泡沫トワイライト
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毎晩繰り返される悪夢に楓香は悩まされていた。
その内容は、沢田に怯えられて「化け物」と拒絶されてしまうものだった。夢は日を重ねるごとに鮮明さを増し、最近では夢と現実の境が曖昧になる程で、精神的に追い詰められた楓香は寝不足に陥っていた。
(私を否定しないで、嫌だ、本物の綱吉君の声が聞きたい。だけど、もう寝てるよね。…寂しい)
悪夢を見るのが嫌で、夜は勉強机に齧り付く。前傾姿勢でノートにペンを走らせてひたすら予習をした。
そんな日々を過ごしていると、睡眠が足りず日常生活がままならなくなっていた。こまめに仮眠を取っているが、それでも悪夢を見てしまう。
周りには上手く隠してきたつもりだったが、日に日に濃くなっていく隈は言い逃れ出来ず、すごく心配させてしまった。
悪夢に魘されていると正直に白状したが、夢の内容までは言えなかった。まして本人である沢田には尚更だ。
がやがやと人が溢れる帰宅ラッシュの中、楓香は何度目か分からない信号待ちで、囲まれた建物の間にぽっかりと覗く空を見上げる。
「やっぱり申し訳ないなぁ。帰っていいんだよ、綱吉君」
「ううん、気にしないで。俺がしたくてしてるだけだから」
放課後、六道から頼まれた仕事をする為に黒曜町へ向かう。そのことを何となく沢田に伝えた結果送迎すると言い出し、楓香の遠慮する声を跳ね除けて今に至る。
「でも時間遅くなっちゃうし負担かけたくないよ」
まだ明るい空なのに、すでに周囲一帯は電灯が付いていた。
吹き抜ける風は、走行する車やトラックの排気ガスの熱気を含んで生温い。
沢田は俯くと、軽く唇を噛む。
それから周りに気を配りつつ、楓香の空いている手を取った。
「俺が少しでも楓香ちゃんと一緒に居たいんだ」
自信なさげに継がれた言葉に、心臓が高鳴ってピシリと固まってしまう。
すると、反応がないことに不安を膨らませたのか、眉を八の字にした沢田が顔を覗き込む。
「嫌かな」
「……嫌、じゃない」
途端、花が咲いたように笑顔になった沢田は、嬉々として繋いだ手をぎゅっと握った。
信号が青になり数人が横断歩道を渡って行くが、楓香は手元に目を落とし「…ずるい」と小さく呟き、やや遅めで歩く。
「ん?どうしたの楓香ちゃん」
自分ばかりがドキドキさせられて悔しくなってしまい、仕返しに背伸びをすると彼の耳元で囁いた。
「私だって綱吉君とずっと一緒に居たい」
「だっ」
「抱き締めたい?」
「…うん」
次第に西日が濃く色付き、日差しが和らいで家の影が目立ち始める。
見えてきた黒曜センターは、どこよりも早く薄暗さに包まれた印象を受けた。
「楓香ちゃん顔色が良くないし、俺も草抜き手伝うよ」
「えっ、ありがとう、でも大丈夫!体調も問題ないから!それに申し訳ないけど一人の方が集中して草抜き出来るの。だから本当に平気だよ!」
沢田の厚意を無下にするのは心苦しいが、どうしても受け取ることは出来ないのだ。彼が居ると消失の力を使えないので、下手すると翌日筋肉痛になってしまう。そんな未来は全力で回避したい。
必死に説得する楓香の熱意に折れ、帰りも送迎することを条件に渋々納得してくれた。
有刺鉄線に覆われた塀の間にそびえ立つ門扉の鍵を開錠した後、くるりと振り返って沢田の目の前で両腕を広げる。
へ、と口が半端に開かれるのを無言で見上げ、これみよがしに盛大な溜息を吐いた楓香は肩を落とした。
「…抱き締めてくれないの」
暫し間を置いてから、悩ましい表情をした沢田は天を仰ぎ、目を閉じた。
深く大きく息を一つ吐いてから、ゆっくりと瞼を持ち上げ、口を開く。
「すっごく」
片手で顔を半分覆うと、
「ちゅう、したい」
そっと細められた橙が楓香を射抜く。
火傷しそうな程の熱がこもった眼差しだ。男の子の──男の目をしていると、思った。
「そ、その目禁止!」
「えっ。どんな目?」
「なんか、あの、食べちゃうぞっていう感じの…だよ!」
