君以外に興味は無い


 定期的に開かれる宴会で、いつも同じ色を探す。
「笹貫、隣いい?」
「ん。どーぞ?」
「……なに、そんなに見て」
「や、主って律儀だなと思ってさ」
「断られることもあるかもしれないでしょ」
「ふぅん? オレも聞いた方が良かった?」
「いいよ、別に」
「じゃあ主も。聞かなくていいよ」
 私はこの刀に恋をしている。


 いっそ清々しいほどにとーんときた。
 見た目で惹かれて、本丸へ呼び寄せて日々を過ごして、更に魅かれた。特別扱いをしたつもりは無かったけれど、元来隠し事は苦手だったから初期刀にはすぐに気づかれてしまった。
 澄んだ瞳と軽やかに流れる毛先。彼を美しく飾る小物と戦装束では見られない右足のアンクレット。軟派な話し方に反して強い意志。知れば知るほど彼に深く嵌っていく自分が居た。
「波に乗れれば、今度は自分で戻ってこれるだろ?」
 蠱惑的な笑みを浮かべる彼はどこか不安定に思えて。主として貴方のことを大切に思っているし大事にしている、それをどうにか伝えたいとずっと思っていた。人として女としてどうだとかは二の次で良かった。そばに居ることでそれを伝えられていると思っていたし、彼もわかってくれていると思いこんでいた。
 だからうっかり、それに甘えてしまったのだと思う。怯えたような彼の顔が脳に焼き付いている。

 〇


 珍しく夕陽が差し込まないうちに仕事が片付いてしまった。他は手を付けると今日中に済むか微妙なものばかりで、遠征部隊が戻るまでどこかで暇を潰してしまおうと決めた。急ぎでないものは急がない。
 どこか、と言いつつも私の足が向かう場所はもう既に決まっていた。今日は確か堀川と亀甲と笹貫が厨番で、亀甲は今遠征中だから下ごしらえは二振りのはずだ。把握しているのは主として当然だと思う。
 公私混同ではないと言い聞かせながら厨を覗いてみると予想通り、大量の食材に埋もれた堀川と笹貫が居た。
「お、主だ」
「主さん! 手空いてるならじゃがいもの皮むき手伝ってください」
「おっけ〜任せて」
 料理は対して得意と言えるほどの腕では無いのだが、使えるひとは誰であろうと使う主義の堀川がいて助かった。自然に厨へ長居できる。
 芋と包丁を受け取りさり気なく笹貫の横へ並び立つ。これもまぁ、公私混同のうちに入らないと思う。大包平が張り切って育てたらしい本丸産の男爵はなめらかでずっしりと丸い。本丸内の他愛ない話を交わしながらざかざかと手を動かせる単純作業が心地よい。
「いや、本当に。堀川が当番の時はほとんど和泉守見かけない」
「けど?」
「和泉守が当番の時は絶対堀川が居るの。絶対だよ」
「たまたまですって」
「私が見かける度にそうなんだって。だよね?」
「オレもその印象あるなあ」
「兼さんが呼んでくれるからですかね」
「呼ばれる前から居る気がしてたけど気のせいかな」
 あ、まだ皮残ってた、とひと撫でしようとした時。掴んでいたじゃがいもがつるり手から離れて、目標物を失った包丁が親指の付け根に深く刺さる。同時に生暖かく流れる赤い血。
「あるじ!」
 私より先に大きく声を上げたのは笹貫だった。勢いそのままに腕をとられる。
「大丈夫だよ。堀川、薬研に救急箱お願いして来て?」
「はーい。気を付けてくださいね」
 本当にしょうがないんだから、とすたすた去っていく堀川の背を見送って、厨にはふたりきり。傷は大したことないのだが、笹貫の動揺の仕方が気にかかった。掴まれた腕は骨が軋むほど力が籠っていて痛い。
「笹貫、笹貫。大丈夫だから、ね?」
 顔を覗き込み目を合わせて名を呼ぶと我に返ったようで、手の力が緩んだ。ちらり見た私の腕には痣ができている。咄嗟に隠そうかと思ったが、血の垂れている手を無遠慮に下ろすことも出来ず笹貫の目に晒してしまった。
「あ、あるじ……ごめん」
「心配してくれたんだよね? ありがとう」
 これくらいへっちゃらだよと笑いかけてみせるも、笹貫の顔からは恐怖が拭いきれていなかった。主の負傷が苦痛だと言う刀は多い。
 手近な布巾で軽く止血をしながらどう声をかけたものかと考える。こんな時のマニュアルなんてないのに欲しくなった。腕を見つめたままの笹貫へ改めて向かい立つ。
「手入れよりは時間かかるけどさ、これもすぐ治るからね。なんなら観察日記でもつける?」
「……オレ変態だと思われないかな」
 へらり問うてみると、数秒の間のあとに幾分か和らいだ顔が返った。
「自己治癒力あるのって私くらいだし、南海先生……は分からないけど薬研とか実休に売れたりして」
「はは、主がそんなこと言っていいんだ?」
「薬研に怒られるかな」
「怒りはしないが、あんたを実験に使うような真似はしないぜ。大将」
 唐突に聞こえた声に振り向くと、そこには白衣に眼鏡の短刀と、先程使いに出した脇差。真顔に迫力があるのは美しさゆえだと思いたい。
「……すみませんでした」
 救急箱を片手にやって来た薬研は、腕の痣にも包帯を巻いてくれた。大袈裟に見えないかと伝えたが、この方が良いだろうと返される。
「そいつは見えていた方が、誤解が生まれるだろ」
「加州さんにはちゃんと隠しておいてくださいね?何が始まるか分からないですし……」
「私へ愛のお説教が始まるかも」
「僕らも受けますよそれ」
「書類で切れたことにさせていただきます」
「そうしてください」
 厨で勝手な手伝いをして怪我をしたと知られたら、あの優しく私に甘い初期刀がどう反応するかは想像にかたくない。
 手伝いどころか邪魔をしてしまったので代わりに薬研を置いて厨を去り、ちょうど帰還していた遠征部隊の報告を受けて残りの仕事を片付けた。利き手側でないのが幸いだが、親指の付け根は少しばかりの不便さを訴える。ぐるぐると巻かれた真っ白な包帯。怯えたようなあの顔。ほんと、
「余計なことしちゃったなぁ」
 夕餉の際に見た彼は、普段通りの顔だった。
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