ファミリーコンプレックス
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一人暮らしのために自室を片付けていたら、一通の手紙が出てきた。今までに掘り起こしたものは何かしら覚えがあったが、初めて中身を想像すらできないものに当たり、密かにわくわくしながらフローリングの床に座り込んだ。
自分はとことん片付けや整理整頓が向いていない人間だと思う。現在進行形で手紙を見つけたら開かずにはいられない。漫画や小説はとことん紙派ですぐに集めるし、年代物のプラモデルには一つ一つ思い出が詰まっていて捨てられない。母親にはタンスの肥やしになっていると都度小言を言われるが、部屋の床が抜けるまでは置き続けようといつ決めたか分からない意地のせいで、社会人になる今もコンプリートしたまま透明なショーケースの上に並んでいる。
窓を開けると花粉でくしゃみが止まらなくなるから、この荒れた部屋でも換気が出来なかった。窓の高くから降り注ぐ太陽の光が部屋に舞う埃を照らす。この手紙を捨てるかとっておくか決めたら、一旦今日のところは部屋の片付けはやめにしよう。そう思って仰々しい白い封筒の中に入れられた中身を取り出した。
開ける前から分厚く、紙は三枚も入っていた。直接言えないようなことが三枚分もあったのか、という驚きは当時もあったはずだろうに、そんな記憶すら失くしていることの方が驚きだ。
“じいちゃんへ
今日はおじいちゃんの誕生日だから、書こうかどうか迷ったけど、前からずっと思っていたことを手紙にしました。”
それは誰かから自分に充てられた手紙ではなく、自分の筆跡で書かれた祖父への手紙だった。
“僕の前で両親を邪険に扱わないでください。親の代わりに私立校の学費を出してくれたことには感謝してます。国立附属の受験で落ちた俺に責任があります。社会人になったら稼いで、必ず全額返します。じいちゃんにとっては はした金かもしれないけど、僕にとっては大金だし、借りは作りたくないから、それまで元気に待っていてください。”
3枚もあるというのに、1枚目の2/3くらいまで埋められたその先は真っ白だった。残りの2枚は書く気だったが、途中でやめてしまったのだろうか。自分のことだから段々そんな気がしてきて、何度も中途半端なその文章を目でなぞった。
じいちゃんは自分で小さな会社を立ち上げた。
社名は自分の苗字だった。中小企業ばかりが流行る地元では大して珍しいこともなく、会社の近くの商店街を祖父と歩けば知り合いに当たり、反対側に出るまでいつもの倍の時間かかった。
挨拶をしないと二言目には「愛想のない子だ」と笑われた。悪意は無かったのかもしれないが、褒められてもないことは子供ながらに分かった。俺はじいちゃんじゃないのだから、孫だからという理由だけでじいちゃんの面影を求められても困る。些細な反抗心は、やがてじいちゃんの知り合いたちに出くわす瞬間を苦手なものにしていった。
じいちゃんは人付き合いを何より大切にする人だったけど、その分血の気も多くて、些細なことで喧嘩して「謝るまで許さん」と意地を張っているところもよく見かけた。ただでさえ大人の一悶着は厄介だと言うのに、じいちゃんの場合は金が絡むから余計に面倒くさかった。
気分が乗った時には何でも買ってやるといい、しょっちゅう百貨店に連れていかれた。当時小学生の自分には身の余る本革の財布や一生物の鞄を与えられ、それが欲しいものでなくてもお礼を言わなければとたんに機嫌が悪くなった。
いとこの結婚式の際、じいちゃんも呼ばれて晴れて参列出来たというのに、式の当日はずっと経営で知り合った他の参列者と仕事の話に花を咲かせて、肝心の記念写真に映らなかったこともあったくらいだ。いとことアルバムを見返しながら、「一生形に残るものだから、おじいちゃんにも写って欲しかったのに」と寂しそうに呟いていたことは記憶に新しい。
後から考えれば、お金で人を動かすのが、そして感謝されるのが何より好きで、生きがいだったのだろう。根っからの商売人であり、社長になるべくして生きてきた人だったと思う。