ごく稀にだが、飢えた猛獣を連想させる瞳をするので心臓に悪い。
普段と違う別人の雰囲気になった沢田には未だ慣れておらず、どうすれば良いのか戸惑ってしまう。
「それなら楓香ちゃんだって、その目を俺に向けないで」
まさか言い返されるとは思っていなかった。首を傾げる楓香に、沢田が一歩ずつ距離を埋める。
「食べてっていう目してる」
「そっ、んな目してない」
「じゃあ自覚してよ」
徐々に近付いてきた顔から背けるが、くいと両頬を添えられて優しく正面に戻される。
「俺に食べられたがってる」
びくりと肩が大袈裟に跳ねた。
図星のような反応をしてしまい、恥ずかしさに耐え切れず瞬きをした時にはもう唇に柔らかい感触がした。
僅かな吐息がくすぐったい。少ししてから離れていく温度に心が惜しむ。
互いにとろんとした瞳で愛おしそうに見詰め合った。
すると、
「人の家の前で勝手にメロドラマを始めるの如何なものかと」
突如、第三者の声が割って入り、二人は驚きのあまり棒切れのように身を固くさせる。
「む、むむ、骸いつからそこに」
開け放たれた扉の先から、ニョキッと顔を出した六道がわざとらしくおどけた。
「あんなベタな台詞を言わせようとするなんて君も野暮ですね。えぇと確か“抱き締めてくれないの”」
「微妙に声を似せて物真似するのは止めて下さいーーッ!」
穴があったら入りたい、とは正にこのことか。
初めから盗み聞きしていたらしい。羞恥心で脳がパンクしそうになっている楓香の腕を掴み、そのまま六道は敷地の中へと歩き出す。
「あ、じゃあ二時間後にね!」
「…うん。迎えに行くよ」
此方に向かって手を振る沢田はやや神妙な面持ちだったので口を開こうとしたが、閉じた扉によって遮られた。
連れて行かれた先は、無造作に伸びた草木が鬱蒼と広がる荒地だった。
「沢田綱吉には草抜きの手伝いと言った手前、まずは雑草の処理から始めましょう」
どうぞ、と背後に立たれ、楓香は胸元からチェーンを引っ張ると指輪を取り出し、指に嵌める。
消えろ、と念じるが翳した手は震えていて緑は一向に減らない。
「力を使うのは怖いですか」
見守っていた六道が静かに問う。
その言葉に楓香はこくりと頷いた。
あの悪夢のように、何かを消失させて恐れを抱かれるのが怖かった。何よりも、此方の都合で理不尽に消してしまうことによる罪悪感が重くのしかかって指先一つ動かない。
力を使えば、自分は化け物なのだという現実を突き付けられる気がした。
「その力は薬にもなるが、毒にもなる。大事なのは捉え方です。此処に生えている雑草にとって君は毒ですが、僕からすれば薬だ。それは消失の力に限らず、様々な物事にも当て嵌ることです」
後ろから伸びた手に肩を掴まれ、そっと身体が六道に寄り掛かる。
「楓香、君はその力をどうしたいですか」
どうしようもなくなった時に手を差し伸べてくれた、あの時の沢田が脳裏を過ぎる。
「…誰かを、救う為に使いたい」
腕の中からじっと六道を見上げると、唇に美しい三日月を浮かばせ、悠然とした声が降りかかった。
「いい子だ」
労るように額へ唇を落とされる。
いとも容易く行われた口付けに、一瞬反応が遅れてしまった。
「なっ、な、なな…!?」
「君は本当に揶揄い甲斐がありますね」
動揺して二の句が継げない楓香に、六道が愉しそうに目を細めた。
ぐるぐると視線を彷徨わせていると、背中を軽く押される。
「以前言ったでしょう。君は君だと。僕には楓香が必要だ」
不思議だった。いつも彼は楓香が心の奥底で待ち望んでいた言葉を与えてくれる。
あの林檎を被った少年が六道のことを“ししょー”と呼んでいたことを思い出し、自分も弟子入りしようかと本気で考えた。
「……私も師匠と呼んで良いですか」
「おやめなさい」
きっぱりと断られてしまった。即答である。
間抜けな弟子は一人で十分だと呆れ混じりに言われ、彼も色々と苦労しているんだなと察した。
雑談もそこそこに、今度こそ雑草へ向かって手を翳した。
(困っている六道さんを助けたい…!)
