守りたいひと
景時の部屋にて。患部を出せという弁慶の指示に従って、景時が袴を下へ下げて脚を伸ばして座している。そこへ雑に巻かれていた包帯を取り終えると、痛々しい患部が覗いた。
恥ずかしいなぁ、と呟く景時に、弁慶は何かを返す余裕がなくて辛うじて一言「見せてもらわないと手当てできませんから」と答えた。
ーーーこんなことに、なっていると思わなかった。
彼の太腿には、確かに新しい、深い刺し傷がある。それだけでも随分弁慶には堪えるが、加えてその周りにある無数の浅い切り傷。もしかして。いやもしかしなくとも、これらも自分でやっているの……だろう。
「どうして、こんなことを」
震えそうになる声を必死に押さえて、聞いた。すると景時が、
「君はない? 自分に罰を与えたくなるとき」
と、逆に質問してきた。弁慶はそれへ、「ないと言えば嘘になりますけど」と返す。
「あるんだ? でも、こういうのはしない?」
「そうですね。僕は……したことは、ないです」
「そっか。やっぱり強いんだね、君は」
景時の口元に、自嘲の笑みが漏れている。
ああ、また。
胸が苦しくなるような、気持ち。
言葉にならず、景時の背中へ腕が伸びた。きつめに抱き締めると、「どうしたの突然」と景時がやんわり抱き締め返してくる。
「……あったかいね、こうしてくれるとさ」
「ええ、」
「君ってほんとに、やさしいよね」
「……」
あのとき、はじめて口づけを交わしたとき、分かってくれたと思ったのに。まだそんなことを言うのか、この男は。
「わっ、」
悔しくて押し倒すと、景時がさすがに驚いた声を上げた。「ちょっと」とか何とか言おうとした口を、己の唇で塞ぐ。そっちも二十八年生きているかも知れないが、こちらだって伊達に二十六年生きてない。もう決して、初(うぶ)というわけではない。
「びっ……くり、した」
唇を離すと、口元をひとつ手の甲で拭って、景時が言った。
「嫌でしたか」
「嫌ではないけど……意外で。君って結構、大胆なとこもあるんだね」
「そうみたいですね」
弁慶は自分のことを、他人事のように答える。柄ではないことばかりしているのは、自分が一番分かっていた。景時がいると、自分の知らない自分がひとつ、またひとつと現れてくるようで。自分なのに、自分ではないようで……、
「ですがこれで、分かって頂けましたよね」
僕が、優しさだけで君を構っているわけではないことを。
「……でもさ。ほんとに、オレでいいの?」
「ええ。僕は、君がいい」
「……。そう、」
嬉しいよ、
という言葉と共に、背中を抱き締めてくる腕。ぐっと接する、身体と身体。
らしくないなあ、本当に、らしくない。常に冷静、頭の切れる名軍師……と言われる自分が、情に絆されてこんなこと。けれどもう、仕方がない。抗うにはあまりにも心地が良すぎる感覚だから。
いいのかそれで。
己に問い掛ける己を、
うるさい。
と、隅へ追いやっておく。
分かってる。こんなことをすればするほど、後からつらくなるだけだということくらい。
恥ずかしいなぁ、と呟く景時に、弁慶は何かを返す余裕がなくて辛うじて一言「見せてもらわないと手当てできませんから」と答えた。
ーーーこんなことに、なっていると思わなかった。
彼の太腿には、確かに新しい、深い刺し傷がある。それだけでも随分弁慶には堪えるが、加えてその周りにある無数の浅い切り傷。もしかして。いやもしかしなくとも、これらも自分でやっているの……だろう。
「どうして、こんなことを」
震えそうになる声を必死に押さえて、聞いた。すると景時が、
「君はない? 自分に罰を与えたくなるとき」
と、逆に質問してきた。弁慶はそれへ、「ないと言えば嘘になりますけど」と返す。
「あるんだ? でも、こういうのはしない?」
「そうですね。僕は……したことは、ないです」
「そっか。やっぱり強いんだね、君は」
景時の口元に、自嘲の笑みが漏れている。
ああ、また。
胸が苦しくなるような、気持ち。
言葉にならず、景時の背中へ腕が伸びた。きつめに抱き締めると、「どうしたの突然」と景時がやんわり抱き締め返してくる。
「……あったかいね、こうしてくれるとさ」
「ええ、」
「君ってほんとに、やさしいよね」
「……」
あのとき、はじめて口づけを交わしたとき、分かってくれたと思ったのに。まだそんなことを言うのか、この男は。
「わっ、」
悔しくて押し倒すと、景時がさすがに驚いた声を上げた。「ちょっと」とか何とか言おうとした口を、己の唇で塞ぐ。そっちも二十八年生きているかも知れないが、こちらだって伊達に二十六年生きてない。もう決して、初(うぶ)というわけではない。
「びっ……くり、した」
唇を離すと、口元をひとつ手の甲で拭って、景時が言った。
「嫌でしたか」
「嫌ではないけど……意外で。君って結構、大胆なとこもあるんだね」
「そうみたいですね」
弁慶は自分のことを、他人事のように答える。柄ではないことばかりしているのは、自分が一番分かっていた。景時がいると、自分の知らない自分がひとつ、またひとつと現れてくるようで。自分なのに、自分ではないようで……、
「ですがこれで、分かって頂けましたよね」
僕が、優しさだけで君を構っているわけではないことを。
「……でもさ。ほんとに、オレでいいの?」
「ええ。僕は、君がいい」
「……。そう、」
嬉しいよ、
という言葉と共に、背中を抱き締めてくる腕。ぐっと接する、身体と身体。
らしくないなあ、本当に、らしくない。常に冷静、頭の切れる名軍師……と言われる自分が、情に絆されてこんなこと。けれどもう、仕方がない。抗うにはあまりにも心地が良すぎる感覚だから。
いいのかそれで。
己に問い掛ける己を、
うるさい。
と、隅へ追いやっておく。
分かってる。こんなことをすればするほど、後からつらくなるだけだということくらい。