「じいちゃんも、やっぱり大手に就職した方がいいって思う?」
就活をしている時だった。大学3年のある夏のころだったと思う。仲のいい友達が次々に一度は聞いたことのある企業に内定が決まり、当時は自分だけが世界から取り残されたようで、“遠慮のかたまり”になる気がして焦っていた。
何気なくを装って尋ねたけれど、じいちゃんは金が命だから、絶対に稼げる方がいいと言うに違いないと思っていた。
「中小企業は人同士繋がりが強くなるし、大きいとこは安定して勤められる。そんなかでおまえが納得して、働きたいと思うところで働くのが一番や。会社の大きさなんか関係ない」
だから、そう言われた時は面食らって気のない返事をしてしまったような気がする。
実際に会社を立ち上げ、繁盛させるほどの経営力があるじいちゃんのその台詞は、大学の先生より、同級生より、先輩より、親より、誰に言われるより重くずしんと心の一番奥に沈んだ。
それから約一年後、じいちゃんは再発した癌に身体中を蝕まれて亡くなった。
金にものを言わせても、医者に無理を言っても、天命は待ってはくれなかった。見舞いに来た自分の兄に縋り、死ぬ直前まで「死にたくない、代わってくれ」と呻いていたらしい。
通夜にはじいちゃんの会社や経営に関わった多くの関係者たちが参列した。何時間も列が途切れないくらい凄い人で、母が途中で黒のタイツが破れたのに替えがない、これがあと何時間続くんだと嘆いていた。
そこまで思いを馳せたところで、熱を持った手紙を封筒にしまい込んで立ち上がる。
俺は思い立って、じいちゃんの墓参りに行くことにした。元々じいちゃんの家はうちの実家と近くて、歩いて行ける距離にお墓がある。
でも、今一人で暮らしているばあちゃんの家に行けばじいちゃんのお仏壇があるしと思って、一度もお墓を訪ねていない。社会人になってがらりと変わった環境から、気がつけば真っ先に弾き出されてしまっていた。
靴下を履いたままクロックスに両足を突っ込んで、軽装で家を出る。春本番の生温い風が鼻腔を擽って、派手に大きなくしゃみが出た。
自分の苗字を探してきょろきょろと墓石に彫られた筆文字を確認していく。じいちゃんは病気してからが長かったし終活も入念にしていたから、その時高い墓石にしたって聞いたような、聞かなかったような。
どうせ一番豪華だろうからすぐに見つかるだろうと思っていたけど、あまりにも風景が変わらなくて意外と苦労する。
ふと自分の苗字が見えた気がして、立ち止まって凝視した。その墓の周りは草が生え散らかっていて、立派な石段の上から伸びているひときわ大きな墓石は、何度も雨風にさらされたあとがくっきりと残っている。
両側の花瓶には、とうの昔に枯れて干からびた茎がひょろひょろと数本入っているだけだった。
「……じいちゃん」
何度目を擦ってもじいちゃんの名前で違いなかった。しばらく棒立ちのまま目の前から動けなかった。
やがて突き動かされたように霊園を出て家に戻り、軍手と45リットルのゴミ袋とバケツを持ってまた向かった。
無我夢中で手当り次第生えてる雑草を毟ってゴミ袋に突っ込んでいく。根が深いのもたくさんあって手では取り切れていないかもしれないけど、見える範囲は駆逐した。土は荒れたけど、最初に来た時より他と浮いてなくてすっきりした。
霊園の入口に忘れ物のように置いてあるやかんに水を入れ、たわしをつかって墓石をごしごしと洗う。傷がつくかもしれないし、別の用途で置いてあったのかもしれないが知ったことではない。水垢はこびりついていて取れなかったけど、花粉で白っぽくなっていたところは多分流せた。
今度は家に財布とスマホを取りに戻って、商店街の中にある花屋を目指した。昔より人の行き来が少なくなって随分と寂れていた。生鮮市と名のついた丸魚や肉を売る店が潰れ、八百屋と花屋だけが細く長く続いている。何度もチェーン店や流行りの食べ物のお店が出来ては潰れ、最終的には病院や整骨院になって落ち着く。
今も残っている花屋の店主も、昔からじいちゃんと知り合いだったはず。視線が嫌になってあまり一緒に歩かなくなったからあやふやだ。呼ばないと出てきてくれなかったから、花の間から顔を出して「すみませーん」と声を張った。