ふわりと髪が浮き上がる。
彼のおかげでこの力を使うことに対する複雑な気持ちが薄れ、少し心が軽くなった。
握り締めた拳に力を入れると、無限に生えていた草が楓香を中心として消えていく。徐々に緑と土の割合が逆転していった頃、六道に肩を叩かれた。
「目を瞑った状態で力を使って下さい」
突然そんなことを言うものだから疑問に思いつつ、その通りに実行してみた。
視界は閉ざされているので、しっかり草を消せているのか確認は取れない。が、感心した声が後ろから耳に届く。
「対象を視認せずとも念じれば発動することが可能、か」
何かが風を切った。驚くのも束の間、目を開けて振り返ると、
「なるほど。そしてあらゆるものから干渉を受けないとは…恐れ入りました」
楓香に向かって手を上げた状態の六道が、すぐ後ろに立っていた。
「なっ、何なんですか?」
「実は君が目を閉じている間に三叉槍で頭を突き刺しました」
「人のこと爪楊枝の感覚で突き刺さないで下さい!」
恐ろしいことをケロリと言うので、六道から距離を取って両腕を擦り自分を抱き締める。
何故そんなことをしたのか。視線で問えば、彼の手から三叉槍が具現化されて、問答無用で振り下ろされる。
「……ひっ!」
条件反射で小さく身体を丸めてしゃがんだ楓香だったが、いくら待っても痛みはやって来ない。
きつく閉じた瞼を上げると、六道が身体を屈めて目線を合わせた。
「指輪を嵌めるとリミッターが外れ無限に力を行使出来るらしい。どうやら君は無意識に異能を常時発動させ、消失という名の盾で自己防衛しているようだ。その証拠に三叉槍が消滅しました」
「…せめて攻撃する前に一言くらいは伝えましょうよ!」
殺されそうになった恐怖で全身がはち切れそうになり、脈拍数が瞬く間に階段を駆け上っていく。
「事前に言えば実験が無意味になるので、この手段しか無かったのです」
「…実験?」
「人は未知なるが故に恐怖する。ならば、既知にすれば良い。そう思いませんか」
楓香は息を呑んだ。
自分はこの消失の力のことをまだ何も知らない。全てを無に帰すだけだと思っていた。
よく考えれば、それだけではない。怪我を消すことだって可能だし、襲いかかる害から身を守っていることも六道によって初めて知った。
使い方次第、なのだ。薬にも毒にもなるなら、この力を学び自分の正しいと思った道を歩めば良い。そうすれば、化け物な自分を恐れなくて済む筈だ。
「現実から逃げずに異能と向き合い、己の手札にしなさい。それはこの先、君が大切なものを守る力となる」
夕焼けに照らされた六道は、陽の朱に溶け込んでしまいそうで、その姿は天啓を授かった神官の如く神秘的だった。
「…あの、やっぱり」
スッと挙手して、おもむろに言葉を紡ぐ。
「師匠と呼んでも良いですか」
「おやめなさい」
またしても一刀両断されてしまった。
残念に思いつつ、立ち上がろうとしてふらりと足元が崩れそうな感覚を覚えた。身体が思うように動かない。
ふらつく楓香を支えた六道は片眉を僅かに上げ、その隈に指を這わせて撫でる。
「あまり眠れていないようだ」
「……連日悪夢に魘されて、怖くて寝れないんです」
ふむ、と顎に手を当てると目を伏せ、数秒考え込む様子を見せた後、口を開いた。
「その悪夢は異能と関連していますか」
小さく頷けば、膝裏と背中に腕を回されて軽々と抱き上げられる。
急に高くなった目線と浮遊感に驚き縋り付くと、目の前に端正な顔立ちがあって二つの意味で動揺した。
「…ろ、六道さん!?」
「悪夢というのは人の胸中、主に秘められた悩みや怖れを示現するものと言われています。今の君には睡眠が必要だ。眠りなさい」
「……でも、」
「心配せずとも僕が居る限り、もう二度と君が悪夢を見ることはない」
深い煌きを放つオッドアイの双眸が、楓香へと向けられる。
先程まで六道の腕の中に居るのは全く落ち着かなかったのに、今はゆりかごに揺られているような安らぎを感じた。
何故だか、この人なら身を任せられる、大丈夫だと思ってしまった。
「異能の調査は次の機会にしましょう。おやすみなさい、良い夢を」
寝心地の良さそうなアンティーク調の長椅子に寝かされた楓香は「おやすみなさい」と口にするが次第に語尾は小さくなり、その挨拶が言い終わると夢の中へ落ちていった。
先に食べ終わった子供達の賑やかな笑い声が浴室から響き渡る。
