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お願いキスして10題

散歩にでも行くかな、と考え始めたところで、後ろから名を呼ばれて振り返った。ヒノエ、と自分を呼ぶ低い声。彼だ。

「ああ、敦盛。どうかした?」
「あの……少し、君と話したいのだが」
「ふうん……? じゃあ、歩きながら話そうよ。オレ、今からその辺を散歩しようかと思ってたんだ」
「そうなのか。分かった」

邸から出て、敦盛と並んで歩く。話したいことって何、と聞くと、

「恋人らしい口づけとは、どのような口づけのことを言うのだろう」
「……は、?」

予想もしていなかった答えに、オレは一瞬言葉を失くしてしまった。

「何だよ、急に」
「いや…この間、鎌倉から帰る途中で宿に泊まったろう。そこで見かけた女性にょしょうが『自分の相手ともっと恋人らしい口づけがしたい』と隣の女性にぼやいていたのを思い出して」
「へえ」
「それで、考えていたのだ。恋人らしい、とは具体的にどういうことなのか」

珍しく、敦盛がぺらぺらと熱っぽく話している。

ーーーああ、それをオレに一緒に考えて欲しいわけね。

敦盛は、喋らない代わりに頭の中でたくさん考えるやつだと思う。きっと、気になることについて自分で納得のできる答えを出したいのだろう。

戦や何かの大事なことにはよくよく頭を使うけれど、オレは考えること自体が好きな性分ってわけじゃない。「口づけ? オレはお前とできれば何だっていいけど」と言いそうになって、口をつぐんだ。そんなことをして、機嫌を損ねられては面倒だ。
彼が、君と話がしたいと言ってこうしてついてきてくれたのだから、きちんとそれに応えてやらなくちゃ。

「あー……恋人らしい、って言ってもさ。考えてみりゃ、恋人って呼べるくらいに親しい相手じゃなきゃそんなことしないだろ。だから、口づけするっていうこと自体が『恋人らしい』んじゃねえの」
「私もそれは少し考えた。だが、神子の世界ではそんな関係でなくとも……挨拶のときにそういうことをする国があるらしいから」
「え、そうなんだ」
「そうらしい。だから…その、どこからが恋人の口づけになるのだろうと」

そうだね、と、オレも頭を動かした。

詳しいことは分からないが、挨拶のときならきっとそんなに時間は取らない…と、思う。
あと、口づける場所はどうなのだろう。

「挨拶でも、口にすんのかな」
「分からない。後で気になって私も譲か神子に聞こうとしたのだが、藪から棒に口づけのことを聞くのもどうかと思って……」
「……うん、確かに」

んー、そうか。じゃあ、推測するしかないってわけね。

でも普通に考えたら、嫌じゃないか。オレからすれば、そこまで親しくもないやつに口づけることそのものが信じられないのに、それが口であるなんて。
ああ、無理だ。うん。むりむり。
じゃあ、場所は頬とか…手の甲とか?

「敦盛、オレ分かったかも」
「もう分かったのか」
「ああ。えーと、まず、挨拶だったらすぐ終わらせると思うんだ。だってそれをすることが目的じゃなくて、その挨拶の後の用を済ませる方が大切なことだからさ」
「確かに、そうだな」
「でも恋人は違う。口づけとか、そういうことの方が目的っていうか……目的じゃなくても大切じゃん? お前が好きだって伝えることはさ」
「ん……確かに」
「だからさ、長く唇を重ねてるってのが恋人の口づけなんじゃない」

なるほど、と敦盛が目を輝かせた。
………睦言となると途端に顔を背けてしまうくせに、こういう小難しい話は喜んでするんだから。

それが少し、寂しいというか悔しいというか。

「よし。じゃ、後でオレらもそういうのしよ」
「……え?」
「恋人らしい、口づけ」
「え、いや、そ……それは」

ほら、真っ赤になって俯きやがる。
そういうとこも好きだけどさ。もうちょっと、慣れてくれてもいいじゃんね。
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