耳が遠いのか、3回くらい叫んでやっと腰の曲がった細身のお爺さんが覚束無い足取りで出てきてくれた。
「お墓のお供え用に花持っていきたいんで、何本か選んだやつ包んでもらえますか」
「ああ、仏花?入口にあるやつ二束でいい?」
「いや、自分で選びます」
「それだと高くなるよ」
苦笑いで「いいんです」と返す。大した人脈もつくらなかったせいで、当然のように顔は覚えられていなかったようだ。俺は愛想もよくなかったし、まともにじいちゃんと並んで商店街を歩いたのは小学生以来だから無理もない。
ポップで花弁の大きなお花をいくつか選んで二束分包んでもらう。財布に現金が残っていたか肝を冷やしながら会計を済ませて店を出た。
霊園に戻ったら、真上から水を被った墓石はすっかり乾いていた。買ってきた花を両側に挿せば一気に華やぐ。まだ何か足りないと首を捻って、煙の匂いを思い出してまた家まで線香とライターを取りに帰った。
「あつっ、風強い!」
なかなか火のつかない線香に苦戦しながら、煙たさに咳き込みながらなんとか立てることに成功する。やり切った清々しさで数歩後ろに下がり、額を拭いながら満足して墓を眺めた。
「じいちゃん、俺の書いた手紙お供えしてあげようか?嫌でしょ。はは」
服が汚れるのも構わず、目の前にあぐらをかいて座り込んだ。やっと、初めてここに来た時に期待していた景色が見えた気がする。そう思えばじわりと目に涙が滲んだ。
実家とじいちゃん家が近かったのは、じいちゃんが自分の家の近くに住めと我が子たちに言ったからだった。何かあった時にすぐ来れるように近くに家を建てろと。家は人生で一番大きな買い物なんだから言うことを聞く義理はなかったと思うけど、浪費家の親父の莫大な借金を完済したのはじいちゃんと母さんで、うちにはそれ以上金がなかった。我が家はじいちゃんに買ってもらったのだ。不甲斐ない親父のせいで、逆らえる理由は見つからなかった。
こんなにも近いところにあるというのに、親不孝者の親父が墓参りをしていないのは、墓の様子を見た時点で一目瞭然だ。ばあちゃんだってもう歳なのだから、そう頻繁には来られないだろう。代わりに毎日お仏壇にお供えしているのは知っている。
俺だってたくさん買ってもらった。お年玉で100万円貰った年もあった。
でも、今ここにいるのは高価なものを買ってもらったからじゃない。じいちゃんのあの台詞を思い出したからだ。あの台詞があったから、世界一孤独な就活という戦争の場で、最後まで腐らずに走り続けられたのだと思う。
手紙を結局渡さずじまいだったのには色んな理由がベン図のように重なった結果だと思う。書いたことすら忘れていたくらいだから、当時何で渡さなかったのかなんて詳しく知る由もない。けど少なくとも手紙に綴っていた、働いて稼ぎ、必ず学費を返すという約束を守れるのか不安になったからではないだろう。
手を合わせて祈るように俯き、持ってきたものを両手いっぱいに抱えて霊園を出た。家に戻るとちょうど玄関にいた母に「あんたどこに何しに行ってんの、バタバタと」と指摘された。
「じいちゃんの墓参り行ってた」
「何で急に?まあ、引っ越したら遠くなるもんね」
「近くても行かないじゃん、みんな」
「そんなもんよ」
東京いてもディズニー行かないし、大阪いてもUSJ行かないでしょ、とぶつぶつ呟く母さんの声がリビングに消えていく。じゃあなんで遠くなるもんね、なんて言ったんだよという言葉は心の中に閉じ込めておく。福岡から毎年ディズニーに通いつめるいとこの家のことを考えれば、物理的な距離は関係ないことなど明らかだ。
行く気がなければいかない。じいちゃんは見事に経営を成功させてみせたのに、そんな簡単なことは分からなかったんだろうかと思った。
二階への階段を上がると、足元に風が通るような気がしてまさかと眉を顰める。自分たちの寝室のついでか、留守中に母が部屋に入って自室の窓を開けて行ったようだった。
ふわりと舞い上がった遮光カーテンと共に、床に飛ばされて散らばった手紙や写真を拾い集める。
その時ふと思い出して、ポケットに入れっぱなしだったじいちゃんへの手紙を取り出した。
