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雪中の君

がさっ、

隣で布擦れの音がして、弁慶は目を覚ました。まだ夜中だ。暗い中、寝ぼけ眼に景時が起き上がっているのを確認し一拍置いた後、弁慶も急いで起き上がった。眠気は瞬時に吹き飛んだ。
これまでにも何回か、こんなことがあった。今回も悪夢に魘されて起きたのだろう。

見てみれば、案の定景時は顔を覆って背中を丸めていた。「景時」、呼びかけながら抱き寄せれば、その背が小刻みに震えているのが分かった。

「大丈夫ですか」
「……。…………」

返事の代わりに、聞こえてくるのは嗚咽であった。よく見れば、横髪がこめかみにへばりついている。冷や汗。それほどまでに、厭な夢だったということであろう。

「オレは」

涙混じりに、景時が言う。

「オレはやっぱり、だめだ。弱くて、狡くて、よごれてる」
「いいえ、君は優秀で誠実です。君と関わったことのある人は恐らく皆、そう思っていると思いますよ」

景時が顔を覆ったまま首を横に振った。

「君は知らない……、これまでオレがやってきたことも、これからやらなくちゃいけないことも」
「……、」
「甘えて、きちゃったけど。ほんとは君に、こんなふうに扱ってもらえる資格なんてない。ごめんね。ほんとにごめん……」

短い間にもう何度見たのか。涙を流す、景時。見る度に、弁慶は胸が苦しくて仕方がなくなってしまう。

「景時」

気がついたら、名を呼んでいた。
景時が、顔を覆っていた手を下ろした。弱い月の光を反射して、きらきらと濡れた頬。下りた前髪の隙間から、闇の中にも分かる悲痛な瞳が覗く。それと目が合うと、つ、とまたひとつ涙が頬を伝っていったのが見えて、

もうそこからは、自分の身体が自分のものではないようだった。
頭ではやるべきでないと分かっているのに、片手が景時の頬へ伸びた。濡れた頬は、冬の冷気に当たってひやりと冷たい。これが、今の景時のこころの温度なのかも知れない。

彼の目元に触れる親指でさらりと伝う涙を拭うと、自分は、もう片方の手も彼の頬に添え。少し左へ傾けた顔を、彼の顔に近づけ。
ーーー両手で彼の顔を包み込むかたちで、その唇へ、口づけた。

そして、唇を離すと今度は正面から彼をぎゅっと抱き締め、

「君がどんなに弱く、狡く、よごれていても。僕がそばにいます。だから、それだけは、安心して」

……などと、言っていた。

「……。………」

景時は、何も言わず何もしないで、ただ、弁慶に抱かれている。しかし、しばらくの沈黙の後、

ありがとう……、

掠れた声。弁慶の耳元で、景時が言った。
彼の両腕が弁慶の背中を包む。
もう、言葉などいらなかった。二人、ただ静かにこうしているだけでよかった。
しばらくして、どちらからともなく身体を離した。急に、底冷えするような寒さが襲ってくる。再び二人で衾を被り、その中で、彼の手を握った。彼の手は、冷えきった自分のそれよりさらに冷たい。少しでも早く温まるように、指を絡めて握る。

景時と、目が合った。仄かににこりと細められた気がした後、彼の目が閉じられた。弁慶も目を閉じる。繋いだ手は、もちろんそのままに。
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