場地圭介の姉
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「なぁ、姉ちゃん。ちょっといい?」
「珍しい、どうしたの?」
普段より真面目な、少し思い詰めた顔をした顔でいつもと違う呼び方をしてきた弟に(名前)は「わからない所あるの?」と言いながらにこやかに向き合う。
「…俺さ、姉ちゃんの事好きだぜ」
「なにどうしたの急に」
少し嬉しそうにはにかむ(名前)の顔を見つめながら彼もまた微笑む。
「それだけ。ちょっと外出てくる」
「もう遅いから
「すぐそこだから平気、ほんとに心配性だな」
「かわいい弟が心配なのよ」
“気をつけてね、”そう見送る声に軽く手を振りながら出ていく彼の背中を(名前)は謎の焦燥感にかられながらただ見つめた。
これが10月30日の出来事。
─────────
「なんで…ねぇ、ねぇ…圭介」
(名前)の問いかけに返ってくる言葉はない。
警察から連絡があって病院に駆けつけた時には既に時遅く最愛の弟が息を引き取っている姿に(名前)は平静を保てずにいた。
彼の眠る頭元にすがりつくように膝から崩れ落ち只々咽び泣いていた、彼女の、そして彼の母親もまた涙を流し立ち尽くしていた。
「お願いお願いよ、嘘だと言って、また姉貴って呼んでよ…お願い。」
“圭介…”消え入るような声でただひたすらに零すが静かな部屋に響いて消えるだけだった。
(名前)は昨夜の会話を思い出す、いつもとは違う呼び方で読んできた弟。普段そんなこと言う性格じゃない彼が私に告げた“好き”は恐らくこの状況を否応でも想定していたことに気づく。
何故気づいてあげられなかったのか、いや気づいたところで自分に何ができたというのかという問も出てくる。
後悔と自己嫌悪の渦に埋もれながら只々、絶望の底に(名前)は沈んでいた。
その後失意のどん底の中何とか葬式の一通りを終えた(名前)の元によく知った少年が一人訪れた。
「(名前)さん。」
彼女は聞き馴染んだその声に弱々しく振り返る。
「千冬…」
声を掛けてきたのは最愛の弟を慕い、とても仲良くしていた少年だった。
彼もまた敬愛していた人を亡くし悲しみに沈んでいても可笑しくないのだが死に目を見た自分よりも何も分からず突然弟の死を突きつけられた彼女のことが心配で訪ねてきた。
その心配は正しく、玄関の扉は鍵がかけられておらず焦りながら彼女を探せばこうして一人で仏壇の前で座り込んでいた。
きっと自分が声を掛けなければ家の中に人が入った事にも気づかなかっただろう、それ程までの精神状態。
その事実に千冬は少し考え、今からする自分の行動は果たして正しいか分からなかったがこれ以外思いつかなかった為行動を起こした。
「少し、出掛けませんか」
「今そんな気分じゃない。」
「場地さんの死に関する事です」
「圭介…の?」
この時初めて(名前)は千冬の目を見た。
嘘をついてる様子ではなかった。だからか、不思議と(名前)は素直に身支度を簡単に済ませた。
弟の死に関して何も知らないわけではない。警察からの説明も勿論聞いた、しかし信じたくない気持ちとそれをどんな形であれ受け入れてしまっては弟の死の事実を受け入れてしまう事になる為考えない様にしていた。
しかしさっき見た彼の目は警察から聞いた話以外の、何かを知っていそうな気がして仕方がなかった。
そのまま千冬の後ろを付いて歩き電車を乗りどこに向かっているのか分からないこの時間を長く感じたが二人共会話をすることは無かった。
駅につき暫く歩いてたどり着いたのは高い塀で囲まれた場所。
─少年鑑別所、馴染みはないが何となく(名前)は分かった。
中に入り千冬が手続きを終えて少し待てばそのまま進んでいく、その先で通された個室。
