照らす。
「これですね」
少しホコリの被った際立って少し古い衣装ケースの前でドラルクは言う。
燭台を近くの棚の上に置きドラルクが衣装ケースを開けようとする、と灰になった。
「え、え、え、」
当然少女が慌てふためく。
吸血鬼、灰、少年が死んでしまった。突然のことに焦りを隠せずどうしたらいいのか周りを見渡すが当たり前ながらここには自分達しかいない。
どうしようどうしよう、慌てているところで足元から声がする。
「失礼、硬さのあまり力んで死んでしまいました。」
そう言うと灰からドラルクが姿を形成させる。
涙目になってる少女の顔を見てピスピスと軽快に笑う。
「僕、人より死にやすいんです。でも安心してください、すぐ復活できますから」
何を安心できようか。
そう言いたかったが喉が支えて少女はただ頷くだけだった。
「泣き止みました?ならこれを開けるの手伝ってもらってもいいですか?僕だけじゃ死ぬので」
そう言われ少女は袖で涙を拭うとドラルクと反対側の蓋を持つ。
せーの、の掛け声で衣装ケースの蓋を開ける。乗っていたホコリが宙を舞い軽くくしゃみをしながら中を覗き込むとそこには黒を貴重にした服が沢山、綺麗に畳まれ収納されていた。
「これはお父様やおばさま達が僕ら頃の時に着てた服らしいです。」
中身の検討がついているのかドラルクは手際よく中身を出していく。
「(名前)お姉様は好きな色がありますか?」
「あ、えっと……」
少女は悩む、今までそんな事考えたこともなかった。
「白……とか……?」
不意に口から出たのは母が褒めてくれたこの髪色だった、ドラルクは素直に受け入れる。
「ではブラウスは白で、帯はクラバットにしましょう。」
そう言うとドラルクは数着手にとって少女の背中に合わせる、サイズが決まったのかまた衣装ケースの中を漁る。
「これにしましょう」
そういいながら少女に服を渡す。
置いていた燭台を忘れないように手に取り今度は二つ向こうの棚へ、靴のサイズは?と聞かれ少女は首を横に振る。4,5回靴の脱ぎ履きをしてちょうどいいのを見つけたら二人で部屋をでる。来た道を戻るように歩き先程まで少女が寝ていた部屋に着く。
ノックをしても返事が無いためそのまま入るとそこには誰も居なかった。
ドラルクは丁度いいと言いながら少女の持つ服をベットに置いてもらい綺麗なコーディネートになるように並べた。
「いかがですか?」
「素敵です、」
素直な感想だった、黒を基調に艶のアツ上質な生地のそれらは上品に、それでいて細かいところにあしらわれたレースとフリルが可愛らしさも出していた。
「気に入っていただけてよかったです、僕は扉の向こうに居るのでもし着方がわからないのがあったら声をかけて下さい」
では、と言って部屋から出るドラルクに少女は戸惑った。
え、これを私が着る……?しかし確かにドラルクはドラウスに頼まれて私の服を見繕いに一緒行ったのだ。
素敵だと言ったがまさか自分が着ると思ってなかった少女は少し戸惑う、でもいつまでもドラルクを扉の前に待たせるわけにも行かない……少女は意を決して服を手にした。
「お待たせしました、」
扉を少し開けて覗き込むとそこには想定してた視線の先には腰、居るはずのドラルクとは打って変わって背の高い人物、ノースディンだった。
「入ってもいいかい?」
「あ、はい、お父様」
部屋に入りノースディンは少女を上から下まで確認するように見つめる。その視線がなんだか少し気恥ずかしく少女はスカートの裾をギュッと握った。それに気づいたノースディンは膝を付き力のこもった小さな手を優しく包む。
「不躾だった、すまない。とても良く似合っているよ。」
優しい視線と微笑みに少女ははにかんだ。
ノースディンは少し考えるように空いてる方の指先を顎に添える。
「少し、髪を触ってもいいかい?」
その言葉の意図は分からず少女が頷くとノースディンは少女の手を引きベットの隣にあった三面鏡に座らせ優しく髪をすくい上げる。
気づいときには少女の視界を邪魔していた髪はなくなり首周りがスッキリしていた、ノースディンは三面鏡を開く。そこには何も写っていなかった。
