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力無きもの


隣から、ごそごそと布擦れの音がして目が覚めた。眠たい目をこじ開けて見てみれば、敦盛が一緒に被っている衾を出て行くところであった。

「……敦盛」

声を掛ければ、びくりとして敦盛が振り返った。ヒノエはぼさぼさの髪を適当にかきあげつつ、起き上がる。

「まだ一緒にいたって大丈夫なんじゃ……、あ、じゃなくて包帯か」
「……すまない。やはり、起こすのは悪いと思って………。疲れたろうし、君は眠っているといい」
「いや、やる。やらして」

敦盛がしかし……とか何とか言い出す前に、ヒノエは立ち上がって適当に単を着直した。部屋の隅にある物入れから、包帯を取り出してきて敦盛の前へ腰を下ろした。

「じゃ、手から」
「……」

少し決まり悪そうに、敦盛が左手を差し出してきた。
そこへ刻まれた傷を見て、ヒノエは密かに驚いた。事に及ぶ前はどう見ても真新しかった幾つかの傷口が、目に見えて癒えている。もう、かさぶただ。まるで、数日経った後のような。それが先程まで新しかったと思わせるのは、汗や何かで傷口からぶれた血が、皮膚にこびりついていることくらいで。

「……後で、手を洗っておいてくれ」

包帯を巻き始めると、敦盛が言ってきた。

「え、手?」
「私の血が、ついてしまったと思うから」
「んー、まあそんな……」

気にするほどついてねえだろ。
と言おうとしたが、自分の手を裏返してよく見てみて、言葉が止まってしまった。思ったより、結構、ついてる。

「……やはりな」

ヒノエと一緒にヒノエの手の平を覗き込みながら、敦盛が呟いた。

「すごいね、なんで分かったんだい」
「別にすごくはないが……。君、やたらと傷のあるところを撫で回してきていただろう」
「え……まじ? オレ、そんなだった?」

敦盛が、頷いた。
まじか、とヒノエはもう一度独言る。自分では、そんなつもりは一切なかった。そりゃあ、彼の傷もあいしたいとか思っているから、気にはかなりしているけれど。でも、やっぱり自己満足だし、ていうか「傷まで愛すよ」とか言っちゃうのって重すぎやしないだろうか、気持ち悪くはないだろうか、とか思っているので。触れすぎないようにと意識してた……はずなんだけどな。

「ご……ごめん」
「どうして君が謝る」
「いや……なんか、あんまり触られたくないとこだったかなって」
「別に、そういうわけでは……。痛みがあるわけでもなし。逆に、君の手を汚して手間を増やしている私の方が、謝るべきではないのか」
「そんな必要はないよ。だって全部、オレが望んだことだからね」
「……だが……」
「いーんだよ、ほんとのほんとに」
「……、」

悪いのは自分だと言い続けそうになった敦盛の口を、己の唇で塞いだ。彼の手首の包帯を巻き終わるまでの、長くない口づけ。唇を離すと、敦盛が些かむっとした顔で、

「口づけで私を黙らせるのが好きなようだな」

と。

「まあな」
「開き直るのか……」
「そうご機嫌斜めになんなって。きれいな顔が台無しになるよ」

心にもないことを言うなと言い返してくる敦盛の言葉に、本心なんだけどねと応えつつ、今度は彼の太腿へ包帯を巻きにかかる。
あちらは立膝、こちらは床へ座り込んでいる。
目の前の、傷だらけの太腿。手首と同じく、この短い間にいくらか癒えているようだが、手首よりもその周りが汚れている。どうやら本当に、敦盛の言うように自分は彼の傷口を……特に恐らく太腿を、撫で回していたらしい。
そんなことなかったと思うんだけど、ともう一度記憶を掘り起こしてみる。が、なんだか曖昧なものしか出てこない。まあ、夢中だったしなあ……

「拭いてから巻いた方が良さそうだね?」
「……まあ。だが、水のあるところまで行くのは面倒だろう。このままで構わない」
「あー、いいよいいよ、オレ、厨まで行ってくっから。ちょっと待ってて」

言いながら、立ち上がった。本当に申し訳なさそうな顔で「すまない」と言う敦盛に、「気にすんなって」と一声返事して、厨へ向かう。
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