分厚いアクリル板越しのそこはフィクションでしか見たことのない空間だった。
千冬に勧められるまま板の真ん中、穴の開いたところに置かれた椅子へ腰をかければあまり間を置かずに向こう側の扉が相手人が入って来る。
その人物の姿に(名前)は落胆と嫌悪と疑念の感情が頭を占める。
そしてその人物は彼女が最後に知っていた姿とは髪色は大きく変わっているがその首に入れられた虎は、顔つきは古い記憶に残っていた為すぐに分かった。否、先日警察から聞いた人物の名前だ、忘れる訳もなく記憶にはむしろ新しかった。
彼の姿が、彼女が否定し続けていた事実を否定してくる、(名前)は泣きそうになった。
(名前)の姿を見た瞬間目を見開き視線を反らしながらも椅子へ座ったその人物に(名前)は声をかける。
「一虎…君?」
「うん、」
(名前)の顔は見ずに一虎は応える。
その姿に、姿勢に、どこからか湧き出る怒りを抑えるのに(名前)は必死だった。
喉から出かかった口汚い言葉を飲み込み手を握りしめる。目頭が熱くなる、熱を逃がすように強く瞬きを繰り返す。
今口を開いたら何を口走るか分からない。それを自覚していた(名前)は只々固く口を閉ざす、時たま喉から音が鳴る。
一虎は少し視線を下げていたが顔を上げ(名前)の目を見た。今にも自分へ噛みつかんとする彼女の目に一虎は目を逸らしたくなる衝動に駆られる。
「(名前)さんから目ぇ逸らすんじゃねぇぞ」
彼女の隣に立っていた千冬が言う。
声だけで有無を言わせない姿勢なのは(名前)も分かった。
このまま睨み合ってても話はわからないしこの時間は制限が付いている為(名前)は一度強く鼻から息を吐き閉ざしていた口を開く。
「君が、圭介を殺したの?」
単刀直入に尋ねる。
勿論、警察から話は聞いていたし全くの無実じゃない事は今この場所が証明していた。分かっていたけど、自分が何を求めて一虎に聞いたのかは(名前)でも分からなかった。
一拍置いた後アクリル板越しに返ってきた言葉は肯定だった。
(名前)は握り込む掌が爪で切れるのを感じながらも力を緩められなかった、瞳は一虎を静かに捉え続ける。
「話して。」
“君の知ってる事全てを、事の顛末を。”
力強く、しかし少し震えた声だった。
一虎は隠さずに話し続ける、今回の事、過去の事、己が場地を──場地圭介を刺したことを。
「俺が場地を殺した…」
「違う」
一虎の言葉を否定したのは(名前)の側にいた千冬だった。
(名前)と一虎は千冬の方を見る。
「場地さんは…場地さんは一虎君に殺されたんじゃない、自分で死んだんだ。」
今にも零れそうな涙を溢さないように、声を詰まらせながら千冬ははっきりとそう言う。
(名前)はずっと引っかかっていた事を思い出す。
葬儀の時納棺師から聞いた事、警察からの説明の内容。………弟の体にあった刺し傷は二箇所。
何度聞いても、考えても納得がいかなかったことの辻褄が合ってくる。
そこで彼女の中で答えが出た瞬間口から息が漏れる、堰き止めていた涙が止まることなく流れ出す。
「あの…バカ、」
握りしめていた拳は解かれて顔を覆い、無様な泣き顔を隠しながら肩を震わせる。その手の隙間から漏れてきた息は呆れたような怒ったような声だった。
そのまま一度息を吸い口から吐く、流れた涙と吐いた息が手のひらに沁みる。
その痛みが(名前)の心を平常心へと引き戻す。
手から顔を上げて一虎を見据える(名前)。
その瞳は先程までの憎悪や嫌悪の様な暗いものは薄れていた。
「帰ってきたら、顔出してね。一虎君」
許す許さないの問題じゃない、これは最愛の弟が残した最後の尊厳を尊重しての行動だった。
─────────────
「すみません(名前)さん、出過ぎたことをしたとは思ってます。」