「焦らず、少し力んでごらん」
肩に手を添えられ囁かれると少女は頑張る。
しかしそこにはお手本として写るノースディンのみ、うまく行かず苦戦する少女にノースディンがさらに助言する。
「そうだね、座ってるお尻に力を入れてみて」
具体的なアドバイスに従うとノースディンの隣に自身の姿が現れる。そこには先程自分が眺めていた服を纏い、髪はきれいに編んで結い上げられた少女の姿。
ノースディンと並んでるのも有りさながら貴族の親子のようであった。
「髪型は気に入ってくれたかな?」
少女は何度も頷く。
するとノースディンは少女を抱き上げ部屋から出る。
「新しい家族が増えてみんな喜んでいてね、今から歓迎会をすると言って聞かないんだ。少し疲れるかもしれないけど頑張ってくれるかい?」
歩きながらそう話すノースディンの表情は呆れた声とは裏腹に優しく、そして嬉しそうだった。
「はい!お父様」
世界は残酷で、救いなど、神など居ないと絶望していた少女の姿はどこにもなかった。
一人だった雪の乙女を大きな竜が見つけ、氷の紳士が血を分け合い家族になった。
大きな竜には沢山の家族がいた。
皆、乙女を歓迎し暖かく迎え入れた。
新しい家族だと、そして家族は言った。
「君らは似ているから親子のようだ」と
雪の乙女に父が出来た。
雪の乙女は氷の紳士を「お父様」と呼んだ。
乙女と紳士は雪が溶けるように笑った。
年は14かそこらだろうか、雪のように白い手足を覆う布はなくボロボロの布っ切れのようなものがかろうじて彼女の体を隠していた。
少女の近くに人はいない。
少女の周り、見渡せる地平線の先まで一面が氷の世界と化していた。
人間は愚か動物や草木ですら存在を許されないほどの極寒、いつまでこの孤独が続くのか。
少女が寂しさや悲しさから再び涙を流すと周りの氷が蔓になり、彼女の脚へと巻き付く。
感覚などとうの昔にない、無意識下で少女は己の足を捨てようとした。
すると氷よりは温かいものが足を撫でると氷の蔓は砕け散り、少女の意識が足へ向く。
そこには白い手袋と対象的な真っ黒のマントを纏う髭をはやした長い耳に赤い目をした、吸血鬼……
「自暴自棄はよくないよ」
寒くないの?と少女に問いながらその吸血鬼はしゃがみこみ顔を覗き込む。
少女は驚きのあまり涙が止まった。
いつぶりがわからない人の声、喉が張り付いていて返事が出せない。
そんな少女をよそに吸血鬼は感情の読めない瞳を向けながらこてん、と首を傾げる。
「もしかして言葉違った?」
そう言うとありとあらゆる言語で話しかけて来た。
少女は全ての言語が聞き分けたわけではないがいくつかは聞き覚えのある言葉だったので首を横に振る。
「あって、ます」
張り付いていた喉に唾を流し込みかすれた声で少女は言う。
すると吸血鬼は(傍から見て表情は変わらないので分からないが)嬉しそうな表情をする。
そして少女の姿へ再び視線を落とす、晒された手足に傷や怪我こそ無いが髪は伸ばしっぱなしの割にはところどころ短い毛があってハネておりお粗末な服とも呼べない布はよく見れば裾が焼け焦げているのを見つける。
吸血鬼は言葉をかける。
「昼と夜の狭間の子、君が望むなら夜の世界に招けるよ」
どうする?と言いたげに再び首を傾げながら少女の長い前髪の下から覗く金眼を見つめる。
絹のような髪に透けるほど白い髪から覗くその瞳はまるで雪解けが待ちきれず姿を表した若芽が吹雪に揺らされる様に動揺を隠せず紅玉のような吸血鬼の瞳を見つめ返す。
少女の脳裏にかける情景は思い出したくもない日々ばかり
心が揺れる、少女は期待を込めて問う。
「吸血鬼になったら、忘れられますか」
「忘れられるか分からないけど、多分今より暇はしないと思うよ。」
悪魔の囁き、かの吸血鬼は悪の一端だと昔聞いた。
しかし今の少女を救うのは善良な人間でも、信心深い教職者でも、ましてや神などではない。
この者達は少女に傷を作れど癒やしや救いなどしたこと一度たりともなかった、神など居るはずがない。