最近のフゥ太はお兄ちゃん役を自ら進んで引き受けてランボ達の面倒を見ることにハマっており、その成長に沢田はじーんと感動した。
台所で洗い物をする奈々の鼻歌を聴きながら、沢田は洗濯物を畳む。よくおねしょをしてしまうので、必然的にランボのパンツが多いことに苦い笑みを浮かべた。
付けっぱなしにしていたテレビから、話題の不倫ドラマを特集した番組が流れた。かなり人気が高いのだろう、出演者達のトークがわいわいと盛り上がっていて、意識せずとも内容が耳に入る。
<不倫を肯定する訳ではないけど、女っていうのはキケンな男を好むものなの>
<ミステリアスで怪しい雰囲気の男は好奇心を無意識に掻き立てて、気付けば沼へ…>
<特に平凡な旦那だと尚更そーいう男との不倫にハマっちゃうわ~>
<夫が居ない間に間男とイイ感じになって、そのまま駆け落ちエンドとか王道よね>
思わず作業の手を止めて聞き耳を立てていた沢田は、そのあんまりな内容から背筋に変な汗が伝った。
リビングの壁時計を見上げて、溜め息を吐く。
黒曜町へ迎えに行くにはまだ時間があり、焦れったさから服を畳むのが雑になってしまう。
「骸の奴、手出すの早そうだな」
食後のエスプレッソを嗜んでいたリボーンが落とした爆弾に、心臓が嫌な音を立てた。
「…は、はぁ!?馬鹿なこと言うなよ」
「こんなところで呑気に服を畳んでいる間に、あっちは激しく燃え上がってるんじゃないかしら」
「び、ビアンキまで何言って…」
顔を見合わせて意味深に笑う二人に、自分でも気付かない内にゴクンと息を呑んだ。
彼女に限ってそんなことは絶対にないと信じているけれど、あの飄々とした男は違う。湧き上がる焦燥が心を掻き乱し、衝動のままに玄関へ駆け込んだ。
靴を履いてドアノブを掴むと、背後から呼び止められた。
「待ちなさい、ツナ」
灰みのあるピンク色の髪を靡かせたビアンキがどっしりと仁王立ちしていた。腕を組み、じっと沢田を見下ろしている。
その迫力に圧倒されて逸る気持ちを抑えていれば、「ハルのことだけど」と話を切り出された。
「愛に夢中なのは良いけれど、その前にしっかり清算しなさい。一人を選ぶということは誰かを選ばないということなのよ」
ビアンキは三浦と仲が良く、その恋を応援していた。沢田に恋人が出来たことを知らず熱を上げている様は、とてもじゃないが見ていられなかったのだろう。
「…うん。ハルにはちゃんと言うから」
沢田とて大切な友人を無下にする気は一切なく、いつか伝えなければと考えていた。三浦と向き合うことをビアンキと約束し、色んな感情が心に渦巻きながらも家を出た。
全速力で黒曜ランドへ向かうと、塀をひょいっと飛び越えて二人を探す。
もう日が沈んだ外は真っ暗で月明かりが照らす中、ぽつぽつと外灯の灯りが浮かんだ。
奥に進めば、綺麗に雑草が刈られ、でこぼこした土しか目に入って来ない。
(これ、楓香ちゃんが草を抜いたのかな)
若干疑っていたが草抜きのエキスパートという噂は本当らしい。
辺りを探すが人の気配は感じられず、建物の中へと足を踏み入れた。
薄暗い通路を渡ると、沢田の靴音と床が軋む音が響く。遠くに見えるぼんやりとした光が次第に大きくなり、着いた先は円形の広間だった。
頭上にぶら下がっている大きなシャンデリアが風で振り子のように揺れている。
「随分と暇を持て余しているようですね、沢田綱吉」
室内の中央には、膝の高さの小さなテーブルの前に、楓香を膝枕した六道が挑戦的な笑みを浮かべて座っていた。
「…ど、どうしてそういう状況になったのか説明して欲しいんだけど」
「悪夢に魘されあまり眠れていないようなので、僕が安らぎの夢へと誘いました」
その寝顔は清々しい程に無防備で可愛くて、お腹を上にしてぐっすりと寝ている猫のような、そんな愛らしさを兼ね備えていて、ぐっと眉根を寄せる。
睡眠不足な楓香のことが気掛かりだったが、すやすやと寝息を立てていることにホッとした。
「ありがとう、骸」
沢田は深々と頭を下げた。
「ドン・ボンゴレとあろう者が気安く頭を垂れるとは」
可笑しそうに含み笑いを漏らす六道へ、顔を上げた沢田が屈託のない真摯な視線を向ける。
「楓香ちゃんが少しでも楽になれるなら、いくらでもするさ。それに、これはボンゴレとは関係なく俺個人としての気持ちだよ」
可能ならば自分がその役目をしたかった。でも、そんな力がある筈もなく。悔しくて情けないけど、誰かに頼るしかないのだ。
