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信じる、君を

聞こえるのは、嘘みたいに穏やかな波の音。見上げれば、丸い月と煌めく星々。……隣には、いとしいひと。景時は、そのひとの手にそっと自分の手を添えた。

この船は、九州のとある港に向かっている。弁慶と九郎を、そこで降ろすためである。
弁慶については、源氏を裏切った奴を頼朝が生かしておくわけはないだろうと思われるから。九郎については、元々追討令が出ているから。二人が頼朝に命を奪われないないよう、逃がすのだ。

黒龍を倒した後、この船に戻り、今後について皆で話し合った。景時はその際、自分が頼朝から受けている密命ーーー白龍の神子と源九郎義経を亡き者にせよという命を頼朝から受けていることを、話している。
三人を命の危険に晒したくないというのが、当然ながら皆思うことである。望美は元の世界に帰れるのだからいいとして、あとの二人は京や鎌倉から遠い地で、名や身なりを変え身分を隠し、全く別の人間として生きるのがいいのではないかと。それで、頼朝には「清盛を何とかした後その三人に逃げられた」と報告しようと。そういう、結論に至ったのであった。

「……やっぱり、君も一緒に僕たちと九州で降りた方がいいんじゃないですか」

弁慶が、心配そうに俯いて言った。

白龍の神子と九郎を殺さぬということは、頼朝の命を果たせないということである。その上無断で何日も京を空け連絡を絶っているのだから、必ず頼朝からの言及があるだろう。そして、どれほど上手い言い訳をしようとも、厳しい処断を受けることは免れないだろう。場合によっては、命も危ないかも知れない。

だが、景時はそれを全て分かった上で、頼朝に事の端末を正確に……とはならないが報告、そして源氏を抜けさせてはもらえまいかと直談判をしようと思っている。ここで逃げれば、家族がどうなるか分からないから。それもかなりある。けれどそれよりも純粋に、これ以上逃げたくないというのが大きい。
逃げてばかりの自分が嫌で嫌で仕方がないのに、問題ときちんと向き合う勇気がなくてここまで来てしまった。
けれど、もうやめる。逃げるのを。
弁慶の決死の作戦を目の当たりにし、景時の胸には確かな熱が戻っていた。

「いいや。オレは行かなきゃ。鎌倉に。行って、きちんと話をしなきゃ」
「ですが、本当に大丈夫なんですか」
「分からない。大丈夫じゃないかも知れない。だけど……行く。逃げてばかりじゃ、かっこ悪いでしょ」
「死んでしまっては元も子もありませんよ」
「死なないように頑張るさ」
「………」

弁慶はまだ何か言いたそうだったが、言ってこなかった。これ以上何かを言ったところで、景時の意思を変えることはできないだろうと悟ったようだ。

「ふふ。少し前の君とは、見違えるようだ」
「あ……。その節は、ほんとにありがとう。君がいてくれなきゃ、保たなかったかも知れない」
「もう大丈夫なんですか。ご自愛、できてますか」
「うん……。君が助けを求めてるって報告があってからは、そういうことは一度もやってない。ばたばたしてたからってのもあるけど、やりたいとも思ってないよ」
「そう……ですか。とにかく、今日またこうして君の顔を見られて良かった。敵同士として会うのもつらいけれど、二度と会えないのはもっとつらいから。こうして二人で並んで、ゆっくり海を眺めていられるなんて、夢のようですよ」
「ああ。そうだね……」

上手くいけば、明日には陸地に到着する。そうなればいよいよ長い別れとなる。
戦いの後、共に過ごせる短い時間。もう二度と、こんな時間はやって来ないかも知れない。そういう意味でも……夢みたい。

「……ですが、こうやって過ごすことを泡沫の夢で終わらせはしないでくださいね」

景時が何を考えているか察したのか、弁慶が言ってきた。

「今度は僕が、君に言いましょう。『信じて待ってます』。九州のどこかの地で。また、会いにきてくれることを」
「……うん。きっと行く。いつになるか分からないけど、九州へ行って君を探すよ」

夢で終わらせたくはない。確かにそう思う。終わらせないように、力を尽くそうと思う。
けれど、景時は頼朝の恐ろしさを知っている。こんなことをやらかして、ただで済ましてくれるような人ではない。

……だからもし、こんな瞬間にもう二度と出会えなくとも後悔をしないように。

会話の途切れたところへ、「あのさ」と切り出せば、弁慶が「はい」と返事した。

「今まで、きちんと言ったことがなかったけど」

愛してる。

彼の目を見て、言った。
「ええ、」彼が答える。

「僕も。同じ気持ちです、景時」
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