少女はそう考えていた。ならば一人で泣くだけのこの時間も、これから続くのかもしれない悠久の時を、目の前の悪魔に託してもいいかもしれない。
ーー今のこの時より暇にはならない。
それは少女にとってどんなに甘い嘘よりも滑らかに喉を通る。
「私を、吸血鬼にしてください。」
少女の言葉を聞き吸血鬼は静かに頷いた。
その時遠くから誰かを呼ぶ声がする、少女は困惑し吸血鬼は空を見上げた。
「見つけましたよ御真祖様、ドラウスが泣きながら探してましたよ」
安堵した表情で黒いロングコートをはためかせながら男が一人空から降りてくる。
少女は何が起こってるのか分からず今現れた人物を見つめ、二人のやり取りを眺める。
よく見ると今現れた男の髪から覗く耳は尖っている、そして先程の人間離れした現れ方……悩むことなく男の正体に少女は気づく。
二人はなにか話をしているが少女には分からない言葉で話していた為内容が分からず只々ぼぅっと二人を見つめる。
すると男の方が少し驚いた表情で少女に顔を向ける。
少女はわけが分からず男の眼力に驚き少し後ろに下がるがそんなことお構いなしに男は少女に近づくと少女の姿を上から下までしっかりと見つめた男が先程吸血鬼と話していた時と同じ言語でこぼす。
「ダンピールか、可哀想に……」
少女の髪を梳くい取り不揃いな長さの髪が男の指からこぼれ落ちる。
少女はその時初めて男の姿をしっかりと見る。
青白い肌に端正な顔立ち、センター分けの切り揃えられた髪型は手入れが行き届いており貴族のように感じられた。
男の顔を見つめると先程の吸血鬼と同じ綺麗な紅眼が少女の金眼を見つめると今度は少女のわかる言葉で話しかけられる。
「私の名前はノースディン、君の名前を聞いてもいいかい?」
「私の名前は(名前)、です。」
「(名前)、可憐でとても素敵な名前だ。君の美しさに華を添えてくれている。」
「ありがとう、ございます?」
少女は困惑した。
己の名前を聞かれたことなど少女の人生で一度たりともなかった。
どこの人間たちも少女の事を名前で呼ぶことなどなかった、否知らなかったし知ろうともしなかっただろう。
少女の尊厳を踏みにじるように人間は彼女を侮蔑の言葉で言い表し続けていたのだ、そしてそれは母が愛おしく呼んでくれた名を誇りに思っていた少女には余りにも残酷な仕打ちだった。
だからこそ、名を聞き、褒め、己に尊厳を与えてくれたのは初めてだった少女は男にどう答えたらいいのかわからなくなった。
男は少女が困惑してることに気づきながら話を続ける。
「(名前)、早速なんだが君の新たなる門出を私にさせてくれないだろうか?」
少女の首筋を優しく指先で撫でながら男はまっすぐと少女を見つめて問う。
これ程までに真剣に向き合ってくれる彼らを誰が一体悪魔だというのか。
「はい」
男の態度に少女は躊躇いをしなかった。
少女の返事を聞き男は優しく微笑んだ、そしてゆっくりと少女の首筋へ頭を近づけ潤滑油になるようにその白く滑らかな皮膚へキスをする。
あまりの美しさにまるで本物の陶器のようで、手荒く触れれば割れてしまいそうなその首筋に男は優しく、そして勢いよく牙を立て、噛み付いた。
身体が熱くなる、寒くて熱くてチグハグな身体に少女は気を失いそうになるのを歯を食いしばりながら耐える。
眼の前がチカチカと目眩がする、固く瞼を閉ざしてさえ続くその現象に少女は男の肩口に頭を預ける形で体から力が抜けた。
「急激な変化に身体が追いついてないんだ、大丈夫。能力はしっかりと収まってるよ」
少女の身体を抱きかかえながら男は優しく耳元で教えてくれる。
その温もりと声に安心感を覚えた少女は穏やかに意識を手放した。
▲▽▲▽▲▽▲▽
次に少女が目を覚ましたのはベッドの上だった。
部屋の暖炉には火が灯り温めてくれている、柔らかく温かいシーツから身体を起こそうとすると慣れない柔らかさに重心を崩し一人でベッドに溺れる。
「わっぷ、」
顔から突っ込んだシーツの柔らかさに驚きながら次こそはと腕で上半身を支えるように顔をあげるとベッドの端から顔を覗かせる幼い顔と目が合う。
「っっっ!!!!」