やがて遺影に写る笑顔しか思い出せなくなるように、俺がじいちゃんに宛てたこの手紙だけを懐かしむようになるのは、ちょっと違う気がする。
「この手紙は捨てるか」
じいちゃんのことは好きだったわけでも嫌いだったわけでもないけど、俺が受け取った大事な言葉は、もっと他にあるし。
ぐしゃっと手紙を丸め、ゴミ箱の中へと投げ入れた。
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自分はとことん片付けや整理整頓が向いていない人間だと思う。現在進行形で手紙を見つけたら開かずにはいられない。漫画や小説はとことん紙派ですぐに集めるし、年代物のプラモデルには一つ一つ思い出が詰まっていて捨てられない。母親にはタンスの肥やしになっていると都度小言を言われるが、部屋の床が抜けるまでは置き続けようといつ決めたか分からない意地のせいで、社会人になる今もコンプリートしたまま透明なショーケースの上に並んでいる。
窓を開けると花粉でくしゃみが止まらなくなるから、この荒れた部屋でも換気が出来なかった。窓の高くから降り注ぐ太陽の光が部屋に舞う埃を照らす。この手紙を捨てるかとっておくか決めたら、一旦今日のところは部屋の片付けはやめにしよう。そう思って仰々しい白い封筒の中に入れられた中身を取り出した。
開ける前から分厚く、紙は三枚も入っていた。直接言えないようなことが三枚分もあったのか、という驚きは当時もあったはずだろうに、そんな記憶すら失くしていることの方が驚きだ。
“じいちゃんへ
今日はおじいちゃんの誕生日だから、書こうかどうか迷ったけど、前からずっと思っていたことを手紙にしました。”
それは誰かから自分に充てられた手紙ではなく、自分の筆跡で書かれた祖父への手紙だった。
“僕の前で両親を邪険に扱わないでください。親の代わりに私立校の学費を出してくれたことには感謝してます。国立附属の受験で落ちた俺に責任があります。社会人になったら稼いで、必ず全額返します。じいちゃんにとっては はした金かもしれないけど、僕にとっては大金だし、借りは作りたくないから、それまで元気に待っていてください。”
3枚もあるというのに、1枚目の2/3くらいまで埋められたその先は真っ白だった。残りの2枚は書く気だったが、途中でやめてしまったのだろうか。自分のことだから段々そんな気がしてきて、何度も中途半端なその文章を目でなぞった。
じいちゃんは自分で小さな会社を立ち上げた。
社名は自分の苗字だった。中小企業ばかりが流行る地元では大して珍しいこともなく、会社の近くの商店街を祖父と歩けば知り合いに当たり、反対側に出るまでいつもの倍の時間かかった。
挨拶をしないと二言目には「愛想のない子だ」と笑われた。悪意は無かったのかもしれないが、褒められてもないことは子供ながらに分かった。俺はじいちゃんじゃないのだから、孫だからという理由だけでじいちゃんの面影を求められても困る。些細な反抗心は、やがてじいちゃんの知り合いたちに出くわす瞬間を苦手なものにしていった。
じいちゃんは人付き合いを何より大切にする人だったけど、その分血の気も多くて、些細なことで喧嘩して「謝るまで許さん」と意地を張っているところもよく見かけた。ただでさえ大人の一悶着は厄介だと言うのに、じいちゃんの場合は金が絡むから余計に面倒くさかった。
気分が乗った時には何でも買ってやるといい、しょっちゅう百貨店に連れていかれた。当時小学生の自分には身の余る本革の財布や一生物の鞄を与えられ、それが欲しいものでなくてもお礼を言わなければとたんに機嫌が悪くなった。
いとこの結婚式の際、じいちゃんも呼ばれて晴れて参列出来たというのに、式の当日はずっと経営で知り合った他の参列者と仕事の話に花を咲かせて、肝心の記念写真に映らなかったこともあったくらいだ。いとことアルバムを見返しながら、「一生形に残るものだから、おじいちゃんにも写って欲しかったのに」と寂しそうに呟いていたことは記憶に新しい。
後から考えれば、お金で人を動かすのが、そして感謝されるのが何より好きで、生きがいだったのだろう。根っからの商売人であり、社長になるべくして生きてきた人だったと思う。