鑑別所からの帰り道、千冬は(名前)の隣を歩きながら言った。
(名前)はそんな千冬の姿を横目に捉えながら会話をする。
「ううん、むしろありがとう。圭介の最後がちゃんと分かって良かったよ。」
いつも通りの声色だがやるせない所だってきっとあるはずなのにこの人はいつもこうして笑顔で居る。その姿が、いじらしさが千冬の心を締め付ける。
「千冬。」
千冬の前に出て両手を広げる(名前)の姿が丁度夕日と重なって眩しさに少し眉間に皺が寄る。
「おいで」
胸の奥にスッと落ちてくるその声に千冬は素直に従う、ゆっくりと近づき彼女の背中に手を回す。(名前)もまた、優しく手を回してそのまま背中を撫でる。
片方の手は頭を撫でて自分の首に顔を埋もれされる。
「ありがとう、千冬」
その声が、手が、今度は千冬の涙腺を緩める。
(名前)は襟首が冷たくなるのを感じながら嗚咽を漏らす彼の頭を只々優しく撫で続けた。
暫くして上げた千冬の顔をハンカチで拭いた(名前)は千冬の手を取り顔を覗き込む。
「落ち着いた?」
「すみません、俺…」
「大丈夫大丈夫!だって私お姉ちゃんだもん」
自分も辛いはずなのにこうして相手の事を優先するこの人は、確かにあの人の“姉”なのだと実感する。
「帰ろう、千冬」
「、はい。」
伸びた影に映る重なった手は、離れる事なく帰路につく。
一人で帰る事はないように。
───────────────
(おまけ)
弟の元に人が訪れている事を知ったのはたまたまだった。
食べかけのペヤングがそのままになったのを見て誰が来たのかなんて考える必要もなかった(名前)はそれから散歩も兼ねてそこへ来ていた。
すると今日もお客は居たようで、でもその姿を(名前)は知っていてつい声をかけてしまった。
「マイキー君?」
その声に振り向き、自分へ挨拶をする彼に「葬式以来だね」と返しながら隣に立つ。
「圭介とは何話してたの?」
「色々、」
「そっか………千冬から今回の事聞いたよ。大変だったね」
真一郎君のことも含めて、彼もまた平静にその場へ居れたはずがない事は想像に難くない。
だがそこを深堀する気も無ければ出来ない為(名前)は早々に話題を変える。
「そういえばさ、東卍にゴキ乗りたがってる子居たりしない?」
「え、」
マイキーが珍しく驚いた様子で(名前)の顔を見る。
「圭介のやつ、誰か可愛がってくれる子居ないかなぁって思って」
「、(名前)はそれでいいの」
「うちじゃ宝の持ち腐れになっちゃうもん」
「(名前)が乗ったらいい。」
思わぬ提案に(名前)はマイキーを見る。
マイキーは変わらず弟の方を見つめていた
「でも私、バイクは…」
「好きでしょ?」
「え、」
なんで誰にも話してなかったことを当てられるのか、そう思っているとマイキーは続ける
「場地が言ってた、(名前)はバイクが好きだと思う。って、それに真一郎の店にも入り浸ってたの知ってるよ」
意外と私のことを見ていた弟の話に少し驚きが隠せずにいるとマイキーはそのまま話を続ける。
「それになんかあったらケンチンに頼めば直してくれるし、うん。(名前)が乗りなよ、ゴキ」
「…私でも乗れるかな」
「場地の頭でも乗れてたしヨユーっしょ」
ナチュラルに失礼な事を言うマイキーだったが(名前)は咎めるとかもなく不意のそれに笑ってしまう。
「じゃあ、そうする」
「うん。」
「マイキーはまだ圭介と話す?」
「いや?」
「ならご飯行こう、お子様ランチ奢ってあげる」
「やった」
弟の大切な人達
(ねぇ千冬、これ乗らない?)
(え、(名前)さんこれって…)
(あげるわけじゃない、私が免許取るまで貸してあげる。ね?)
(………はい!)
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