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短編集



単発ヒロイン。
怪人病んでます。





その日、エリックは真っ赤な地面にべしゃりと倒れいっこうに動かない"それ"を見た。
"それ"からは、命を感じなかった。
いや、命などもともと無かったかのように、くたびれ汚れている。



...これは、何だ?



見覚えのある姿をした"それ"────そう、彼女の姿だ。
だがそう見えるだけであって、私はそれを認めたくなかった。


明るく笑顔が絶えなかった彼女は異端の私を恐れず、私を誰よりも理解し、受け入れてくれた。
私の過去から逃げず、その綺麗な大きな瞳で未来を見つめ、輝いていた彼女。
だがその輝いていた命の煌めきは、もうそこには存在しなかった。



...これは、誰だ?



エリックは眼を離すことができず、更には"それ"に近づき、赤黒い血溜まりに膝まずいていた。
"それ"がもし人間だというのであれば、あるべきはずの場所にあるはずのモノが無いのだ。
それは普段見ようとしても見れないもの。
人間の命、心臓だ。
"それ"には、心臓が無いのだ。
無惨に抉られた場所はポカリと穴が開き、血管や骨が顔を覗かせ、まるで心臓の帰りを待っているかのように滑稽に見えた。

触れたい────だが、私は沸き上がった感情に、ごくりと唾を飲む。
ゆっくりと穴に手を伸ばし触れたそこはただ虚しく冷たいだけだった。

これが彼女のはずがない、彼女はもっと温かかった。
そう、死んでいる何かが物体が、そこに倒れているだけだ。



これは彼女ではない。これは彼女ではない。

では、彼女はどこに?



エリックはむくりと立ち上がると、辺りをふらふらと歩き出した。
そう、自身の知っている彼女を探すためだ。



彼女は見た目に比べ中身は幼かったが、好奇心旺盛で負けず嫌い。いつも大きな瞳を輝かせ、私の目の前に現れた。
この仮面の下の秘密を知ってしまった時も、驚きと戸惑いをその瞳に映しただけで、私を拒絶することなど一切しなかったのだ。そして彼女は笑ったのだ。

今思えば、その時以前から私は彼女の虜であり、彼女が私の前に現れるのではなく、私が彼女の前に現れるようになってしまっていたのかもしれない。



おかしい。
なぜ今になってそんなことを思い出す?

彼女がいないとこんなにも心が寂しいなんて。


彼女の声が聞きたい。
彼女の笑顔が見たい。
彼女の優しい視線を感じたい。
彼女の優しさを感じたい。


彼女を感じたい。


気づくと私はまた、"それ"の前に立っていた
膝まずき、辛うじて"それ"の顔───口に見える場所を凝視する。
色を失った見ただけでわかるカサカサの唇と、だらしなく開いたその隙間から流れ出て固まった赤いもの。



彼女に触れたい。



そんな強い思いから、私はその唇に自らの口を重ねていた。いや、重ねるというのはおかしい表現かもしれない。
私はその唇を覆うほど自身の口を開き、口内に含んだのだ。
ざらざらとした感触を舌で感じながら、貪るように赤いそれと、まだ口の中に残る何かを舐めとる。





ああ。
彼女はここにいた。
こんな近くにいたじゃないか。



唇から離れると、そこには静かに眠る彼女がいるではないか!
一体どこに隠れていたんだい?

その額に優しく唇を落とすと、そのままその細い身体を力強く抱き締めた。

彼女を感じる、温かさを感じる。
もう離すものか、絶対に離すものか。


もう一度額へ口付けし、次は頬、首、手の甲へと場所を変えていく。
彼女の両腕が赤く汚れているのに気づくと、それを惜しそう舐めとる。
指の一本一本を優しく、丁寧に。

ああ、彼女の味だ。



たったそれだけの行為なのに、私は例えようもない満足感と、なぜかはわからない不思議な虚無感に襲われた。


サラサラの黒髪を手でとかしてやると、少しだけ彼女が笑ったように見えた。
ああ、この笑顔だ。
私が見たかったのはこの顔なのだ。


しかし、何故彼女の身体はこんなにも汚れているのだ。
隅々まで綺麗にしてあげたい欲求で、舌舐めずりしそうになった口を抑えた。
そんな恥ずかしい姿を彼女に見せてはいけないと誤魔化し、ニコリと微笑む。

「今、何か拭くものを持ってきてあげるからね。少しだけ待っていておくれ」

額に3度目の口付けをし、早足で部屋を後にするエリック。
部屋を出る途中何か鉄のような物を蹴飛ばしたが、彼の意識はそこにはなかった。
エリックの頭にあるのは、1秒でも早く彼女のもとに戻ること。ただそれだけ。


彼女の温もりを想像し、彼女の笑顔を思いだし、彼女の肌を求めた。


早く。
早く早く早く。


彼女のもとに戻らないと。

















 その日、エリックは真っ赤な地面にべしゃりと倒れいっこうに動かない"それ"を見た。
"それ"からは、命を感じなかった。
いや、命などもともと無かったかのように、くたびれ汚れている。

だが人の形をした"それ"の、くり貫かれた両の目は、そこに瞳があるかのようにこちらを見つめ何かを訴えているように見えた。




「おかえり」




そう聞こえた気が、した。

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