「じいちゃんも、やっぱり大手に就職した方がいいって思う?」
就活をしている時だった。大学3年のある夏のころだったと思う。仲のいい友達が次々に一度は聞いたことのある企業に内定が決まり、当時は自分だけが世界から取り残されたようで、“遠慮のかたまり”になる気がして焦っていた。
何気なくを装って尋ねたけれど、じいちゃんは金が命だから、絶対に稼げる方がいいと言うに違いないと思っていた。
「中小企業は人同士繋がりが強くなるし、大きいとこは安定して勤められる。そんなかでおまえが納得して、働きたいと思うところで働くのが一番や。会社の大きさなんか関係ない」
だから、そう言われた時は面食らって気のない返事をしてしまったような気がする。
実際に会社を立ち上げ、繁盛させるほどの経営力があるじいちゃんのその台詞は、大学の先生より、同級生より、先輩より、親より、誰に言われるより重くずしんと心の一番奥に沈んだ。
それから約一年後、じいちゃんは再発した癌に身体中を蝕まれて亡くなった。
金にものを言わせても、医者に無理を言っても、天命は待ってはくれなかった。見舞いに来た自分の兄に縋り、死ぬ直前まで「死にたくない、代わってくれ」と呻いていたらしい。
通夜にはじいちゃんの会社や経営に関わった多くの関係者たちが参列した。何時間も列が途切れないくらい凄い人で、母が途中で黒のタイツが破れたのに替えがない、これがあと何時間続くんだと嘆いていた。
そこまで思いを馳せたところで、熱を持った手紙を封筒にしまい込んで立ち上がる。
俺は思い立って、じいちゃんの墓参りに行くことにした。元々じいちゃんの家はうちの実家と近くて、歩いて行ける距離にお墓がある。
でも、今一人で暮らしているばあちゃんの家に行けばじいちゃんのお仏壇があるしと思って、一度もお墓を訪ねていない。社会人になってがらりと変わった環境から、気がつけば真っ先に弾き出されてしまっていた。
靴下を履いたままクロックスに両足を突っ込んで、軽装で家を出る。春本番の生温い風が鼻腔を擽って、派手に大きなくしゃみが出た。
自分の苗字を探してきょろきょろと墓石に彫られた筆文字を確認していく。じいちゃんは病気してからが長かったし終活も入念にしていたから、その時高い墓石にしたって聞いたような、聞かなかったような。
どうせ一番豪華だろうからすぐに見つかるだろうと思っていたけど、あまりにも風景が変わらなくて意外と苦労する。
ふと自分の苗字が見えた気がして、立ち止まって凝視した。その墓の周りは草が生え散らかっていて、立派な石段の上から伸びているひときわ大きな墓石は、何度も雨風にさらされたあとがくっきりと残っている。
両側の花瓶には、とうの昔に枯れて干からびた茎がひょろひょろと数本入っているだけだった。
「……じいちゃん」
何度目を擦ってもじいちゃんの名前で違いなかった。しばらく棒立ちのまま目の前から動けなかった。
やがて突き動かされたように霊園を出て家に戻り、軍手と45リットルのゴミ袋とバケツを持ってまた向かった。
無我夢中で手当り次第生えてる雑草を毟ってゴミ袋に突っ込んでいく。根が深いのもたくさんあって手では取り切れていないかもしれないけど、見える範囲は駆逐した。土は荒れたけど、最初に来た時より他と浮いてなくてすっきりした。
霊園の入口に忘れ物のように置いてあるやかんに水を入れ、たわしをつかって墓石をごしごしと洗う。傷がつくかもしれないし、別の用途で置いてあったのかもしれないが知ったことではない。水垢はこびりついていて取れなかったけど、花粉で白っぽくなっていたところは多分流せた。
今度は家に財布とスマホを取りに戻って、商店街の中にある花屋を目指した。昔より人の行き来が少なくなって随分と寂れていた。生鮮市と名のついた丸魚や肉を売る店が潰れ、八百屋と花屋だけが細く長く続いている。何度もチェーン店や流行りの食べ物のお店が出来ては潰れ、最終的には病院や整骨院になって落ち着く。
