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お願いキスして10題

はじめて、あいつと唇を重ねたとき。
本当によく覚えてる。忘れようとしても、頭にこびりついて忘れられないくらいにね。

あれは夏のことだった。オレたちは熊野にいた。
その日は日が落ちてから敦盛を連れ出して、小川の畔へ蛍を見に行ったんだ。

暗い中に、金色の光がふわふわ浮いてさ。毎年見てるものなのに、あいつが隣にいるとなんだかいやに儚く見えるんだ。
敦盛はいつものように笛を吹いてるんだけど、その日に限って虫の音がなくて笛の他には川が流れる音くらいで、すっげえ静かなんだよ。
そんなところに、あいつの物悲しい笛の音が夜の暗がりに溶けるみたいに響いてるんだ。

そのときにさ、自分でも何考えてんだって思うけど、もしかして敦盛も闇に溶けて消えてしまうんじゃないかって思ったんだよな。
そんなことないってのは分かってるんだけど、不安で仕方なくてさ。
敦盛が曲を吹き終わって笛を下ろした途端、気がついたら、あいつの唇に口づけていたんだよな。

どうしてそうしたのか、未だによく分からない。消えてしまったらもう触れることができないから、今のうちにしておかなければいけないと無意識に思ったのかも知れないけど。
とにかく、そのときのあいつの唇が冷たくてさ。
直感的に死んでるみたい、って思って、でもすぐにそうだ、死んでるんだって思って、ああ遠いなって感じたんだよな。

オレは生きてて、敦盛は本当はもう生きてない。歳は一つしか違わなくて、今だってこんなに近くにいて触れ合ってもいるのに、やっぱり遠い存在なんだと痛感したよ。
戦が終わったら、きっとこいつは浄化を願う。そうしたらもう、二度と会えなくなるじゃないかってね。

気持ちを伝えて、自分は怨霊なんだって言われたときから分かってはいたつもりだった。でも無性に悲しくなって、唇を離したら泣けてきた。
みっともないから何とか涙を止めようとするんだけど、どうしても別れのときが思い浮かんで全然止まらないんだ。

きっとオレが泣いた理由なんか本当は分かってなくて、でもとりあえず自分のせいだろうなって思ったんだろうね。
見かねたあいつが、すまないって言って優しく背中をさすってくれるもんだから、余計にみっともなかったよ。

とにもかくにも、あいつと初めてした口づけは、悲しくて寂しくて。
今でも、忘れることができないんだ。
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