ひゅっと喉から息を吸う音を立てながら少女は驚き今度は後ろに倒れる。
幼い顔はベッドの上で転がってる少女の動きを見てピスピスと笑いながら声をかける。
「大丈夫ですか?」
「え、あ、はい……」
少し落ち着きながら少女は相手の顔を見る、顔色が悪いなんてレベルではないくらい血色の悪い肌の色、尖った耳、そして赤い目。相手の幼い少年は吸血鬼だった。
今日は赤い瞳をよく見るな、と呆然としながら少年を見つめていれば無垢な笑顔を向けられる。
「ノースディンおじさま呼んで来ますね」
そう言うとピスピスと鳴きながら部屋から出ていった。
ノースディンおじさま……私を噛んだ人の名前だ、あれ、それなら私はもしかして……
少女は確認したくて部屋を見渡したが鏡がない。
それもそうか、さっきの出来事と今の少年を考えるとここは吸血鬼の屋敷なのだろう。
顔を触るがどこも変わりはなくて耳はいつもの通り尖っていた。他に確認のできるもの、身体を弄るが何もわからない。強いていうと先程より気分が良かった。
追い詰められて、思考が圧迫され、私が私ではないような気持ち悪さはどこにもなかった。そこでふと気づく、元から色白だった己の手が血色の悪い青白い色をしていた。それはまるで少女を噛んだ吸血鬼のような色で……
「おはよう、気分はどうだい」
かけられた声にハッとして顔を上げるとさっき考えていた吸血鬼がそこにいた。
「ノースディンさん……?」
「あぁ、おはよう。(名前)」
「あ、おはようございます。えっと、気分は悪くないです」
ベッドの縁に腰掛けながら少女の顔に手を添えて顔色を確認するノースディンの目を眺める。
嘘はついていない。
ノースディンは少女の調子が悪くないのを確認するととても優しく微笑んでくれた、慈愛に満ちたその顔に少女は安心感と信頼を感じながら微笑する。
それを見て、父が娘に与えるようにノースディンは優しく少女の額にキスをした。
温かい感触、いつ振りだろうその感覚に少女の瞳から涙が溢れる。
「あ、ごめ、ごめんなさい」
急なことに少女は自身の涙を拭い、止まるように努めるが少女の意に反してポロポロとその涙はこぼれ続ける。
ゴジゴジと瞳を擦る少女の手をノースディンは優しく止め指先で溢れる涙を拭う。
「そんなに擦ったら目が腫れてしまうよ」
ノースディンの赤い瞳を見つめると少女は自身の涙が不思議と引いた。
少女が落ちつたのを見計らってノースディンは大切な話を始めた。
「起きぬけに申し訳ないが私の血を吸えるかい?」
少女の頭の上にはてなが並ぶ
「あぁ、忘れてるのかな。君は吸血鬼になったんだよ、正式にね。」
やっぱりあれは夢ではなかった、そう思いながら少女は自分の手を今一度見る。
「私が君を吸血鬼にさせてもらったから今君と私には擬似的な親子関係が結ばれているんだ、それを解消する為に私の血を飲んで欲しい。」
一番最初にね。
そう付け加えながらノースディンはわかりやすく、そして優しく、完結に説明をしてくれた。
少女の中でノースディンの言葉が反芻される、親子…ということは今この時点ではこの人が私の……
「お父様…なんですか?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはまさにこの事。お手本通りに目を見開いた顔をノースディンがする。
数回パチパチとまばたきをして少し間をおいた後破顔する。
「そうだね、私は君のお父様だよ。でも安心して、私の血を飲んだからと言って他人になるわけじゃない。」
少女の不安を分かりきり、取り除くようにノースディンは優しく話してくれる。
ノースディンが少女を支配しない為の儀式だと、そしてもう少女は竜の一族の一員となった為私達は家族も同然なのだと。
しかし尚も不安そうな表情が拭えない少女にノースディンは提案する。
「それじゃあ、私の事はこれからもお父様と呼んでくれていいよ」
少女の顔が明るくなる。
出会いを考えればきっと両親も碌な死に方ができていないことは明白、何ならそれを目のあたりにしてる可能性だってある。それでも少女が今“父親”を求めているのは恐らく彼女が親に愛されていた証拠なのだろうとノースディンは思った。
