氷笑卿の御令嬢は強欲の魔女
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香ばしいパンの焼ける匂い
耳心地のいい目玉焼きの焼ける音
パタパタと台所を行き来するスリッパの音
脱稿明けのまま机で寝ていたロナルドが心地よく目を覚ますには充分な条件が揃っていた。
その鼻腔をくすぐる匂いに惹かれるように顔を上げリビングへと足を進める。ドラ公が飯でも作ってるのか、疑いのない思考はリビングの扉を開けるのに戸惑いなどなかった。
だから気づかなかった。その“違和感”に
「おはよう、ロナルド君」
視線を向ければ優しく微笑む巨乳の美女。
違和感を覚える前にロナルドはときめいてしまった、この全てに。
彼女の雰囲気、声、表情、服装、そしてこの「巨乳美女がエプロン姿で自分に料理を作っている」という不可思議すぎる空間に。
簡単に言えば彼の願望を全て叶えたような状況、ときめかない訳がなかった。
その瞬間、既にロナルドは彼女の術中にハマっていた。
何も考えることなくロナルドは席につく。
目の前に出された食事の中にあるほのかに湯気を立たせたスープを手にとり口をつけようとした瞬間だった、
「目を覚ませロナルド君!」
後頭部に硬いものがぶつかりその反動で持っていたスープを自身の顔にぶっかけた。
「あっっっづっっ!!!!」
スープカップを机に置き振り返ればアルマジロのジョンがロナルドの事を見上げていた。
ロナルドは目が覚めたかのようにハッとする。
「嘘、何でその程度で解けるの」
ジョンの反対側、背後からの台詞に相手の正体に気づくロナルド。
「あんた、吸血鬼か!」
「如何にも、私の名前は(名前)。誇り高き至高の高等吸血鬼よ。」
エプロンを外しくるりと回ればその外見は一変し、身の丈程ある黒マントを翻しながら女は名乗った。
(名前)はロナルドの元へ近づきその顔を覗き込むと呆れたようにため息をついた。
「貴方、おじ様の催眠術を何度受けてるの?」
この程度の魅了じゃすぐ解けちゃうはずだわ。そう呟きながらロナルド達を通り過ぎ窓に腰を掛ける、そして花が溢れるように微笑みながら言った。
「また来るわね、ドラルク♡」
その瞬間無数のコウモリに扮しその吸血鬼は居なくなった。
ロナルドは何が起こったのか理解が追いつかない中ドラルクの顔を見やる、そこには心底嫌そうな顔をしたドラルクが居た。お前の知り合いかと問えば古くからの顔なじみだと答えた。
そしてジョンを抱え「なぜこの場所が……」と下を向いたが暫くすれば「急用ができた、少し出てくるよ」と言い残し事務所を出ていった。
ロナルドは何がなにかわからないが面倒事に巻き込まれるのは嫌なのでそのまま好きにさせることにした。
それから数日後、ドラルクはあの後げっそりとした表情で帰ってきた。
特になにか言うわけでもなかった為ロナルドも言及することなくあの出来事は“いつもの事”として片付けられた。
その後ドラルクの師匠だという吸血鬼が現れたりしていつもの新横の騒然さによってこのことはふたりの記憶から薄れ、忘れ去られようとした時だった。
思い出させるように彼女は再び二人の前へと現れた。
「おはよう、ドラルク♡いい夜ね。」
退治人ギルドから出てきた二人に声をかけると彼女はとても上機嫌に微笑む。
「君、なんでここに……」
「会いたかったから♡」
ドラルクは心底嫌そうに深くため息をつくがロナルドは状況が読めずドラルクに説明を求める様に視線を向けるが彼女の雰囲気に既視感を覚える、この感じ、事務所でのあの日以外に何処かで……
「ロナルド君、彼女にときめくなよ。」
ドラルクが脈略なくロナルドへ告げる。
「……!!あんた!もしかして!」
「わかったかい、彼女は(名前)。“氷笑嬢”と呼ばれてる吸血鬼さ」
この不可思議な既視感にロナルドは納得した。