「精神世界に干渉するのは骸にしか出来ないことだから。俺は俺のやれる範囲で彼女を守る。だから、もう悪夢に魘されないようーーーどうか楓香ちゃんのことをよろしくお願いします」
また頭を下げれば、六道は興醒めしたとばかりに「やれやれ」と肩を竦ませた。
そして、寝ている楓香の頭を撫でる。
「……今、頭撫でる必要あった?」
「余裕のない男は嫌われますよ」
「やっぱり距離感近いと思うんだ。骸ってそんなにパーソナルスペース狭かったっけ?違うよね」
「クフフフ…今日はやたらと良く喋る」
するりと楓香の髪を指に通して感触を楽しむ六道に「完全に煽ってるよねそれ」とツッコミを入れるが気にせずくるくると髪を弄ぶので、沢田の口元が引き攣る。
「君も揶揄い甲斐がありますね」
「…それはどーも」
結局、六道の気が済むまで戯れは続けられ、沢田の堪忍袋の緒が切れそうになるのだった。
その内容は、沢田に怯えられて「化け物」と拒絶されてしまうものだった。夢は日を重ねるごとに鮮明さを増し、最近では夢と現実の境が曖昧になる程で、精神的に追い詰められた楓香は寝不足に陥っていた。
(私を否定しないで、嫌だ、本物の綱吉君の声が聞きたい。だけど、もう寝てるよね。…寂しい)
悪夢を見るのが嫌で、夜は勉強机に齧り付く。前傾姿勢でノートにペンを走らせてひたすら予習をした。
そんな日々を過ごしていると、睡眠が足りず日常生活がままならなくなっていた。こまめに仮眠を取っているが、それでも悪夢を見てしまう。
周りには上手く隠してきたつもりだったが、日に日に濃くなっていく隈は言い逃れ出来ず、すごく心配させてしまった。
悪夢に魘されていると正直に白状したが、夢の内容までは言えなかった。まして本人である沢田には尚更だ。
がやがやと人が溢れる帰宅ラッシュの中、楓香は何度目か分からない信号待ちで、囲まれた建物の間にぽっかりと覗く空を見上げる。
「やっぱり申し訳ないなぁ。帰っていいんだよ、綱吉君」
「ううん、気にしないで。俺がしたくてしてるだけだから」
放課後、六道から頼まれた仕事をする為に黒曜町へ向かう。そのことを何となく沢田に伝えた結果送迎すると言い出し、楓香の遠慮する声を跳ね除けて今に至る。
「でも時間遅くなっちゃうし負担かけたくないよ」
まだ明るい空なのに、すでに周囲一帯は電灯が付いていた。
吹き抜ける風は、走行する車やトラックの排気ガスの熱気を含んで生温い。
沢田は俯くと、軽く唇を噛む。
それから周りに気を配りつつ、楓香の空いている手を取った。
「俺が少しでも楓香ちゃんと一緒に居たいんだ」
自信なさげに継がれた言葉に、心臓が高鳴ってピシリと固まってしまう。
すると、反応がないことに不安を膨らませたのか、眉を八の字にした沢田が顔を覗き込む。
「嫌かな」
「……嫌、じゃない」
途端、花が咲いたように笑顔になった沢田は、嬉々として繋いだ手をぎゅっと握った。
信号が青になり数人が横断歩道を渡って行くが、楓香は手元に目を落とし「…ずるい」と小さく呟き、やや遅めで歩く。
「ん?どうしたの楓香ちゃん」
自分ばかりがドキドキさせられて悔しくなってしまい、仕返しに背伸びをすると彼の耳元で囁いた。
「私だって綱吉君とずっと一緒に居たい」
「だっ」
「抱き締めたい?」
「…うん」
次第に西日が濃く色付き、日差しが和らいで家の影が目立ち始める。
見えてきた黒曜センターは、どこよりも早く薄暗さに包まれた印象を受けた。
「楓香ちゃん顔色が良くないし、俺も草抜き手伝うよ」
「えっ、ありがとう、でも大丈夫!体調も問題ないから!それに申し訳ないけど一人の方が集中して草抜き出来るの。だから本当に平気だよ!」
沢田の厚意を無下にするのは心苦しいが、どうしても受け取ることは出来ないのだ。彼が居ると消失の力を使えないので、下手すると翌日筋肉痛になってしまう。そんな未来は全力で回避したい。
必死に説得する楓香の熱意に折れ、帰りも送迎することを条件に渋々納得してくれた。
有刺鉄線に覆われた塀の間にそびえ立つ門扉の鍵を開錠した後、くるりと振り返って沢田の目の前で両腕を広げる。
へ、と口が半端に開かれるのを無言で見上げ、これみよがしに盛大な溜息を吐いた楓香は肩を落とした。
「…抱き締めてくれないの」
暫し間を置いてから、悩ましい表情をした沢田は天を仰ぎ、目を閉じた。