「飲んでくれるかい?」
問いながらノースディンは指を切りアンティークのワイングラスに血を滴らせる。拒否権はない。
少女は静かに頷くとグラスをノースディンから受け取り中の血を覗き込む、飲むことに抵抗があるのではない。嫌、抵抗があるのは事実。
しかしそれは少女がノースディンに見つけてもらう前の過程での出来事によって躊躇わされる懸念材料、能力の暴走。
また周りを、今度はこの人を傷つけてしまう……唾を飲み込み髪が顔を隠す。
一度、ちらりとノースディンを見るとそこには静かに少女を見つめる瞳。“大丈夫。”そう思わせてくれるその力強い瞳に少女は意を決してグラスを口に付けて勢いよく傾ける。
コクリ、コクリと喉を鳴らしながら飲み干すが少女に特別大きな変化はなかった。
その事実に少なからず安堵しながら顔を上げる。
「お父様、」
弱々しく口から出たのはその言葉だった。
ノースディンは優しく応える。
「なんだい、(名前)」
少女はたまらなく嬉しくなった。
お父様お父様とノースディンを何度も呼ぶ少女の姿は雛鳥のようでたまらなく愛らしい。
何度目かの“お父様”を聞いたらタイミングで部屋の扉がノックされる、誰か大方の予想はついてるノースディンは「どうぞ。」と相手の入室を許可すると相手は予想通りの人物。
「ノースディン、彼女の容態はどうだい?」
「ドラウス、見ての通りだよ」
ノースディンの言葉を聞き黒髪の吸血鬼、ドラウスは少女に視線を向ける。少女は初対面の相手に少し表情を強張らせるがその心配も他所にドラウスは少女の顔色の良さを見て嬉しそうにしながら少女の手を取る。
「あぁ良かった。おはよう、はじめましてだね。私の名前はドラウス、今日から君の家族だよ。」
とても人の良さそうな表情でドラウスは自己紹介をする。その言動に少女はつい頬が緩み警戒心が薄れる。
「はじめまして、ドラウス、さん……?」
ノースディンを父と呼んだ手前ドラウスをなんと呼べばいいのかわからなくなった。しかしドラウスははっきりと“家族”だと言ってくれた、ではさん付けはおかしくなる気がして少女は一人で首を傾げ悩み始めた。
「好きに呼んでくれていいよ」
その優しさが少女をより一層悩ませる
「ドラウスは私の旧友だから気負わなくていい」
「お父様、」
しかし、でも、と少女が悩む。
「お父様、ノースディンおじ様、お二人のことゴルゴナおば様が呼ばれてましたよ」
扉が開き少し前に聞いた少し高い声が聞こえる。先程の吸血鬼の少年だった。
少女は少年を見てこれだ、と答えをもらった用にひらめく。
「ドラウスおじさま、」
二人が少女を見る
不安にかられた少女はどもつきながら駄目だったかと訂正をしようとするがドラウスの声がそれを遮る。
「なんだい(名前)」
とても優しく、慈悲深いその瞳は少女を捉えて離さない。
少女は少し照れながら、しかしはっきりと嬉しそう再び呼ぶ。
「ドラウスおじさま」
ドラウスは優しく少女の頭を撫でた。
「お父様、彼女のご紹介をしてほしいです」
ドラウスのマントを引っ張り少年が言う。
自身の父を“おじさま”と呼ぶ初対面の少女に少年は興味があった。
「この子は(名前)、今日から私達一族の一人だよ」
「はじめまして。僕の名前はドラルクです、(名前)お姉様」
ピスピスと可愛く鳴きながら優雅にマントを扱いお辞儀をする。
少女もまた覚束ないながらにベッドに腰かけながら軽く頭を下げる、まだまだ覚えることの多いその立ち振舞の幼い姿に大人二人は微笑ましく思いながら見つめた。
「(名前)お姉様は服がそれしかないのですか?」
そうドラルクが指す服は少女がノースディンに出会った時の布切れではなくサイズのあっていないワイシャツだった。手近に着せれるのがノースディンのシャツしかなかった為一先ずの寝間着に着せたものだが少し短めのワンピース位にはなっていた。
「今から揃えるところだよ、そうだドラルク(名前)に似合いそうな服をゴルゴナの所から何着か見繕ってきてくれないかい?」
