歴史の改変を目論む歴史修正主義者によって過去への攻撃が始まり、それを阻止するために審神者として刀剣男士を従え歴史を守る。
　大学生活を満喫していた私が突然訳の分からない検査を受けさせられて、あなたには審神者としての適性があります。つきましては戦争に参加してください。なんてふざけた文面を受け取ってから生活は一変した。のんびりと気ままに学生をしていた当時の私に、時の政府雇われの身とはいえ一城の主が務まるなんて到底思えなかった。それでもなんとかやって来られたのは、同期たちと初期刀の存在があったからだ。
　初期刀の蜂須賀は、目利きどころか来歴やら銘やら基本すら何もかもがおぼつかない私を、見放すことも蔑むこともなく導いてくれた。初鍛刀の今剣はその明るさ元気さでいつも癒してくれた。本当、良い刀に恵まれたと思う。似たような境遇の同期たちとは相談に乗ってもらったり愚痴をこぼしたりし合いながら励ましあってきた。いつか元の生活に戻るその日まで頑張ろう、って。

「え、あの子行方不明なの？」
「神隠しなんじゃないかって噂。ほら、ちょっと前に戦績のことで悩んでるって言ってたでしょ？　担当の人も結構厳しいって。それで、まぁ、なんか嫌になっちゃったんじゃない？」
　日曜の昼下がり。万屋街のカフェで月に一度の同期とのお茶会。目の前の栗毛の彼女は大学時代からの知り合いだった。今日は珍しく二人きりでの約束で、話があるからと呼び出されたのだ。それが、こんな話だったとは。
「……だからって、何で神隠しなんか」
「元々近侍とは妙に仲良い感じだったし……あの子が望んだのか相手が決めたのかまでは分からないけどさ、すごい話だよね」
　刀剣男士による神隠し。審神者として存在は知っていたけれど、こんな身近で実際にそれが起きるなんて思っていなかった。
「でも、痴情のもつれじゃなくて良かったよねぇ」
「あぁ……あれはもう、勘弁かな」
「ほんっと大変だった」
　一度だけ、神隠しが行われた本丸へ派遣されたことがある。そこは戦力としては申し分のない程優れた本丸で、それを失いたくはない時の政府から後継もしくは譲渡先として何故か私とこの同期に白羽の矢が立ったのだ。同期と互いの近侍を伴って訪れたそこは、とにかく散々だった。主を失った刀剣男士ほど恐ろしいものは無いのだと思う。特に、主と懸想相手を同時に失った者なら。
　昼ドラを彷彿とさせる泥沼の三角関係は本丸全体を巻き込んで神隠しとなって幕を閉じたのだ。結局、私たちはその本丸で話を聞いた後すぐに帰ることになった。気軽に手が付けられる状態ではなかったし、何よりこちらも向こうも望むところでは無いのが明白だった。現在は新たな審神者を迎え、初期刀を中心に再興しているらしい。別のサーバーに位置しているためもう二度と会うことは無いだろう。
「それにしても、どうして刀剣男士と恋愛なんてするのかなあ」
「どう考えたって大変なのにね。気持ちはわからないでもないけど」
「え、わかるの。気持ちが」
「揃いも揃って美形。腕っぷしも上等。熱心に慕われてひとつ屋根の下で暮らしてれば、そりゃあ何かしら起こってもおかしくはないんじゃない？」
　アイスティーを飲みながらけろりと言ってみせた同期はつい先日まで私と同じ刀剣男士との恋愛否定派だったはずだ。訝しむような表情を向けると彼女は慌てて首を振る。
「もちろん客観的に見たらって話だけど」
「そういうもん？」
「でしょ」
「私には……分かんないな」
「あんたほど断固拒否し続けるのも今更珍しいよね」
　度重なる神隠しやら本丸の運営危機を受けて、時の政府は刀剣男士との恋愛事に寛容になった。私たちが就任してすぐの頃は非推奨とされていたのに。
　私ばかり、未だにそれを理解出来ないでいる。
「うちの子は皆大好きだし、大切だけど、それとこれは別じゃない？　そもそも主が恋愛沙汰やらかしてたら嫌だもの」
「正直面倒だとは思うよね」
「でしょ？　それより人間との出会いが欲しいわけ」
「まぁね。それっぽい食事会とか探す？」
「行く」
「即答かよ」
