信じる、君を
いよいよ、あと数日で屋島へ行くというところである。梶原邸にて行われた軍議に参加する弁慶の心は重い。
なぜなら弁慶は、その屋島の戦いで源氏を離れようと思っているので。平家を崩し、戦を終わらせるためではあるけれど、皆を裏切ることには確実になるし。もちろん、景時と離れねばならないということでもあるので……。
*****
夜、寝る直前。弁慶は景時の部屋にいた。弁慶も景時も、もう髪は下ろして寝巻き姿である。
つい先ほどまで、景時は例の如く文机の上で銃をいじくっていた。景時が、今日は作業はここまでとしたのを見計らって、弁慶はその背中に、なかなか聞きづらかったことを聞いてみる。
「鎌倉殿からの命の決行というのは、いつなんですか」
「最後の戦いのとき」
景時が、低い声で答えた。
もう弁慶が作戦を知っているから……というわけでは、ない。
弁慶は作戦自体は知らない。ーーーというよりも、景時に教えてもらってはいない、と言う方が適切か。
景時に、決して確認することなどはないけれど。正直察しはついている。
鎌倉殿からの命の内容。恐らくーーー仲間の誰かを、殺すこと。
鎌倉殿の考えていそうなことから推測するに、その標的というのは恐らく白龍の神子か源氏の重役、すなわち望美か九郎のどちらか、もしくは両方だろう。自分も標的であると考えられないことはないけれど、これまで景時を近くで見てきた感じ、違う気がする。
誰であるにしろ、味方を手に掛けよという命令を、普通なら景時が承るはずはない。それなのに、こんなにも苦しみながらも承っているということは、何か断れない理由があるということで。理由の内容までは分からないけれど、景時にとってかなり大きな弱味を握られているということなのではないかと……弁慶は、思っている。
景時も景時で、察しているのだろう。弁慶がある程度勘づいた上で、その核心にまでは触れてこないのだろうということを。
そして、勘づいていても何をどうすることもないと信頼もしてくれているのだろう。そうでなければ、いくら核心には触れないとはいえ、さっきの質問に、答えてはくれなかったろう。
「そう……ですか」
弁慶は、それだけ答える。
景時とは、近しい関係である以前に仕事の相手であるから。同じ源氏の者であっても、踏み込みすぎるのは良くない。なのでここからは、自分の話をさせて頂く。と言っても、こちらも核心には触れさせないけれど。でも、匂わせるだけでも、本来なら誰にもやらないことである。
「実は僕も、個人的に考えている策があって。近いうちに決行になりそうなんです」
「それは、オレが聞いてもいいやつなのかな」
「いいえ。本当は秘密です。決して、誰にも、漏らしてはならない……ね。けれど、君には聞いておいて欲しいんです。君に、だけは」
真剣な眼差しを、彼へ向ける。返ってくるのは、相応の真剣な眼差しである。
「僕、屋島より後の戦では、共に戦うことができないんです」
「……それは、どういうこと?」
「詳しくは言えないんですが。ちょっと思うところがあって、源氏を離れることになりそうで」
「どこか、遠くへ行くのかい」
「ええ」
答えると、景時が俯いて黙り込んだ。そして、重く長い沈黙の後「寂しいな」と呟いた。
その言葉に弁慶はすごく、心配なのと申し訳ないのと。僕はそばにいると言いながら彼を抱き締めたことも、押し倒して口づけしたことも、忘れたわけはない。あのときと、気持ちは少しも変わってはいない。
だけれどこれは、譲れないのだ。僕が、落とし前をつけねばならないから。ーーーたとえそのために、源氏を裏切ることになろうとも。
「本当に、ごめんなさい」
景時を、正面からぎゅっと抱き締めた。
「僕も、離れたくはないんです。ですがどうしても、必要なことで」
「戻ってはくるのかい」
景時が、抱き締め返してくる。
「……分からない」
弁慶は、静かに答える。
「戦が終わるまでは、確実に戻ってこられないでしょう。終わってからも……どうなるか」
「戻りたいとは、思ってるんだ?」
「ええ」
「……待ってても、いいのかな。なんて言ったら、重いか」
「いいえ。やる気に繋がりますよ」
「そう。じゃあ……信じて、待ってる」
