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雪中の君

「弁慶」

呼ばれて、弁慶ははっと目が覚めた。
驚いて声がする方を見てみれば、心配そうにこちらを見やる景時がいた。

「ごめんね、急に……。けど、君があんまり起きてこないもんだから心配になっちゃって」
「え……、」

そんなに寝てたのか? という思いの後、瞬時に昨日の景時が思い出されて、頭の中が散らかってしまった。頭の回転は早い方であるという自信はあるが、寝起きではそれも適用されない。言葉が出てこずに起き上がって固まっていると、景時が続けた。

「その、昨日はすごく迷惑かけちゃったから。起きてこないのは、もしかすると体調を崩したからなんじゃないかって心配で」
「あ……ああ。そういうことでしたか。特に問題ないと思いますよ」

目を擦りながら、弁慶は答える。何しろ起きたばかりなので、自分の体調のこともあまり分からない。けれどおかしいと思うところがないので、恐らく、体調に問題はないのだろう。ただ、昨日はかなり疲れたというだけで。

「僕、そんなに寝てました?」
「うん。もう昼過ぎだよ」
「昼過ぎ、」

確かに寝過ぎだ。すみませんと言いながら、自分の髪がぐしゃぐしゃであろうことに気がつく。せめてもと手櫛で髪を整えつつ、弁慶は回り始めた頭で景時を観察した。
体調不良でないのならよかったと安堵する彼の顔は、普通だ。気味が悪いほどに普通。昨日、自殺未遂を図った後にめそめそと涙を流していたのと同じ人間とは思えない。

「……それで、その」

と、景時が急に神妙な面持ちになって切り出してきた。

「はい?」
「昨日のことなんだけど」
「はい、」
「しつこくて申し訳ないんだけど……。ほんと、近いうちに忘れてね。あんな情けない姿、人に見せていいもんじゃないしさ」
「ああ……分かりました。そうできるよう、努力しますよ」
「ありがとう。そう言ってもらえると、助かる」

景時が、胸を撫で下ろしている。

「……それよりも、もう大丈夫なんですか? 今は割と、元気を取り戻したように見えますが」
「うん、もう大丈夫。昨日はたまたま、つらくなっちゃっただけだからさ」

からからと、景時が笑う。その笑顔が、一点の翳りもなく明るく見えるのは。自分の目が節穴だからなのか、景時の演技が巧すぎるからなのか。
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