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信じる、君を

ーーー春が来た。
平家の船の上。弁慶は何とか仕事に区切りをつけて、望美の乗る船へと移ったところだ。

雪の屋島にて、弁慶は源氏を裏切った。その土産として、望美をこちら側へさらってきたのである。
忙しすぎて、望美にはそのとき以来一度も会いに来られていなかった。なにせ自分は裏切り者、新たに加わった勢力から信用を得たければ、普通の三倍以上は働かねばならないので。

探すまでもなく、海を眺める望美の後ろ姿が目に入った。「望美さん」、声を掛ければ、望美が振り返った。

「弁慶さん。そろそろ、来ると思ってました」

戦いの最中、仲間だった者にさらわれてきたというのに。望美の瞳は少しも不安や狼狽の色を見せず、凛々しく弁慶を射抜いてくる。

「お久し振りです。思ったよりお元気そうで、良かったです」

さらってきた奴がどの口でそれを言うのかと怒られそうだが、本心なのだから仕方がなかった。望美が元気そうで、安心した。

「それにしても、つくづく、不思議な方だと思わされますよ。屋島でもここでも、君は決して取り乱さない。普通なら、急にあんなことがあったらもっと狼狽えるし、怯えますよ。やっぱり白龍の神子というのは、すごいな」
「いえ。そんなんじゃ……ないです」
「ご謙遜を」
「ほんとに違うんです。私が怖がらないのは、あなたの考えを知っているから。あなたを、信じているから」
「……僕の考えとは?」
「弁慶さん。あなたは本当は、源氏を見限ったから平家に寝返ったんじゃない。黒龍の逆鱗を破壊するために、清盛に近づく必要があったからこうしたんでしょう」

ーーーさすがに、面食らった。
どうして知っている。怨霊退治をする面子やそれに近い者に、この話は一切していない。景時にも「近々ここを離れる」という話をしただけで、詳細は一切伝えていない。源氏の者にも、ほんの一部にしか言っていない。望美が知り得ることなど、本来ならないはずだ。

「どう……して、それを」
「私、見てきたんです。この先の未来を」
「見てきた? 未来を?」
「はい。このまま行けば、弁慶さんは源氏には戻れないまま、厳島で清盛と相討ちになって……」
「ちょっと待ってください。清盛殿? 鎌倉殿にそういう処断をされるのではなく?」
「清盛です。弁慶さんは八咫鏡を探すために、あえて清盛に身体を乗っ取られます。それで、鏡は見つかるんですけど、清盛もろともあなたも……」

一瞬、望美の唇が泣き出しそうに歪んだ。
弁慶としては、かなりーーー動揺している。
そんな馬鹿なと思う。しかし、嘘を並べているようには思えない。この人は、そんな演技ができような人ではない。
今の自分の読みでは、望美の言うような結末になることはないはずだ。けれど、あり得ないとまでは言わない。戦が終わるなら、自分の身などどうなってもいいと思っているのは確かなので。

「でも、私はそんな未来嫌なんです」

静かに、望美が続ける。

「私は……大切な人がこの世からいなくなる運命なんて耐えられない。弁慶さんは、幸せになるべき人なのに」
「………。……」
「……これを」

す、と望美が何かを懐から取り出した。何かの破片。裏返すと、それが鏡であることが分かった。

ーーーもしや、

またも面食らって、望美の顔を驚愕の表情で見つめる。返ってくる彼女の眼差しは、厭になるほどに真摯で真っ直ぐである。

「八咫鏡の破片です。これを使えば、清盛を滅ぼすことができます」
「そんな。どこでこんなものを」
「厳島の弥山の、隠された祠です」
「………」
「あなたは無事に帰らなきゃいけない。あなたを信じて、待ってる人がいるはずです。あなただって……その人に会いたいはず」
「……………」

僕を信じて待っている人。僕が、会いたいと思っている人。
誰のことを言っているのか、分からないわけはなかった。

「……ありがとう」

心の底から、言葉のままの気持ちを込めた。

「ですがそれは、君が大切に持っていてください。何となく……その方がいい気がする。もしも必要になったら、また受け取りに行きます」
「分かりました」

望美が、鏡の破片を大事そうに懐にしまった。

「僕も、このことを前提に策を練ってみます。なるだけ、君の想いに応えられるような……あの人にもう一度、敵としてではないかたちで会えるような、そんな策をね」
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