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約束

それから、数ヶ月経ち。平清盛の怨霊を封じたことで、源平の戦は源氏の勝利によって幕を閉じたのであった。

戦が終わった数日後の夜である。四国の陸地まで戻っている。
勝鬨の宴。周りは、わいわいと楽しげな男達の声や食器のぶつかり合う音などでかなり賑やかである。場の空気が宿敵平家を討った喜びや、これで戦いが終わるという安堵などなどで満たされる中、ヒノエの心は鬱々として鉛のように重いのであった。

ーーーついに、終わってしまった。

自分がこんなことを思うなんてねと、自嘲の笑みが出そうになるのを堪えた。戦の終わるのは喜ばしいこと。熊野にも影響のある、大きな大きな問題が、一つ片づいたということなのだから。
……と、いうことが分かっていながらも、ヒノエは喜ぶことができないでいる。

何故なら、戦が終わるということは、敦盛との別れを意味するからである。

神子が自分の世界に帰るから。その前に浄化をしてもらうのだと、本人から聞いている。そのときを逃すと浄化の機会は二度とやってこないから、と。

ヒノエとしては、浄化なんかされずにここに残れよ、と思ってしまう。
けれど、言ったことはない。
言ってもいいことではないから。敦盛はここで浄化されねば、もしかすると永劫、現世に留まり苦しみ続けるやも知れぬのだ。その責任を取れるのかと言われると、何をどうしても否である。
敦盛が浄化され、魂の輪廻に還ること。どうしようもなく正しくて、しかし割り切ることなどできないから、ヒノエはこんなにも苦しいのである。

「……」

ヒノエは宴の席を抜け、宿舎の中へと足を運んでいる。
敦盛と、待ち合わせをしているのである。
頃合いを見て宴を抜け出して、寝泊まりしている部屋で会おうと。
宴の喧騒が、遠くに聞こえる。宿舎の中はしんとして、誰もいない。皆、宴に行っているから。
きしきしと廊下の板を踏みしめながら件の部屋へ入ると、中にはすでに人影があった。
窓際に立ち、青白い月光を顔に受けている。敦盛である。

「早いね。オレも結構、早めに出たと思ったけど」
「宴が始まっていくらもしないうちに、来たから」
「オレがいつ来てもいいように?」
「ああ」

敦盛が、素直に頷いた。

「……嬉しいな」

敦盛の隣へ移動しながら、言った。

「一秒でも長く、君といられた方がいいから」
「ふふ。今日は随分と素直じゃん」
「後悔はしたくないからな」
「………」

聞いて、ヒノエは悲しくなる。やっぱり今日が、二人で過ごせる最後なのだと実感してしまって。

「昔も、今も。君は私の日々に彩りを与えてくれた。本当に出会えてよかったと思っている」
「……オレもだよ」

お前が蘇ったせいで、つらいけど。お前が蘇ってくれたおかげで味わった幸福感も計り知れない。再び出会わなければと思うけれど、出会えてよかったとも、心から思う。

「それで……その。私は、君を大切に思うから。幸せになって欲しい、から……」
「………」

ーーーどうか近いうち、私のことなど忘れてくれ。

ああ。

絶対、言われると思っていた。心の準備など、とうにできているつもりだった。けれど、そんなの意味がなかった。勝手に、涙が溢れ。勝手に、口元が歪む。嗚咽なんか漏れてしまって、情けない、情けない……。

「ヒノエ……」

悲痛な声音で、敦盛がたぶんヒノエを抱き締めて慰めようと両手を少し上げ、しかしそのまま下ろしてしまった。なのでヒノエは、自分で涙を拭うしかない。

「すまない」
「謝んなよ、」
「………」

ーーーなんで、

「なんで、一緒になれないんだよ」

あまりにも、やりきれないから。駄目だとは分かっていたけれど、敦盛をきつく抱き締めてその肩口に顔を埋めた。「! おい」敦盛の戸惑う声と、ぴりぴりと痛み出す、彼の背中に回した腕の皮膚。
敦盛が、刹那躊躇ってから抱き締め返してきた。瞬間全身に走る、寒気。でもそんなの、どうでもよかった。彼の腕が背中へ回ったことの方が、大事だから。

「好きだ。この世で一番、今まで会ったどんな奴よりも愛してる」

だから、

「行かないでくれよ………」

ーーー言ってしまった。
分かっているのに。この言葉が、どんなに彼を困らせるか。
「すまない」、ほらまた、彼に謝らせてしまって。

「だが、嬉しい。行かないでくれと、言ってくれて。私を好きだと、言ってくれて……」
「………」
「いつか言ったように。私も君と、全く同じ気持ちだ。この世で一番、君を大切だと思う。……好き、だと思う」

でも、だからこそ。

「約束してくれ。どうか私に、とらわれないで。生きている人を、愛して。未来へと歩んでいくことを」
「う……、」
「ヒノエ。頼む……」
「……じゃあ、オレの約束も守ってよ。次の生では、絶対一緒になるって。そのときにはちゃんと、生きた人間同士で出会ってくれるって」
「ああ、約束する。だから……私の願いも、聞いてくれるか」

本当は、頷きたくなんかなかったけれど。頷くしか、ないから。「ありがとう」敦盛が言って、静かに唇を重ねてくれた。
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