ドラウスがそう伝えたときドラルクは思い出したように言う。
「ゴルゴナおば様!そうでした。お父様、ノースディンおじ様、お二人のこと呼ばれてましたよ。」
当初の自分の目的を思い出したドラルクはそう伝えると少女の手を掴み一足先に部屋を出た。
急な事に驚きが隠せない少女はもつれる足でコケないように後ろをついていく、先程ドラウスは「見繕って」と言っていた気がしたが……
「どうせ本人が居るなら一緒に見ましょう」
少女の心を読んでるかのような言葉に一瞬たじろぐ。
そんなこともお構いなしにドラルクは屋敷の廊下を迷うことなく進んでいく、綺麗な調度品に上質な布のカーテンは廊下の窓全てを隙間なく埋めている。
素足の少女が歩いても痛くない柔らかく肌触りの良い絨毯が廊下の真ん中、道標のようにひかれていた。
「あ、あの、ドラルク君……?」
「ドラルクでいいですよ、だって(名前)お姉様の方が歳上でしょう?」
そういえば先程から彼は私のことを“お姉様”と呼んでいる。特に自分の年齢など気にしたことなかったが私はこの少年より年上に見えるのかと初めてのことで少し考えながら少女はドラルクの言葉を受け止めた。
「でも私、年は11です。」
日付は覚えていないが母が冬になると必ず年を教えてくれてるのは覚えていた。それは母が居なくなったあとも、冬になれば必ず一つ歳を増やして少女は数え、覚えていた。
「ならやっぱり歳上です!僕はまだ8つですから。」
少女は人間に囲まれ同年代を見たことが殆どない為ドラルクの見た目年齢が分からなかった。それに吸血鬼故か歳の割にドラルクが落ち着いているのもあったかもしれない。
「11なんですね、もっと年上かと思いました」
「(名前)お姉様落ち着いてて背が高いですから」
そう言うとドラルクは一つの扉の前で止まり振り返る。
「きっとおばさまのお洋服でも着こなせますよ」
扉の開かれた先には一面の衣装ケース。
薄暗い部屋の隅にある燭台に火を灯し部屋の中がぼんやりと視える。
「別にこれがなくても見えると思いますが(名前)お姉様は吸血鬼になったばかりですらね、形も大事です」
そう言いながらドラルクは燭台を手に積み上げられた衣装ケースの間を掻い潜っていく。
あっと言う間にドラルクの姿を見失った少女はキョロキョロと周りを見渡す、衣装ケースの外観がきらびやかで細かい細工まで施されている。
少女の胸を高鳴らせるにはそれだけで十分だった。
「こちらですよ」
間からひょこっと顔を出したドラルクに少し肩を揺らして驚きながら後ろをついていく、ゆらゆら揺れる火が華美な装飾を照らす。
「これですね」
少しホコリの被った際立って少し古い衣装ケースの前でドラルクは言う。
燭台を近くの棚の上に置きドラルクが衣装ケースを開けようとする、と灰になった。
「え、え、え、」
当然少女が慌てふためく。
吸血鬼、灰、少年が死んでしまった。突然のことに焦りを隠せずどうしたらいいのか周りを見渡すが当たり前ながらここには自分達しかいない。
どうしようどうしよう、慌てているところで足元から声がする。
「失礼、硬さのあまり力んで死んでしまいました。」
そう言うと灰からドラルクが姿を形成させる。
涙目になってる少女の顔を見てピスピスと軽快に笑う。
「僕、人より死にやすいんです。でも安心してください、すぐ復活できますから」
何を安心できようか。
そう言いたかったが喉が支えて少女はただ頷くだけだった。
「泣き止みました?ならこれを開けるの手伝ってもらってもいいですか?僕だけじゃ死ぬので」
そう言われ少女は袖で涙を拭うとドラルクと反対側の蓋を持つ。
せーの、の掛け声で衣装ケースの蓋を開ける。乗っていたホコリが宙を舞い軽くくしゃみをしながら中を覗き込むとそこには黒を貴重にした服が沢山、綺麗に畳まれ収納されていた。
「これはお父様やおばさま達が僕ら頃の時に着てた服らしいです。」
中身の検討がついているのかドラルクは手際よく中身を出していく。
「(名前)お姉様は好きな色がありますか?」
「あ、えっと……」
