仁王雅治

「ま、俺のことはすっぱり忘れて…… 俺なんかより良い奴、見つけんしゃい」

 卒業式前日。
 硬式テニス部送別会終わりの部室棟裏で、私は振られた。外はもう真っ暗だが、まだ中の喧騒が聞こえる。赤也が泣いているのだろう。少し慌てた真田副部長の声が耳に届いた。

 なかなか向けられることのなかった三白眼が、真っ直ぐに刺さる。漏れ出た蛍光灯の明かりしかないここでは、今仁王先輩がどんな顔をしているのか、はっきりとは見えなかった。

「な、んで、って、聞いても……いいですか」

 なんとか声帯を震わせ、声を押し出す。仁王先輩はぷいっと顔を逸らし、無言を貫いた。赤い紐で飾られたお下げが揺れる。

 この紐……

「俺は明日で卒業、もうここに来ることは無い。おまんは二年生、式には出ん。今日で、俺らはお終い。そういう事じゃ」

 仁王先輩は、何かを振り払うように、右手を振る。その勢いのまま、くるりと回れ右して一歩踏み出してしまった。

 紐がなびく。
 忘れもしない。

 色んなところがくたくたに折れ曲がった赤い紐。汗や土やで汚れに汚れたそれを、仁王先輩は何度言っても手放そうとしなかった。

「忘れてくれ、なんて……残酷です」
「そうじゃな」

 ゆっくりと、ゆっくりと歩を進める。一歩踏み出すごとに、何かを耐えるような背中。

 離してなるものか。忘れて、やるもんか。

 右の肘下あたりを掴んで、引っ張った。仁王先輩が大きくバランスを崩し、薄暗い屋外でも表情がはっきり見えるまで近づく。
 泣きそうな顔だ。瞳に映った自分もそうだ。

「もっと残酷なことしませんか」
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