深く大きく息を一つ吐いてから、ゆっくりと瞼を持ち上げ、口を開く。
「すっごく」
片手で顔を半分覆うと、
「ちゅう、したい」
そっと細められた橙が楓香を射抜く。
火傷しそうな程の熱がこもった眼差しだ。男の子の──男の目をしていると、思った。
「そ、その目禁止!」
「えっ。どんな目?」
「なんか、あの、食べちゃうぞっていう感じの…だよ!」
ごく稀にだが、飢えた猛獣を連想させる瞳をするので心臓に悪い。
普段と違う別人の雰囲気になった沢田には未だ慣れておらず、どうすれば良いのか戸惑ってしまう。
「それなら楓香ちゃんだって、その目を俺に向けないで」
まさか言い返されるとは思っていなかった。首を傾げる楓香に、沢田が一歩ずつ距離を埋める。
「食べてっていう目してる」
「そっ、んな目してない」
「じゃあ自覚してよ」
徐々に近付いてきた顔から背けるが、くいと両頬を添えられて優しく正面に戻される。
「俺に食べられたがってる」
びくりと肩が大袈裟に跳ねた。
図星のような反応をしてしまい、恥ずかしさに耐え切れず瞬きをした時にはもう唇に柔らかい感触がした。
僅かな吐息がくすぐったい。少ししてから離れていく温度に心が惜しむ。
互いにとろんとした瞳で愛おしそうに見詰め合った。
すると、
「人の家の前で勝手にメロドラマを始めるの如何なものかと」
突如、第三者の声が割って入り、二人は驚きのあまり棒切れのように身を固くさせる。
「む、むむ、骸いつからそこに」
開け放たれた扉の先から、ニョキッと顔を出した六道がわざとらしくおどけた。
「あんなベタな台詞を言わせようとするなんて君も野暮ですね。えぇと確か“抱き締めてくれないの”」
「微妙に声を似せて物真似するのは止めて下さいーーッ!」
穴があったら入りたい、とは正にこのことか。
初めから盗み聞きしていたらしい。羞恥心で脳がパンクしそうになっている楓香の腕を掴み、そのまま六道は敷地の中へと歩き出す。
「あ、じゃあ二時間後にね!」
「…うん。迎えに行くよ」
此方に向かって手を振る沢田はやや神妙な面持ちだったので口を開こうとしたが、閉じた扉によって遮られた。
連れて行かれた先は、無造作に伸びた草木が鬱蒼と広がる荒地だった。
「沢田綱吉には草抜きの手伝いと言った手前、まずは雑草の処理から始めましょう」
どうぞ、と背後に立たれ、楓香は胸元からチェーンを引っ張ると指輪を取り出し、指に嵌める。
消えろ、と念じるが翳した手は震えていて緑は一向に減らない。
「力を使うのは怖いですか」
見守っていた六道が静かに問う。
その言葉に楓香はこくりと頷いた。
あの悪夢のように、何かを消失させて恐れを抱かれるのが怖かった。何よりも、此方の都合で理不尽に消してしまうことによる罪悪感が重くのしかかって指先一つ動かない。
力を使えば、自分は化け物なのだという現実を突き付けられる気がした。
「その力は薬にもなるが、毒にもなる。大事なのは捉え方です。此処に生えている雑草にとって君は毒ですが、僕からすれば薬だ。それは消失の力に限らず、様々な物事にも当て嵌ることです」
後ろから伸びた手に肩を掴まれ、そっと身体が六道に寄り掛かる。
「楓香、君はその力をどうしたいですか」
どうしようもなくなった時に手を差し伸べてくれた、あの時の沢田が脳裏を過ぎる。
「…誰かを、救う為に使いたい」
腕の中からじっと六道を見上げると、唇に美しい三日月を浮かばせ、悠然とした声が降りかかった。
「いい子だ」
労るように額へ唇を落とされる。
いとも容易く行われた口付けに、一瞬反応が遅れてしまった。
「なっ、な、なな…!?」
「君は本当に揶揄い甲斐がありますね」
動揺して二の句が継げない楓香に、六道が愉しそうに目を細めた。
ぐるぐると視線を彷徨わせていると、背中を軽く押される。
「以前言ったでしょう。君は君だと。僕には楓香が必要だ」
不思議だった。いつも彼は楓香が心の奥底で待ち望んでいた言葉を与えてくれる。
あの林檎を被った少年が六道のことを“ししょー”と呼んでいたことを思い出し、自分も弟子入りしようかと本気で考えた。
「……私も師匠と呼んで良いですか」
「おやめなさい」
きっぱりと断られてしまった。即答である。
間抜けな弟子は一人で十分だと呆れ混じりに言われ、彼も色々と苦労しているんだなと察した。
雑談もそこそこに、今度こそ雑草へ向かって手を翳した。
(困っている六道さんを助けたい…!)
