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雪中の君

ーーー夜になった。
夕餉が終わるとすぐ、景時は自室に戻って作業台に着き愛用の銃をいじり出した。今度使おうと思っている術の精度を、さらに高めておきたい。何しろ、物凄く重要な作戦に使うので。

あれをこうして、ここをこう……と考える片隅で思い出されるのは、頼朝からの命令である。ーーー平家との決戦のとき、源九郎義経と白龍の神子を殺めよという、命令である。

こんな話が出てきたのは最近のことではない。夏頃にはもう、あった。その頃はまだ、戦の終わりまでは見えていなかったので、何とか騙し騙し、持ち堪えていたのだが。実際にいよいよ最終局面という雰囲気になってきて、それも難しくなっていた。昼間は戯けていられても、夜一人になるともうどうにも駄目。喩えるなら、きちんと笑った顔の仮面を被っているのに、いつの間にかその下から血の涙が顎を伝って滴り落ちている……という感じだろうか。

……どうしよう。
いや、どうしようではない。頼朝に殺せと言われれば、誰が対象であろうと関係はない。はい分かりましたと、景時が手を下す。今までと同じ。手にかけた者が増えるだけ。

だが、こればかりは。
さすがに。さすがに………。

九郎と望美を殺めるために作った術。嫌で嫌で仕方がないのに、命令だからと、家族が危ないからと、うじうじ言い訳をして開発に勤しんだ。その間中、二人をいかにすぐに、苦しませずに死なせられるかを考える自分が、これまた厭で厭で仕方がなかった……。
じわじわと景時の視界は滲んできていた。脳裏に浮かぶのは、驚きと悲しみの入り混じった顔のまま二人が息耐える瞬間である。

ああ、ごめんなさい。弱くて、卑怯で。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、

ぽたり、ついに銃の上に涙が落ちて、景時は手を止めた。ひとつ目元を拭っても、またすぐに涙が溢れてきてどうしようもない。
もう、拭うのは諦めた。俯いて、手は台の上へ拳を作って載せている。ぽたぽた、あぐらをかく自分の太腿の上へ、涙が落ちていく。
隣の部屋は男性陣の寝室に充てている。すすり泣くのを聞かれるわけにいかないので、声は極力、押し殺す。

昼間、大丈夫ですかと聞いてきた弁慶。大丈夫だよと答えた自分。
一体、何が「大丈夫」なのだろう。いい加減なことを言うのも大概にしろ。「大丈夫」なわけが、ないくせに。
けれど、言えない。「大丈夫じゃない」とは。特に相手は頭の切れる弁慶。今のところ、何も聞かないでいてくれているけれど。知られてはならないし、知って欲しくない。頼朝の考えと、自分の裏の顔。

あのとき、死んでおけば良かった。

頼朝に「助けられた」ことを、今まで幾度となく後悔してきた。あのときに命を手放しておけば、頼朝と家族、そして八葉の間に揉まれて苦しむこともなかった。

「…………」

ーーー逃げたい。
何もかも、放り出して。終わりにしたい。無責任極まりないとは、分かっているけれど。そんなこと、知らない。やめてしまおう。こんなつらいことは。

ぼやけた視界の中に、術を施した銃が映った。仲間を苦しませずに死なせようと作っている術。これを、自分に撃てば。

景時は銃を手に取った。銃口を、頭につける。

「ごめんなさい……」

自分を取り巻く、全てのものに対する謝罪。謝るくらいなら逃げるなという話だけれど。でも、オレは弱虫で臆病だから……、

ーーーこっこっ、

と、戸を叩く音がして景時は振り返った。「すみません、僕です」と、この声は弁慶だ。

「景時、いますか?」
「………」

今返事をしたら、涙声になってしまう。声を発することができずにいると、弁慶の声が少し緊張感を帯びて、

「いるんですよね?」
「………、」
「……。ごめんなさい。開けます」
「……!」

制止の言葉を発する前に、戸が開けられてしまった。みっともない姿を隠す猶予は、なかった。泣き顔で己に銃口を突きつけたまま、景時は弁慶と顔を合わせることとなった。

「景時……!」

こちらが大した反応もできないうちに、弁慶が開けた戸をそのままに、ざっと寄ってきて景時の手から銃を取り上げた。「あ」と呟いてから、彼の顔がだいぶ近い距離にあると気がついた。哀しいような、怒っているような、焦っているような、何とも言えぬ複雑な色が浮かんでいた。
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