なぜなら弁慶は、その屋島の戦いで源氏を離れようと思っているので。平家を崩し、戦を終わらせるためではあるけれど、皆を裏切ることには確実になるし。もちろん、景時と離れねばならないということでもあるので……。
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夜、寝る直前。弁慶は景時の部屋にいた。弁慶も景時も、もう髪は下ろして寝巻き姿である。
つい先ほどまで、景時は例の如く文机の上で銃をいじくっていた。景時が、今日は作業はここまでとしたのを見計らって、弁慶はその背中に、なかなか聞きづらかったことを聞いてみる。
「鎌倉殿からの命の決行というのは、いつなんですか」
「最後の戦いのとき」
景時が、低い声で答えた。
もう弁慶が作戦を知っているから……というわけでは、ない。
弁慶は作戦自体は知らない。ーーーというよりも、景時に教えてもらってはいない、と言う方が適切か。
景時に、決して確認することなどはないけれど。正直察しはついている。
鎌倉殿からの命の内容。恐らくーーー仲間の誰かを、殺すこと。
鎌倉殿の考えていそうなことから推測するに、その標的というのは恐らく白龍の神子か源氏の重役、すなわち望美か九郎のどちらか、もしくは両方だろう。自分も標的であると考えられないことはないけれど、これまで景時を近くで見てきた感じ、違う気がする。
誰であるにしろ、味方を手に掛けよという命令を、普通なら景時が承るはずはない。それなのに、こんなにも苦しみながらも承っているということは、何か断れない理由があるということで。理由の内容までは分からないけれど、景時にとってかなり大きな弱味を握られているということなのではないかと……弁慶は、思っている。
景時も景時で、察しているのだろう。弁慶がある程度勘づいた上で、その核心にまでは触れてこないのだろうということを。
そして、勘づいていても何をどうすることもないと信頼もしてくれているのだろう。そうでなければ、いくら核心には触れないとはいえ、さっきの質問に、答えてはくれなかったろう。
「そう……ですか」
弁慶は、それだけ答える。
景時とは、近しい関係である以前に仕事の相手であるから。同じ源氏の者であっても、踏み込みすぎるのは良くない。なのでここからは、自分の話をさせて頂く。と言っても、こちらも核心には触れさせないけれど。でも、匂わせるだけでも、本来なら誰にもやらないことである。
「実は僕も、個人的に考えている策があって。近いうちに決行になりそうなんです」
「それは、オレが聞いてもいいやつなのかな」
「いいえ。本当は秘密です。決して、誰にも、漏らしてはならない……ね。けれど、君には聞いておいて欲しいんです。君に、だけは」
真剣な眼差しを、彼へ向ける。返ってくるのは、相応の真剣な眼差しである。
「僕、屋島より後の戦では、共に戦うことができないんです」
「……それは、どういうこと?」
「詳しくは言えないんですが。ちょっと思うところがあって、源氏を離れることになりそうで」
「どこか、遠くへ行くのかい」
「ええ」
答えると、景時が俯いて黙り込んだ。そして、重く長い沈黙の後「寂しいな」と呟いた。
その言葉に弁慶はすごく、心配なのと申し訳ないのと。僕はそばにいると言いながら彼を抱き締めたことも、押し倒して口づけしたことも、忘れたわけはない。あのときと、気持ちは少しも変わってはいない。
だけれどこれは、譲れないのだ。僕が、落とし前をつけねばならないから。ーーーたとえそのために、源氏を裏切ることになろうとも。
「本当に、ごめんなさい」
景時を、正面からぎゅっと抱き締めた。
「僕も、離れたくはないんです。ですがどうしても、必要なことで」
「戻ってはくるのかい」
景時が、抱き締め返してくる。
「……分からない」
弁慶は、静かに答える。
「戦が終わるまでは、確実に戻ってこられないでしょう。終わってからも……どうなるか」
「戻りたいとは、思ってるんだ?」
「ええ」
「……待ってても、いいのかな。なんて言ったら、重いか」
「いいえ。やる気に繋がりますよ」
「そう。じゃあ……信じて、待ってる」