短編集
「ねぇ、青い鳥って知ってる?」
オペラのスコアを静かに読んでいたエリックに向かって、私は何気なく聞いてみた。
読むことを邪魔されたことに腹が立ったのか、彼は一瞬不機嫌な表情をしてこちらを見たけど、またすぐに視線を落としてしまった。
「また何故、そんな話を?」
スコアを見たまま、興味が無さそうにそういう彼。
「私、会ったのよ。青い鳥に」
「ほう、珍しい鳥もいるものだな。だが、"会った"という表現はおかしくないか?"見た"という方が正しいだろう」
パタンッとスコアを閉じてこちらを見たエリックは、いつも以上に厳しい顔をしている。
「いいえ、会って話もしたわ。とても可愛い子だったわよ」
「##NAME1##...私をからかってるのか?」
彼の眉間のシワがさらに深くなった。
別にからかってる訳ではないんだけど、この話をする相手がエリックじゃなくてもそう聞こえるかもしれない。
でも、私が体験したことを彼に聞いて欲しかった。
「まさか、本当なのよ!美咲っていうの、彼女」
私がそう言うと、エリックは呆れた表情で大きな溜め息をついた。
あからさまな溜め息。絶対信じていない。
「##NAME1##...お前はクリスティーヌのように夢を見る年頃じゃないだろう?!一体どうしたというんだ?」
彼の呆れた表情が、今度は本当に大丈夫か?といったようなものになる。
彼の発言には何か失礼なものを感じるけど、心配をされるのは心外だ。
「んー...なんて説明したら良いのかわからないんだよね、これが」
「なら話さなくても良いだろう、紛らわしい」
「あなたに聞いて欲しいから話そうとしてるのよ」
私がそう言うと、彼は少し驚いた表情で黙ってしまった。
ゆっくりと辺りを見回し、手に持ったスコアを近くのテーブルに置くとまた溜め息をついた。
エリックと長く付き合ったことで段々と、彼の癖や行動から何を考えているのかわかるようになってきている気がしていた。
だから今もきっと彼は戸惑っているんだと思う。
長く人と接する機会の無かった彼にとって、"自分の為に"という他人の言動はなれていないのだ。
それを知るたびに私は深く自分に言い聞かせるの。
人と関わる時間を生きてこなかった彼の、その空白の時間を今からでも埋めようと。
「あなたにも会ったわ。でも私が会ったあなたは、あなたではなくて...まだ子供だった」
少し彼の様子を見ながら私は話す。
エリックは大袈裟な仕草で口を挟んだ。
「今度は子供か...。次は何だ?猫か?犬か?」
馬鹿にしたようにそう言ったエリック。でも、私の発言で今度は頭を抱えてしまった。
「良くわかったわね!猫も出てきたのよ、しかも喋るの♪」
そう、私が見た世界には喋る猫が出てきたのだ。終いにはとても美しい女性に変身しちゃうし、これには一番驚いたわ。
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「......私にどういう反応を期待してるんだお前は?」
私の目の前で嬉しそうに話をする##NAME1##。
彼女は時々ふざけた話をするが、まさかこんなにも意味のわからない話をするとは思ってもいなかった。
私だって幻想的な話は読む。かなり前だが、数多くの童話だって読んできた。
だがそれは作られた物語であって、現実に起こったものではない。作者が想像して書いたものだ。
オペラだってそうだ。歴史的背景や事実を書いたものだってあるが、作り話だってある。
ましてや、猫が喋るのなどあるはずもない。
「んー...ただね。知って欲しかっただけなのよね」
「何をだ?」
優しい笑みを浮かべて私に近づく##NAME1##。
いつものことなのだが、やはり人が近くにいるということに体がまだなれない。
別に近寄って欲しくないわけではない、むしろ逆だ。
私を恐れずに近くにいてくれることは例えようも無いくらい嬉しいのだ!
ただ、そう。
一人でいる時間が長過ぎた、それだけなんだ。
「私が会った小さなあなたの近くには、青い鳥がいたっていうことを知って欲しかったの」
私の横を通りすぎ、部屋の入口の近くに移動する彼女。
あぁ、気付けばもう彼女と別れる時間ではないか。
彼女といると時が過ぎるのも忘れてしまう。
いつも、この別れの時間が惜しいのだ。
「...##NAME1##、一つ聞いていいか?」
「ん?何?」
彼女を見送ろうと椅子から立ち上がった。
優しい瞳が私を見つめている。
少し躊躇いながらも、私は口を開いた。
「その世界の私は、幸せだったか?」
生まれたことに絶望し、自分以外の人間を憎み、犯罪に手を染めていなかったか?
もう一人の自分など信じるのさえ馬鹿馬鹿しいのに、私は気づくとそれの心配をしていたのだ。
ぎこちなく笑ってみせた私に##NAME1##も笑って返してくれた。
「もちろん、幸せそうだったわよ。だって、美咲がいるんだもん!この先何があったって、きっと彼女が幸せにするはずよ」
自分のことではないのに、こうも嬉しそうに話をされては、私の心配が無駄だったようにも思える。
「エリックも、青い鳥に出会って幸せになりたいんでしょ?」
そう言った##NAME1##は、自らが出会った者達のことを考えているのだろうか、懐かしそうに目を細めた。
幸せになりたいか?
そんなことは今は関係ない。
「いや......私には##NAME1##、お前がいる。幸せを呼ぶ鳥かはわからんが、私はお前に感謝しているんだ」
偽りの無い私の気持ち。
少し照れ臭いこの気持ち。
「あ、ありがとう...」
気づくと、彼女も照れ臭そうにそう言っていた。
「##NAME1##、その髪飾りは?」
ふと、彼女のそれが気になった。
いつもは飾りなど無いただのリボンで髪を纏めていたはずだが、今日は青い花が付いている。
良く見るとビーズで作られたゴムである。
##NAME1##もついに女性らしい趣味を見つけたのだろうか。
「あ、これ?美咲に貰ったの。素敵でしょ♪」
髪飾りを見せるように頭を下げる彼女は、一瞬だけ抱いた私の喜びを知るはずも無いだろう。
夢なんかじゃないし、作り話なんかでも無いでしょ?
青い鳥がいて、彼がいて、私がいた。
世界や時間は違うかもしれないけど、私達はそこで生きてる。
幸せを探してる。
○あとがき○
リース様に頂いたコラボ夢小説の続きを勝手に書いてしまいましたー
しかし、ただのほんわか話になってしまったような...気がしないでもない。
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