とにかく要領が悪い。間が悪いとか、不器用とか、審神者になる以前はよくそういうことを言われた。自分でもそれは身に染みている。だからといってへらへらと適当にするのも、几帳面に生真面目にきっちりし続けるのも性分でなくて、毎回のたのたとろとろ締切と睨めあう羽目になる。
　審神者になってからはたまに会う政府の担当者と管狐以外、私へそういうことを言うものは居なくなった。存分にのろまを発揮できる。しかし、書類の締切を無視することは本丸の信用を失うことと同義であるため、毎度ぎりぎりながらも期日は守っている。
　そういう生活を続けていれば、自分の世話など二の次になるし、仕事以外の時間はほとんど消えてしまう。主として年頃の女性としての最低限の身嗜みを保つための時間は削りすぎない。睡眠を削ると予定外のところで意識を飛ばすから、程々に。
「昼餉の時間だ」
「ありがとう、これだけ終わらせてからにする」
　日常生活の中で、食事はいちばん手軽に削れた。
「……承知した」
　近侍の鶯丸も初期刀の山姥切も書類が得意ではないらしく、私がやるから平気だよと言い続けて今では一人でこなしている。その代わりに食事の時間や本丸内の催しなんかはこまめに報告してくれるので有難い。耳に入れただけになってしまうことが多いが、鶯丸は本当律儀に毎回教えてくれる。たまには近侍を代わっていいと言ったこともあるけれど、彼はそれを受け入れなかった。

「主、夕餉の時間になった」
　もうそんな時間が経っていたのか。けれど、
「後で行くねありがとう」
「…………承知した」
　まだ終わっていなかった。どの報告書も全く慣れていないわけではないが、やはりどうにも不器用なのが作用して仕上げるのが遅くなる。ああまた打ち間違えた。
　この有様、元政府所属の刀に見られたら引かれるのだろうか。有り得ないと吐き捨てられたりして。心優しそうな彼にそんなことされたら傷付いちゃうかもしれない。……あ、つい手が止まってた。
　そうして時間も気にせずのろのろと仕事を続けていたせいか、「そろそろ休憩を入れろ」と鶯丸が執務室へ入ってきたことに気が付かなかった。
「あー、うん」
「茶を入れる。湯呑はどこだ」
　いま目を離したら数値が狂いそう。これだけ終わらせたら一緒に探すから待って欲しい。湯呑の場所なんて適当だけど、確か。
「えと、右手の棚かも」
「これか」
「深緑のやつならそう」
　静かに茶を入れる音が聞こえたから、湯呑みは見つかったらしい。よかった。ええと次は一昨日の遠征で入手した玉鋼の合計か。
「茶は入ったが」
　あーだの、んーだの生返事を続けていると、不意に伸びてきた手にぐいと顔をあげられた。
「…………うん？」
「話す時くらい顔を見てくれ」
「はい」
　おっしゃる通りです。人間として当然のことを放棄してすみません。反省致します。手を止めてきちんと鶯丸に向き直る。心なしか顔が怖いような気がする。美しいひとの無表情だからだと思いたい。
「昨日の夕餉は食べたのか」
「たべました」
「献立は」
「なんだったかな……えー、鯖味噌？」
「それは一昨日だ。昨日は鶏の照り焼きだった」
「そう、でしたっけ」
　全然覚えてない。冷めても美味しかったことだけは覚えているんだけど。誤魔化すように鶯丸が入れてくれた茶を飲む。あたたかい。おいしいと伝えてみたが、その視線は私の指先に注がれていた。
「傷がある」
「ああ、これ。紙触ってるとどうしてもね」
「手当てをしていないだろう」
「これくらいでそんなに……大袈裟だよ」
「……君は、自分のことに頓着が無さすぎるな」
　静かに呟いたそれは、前髪で半分隠れた顔のせいで意図をはかりかねた。返す言葉に悩む。
「君が仕事をしている間に、俺は昼餉も食べたし八つ時にまんじゅうも食べた。夕餉くらいと思って君を待ってみたが一向にやって来ない。呼びに来てみればまだ仕事をしている」
「それは……大変申し訳ありません……」
「今はそう忙しい時期でもないだろう。何をそう根を詰める必要がある。仕事は休み休みやるもんだ」
　淡々と告げられるそれにただ頷くしかないで居ると「俺も多少は手伝えるし、こういうのが得意なやつは本丸にいくらでもいるだろう。君のものなんだから存分に使え。どのくらい必要なんだ、呼んでやる。長谷部と長義と松井が居れば足りるか」と重ねられた。そんなにはいらないのだけれど、この近侍、のんびりしているようでしっかりと皆のことを見ているのだなぁ。感心、感心。
「……君が今考えていることくらい分かるが、当ててやろうか」
「いえ。すみません。この一枚で終わるので手伝ってください」
　鶯丸って、怒ったりするんだ。怒るっていうのとはまた違うかもしれないけど。
　結局一人でやるのと変わらないような時間はかかったけれど、とにかくふたりで書類を終わらせた。腹が減ったと小言を言われながら厨へ向かい、厨番には片付かないから呼んだ時にすぐ来てくれと文句を言われながら夕餉を食べた。ついでに明日の献立を決めていいと言われたので、鶯丸と相談して揚げたての唐揚げをお願いした。