　そうしてわいわい話をしていると、ほとんど同時に互いの端末が震えた。近侍からの連絡だ。顔を見合せてお茶会の終了時間が来たことを確認する。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうのだ。また来月だね、と連れ立ってカフェを出た。
「おかえり、主」
「はい。待たせてごめんね」
「いいんだ。あなたが楽しめたのなら何より」
　扉を開けると近侍の蜂須賀と彼女の小竜が迎えた。相変わらず優しい言葉をくれて、隣では同期が小竜に抱擁を受けて……抱擁を？
「あはは、じゃあ、また連絡するね！」
　呆然と眺めていると照れたようにはにかんだ同期がそそくさと去っていってしまった。彼女の小竜はこちらにきらり効果音の付きそうなほど完璧な目配せを送り、同期を追いかけて行く。この一ヶ月の間に、何か起こったのだろうか。
「俺たちも行こうか、主」
　ぼんやりとそのまま立っていたら蜂須賀が声をかけてくれて、慌ててゲートへ向かって歩き出した。
　隣を歩く蜂須賀は最近浦島と出かけた時の話を嬉々として話してくれている。その横顔はまさに美丈夫という言葉がぴったりだと思う。頼りになるし、強く美しく気高く凛々しく文句の付けようがない。初期刀贔屓もあるだろうが。本丸の刀たちを思い浮かべても、その皆がひと癖ふた癖あれども素敵だと言い切れる。
　けれど、どうしたって積極的に恋愛関係になりたいとは思えないのだ。

　本丸へ戻ってすぐ、執務室で作業を再開する。半分癖のようなもので、本丸にいる間は何かと仕事をしていないと落ち着かない。うちは毎週日曜を休養日に設定していて、出陣遠征その他内番の諸々は無く本丸内外で好きにすごして良いことになっている。もちろん念の為に二部隊ほど留守番していてもらったり、今日のように私が出掛ける時は近侍の蜂須賀に付き合ってもらうことはあるけれど、基本的に誰も執務室には近づかない。
「お、主戻ってきてたんだ？　おかえり」
　───この男を除いて。
「……笹貫、勝手に入らないでくださいっていつも言っていますよね」
「聞いたら帰れって言うだろ？」
　悪びれる様子もなく近侍用の席に腰かけ、頬杖をついてこちらを見つめてくる。そのまま今日の茶会はどうだったかと聞いてくるあたり改める気はないと見えるが、改めるまでは言い続けたい。
「ここに居たってお土産も何も出ませんよ」
「んー、オレにとっては主が帰ってきたのがお土産みたいなモノだけど、他にもなんかくれる？」
　にこにこと告げられるそれにどう反応するか迷って挙句に全く無視してしまっても、一切めげないし一切引く気がない。それどころか慣れた手つきでお茶を淹れはじめる。
「はい。これ飲んでる間だけでもオレの相手してよ」
「……飲み終わったら一人にしてくださいね」
「ん、じゃ今日はそれで」
　今日も明日も〝それ〟以外は無いのだけれど、心の内で思うだけに留めておいた。
　仕方がないから茶請けには常備している煎餅を出して、この男の相手をしてやる。話の内容は他愛もないことばかりで、例えば裏庭を歩いていたら人懐こい白猫が迷い込んでいたとか、遠征先で町人たちの催しに巻き込まれたとか、最近観た映画はどうだったとか。本当にそれだけ話して、お茶を飲み干してしまった頃に「また明日来んね」と部屋を出て行った。
　もうずっと、こんな調子のまま過ごしている。
　唐突に始まったこのアピールとやらに、はじめこそ主従として無難に対応してはみたものの「主のこと好きだからここに来てるんだよ。もちろん女性として、ね？」と核心を突かれてしまえば、嫌でも意識してしまう。耐えかねてやんわり拒否をしてみても、受け流されて結局無意味に終わった。時々近侍になりたいと申し出たり、隊長をやりたいと言うわりには遠征の任を渋ってみたり、けれど何かを強要されたことは無い。毎日私のもとへ来て、歯の浮くような台詞を吐いて、気まぐれに少しだけ踏み込んできて。狼狽えたり本当に困っていればそれ以上はしない。
　本当に嫌がってみせれば、こんな日々も終わるのだろうか。