少女は悩む、今までそんな事考えたこともなかった。
「白……とか……?」
不意に口から出たのは母が褒めてくれたこの髪色だった、ドラルクは素直に受け入れる。
「ではブラウスは白で、帯はクラバットにしましょう。」
そう言うとドラルクは数着手にとって少女の背中に合わせる、サイズが決まったのかまた衣装ケースの中を漁る。
「これにしましょう」
そういいながら少女に服を渡す。
置いていた燭台を忘れないように手に取り今度は二つ向こうの棚へ、靴のサイズは?と聞かれ少女は首を横に振る。4,5回靴の脱ぎ履きをしてちょうどいいのを見つけたら二人で部屋をでる。来た道を戻るように歩き先程まで少女が寝ていた部屋に着く。
ノックをしても返事が無いためそのまま入るとそこには誰も居なかった。
ドラルクは丁度いいと言いながら少女の持つ服をベットに置いてもらい綺麗なコーディネートになるように並べた。
「いかがですか?」
「素敵です、」
素直な感想だった、黒を基調に艶のアツ上質な生地のそれらは上品に、それでいて細かいところにあしらわれたレースとフリルが可愛らしさも出していた。
「気に入っていただけてよかったです、僕は扉の向こうに居るのでもし着方がわからないのがあったら声をかけて下さい」
では、と言って部屋から出るドラルクに少女は戸惑った。
え、これを私が着る……?しかし確かにドラルクはドラウスに頼まれて私の服を見繕いに一緒行ったのだ。
素敵だと言ったがまさか自分が着ると思ってなかった少女は少し戸惑う、でもいつまでもドラルクを扉の前に待たせるわけにも行かない……少女は意を決して服を手にした。
「お待たせしました、」
扉を少し開けて覗き込むとそこには想定してた視線の先には腰、居るはずのドラルクとは打って変わって背の高い人物、ノースディンだった。
「入ってもいいかい?」
「あ、はい、お父様」
部屋に入りノースディンは少女を上から下まで確認するように見つめる。その視線がなんだか少し気恥ずかしく少女はスカートの裾をギュッと握った。それに気づいたノースディンは膝を付き力のこもった小さな手を優しく包む。
「不躾だった、すまない。とても良く似合っているよ。」
優しい視線と微笑みに少女ははにかんだ。
ノースディンは少し考えるように空いてる方の指先を顎に添える。
「少し、髪を触ってもいいかい?」
その言葉の意図は分からず少女が頷くとノースディンは少女の手を引きベットの隣にあった三面鏡に座らせ優しく髪をすくい上げる。
気づいときには少女の視界を邪魔していた髪はなくなり首周りがスッキリしていた、ノースディンは三面鏡を開く。そこには何も写っていなかった。
「焦らず、少し力んでごらん」
肩に手を添えられ囁かれると少女は頑張る。
しかしそこにはお手本として写るノースディンのみ、うまく行かず苦戦する少女にノースディンがさらに助言する。
「そうだね、座ってるお尻に力を入れてみて」
具体的なアドバイスに従うとノースディンの隣に自身の姿が現れる。そこには先程自分が眺めていた服を纏い、髪はきれいに編んで結い上げられた少女の姿。
ノースディンと並んでるのも有りさながら貴族の親子のようであった。
「髪型は気に入ってくれたかな?」
少女は何度も頷く。
するとノースディンは少女を抱き上げ部屋から出る。
「新しい家族が増えてみんな喜んでいてね、今から歓迎会をすると言って聞かないんだ。少し疲れるかもしれないけど頑張ってくれるかい?」
歩きながらそう話すノースディンの表情は呆れた声とは裏腹に優しく、そして嬉しそうだった。
「はい!お父様」
世界は残酷で、救いなど、神など居ないと絶望していた少女の姿はどこにもなかった。
一人だった雪の乙女を大きな竜が見つけ、氷の紳士が血を分け合い家族になった。
大きな竜には沢山の家族がいた。
皆、乙女を歓迎し暖かく迎え入れた。
新しい家族だと、そして家族は言った。
「君らは似ているから親子のようだ」と
雪の乙女に父が出来た。
雪の乙女は氷の紳士を「お父様」と呼んだ。
乙女と紳士は雪が溶けるように笑った。