眼の前の吸血鬼は先日新横を騒がせたドラルクの師匠、ノースディンによく似ていたのだ。その容姿が、雰囲気が。
「やめて!!そんな二次創作の夢小説みたいな通り名!!」
しかし先程までの良い雰囲気はどこへ。彼女は大きく叫びながら手で顔を多い恥ずかしそうにしている、少し可愛いとロナルドは思ってしまった。
ドラルクは呆れながら続ける。
「先日のこともあるから分かるだろう、彼女はノースディンの娘。魅力されたら支配から脱するのは一苦労するぞ」
「もうしないわよ、男の子を虜にしたって楽しくないもの」
顔を覆う指の隙間から視線をこちらに向けながら言う。
「じゃああんたなんでここに来たんだよ」
「さっきも言ったでしょ?ドラルクに会いに来たの」
「嫌がらせか?」
「No way!ドラルクのことを愛してるからよ。」
わけがわからないというか話が見えない。ロナルドは頭を抱えるが当の本人であるドラルクはバツの悪そうな顔をしている。
「私、ドラルクの婚約者なの」
ロナルドが次に何を聞こうかと考えあぐねていると爆弾発言が落とされる。
「……はぁ!?」
「誰が、誰の?!」
「いや、ていうか婚約者ってそんなものこの21世紀に、……え???」
「おいどういうことだドラ公!……うわっっ、なんで死んでんだよお前!」
聞き慣れない単語にロナルドは驚き捲し立てる様に言葉を彼女に投げる。しかしこう言われては当事者はもうひとり。先程から急に大人しくなった相方の方を向けば塵になっている。何故。ロナルドは困惑した。
「恥ずか死だよねぇ」
彼女は塵の元まで行ってしゃがめば優しく塵を撫でる。
「ドラルクはね、私のこと大好きなの。だから未だに私と婚約者だって事を突きつけられると恥ずかしくて死んじゃうの」
上機嫌ににこにこと話す彼女とその近くの塵を見るがいまいち納得がいかないロナルド。
先程と先日のあのドラルクの表情を思い出しいまいちピンと来ていない。
塵がウゴウゴと動きながら珍しく頭からではなく手から再生するドラルクを見つめる。
再生した手を掴み引き上げるように彼女が立ち上がるとズルリと早急にドラルクが再生した姿を表す、その頬は普段の血色の悪さを緩和するように少しオレンジがかっているが眉間には深く皺を刻んでいる。
ロナルドはそのちぐはぐさにいまいち分からなかった。
「君ね、勝手なことをペラペラと話すんじゃないよ」
「あら、事実でしょ?」
「黙秘する」
「無言は肯定よ?」
「ーーーっ!だから君と話すのは苦手なんだ」
「私のこと大好きだもんねぇ」
ニヤニヤしながら口元を手で隠す彼女と眉間の皺を深くさせながら顔を歪ませる相方。
とてもその姿は思い合っている婚約者同士とはどうもかけ離れて見えるが会話の内容的にはどうやらお互いに思い合っているのが汲み取れたがロナルドは頭の処理と眼の前の現象でいっぱいいっぱいになっていた。
「先日もう手を出さないと約束しただろう」
「この街の男の子にはね?街に来ないなんて言ってないわよ」
「それは屁理屈っていうんだよ」
「だって貴方、私に会いに来てくれないじゃない」
寂しいのよ、そう呟く(名前)の姿にドラルクは何も言えなくなってしまった。
「ね、偶にだけだから。ドラルクとの約束は守るわ。」
訴えかけるようにドラルクの瞳を見つめる(名前)にドラルクは首を縦に振ってしまった。そう、縦に振ってしまったのだ。
「やったぁ!」
そう喜ぶ彼女にドラルクはハッとする
「君、今能力使っただろう!」
「かかる方が悪いのよ♡」
キャンキャン言い合いをしている眼の前の二人は果たして本当に婚約者同士なのか。
やはりロナルドは分からなかったが話がついたのならいいか、と一人事務所に戻ることにした。
他人事で過ごしているロナルドだが翌日目が覚めたら既視感を覚える姿で「暫くお世話になるわね♡」と言いながら焼き立てのスコーンを差し出す彼女に頭を抱えることになることはまだ知らない。