西瓜に献身
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この章についてお話の都合上夢主が審神者ではありません。
お好きな名前を入れていただけますが、本名ではなくハンドルネーム等の仮名ですと矛盾なく読めるかと思います。
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桜が街を彩る春になった。
菫は今、卒業証書を抱えて一目散に学校を飛び出していきたい気分だった。友人とは後日会う約束をしている。クラスメイトが集うのもその日だ。せめてお世話になった先生と可愛い後輩に挨拶を、と思ってしまったのが良くなかった。他クラスの友人に捕まってしまい、うまく切り上げられない。
ちらと時計を見やると約束の時間はもうすぐそこに迫っていた。内心の焦りを隠しつつ、目の前の友人に笑顔を向ける。うんうんと聞いているとポケットの端末が震えた気がして、何気なく取り出した。横目で通知を確認すると、菫は大慌てで友人に別れを告げた。
裏門から出て左、交差点を二つ過ぎた場所の公園。見慣れた金髪がひとり立っている。認識阻害と人避けを施してあるらしく、今日は普段の戦装束のままだ。すぐにこちらに気が付いたようで、大きく手を振ってきた。可愛らしい仕草に心和み、駆け寄った、その途端。
「主!」
呼びかけられた女は立ち止まる。その響きを反芻するために。頬を舞い散る花の色にじんわり染め、はにかむように口角を上げると、勢いをつけて飛び込んだ。男はびくともせずに受け止める。
「ズルじゃない?」
「写しはズルじゃない」
なんだそれ。笑いあって、ふたりは仲良く寄り添う。自然に絡んだ指がよく馴染んだ。
「卒業おめでとう」
やっとだ、と思いながら国広が言う。ありがとうと返した菫はこれからだ、と思った。ひゅるり吹いた風がふたりの間を吹き抜けて髪を揺らす。みどりの瞳がよく見えて、菫は息を呑んだ。金の髪に透けるその瞳も、後ろで花開く桜も、爽やかな青空も、全てが鮮やかだった。特等席の景色を見て指先に力が篭もる。
本丸に向かうまでの道すがら、菫の口数は増え、国広の口数は減った。かたく繋がれた手を頼りに歩く。ひたすらに足を動かして到着した、見慣れた門の前。ふたりは顔を見合せると大げさに笑いあった。ひいひいと一通り笑い済んでから、執務室へと足を運んだ。庭の奥では桜が美しく咲き誇っている。道中通りすがった刀たちも今だけは微笑みを携えて頷くだけで、すぐに辿り着いた。
開かれたままの障子から顔を出して、中に居る叔父とその近侍へ挨拶をする。
「入ってもいいですか?」
「どうぞ」
恭しく訊ねてみれば、叔父も菫と似たような面持ちで迎えた。菫が先に入室して、国広が続く。本丸の主たる人の前で跪坐し、真っ直ぐに目を見据えた。ぴしり張り詰めた空気が鼓動を響かせる。注がれた視線に喉元を震わせながら、菫は拳を握りしめた。
「卒業、してきました。来月から正式に審神者になることが決まりました。────この山姥切国広を、初期刀として迎えさせてください」
一呼吸。最も静かなその瞬間がいっとう五月蝿い。静謐な瞳が菫と国広とを見つめて、それから目尻に優しく皺を寄せた。
「…………山姥切のこと、頼む」
ふ、と気が抜ける。後ろに控えた国広の膝元には、はらりと一枚桜の花弁が落ちていた。
あとの手続きは此方でしておくから、と促されて部屋を出てからも、どちらからともなく繋がれた手はしっかりとふたりを結んでいる。前を歩く国広は布のせいでほとんど見えない。心なしか常より広いような歩幅に菫は若干引っ張られていた。
連れ込まれた国広の部屋、襖をぴたりと閉め切ってすぐ彼に抱き竦められた。少しだけ軋む骨が、先の歩幅の答えだった。肩口に顔を埋められてぐりぐり押し付けられる。菫は背に手を回しとんとんあやす様に触れた。服越しに感じる無駄な肉のない身体が熱くて、なんだか胸が締め付けられるように感じる。
「やっと、あんたのものだ……」
吐き出すように呟かれたそれには特に何も返さず、ただ背を撫でてやる。ふときつく込められていた力がゆるめられて、するするとその掌が菫の腰にまわる。背筋が少しだけ粟立った。
「……主」
「なぁに」
呼びかけられてようやく覗いたその顔は今にも蕩けそうで。咄嗟に視線を外すと、クゥーンと甘えた犬のような声で鳴いて気を引くので渋々その瞳を見つめ返す。
布のおかげか存外白いその肌に淡く色付いた唇が映え、ちらちらと存在を主張していた。できるだけ意識をしないように心掛けていたのに、あるじ、と動いたと思えばだんだんと近寄ってくる。柔らかなものが頬に触れて菫の心臓に早鐘を打たせた。
ぐっとさらに腰を引き寄せられ国広の右の手が、菫のまるい耳を撫ぜる。へ、と声が出かけたところですぐに塞がれた。小さく音を立てながら食むように繰り返される口付けがおそろしくて、とても愛おしい。普段はあんなに、静かで済ましたような顔の男が、こんな風に口付けるなんて。時折漏れ出てしまう声に恥じながら、応えるだけで精一杯のまま溺れていると、酸素が足りなくって苦しくなってきた。いつの間にか後頭部を大きな手で抑えられており顔は引くに引けない。腕の辺りに添えた指先で静かに伝えてみても、何を勘違いしたのか指が絡められて無駄に終わる。
胸の辺りに押し退けるようにして力を入れてから、やっと離れていく。肩で息をする菫に対しほとんど息の乱れていない国広は大丈夫かなどと内心で慌てながら背を摩ってやった。
菫の息が整ってまたふたりの視線が絡みあったとき、今度はそっと触れるように唇が重なる。それは確かめ合うように柔らかい。
国広が正式に菫の刀になった、と近侍から聞き出した堀川と山伏が揃って部屋にやってくるまで、あと数分。