ふわりと髪が浮き上がる。
彼のおかげでこの力を使うことに対する複雑な気持ちが薄れ、少し心が軽くなった。
握り締めた拳に力を入れると、無限に生えていた草が楓香を中心として消えていく。徐々に緑と土の割合が逆転していった頃、六道に肩を叩かれた。
「目を瞑った状態で力を使って下さい」
突然そんなことを言うものだから疑問に思いつつ、その通りに実行してみた。
視界は閉ざされているので、しっかり草を消せているのか確認は取れない。が、感心した声が後ろから耳に届く。
「対象を視認せずとも念じれば発動することが可能、か」
何かが風を切った。驚くのも束の間、目を開けて振り返ると、
「なるほど。そしてあらゆるものから干渉を受けないとは…恐れ入りました」
楓香に向かって手を上げた状態の六道が、すぐ後ろに立っていた。
「なっ、何なんですか?」
「実は君が目を閉じている間に三叉槍で頭を突き刺しました」
「人のこと爪楊枝の感覚で突き刺さないで下さい!」
恐ろしいことをケロリと言うので、六道から距離を取って両腕を擦り自分を抱き締める。
何故そんなことをしたのか。視線で問えば、彼の手から三叉槍が具現化されて、問答無用で振り下ろされる。
「……ひっ!」
条件反射で小さく身体を丸めてしゃがんだ楓香だったが、いくら待っても痛みはやって来ない。
きつく閉じた瞼を上げると、六道が身体を屈めて目線を合わせた。
「指輪を嵌めるとリミッターが外れ無限に力を行使出来るらしい。どうやら君は無意識に異能を常時発動させ、消失という名の盾で自己防衛しているようだ。その証拠に三叉槍が消滅しました」
「…せめて攻撃する前に一言くらいは伝えましょうよ!」
殺されそうになった恐怖で全身がはち切れそうになり、脈拍数が瞬く間に階段を駆け上っていく。
「事前に言えば実験が無意味になるので、この手段しか無かったのです」
「…実験?」
「人は未知なるが故に恐怖する。ならば、既知にすれば良い。そう思いませんか」
楓香は息を呑んだ。
自分はこの消失の力のことをまだ何も知らない。全てを無に帰すだけだと思っていた。
よく考えれば、それだけではない。怪我を消すことだって可能だし、襲いかかる害から身を守っていることも六道によって初めて知った。
使い方次第、なのだ。薬にも毒にもなるなら、この力を学び自分の正しいと思った道を歩めば良い。そうすれば、化け物な自分を恐れなくて済む筈だ。
「現実から逃げずに異能と向き合い、己の手札にしなさい。それはこの先、君が大切なものを守る力となる」
夕焼けに照らされた六道は、陽の朱に溶け込んでしまいそうで、その姿は天啓を授かった神官の如く神秘的だった。
「…あの、やっぱり」
スッと挙手して、おもむろに言葉を紡ぐ。
「師匠と呼んでも良いですか」
「おやめなさい」
またしても一刀両断されてしまった。
残念に思いつつ、立ち上がろうとしてふらりと足元が崩れそうな感覚を覚えた。身体が思うように動かない。
ふらつく楓香を支えた六道は片眉を僅かに上げ、その隈に指を這わせて撫でる。
「あまり眠れていないようだ」
「……連日悪夢に魘されて、怖くて寝れないんです」
ふむ、と顎に手を当てると目を伏せ、数秒考え込む様子を見せた後、口を開いた。
「その悪夢は異能と関連していますか」
小さく頷けば、膝裏と背中に腕を回されて軽々と抱き上げられる。
急に高くなった目線と浮遊感に驚き縋り付くと、目の前に端正な顔立ちがあって二つの意味で動揺した。
「…ろ、六道さん!?」
「悪夢というのは人の胸中、主に秘められた悩みや怖れを示現するものと言われています。今の君には睡眠が必要だ。眠りなさい」
「……でも、」
「心配せずとも僕が居る限り、もう二度と君が悪夢を見ることはない」
深い煌きを放つオッドアイの双眸が、楓香へと向けられる。
先程まで六道の腕の中に居るのは全く落ち着かなかったのに、今はゆりかごに揺られているような安らぎを感じた。
何故だか、この人なら身を任せられる、大丈夫だと思ってしまった。
「異能の調査は次の機会にしましょう。おやすみなさい、良い夢を」
寝心地の良さそうなアンティーク調の長椅子に寝かされた楓香は「おやすみなさい」と口にするが次第に語尾は小さくなり、その挨拶が言い終わると夢の中へ落ちていった。
先に食べ終わった子供達の賑やかな笑い声が浴室から響き渡る。
最近のフゥ太はお兄ちゃん役を自ら進んで引き受けてランボ達の面倒を見ることにハマっており、その成長に沢田はじーんと感動した。
台所で洗い物をする奈々の鼻歌を聴きながら、沢田は洗濯物を畳む。よくおねしょをしてしまうので、必然的にランボのパンツが多いことに苦い笑みを浮かべた。
付けっぱなしにしていたテレビから、話題の不倫ドラマを特集した番組が流れた。かなり人気が高いのだろう、出演者達のトークがわいわいと盛り上がっていて、意識せずとも内容が耳に入る。
