刀夢


「おい、平気か?」
「いたい……」
「もっとゆっくりでいい」
「ごめんねぇ」
「だからあまり無理をするなと言ったんだ」
「大包平だってノリノリだったじゃない」
「お前が煽ったからだ」
 連れ立って朝礼にやってきた大包平と審神者の様子を見て、刀たちは思った。
((((何が……ナニがあったんだ……!?))))

 先日この本丸の審神者と大包平が好い仲になったことは、本丸内の皆が知っている。元々反応のわかりやすいふたりであったため気付いているものは多く居た。それが、本丸の中心近くに位置する中庭、大包平持ち前のよく通る大きな声で想いを告げたことにより、公然たる事実となったわけである。
 ちょうど遠征に出ていた鶯丸と鶴丸は、その光景を実際に目撃出来なかったことを大層悔やんでいた。二振りの遠征を大包平が把握していたか否かは、本刃のみが知る。
 そんなふたりが今朝、あの様子で現れたのである。
 当然ながら、様々な憶測が飛び交った。
「おい、大包平と主はついに一線を超えたのか?」
「分からん。しかし昨日の夜あいつは部屋に戻ってきているぞ」
「なんだと?本当か?」
「いや、夕餉の後いつも通り主の部屋へ向かって……その後はお前と飲んでいたから分からん」
「昨日の光坊の肴は美味かったな」
「ああ、日光の葡萄酒もまた飲みたい」
「次は焼酎を……ってそうじゃなくてだな」
「俺が部屋で横になった頃戻ってきたから、子の刻あたりだ」
「……時間としては妥当だが、あいつはそんな奴か?」
「そんな奴、とは」
「俺の見立てだと寝ている間も主を一人にするような奴ではないな。二日ほど今のように甲斐甲斐しく付いて回ると見た」
「それは……そうだろうな」
 以上が鶴丸と鶯丸による会話だ。
 他にも、「主があんなになってしまうなんて……フフフ、足のことだよ?」と青江。「……横綱は伊達じゃねぇな」と後藤に和泉守。「初期刀として本丸内の風紀のことを考えた方が良いのだろうか……」と蜂須賀。顔を真っ赤にするばかりの水心子。「今日の近侍俺なんだけど……うう、お腹痛くなってきた」と村雲。
 ざわつく刀たちの様子に気づいたのか、
「見苦しくてごめんなさい。今日だけのつもりだから皆、気にしないで」
 審神者はそう言うと、朝礼を開始した。その横には身体を支え続ける大包平。
 刀たちは後に、これ程までに身の入らなかった朝礼なんて夜通し飲み明かした宴会の翌日ですら無い、そう言った。
「……じゃあ今朝は以上。一日よろしくお願いします」
 ぺこり頭を下げ、大包平に手を借りながらひょこひょこ去っていく。皆静かに見守る中、鶯丸が一言。
「大包平、もっと主を労わってやれ」
「こいつは鍛錬が足りん」
 鍛錬で片付けていいのか?と本丸一同の心の声が重なった。

 〇

 腹痛に苛まれた村雲がまだやって来ぬ執務室。大包平と審神者がふたり会話をしていた。
「皆に心配かけちゃったね」
「程々にしておけと言っただろう」
「前はもっと出来たんだよ、本当に」
「俺は気にしない」
「私が気にするよ……良くないでしょ、これ」
「抱き心地が良いから構わんぞ」
「足が冷たくてかなわんって言ってたじゃない」
「それは否定せん。元々冷え性なのだろう」
「今日もするからね、筋トレ」
 今朝方起き上がろうとした審神者は、全身を筋肉痛に苛まれていた。昨晩審神者の運動──といっても刀剣男士には準備運動にも足らぬ程度のもの──に付き合った大包平は、それを見越してまめまめしく側仕えをしてやったというのが、つい先程の出来事である。
「書類仕事ばかりで運動不足なのだから、散歩からで良いと言っているだろう」
「そこまで貧弱じゃないから」
「俺と出かけても休憩が必要無くなったら、また鍛錬を手伝ってやる」
 早く痩せたいのに、と審神者は返したが大包平の眉は依然美しくつり上がったままだ。渋々といった表情で毎日散歩をするから付き合ってねと告げ、ふたりは仲睦まじく笑いあった。


 いつの間にか廊下で聞き耳を立てていた村雲が「雨さん聞いてよ〜!」と五月雨に執務室での会話を流し、光の速さで聞き付けた鶴丸と鶯丸は大笑いしすぎて盛大に噎せ返り息が止まりかける騒ぎを起こしたことで、翌日までには本丸内の誤解も解けたという。
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