仁王雅治

「のお、もうええじゃろ。そろそろ機嫌直しんしゃい」

 つーん、とそっぽを向いたまま拗ねる姿に、仁王はしぼんだように小さくなった。

 もうすっかり日没が早くなった秋の暮れ、窓の外は薄暗くなってしまっている。蛍光灯が青白く教室を照らし、机に広げられた教科書類に反射した。

 完全に自分の落ち度だ。自分から誘っておいて、遅刻なんて、真田の拳骨を喰らっても文句は言えない。

「遅れてすまんかった……」

 きゅっ、と引き結ばれた唇は少したゆんでいる。また噛んでいるのか。我慢する時に唇を噛む癖は、無自覚らしく、今のところ俺しか知らない。

 腰掛けられた椅子の右横にしゃがみこみ、下から顔を覗き込む。ばちり、と視線が合った瞬間、少し見開いた目にはうっすら涙の膜が張っていた。

 バツが悪くなり、俺は思わず顔を逸らした。オンナノコに対してどんな行動をすればいいかなんて、跡部にイリュージョンでもしなければ分からない。それが人生初の彼女ならなおさら。

「……連絡ぐらい、して欲しかった」

 ぽつり、と、こぼれ落ちた本音に、胸が痛くなる。心の中で言い訳しか出てこない自分が情けなかった。

「サボりも、いい。遅刻しても、ドタキャンしても、私は大丈夫。テニス、頑張ってるのも、そっち優先なのも、分かってる。
 でも、せめて、ひとこと…… ひとこと、なにか、欲しいなって、思うの」

 絞り出すように、たっぷり時間をかけて紡がれた言葉は、重い。俺の事を考え、自分の気持ちを考え、それでも俺の方に天秤を傾けるなんて、俺には勿体ないくらいの子だ。

 それに、百パーセント俺が悪いと、自分でもよく分かっているのに。それでも、やはり惚れた彼女から言われるのは心にくる。
 自分のことながら、自分勝手が、すぎる。

「すまん……」

 椅子の足が悲鳴を上げながら、後ろに下がる。

「肉まん買ってくれたら、許す」

 机に広がった自習道具を学生鞄に突っ込みながら、困ったように笑う。

「……駅前でええか」

 ふっ、と頬を緩め、俺は笑った。
 肉まんくらい、毎日でも買ってやる。

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