<不倫を肯定する訳ではないけど、女っていうのはキケンな男を好むものなの>
<ミステリアスで怪しい雰囲気の男は好奇心を無意識に掻き立てて、気付けば沼へ…>
<特に平凡な旦那だと尚更そーいう男との不倫にハマっちゃうわ~>
<夫が居ない間に間男とイイ感じになって、そのまま駆け落ちエンドとか王道よね>
思わず作業の手を止めて聞き耳を立てていた沢田は、そのあんまりな内容から背筋に変な汗が伝った。
リビングの壁時計を見上げて、溜め息を吐く。
黒曜町へ迎えに行くにはまだ時間があり、焦れったさから服を畳むのが雑になってしまう。
「骸の奴、手出すの早そうだな」
食後のエスプレッソを嗜んでいたリボーンが落とした爆弾に、心臓が嫌な音を立てた。
「…は、はぁ!?馬鹿なこと言うなよ」
「こんなところで呑気に服を畳んでいる間に、あっちは激しく燃え上がってるんじゃないかしら」
「び、ビアンキまで何言って…」
顔を見合わせて意味深に笑う二人に、自分でも気付かない内にゴクンと息を呑んだ。
彼女に限ってそんなことは絶対にないと信じているけれど、あの飄々とした男は違う。湧き上がる焦燥が心を掻き乱し、衝動のままに玄関へ駆け込んだ。
靴を履いてドアノブを掴むと、背後から呼び止められた。
「待ちなさい、ツナ」
灰みのあるピンク色の髪を靡かせたビアンキがどっしりと仁王立ちしていた。腕を組み、じっと沢田を見下ろしている。
その迫力に圧倒されて逸る気持ちを抑えていれば、「ハルのことだけど」と話を切り出された。
「愛に夢中なのは良いけれど、その前にしっかり清算しなさい。一人を選ぶということは誰かを選ばないということなのよ」
ビアンキは三浦と仲が良く、その恋を応援していた。沢田に恋人が出来たことを知らず熱を上げている様は、とてもじゃないが見ていられなかったのだろう。
「…うん。ハルにはちゃんと言うから」
沢田とて大切な友人を無下にする気は一切なく、いつか伝えなければと考えていた。三浦と向き合うことをビアンキと約束し、色んな感情が心に渦巻きながらも家を出た。
全速力で黒曜ランドへ向かうと、塀をひょいっと飛び越えて二人を探す。
もう日が沈んだ外は真っ暗で月明かりが照らす中、ぽつぽつと外灯の灯りが浮かんだ。
奥に進めば、綺麗に雑草が刈られ、でこぼこした土しか目に入って来ない。
(これ、楓香ちゃんが草を抜いたのかな)
若干疑っていたが草抜きのエキスパートという噂は本当らしい。
辺りを探すが人の気配は感じられず、建物の中へと足を踏み入れた。
薄暗い通路を渡ると、沢田の靴音と床が軋む音が響く。遠くに見えるぼんやりとした光が次第に大きくなり、着いた先は円形の広間だった。
頭上にぶら下がっている大きなシャンデリアが風で振り子のように揺れている。
「随分と暇を持て余しているようですね、沢田綱吉」
室内の中央には、膝の高さの小さなテーブルの前に、楓香を膝枕した六道が挑戦的な笑みを浮かべて座っていた。
「…ど、どうしてそういう状況になったのか説明して欲しいんだけど」
「悪夢に魘されあまり眠れていないようなので、僕が安らぎの夢へと誘いました」
その寝顔は清々しい程に無防備で可愛くて、お腹を上にしてぐっすりと寝ている猫のような、そんな愛らしさを兼ね備えていて、ぐっと眉根を寄せる。
睡眠不足な楓香のことが気掛かりだったが、すやすやと寝息を立てていることにホッとした。
「ありがとう、骸」
沢田は深々と頭を下げた。
「ドン・ボンゴレとあろう者が気安く頭を垂れるとは」
可笑しそうに含み笑いを漏らす六道へ、顔を上げた沢田が屈託のない真摯な視線を向ける。
「楓香ちゃんが少しでも楽になれるなら、いくらでもするさ。それに、これはボンゴレとは関係なく俺個人としての気持ちだよ」
可能ならば自分がその役目をしたかった。でも、そんな力がある筈もなく。悔しくて情けないけど、誰かに頼るしかないのだ。
「精神世界に干渉するのは骸にしか出来ないことだから。俺は俺のやれる範囲で彼女を守る。だから、もう悪夢に魘されないようーーーどうか楓香ちゃんのことをよろしくお願いします」
また頭を下げれば、六道は興醒めしたとばかりに「やれやれ」と肩を竦ませた。
そして、寝ている楓香の頭を撫でる。
「……今、頭撫でる必要あった?」
「余裕のない男は嫌われますよ」
「やっぱり距離感近いと思うんだ。骸ってそんなにパーソナルスペース狭かったっけ?違うよね」
「クフフフ…今日はやたらと良く喋る」
するりと楓香の髪を指に通して感触を楽しむ六道に「完全に煽ってるよねそれ」とツッコミを入れるが気にせずくるくると髪を弄ぶので、沢田の口元が引き攣る。
「君も揶揄い甲斐がありますね」
「…それはどーも」
結局、六道の気が済むまで戯れは続けられ、沢田の堪忍袋の緒が切れそうになるのだった。