西瓜に献身
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この章についてお話の都合上夢主が審神者ではありません。
お好きな名前を入れていただけますが、本名ではなくハンドルネーム等の仮名ですと矛盾なく読めるかと思います。
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「主君〜! 日誌が見つかりません!」
「あ~、多分国広だ。部屋の中探してくるね」
先日蒔いた朝顔の種はすくすくと育ち、つるは執務室の窓を覆うほどに育った。来週には鮮やかな花を咲かせるだろう。まだ手探りの審神者生活の中、健やかに育つ花は些細な癒しになっていた。
国広は顕現したての刀たちを支え戦場を駆け回る日々で、菫は初鍛刀の秋田を近侍に据え奮闘する日々だった。目下の目標としては、池田屋を踏破して政府から刀剣男士の修行許可を貰うことだ。それが叶ったら、一番に彼を送り出す。本丸を開いたその日にそういう話をした。
執務室のすぐ近くにある国広の部屋はどうにも殺風景なままだ。荷造りを手伝おうとして、もう済んだ、と見せられた箱の数に驚いたのは菫だけではない。最低限の私物だけを持ち込んで、ここを開いた。
備え付けの文机には案の定日誌がそこにある。その日のうちに書き損ねて部屋に置き放しにされていることがままあった。まぁ、今回に関しては、書き損ねたという訳でもないかもしれないのだが。今は隊長の国広に任せきりだが、余裕が出てきたら皆にもお願いするつもりだ。記入欄はいつもの通りに埋められていた。お手本のように整っているわけではないが、丁寧に並んだ字。何の気なしになぞる。内容は、その性格がありありと出ていた。
ふと見た棚の奥に、見覚えのある本が置いてある。記憶が正しければ、菫が国広に渡したまま忘れていたものだ。とうに失くなったものだと思っていたから、また読みたくなった時に手に入れるつもりだった。懐かしくなってつい取り出す。
何気なく開いたその本から何かが落ちる。拾い上げて見てみると、それはペットボトルのラベルのようだった。趣味、もしくはなにか珍しいラベルなのだろうか、現世ではどこでも買えるようなものなのに。一応元に戻しておこう、と裏を向けたその時。
「なるほど…………」
頬が緩む。それはいつの日か、菫が国広へ渡したものだった。何かに入れるというより本に挟んでおくのが国広らしい。他にもなにかあるのだろうか、そろそろと本を捲ってみる。少し先の頁に、押し花の栞と小さな写真がでてきた。
紫陽花で作った栞は昔の菫が短刀たちと一緒に作ったものだ。この本を渡すより前に作っていたはずだから、ずっと持っていてくれたのかもしれない。
写真の中では少し前の菫が笑っていた。昨年の夏に撮ってもらったもの。国広がカメラを構えるからしゃんとして待っていたのに、中々シャッターを押さなかった。ファインダー越しに見つめあって、耐えきれなくなった菫が吹き出した時の、そんな顔。
なんだか恥ずかしくなって、さっさと元の頁を探す。
「主、秋田が日誌を……、」
背後から耳慣れた声がして、誰だろうかと思うまでもなく、それはこの部屋の主のものだった。
「…………見たのか」
手元と顔を交互に見て問うので、素直にこくり頷く。国広は小さくため息を漏らすと、それを取り上げた。机に放ってしまってどっかり菫の横に座る。指も絡め取られたのでもう少し休憩していて良いらしい。畑でも見に行っていたのか、ほんのり太陽と石鹸の香りがする。
国広は初期刀らしく皆から頼られていて、畑にも厨にも厩にも毎日顔を出している。もちろん戦でも活躍しているから手合わせを申し込まれることだって多い。もちろん菫だって審神者として仕事を全うしたり、それなりに慕われてもいるから、こうして昼間に堂々とくっついていられる機会は早々ないのだ。同じ本丸にいてこれなのだから、別の本丸、もしくは現世なんかで……と想像しただけで気が滅入る。
昨日、その事で少しだけ言い合いをしてしまった。
本当に些細なことで、菫の仕事に不備が見つかったのを国広が指摘した。俺が直したから良かったが、と続けられた言葉がどうにも腹に落ちなくて、刺々しい言葉で返してしまったのだ。国広は一瞬目を丸くしたけれど言い返してきて、売り言葉に買い言葉の応酬が続いた。
「そういえば私って恋にうつつを抜かす暇もないんだったっけ」
「な、そんなこと……」
「忙しいから好きな人と過ごす時間が作れないとか」
「だから早く終わるように手伝ったんだろう」
「確かに。いくら忙しい審神者でもひとつ屋根の下で暮らしてたら時間の作りようはあるよね。相手がその気なら」
あの時はそこが問題というわけではないし、そもそも自分の軽率な発言が発端なのだと思って言わずにおいたけれど、その言葉は菫の中に小さく根を張ったまま消えずにいた。
国広にそう言われたことが、何より嫌だった。
「他の本丸とか、現世とかだったら全然会いに行けないだろうしうつつなんて抜かしてられないよね」
「……居ないだろ」
「居ないよ、居るわけないじゃん。物心付いてすぐあんな風に会っておいて高校出てすぐ審神者になるって言ったんだもん。考えたことも無かったよ」
傍にはいつも国広が居たというのは、誇張でも何でもなかった。
「もういい、下がって」
「……あんたの刀になるまで、俺はずっと、」
「あとは報告もないでしょ」
圧し口のまま国広が出ていって、菫は小さく息を吐く。子供だ、と思った。いつまでも。ある日突然大人になれる訳ではない。分かっている。相手が国広ならば、尚更。飲み込むべきだったし、蒸し返すべきでもなかった。国広の言い分だって、彼の立場になって考えればすぐにわかることだ。
昨夜は丸くなってぼんやりと横になっていた。朝方に国広が起こしに来てくれて、その時に今後はできるだけ持ち越さないようにしようと約束した。共に暮らすようになって、こういう約束事が増えた。次はいつジェラートを食べようとか、そういう楽しいことばかりではなく。
夏になったのに、まだちょっとした水遊びすら出来ていない。春からはふたりで出かけることすら。
けれど、それでも一緒にいられる方を選んだ。
「陸奥守が明日は西瓜を収穫したいと言っていた」
「遂にかぁ。味見させてもらえるかな」
「……八つ時に持っていく」
本当は、切り分けてもらわなくたって、種を取らなくたって食べられる。盆の前日だってひとりで眠れる。国広と出会った頃とは比べ物にならないほど、菫は自分のことは自分だけで一通りこなせるようになった。
「ねぇ、国広」
「……」
「忙しかったら他の子に頼んでね。それか適当に切ってくれるだけでいいし」
菫がそう言うと、国広は少し顔を背けた。
「……俺がやりたくてやっているから他の奴らには代わらせないでくれ。…………全部ちゃんと、好きなようにやっている」
布で顔が見えずとも、それは伝わった。熱い手をきゅっと握り返して菫は笑う。寄りかかって、今度出かける先は向日葵畑がいいな、と甘えた声を出した。国広はごく当たり前のように、見頃に合わせて休みを調整しておく、と返す。
今だけ、あともう少しこのまま隣に居よう。可愛らしくて察しの良い近侍が呼びに来るまでは、まだ時間があるはずだから。