　同期とのお茶会から三日経った頃。早速と来月開催予定の審神者交流会の詳細が送られてきた。政府公認というよりは有志の集いらしく、他の参加者がどの程度の認識でやってくるのかは分からなかったが、とりあえず参加することにした。同期に近侍の彼は良いのかと問えば『多分ね』とずいぶん曖昧な返事が返ってきたが、それは良いとして。
　当日の護衛は蜂須賀に頼み、私は至って普段通り過ごすことを心がけた。笹貫も変わりなくこれまで通りだ。私のもとへ来て、甘ったるい声で言い寄って、それを拒否すると今度は穏やかに話をして戻っていく。
　あまりにも普段と変わらないから、つい口を滑らせたのかもしれない。
「明日は審神者同士の交流会があるので帰りは……」
　しまった、と思った。本丸の皆へは毎月の通り同期とのお茶会と伝えていて、交流会というのは蜂須賀にしか教えていなかったのだ。それに、彼の瞳が、人離れした花緑青が、急に恐ろしく思えて仕方がなかった。
「帰りは？　遅いんだ？」
「……いつになるか、分かりません」
「ふぅん？　明日の近侍オレだからさ、分かったらすぐ教えてよ」
「近侍は蜂須賀にお願いしたはずです」
「うん。変わってもらったんだ、蜂須賀くんは兄弟と出かけるってさ」
　平然と答える笹貫に理解が追いつかない。知っていたのとか、いつからとか、どうして、と感情が溢れかける。捲し立てないようにひとつ息を吐いてから、問いかけた。
「どうしてですか」
「行って欲しくないから。その交流会ってやつ、あんま評判良くないらしいじゃん？　元々次のお茶会の時は近侍変わる約束だったんだ。いつ言おうかなって思ってたけど……主、ちゃんとオレに教えてくれたね。それは嬉しいな、あんまり健気だから可哀想にでも見えた？」
「そん、なことは……」
　背を嫌な汗が伝っていく気がする。交流会の評判なんか、どうして彼が知っているのだろう。指先が急に冷えてしまってつめたいし、顔が強ばって上手く唇が動かない。
「はは、怯えてる？　ダイジョーブ、オレ人間に合わせて毎日話しかけるところから始めたし、無理強いも怖いこともしないよ」
　言われたことを飲み込むのでせいいっぱいで頭がきちんと働いてくれない。つまり、いままでのあれこれ、全部計算尽くだったということだろうか。
「主さ、そろそろオレのことも頭に入れてくれた？」
「わたし、は……前にもお伝えした通り、あなたの事は……好み、というわけでも、ないですし、そもそも、刀剣男士となんて…………考えたこともないです」
「それはさ、変わんないってこと？」
「そう、なりますね」
　絞り出してたどたどしくも答えてみたが、いまいち納得していないようだった。まだその瞳が恐ろしく光っている気がする。何も考えたくない。逃げてしまいたい。ふたりきりしか居ないこの執務室の酸素すら逃げてしまったのかと思う。
「オレ結構いい男だと思うけどなぁ。そんなに嫌なら捨てるなり溶かすなりしてみる？　あ、捨てられたらオレ戻ってきちゃうから溶かすしかないか」
　笑いながら話す彼の本心がよく分からない。ああ、あたまが痛くなってきた。
「そんなこと、出来ないって貴方も知ってるでしょ」
「主は優しいもんね。オレのこと溶かしたら罪悪感で一生忘れらんないか。それもいいなぁ、主の隣じゃないけど一生を貰えるんだし。化けて出られるかはまだ分かんないけど」
　ぼんやりと、ただ彼の話を聞いている。先程まで感じていた恐ろしさはどこかへいってしまって、明日の予定はどうなるのだろうかとか、そもそも今後笹貫と私はどうなってしまうのだろうかとか、そういうことばかりが頭をよぎる。考えようとするのに、ひどい頭痛は収まらなくて、僅かに働く脳が考えたところで無駄だと結論を出してしまう。
「ま、とにかくさ。何言われたってされたってオレが主のこと好きなのは変わんないから、ね？」
　へらり笑みを浮かべる目の前の彼に頷く。明日はふたりでどこか出かけてみようかと誘われ、私は笑みを返して、すぐ同期に断りの連絡を入れた。そのまま端末の電源を落として、引き出しの奥へしまい込む。
　庭では、千寿菊が美しく咲き誇っている。