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信じる、君を

ーーー九州、大隈国のとある山の麓。空は快晴、痛いくらいの日光が、直接肌をじりじりと焼く。笠は被っているものの、小刻みに休憩を取らずに農作業を続けるのは困難だ。倒れる前にと、弁慶は胡瓜を収穫する手を止めた。

「風丸(かぜまる)。僕、ちょっと休憩してきますね」

共に作業にあたる男に、弁慶は声を掛ける。「ああ」と答えながら、男がーーー髪を短く切り、何の変哲もない農民の格好をした九郎が、振り返った。

「分かった。別に責めるわけじゃないんだが、べ……」

言い掛けて、「違う違う」と言うように九郎がふるふると首を横に振った。

「星丸(ほしまる)は本当に暑さに弱いな。幼い頃は真夏の海辺で走り回ってたんじゃないのか」
「そうなんですけどね。随分昔の話ですから」

などと、あと二、三言葉を交わしてから弁慶は畑の脇の木陰に向かった。手拭いで汗を拭いつつ、ふう、とひとつ、ため息。

風丸。星丸。それぞれ、九郎と弁慶の九州での名である。
黒龍を倒した後九州に降ろされてから、一年と半年ほどが経っている。修験者や、時には山賊など、色々なものになって各地を転々としてきたが、今は九郎と共に、戦の影響で村を追われた者としてこの村で世話になっている。
鎌倉からの追手は、出てはいるようだが、幸いにもまだここには来ていない。近くにそういう者がいると情報が入ってきたら、すぐにでもこの村を出なければならないが……できればそんなときなど来なければいいと、弁慶は切に思っている。

自分は、見つけてもらわねばならないから。景時に分かるのは、あのとき、船での話し合いの中で皆で決めたこの「星丸」という名のみ。景時はそれだけを頼りに、弁慶を探さねばならないのだ。九州は、本州よりは狭いとは言っても、ただ一人の人間を少ない手がかりをもとに探すには広大すぎる。あまり地を転々として、彼と行き違いになりたくない。

「………」

そんなことを言って。景時が生きているかどうかも分からないのに。

……と、投げやりに呟く自分を頭の外へ押し出したいのに押し出せない。
景時ほど、頼朝の近くで動いていたわけではないけれど。頼朝が甘くない奴だということは分かる。その隣に控える政子も。色々に知りすぎている景時が「源氏を抜けたい」と言って、はいそうですかと何の処断もなく抜けさせてもらえる可能性などいくらあるのか。

このまま待って、本当に、来てくれるのか。

浮かんでくるのは最悪の結果。思い出されるのは最後に触れた彼の手の感触。うじうじとそんなことばかり頭に過ぎって、厭になる。
あのとき、彼は僕を信じて助けに来てくれたのに。僕が信じてやれないでどうするのだろう……、

「星丸」

後ろから呼ばれて、弁慶は少しびくっとなってから振り返る。村の男だ。考え事をしていて背後の気配に気づかなかった。

「はい、何でしょう」
「お前に会いたいという男がいるんだが」

誰だ。

刹那、緊張で身体が強張るのを感じた。追手か。と思ったが、追手なら探しているのは「星丸」でなくて「武蔵坊弁慶」のはずだ。星丸が弁慶であることを知るのは、源氏で神子一行の仲間として共に過ごした者しかいないはず。その中の誰かがばらしていなければ、追手が星丸を追うこともないはずだから……。

弁慶の胸が、期待と不安に駆られてどきどきとうるさく鳴り出した。普通に考えれば、会いに来ているのは景時だ。だが、もし景時が生きていなかったら。仲間の内の誰か……ヒノエ辺りが景時の死を伝えに来たということもあり得る。誰かが頼朝にばらした可能性も、捨てきれないし……。

村の男に案内してもらい、少し歩いた先の木へ向かう。確かに誰かがその下で、こちらに背を向けるかたちで、立って何かを待っているようである。以前の自分のような外套を被っていて、どんな奴なのかは分からない。
「あの男だよ」「ありがとうございます」とやりとりをして、村の男と別れた。一人で、木の下へ向かう。暑さで元々しっとりとしていた掌が、さらに湿気を帯びてくるのが分かる。

「すみません」

声を、掛けると。その男が、振り返って頭に被っていた外套を下ろした。思わず、「あ……」と声が漏れる。何故なら外套の下から現れたのは、浅葱色の短い髪の毛。もう一度会いたいと焦がれた、その人の顔。

「ーーー待たせて、ごめんね」

困ったように笑って、そう言った彼を。抱き締めずにはいられなかった。
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