西瓜に献身
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この章についてお話の都合上夢主が審神者ではありません。
お好きな名前を入れていただけますが、本名ではなくハンドルネーム等の仮名ですと矛盾なく読めるかと思います。
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「そら、すいかだ」
本丸で採れた西瓜はみずみずしく甘くて、どこで食べるものより一等美味しく感じられた。今年も良い出来だね、と菫が伝えると山姥切国広は静かに相槌を打って赤を口に放り込んだ。
夏、八つ時に花壇の見える部屋で菫が涼んでいると国広が盆を片手にやってくる。よく冷えた硝子の器に、種を除かれてひとくち大に切り分けられた赤い果実が載せられていて、それが菫の分だった。国広の方は菫より不格好なものが山になって、ところどころ種を残したまま。それを向かい合って食べるのが、いつの間にかふたりの当たり前になっていた。
「今年も月末まで居られるんだな」
「うん、受験とかないから。何回かは戻るけど」
「来年にはあんたも審神者か」
「もう審神者みたいなものだけどね」
「まだ一度講習を受けただけだろう」
得意気に言ってみせた菫へ淡々と返した国広はまだ伝えていないはずのことを知っている。多分、叔父から先んじて聞いていたのだ。口を滑らせたことに気が付きもせずしゃくしゃく西瓜を食べ進めている。赤の山がいつの間にか残りひとつになっていた。菫はこの十数年その食欲が衰えるのを見た事がない。
一般的な見習いよりは詳しいよ、とちいさな反論をしようとしたところで、ふたりきりだった部屋に訪問者がやってきた。
「やぁ、ちょっといいかな」
「主」
あるじと呼ばれた壮年の男性は菫の叔父にあたる人で、真夏でも欠かさず襤褸の布を纏う目の前の男はその人の刀だ。
「明日の江戸への遠征、山姥切が行ってくれないか。数時間だから、良いだろう?」
「……ああ。良いか」
叔父がまっすぐ問うのに国広はじっと菫の方を向いて許可を求める。菫は静かに「どうぞ」と返して叔父の方をちらり見ると、ぱちりと目が合って微笑まれた。
「さっき歌仙が張り切っていたから夕飯は楽しみにしておいで」
「うん、ありがとう」
「じゃあ山姥切、頼む」
執務の途中だったらしい叔父はさっさと部屋を出て行ってしまった。昔はもうちょっと、本丸に来た日なんかは執務を放り投げて色々な話を聞かせてくれたのだが、妙齢の姪に気を遣うのか長期休みを持て余して遊びに来る人間に構う暇はないのか、ここ最近はごく簡単なやりとりだけで切り上げてしまう。近侍の宗三に見つからないよう、叔父と国広とこそこそ話したあの時間が菫には懐かしく思えた。
向かいに座る国広はとうに西瓜を食べ終わって麦茶をごくごく飲み下している。無駄なシワひとつない首に上下する喉仏を見ていたらなんだか急に喉が乾いた気がして、皿に残る赤を口に詰めた。丁寧に咀嚼を繰り返し溢れかえる果汁をごくり嚥下する。その間、菫はずっと講習のことを思い返していた。
「講習でさ、始まりの五振りについての勉強したんだよね」
「……そうか」
「スライドで来歴とか見た目とかぱーっと見せられて、どの刀を選びたいですか?って聞かれるの。一番多かったの誰だと思う?」
「歌仙か?いや、陸奥守も……蜂須賀と加州もよく見かけるが…………」
四振りの名を次々と口に出しては悩む素振りを見せる。たっぷりと沈黙を数えたあと、しびれを切らした菫が問いかけた。
「分かんない?」
「まぁ、皆捨て難いな」
「正解はね、国広」
事前確認のための送信式アンケートでは僅差で山姥切国広の数が多かったのだ。菫の受講した回は高校卒業後の就任を目指す人向けで、十数人しか受講者が居ないのだからほとんど誤差のようなものだったが、それは伏せて。
「偶然だろう」
「喜んでもいいのに」
心底どうでも良さげな声が返ってくる。少しくらい喜ぶかと思って話題にしてみたのが見事な空振りだ。
「そういうあんたは、誰を選んだんだ」
「私? 初期刀といえば歌仙だから」
「……そうか」
国広は素っ気なく呟いて、皿を片付けてくる、と布をひるがえして厨の方へ行ってしまった。菫は部屋の中でひとり残される。きっと国広は夕餉の準備を手伝わされるだろう。すぐには戻ってこないだろうし、本丸の中では通信端末の使用は制限されていて、暇を潰す手段も限られてしまう。ひとつ大きく伸びをして、誰かに相手をしてもらおうかと共用の娯楽室へ足を運んだ。
聞こえるはしゃぎ声に顔を出してみると、非番らしい刀たちがテレビゲームに興じていた。有名なキャラクターを使用して対戦できるアクションだ。現世ではなかなか手をつけないが、本丸へ来る度に遊んでいるのでだいぶ馴染みがある。
「お、一緒にやる〜?」
「やる! 今回こそ絶対勝つから」
「じゃあ手加減しないよ!」
「してもらった事ないんだけど?」
部屋を覗く菫に声をかけたのは鯰尾だ。審神者の趣味で据え置き型ゲーム機が揃っているこの本丸中で一番娯楽に精通している刀だった。幼い菫にこのゲームを教えた本刃でもある。今では軽口を叩きながらほぼ互角の戦いを繰り広げている。後ろでのんびりと野次を飛ばすのは獅子王と御手杵で、今のは避けられただのと好き放題言っている。
「あー負けた!」
「やったぁ! 危なかったー」
僅差で勝利した鯰尾が無邪気に笑う。ハンデもキャラ制限も付けず純粋に戦うようになったのはここ数年のことで、今のところ勝率は良く見積っても二割だ。
「あとちょっとだったのに」
「確かに、なんかうまくなってたよなあ」
「ほんと? じゃあ骨喰に勝てるかな」
「それは俺に勝ってからだな」
「俺も特訓してきたぜ!」
途中、遠征から戻ったばかりの骨喰に勝負を挑み惨敗──骨喰は本丸開催のゲーム大会で優勝したことがある──しながらも、夕餉の時間まで、そのまま皆で楽しく遊んだ。歌仙が張り切ったという夕餉は本当に豪華で、菫の好物を中心に彩りも栄養もよく考えられている。楽しい食事はそのまま宴になだれこんで、その日は賑やかな夜を過ごした。