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雪中の君

彼の衣を脱がし、自分の衣を着せ、火桶の傍に座らせた。それだけでは足りないと思ったので、体温を分けるべく、自分も隣に座して彼を後ろから抱くかたちをとっている。幸い、弁慶はまだ熱いので、冷たい景時の身体に困ることはない。

しばらくそうし続けて、弁慶の身体が冷めてきた代わりに、景時の身体には微かに温もりが戻ってきたようだ。弁慶は良かったと安堵する。彼には死なれては困るから。

「……べん、けい」

ふと、景時が掠れた声で弁慶の名を呼んだ。弁慶は「はい」と返事する。

「………ごめんね」
「いえ……」
「………」
「……どうして、あんなところにいたんですか?」
「雪が……降ってると、思ったから……」
「……。何か、あったんですか?」

憑物かとも、思わないではなかったが。陰陽師である彼が憑かれるというのも考えにくい。話した感じそんな雰囲気もなし、ならば心の問題としか考えられない。なるべく刺激しないよう、慎重に話を聞いていくことにする。

「何かが、あったっていうか……。………」

景時が俯いて黙す。その横顔は言いようもなく鬱々として、次の言葉を発するまでに時間がかかるようである。
弁慶は、急かすこともなく彼の言葉を待ち続けた。ぱちぱちと火桶の中で火が燃える音だけが、聞こえている。

「……オレには、頼朝様からある命が下されているんだ」

景時が、口を開いた。

「それがかなり……きつくて」
「……その命というのは、僕や九郎が知っていてはいけないもの、ということですか」
「そう。君たちが知ることは許されない。オレが独りで主体となって果たさなきゃいけない命だよ」
「………」

聞いて、弁慶は密かに眉を顰めた。
正直なところ弁慶は、源氏方の重役を務めていながら、源頼朝のことはあまり信用していない。むしろ、きな臭いと思っている。
戦の首尾に大きく関わる軍師にも、総大将にも言えぬ、軍奉行のみにーーーいや、「景時のみに」?  伝えられた密命となると、こちらとしては色々と考えてしまうけれど。こんな状態の彼を問い詰めることはしたくなかった。

「やらなきゃならないって、考えただけで吐き気がする。でも、オレは命令に背くことはできないから……」
「……」
「どうしようか考えてる間に、なんだかもう、全部が嫌になっちゃって。ふと外を見たら、雪が降ってて。気がついたら、外へ出てた」
「……死のうと、思ったんですか?」
「分からない……」

そう言うと、景時が立てた膝を抱えてその中へ顔を埋めた。「ごめん」と消え入りそうな声がする。程なくして、彼の肩が震えた。弁慶はそれを、できうる限り優しくさする。
「オレは、」景時が、涙ながらに続けた。

「オレは、みんなが好きだ。朔も、望美ちゃんも白龍も、八葉のみんなも。弁慶や九郎とは、源氏の仲間としても付き合ってきた」
「はい、」
「……それなのに……」

そこから先は、続かなかった。言葉の代わりにしくしくと嗚咽が漏れてくるばかりであった。




ーーーいくらか経って。景時が、落ち着いた。

「……ごめん、ほんと」

景時が、弁慶から受け取った手拭で顔全体を拭いた。笑みを浮かべようとする顔が、赤い。今の今まで泣いていたのだから、無理もないけれど。

「いえいえ。落ち着いたようで、よかったですよ」
「うん。それで、あの……」

言いにくそうに、

「ほんとのほんとに申し訳ないんだけど、今日のこと、皆に黙っておいてくれないかな。源氏の皆にはもちろん、八葉や朔や、望美ちゃんや白龍にも。誰にも言わないで、君の胸だけに留めておいて欲しいんだ」

景時の言葉に、弁慶は分かりましたと頷く。雪の中突っ立っていたところを弁慶に助けられ、衣を脱がして着せてもらってからは、鎌倉殿からの命令が嫌だと泣き出し……などと。これを誰にも知られたくないのは、よく考えなくとも分かる。

「ありがとう」

景時が、何とか疲れきった笑顔を浮かべた。

「じゃあ、部屋に戻るよ。衣は洗ってから返すのでいいかな?」
「それは構いませんが……その、大丈夫なんですか?」
「うん。もう落ち着いたから」
「それなら、いいのですが」

本人がそう言うのならと、部屋を出ていく景時の背中を見送った。
すとん、と戸が締まって足音が遠のいていってから、弁慶は深くて長い溜息を漏らした。どっと疲れた。
火の始末だけは済ませて、寝床へ移動する。髪を結っているのを解くと、ろくに手入れもされない長髪が肩にかかってくる。それを薄ら鬱陶しいと思いつつ、寝転んだ。
衾を重ねて被っても寒いものは寒いが、すぐに眠気が襲ってきた。景時のことが気がかりではあったが、そのせいで眠れぬということはなく。いくらもしないうちに、弁慶は眠ってしまった。
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