今も残っている花屋の店主も、昔からじいちゃんと知り合いだったはず。視線が嫌になってあまり一緒に歩かなくなったからあやふやだ。呼ばないと出てきてくれなかったから、花の間から顔を出して「すみませーん」と声を張った。
耳が遠いのか、3回くらい叫んでやっと腰の曲がった細身のお爺さんが覚束無い足取りで出てきてくれた。
「お墓のお供え用に花持っていきたいんで、何本か選んだやつ包んでもらえますか」
「ああ、仏花?入口にあるやつ二束でいい?」
「いや、自分で選びます」
「それだと高くなるよ」
苦笑いで「いいんです」と返す。大した人脈もつくらなかったせいで、当然のように顔は覚えられていなかったようだ。俺は愛想もよくなかったし、まともにじいちゃんと並んで商店街を歩いたのは小学生以来だから無理もない。
ポップで花弁の大きなお花をいくつか選んで二束分包んでもらう。財布に現金が残っていたか肝を冷やしながら会計を済ませて店を出た。
霊園に戻ったら、真上から水を被った墓石はすっかり乾いていた。買ってきた花を両側に挿せば一気に華やぐ。まだ何か足りないと首を捻って、煙の匂いを思い出してまた家まで線香とライターを取りに帰った。
「あつっ、風強い!」
なかなか火のつかない線香に苦戦しながら、煙たさに咳き込みながらなんとか立てることに成功する。やり切った清々しさで数歩後ろに下がり、額を拭いながら満足して墓を眺めた。
「じいちゃん、俺の書いた手紙お供えしてあげようか?嫌でしょ。はは」
服が汚れるのも構わず、目の前にあぐらをかいて座り込んだ。やっと、初めてここに来た時に期待していた景色が見えた気がする。そう思えばじわりと目に涙が滲んだ。
実家とじいちゃん家が近かったのは、じいちゃんが自分の家の近くに住めと我が子たちに言ったからだった。何かあった時にすぐ来れるように近くに家を建てろと。家は人生で一番大きな買い物なんだから言うことを聞く義理はなかったと思うけど、浪費家の親父の莫大な借金を完済したのはじいちゃんと母さんで、うちにはそれ以上金がなかった。我が家はじいちゃんに買ってもらったのだ。不甲斐ない親父のせいで、逆らえる理由は見つからなかった。
こんなにも近いところにあるというのに、親不孝者の親父が墓参りをしていないのは、墓の様子を見た時点で一目瞭然だ。ばあちゃんだってもう歳なのだから、そう頻繁には来られないだろう。代わりに毎日お仏壇にお供えしているのは知っている。
俺だってたくさん買ってもらった。お年玉で100万円貰った年もあった。
でも、今ここにいるのは高価なものを買ってもらったからじゃない。じいちゃんのあの台詞を思い出したからだ。あの台詞があったから、世界一孤独な就活という戦争の場で、最後まで腐らずに走り続けられたのだと思う。
手紙を結局渡さずじまいだったのには色んな理由がベン図のように重なった結果だと思う。書いたことすら忘れていたくらいだから、当時何で渡さなかったのかなんて詳しく知る由もない。けど少なくとも手紙に綴っていた、働いて稼ぎ、必ず学費を返すという約束を守れるのか不安になったからではないだろう。
手を合わせて祈るように俯き、持ってきたものを両手いっぱいに抱えて霊園を出た。家に戻るとちょうど玄関にいた母に「あんたどこに何しに行ってんの、バタバタと」と指摘された。
「じいちゃんの墓参り行ってた」
「何で急に?まあ、引っ越したら遠くなるもんね」
「近くても行かないじゃん、みんな」
「そんなもんよ」
東京いてもディズニー行かないし、大阪いてもUSJ行かないでしょ、とぶつぶつ呟く母さんの声がリビングに消えていく。じゃあなんで遠くなるもんね、なんて言ったんだよという言葉は心の中に閉じ込めておく。福岡から毎年ディズニーに通いつめるいとこの家のことを考えれば、物理的な距離は関係ないことなど明らかだ。
行く気がなければいかない。じいちゃんは見事に経営を成功させてみせたのに、そんな簡単なことは分からなかったんだろうかと思った。
二階への階段を上がると、足元に風が通るような気がしてまさかと眉を顰める。自分たちの寝室のついでか、留守中に母が部屋に入って自室の窓を開けて行ったようだった。
ふわりと舞い上がった遮光カーテンと共に、床に飛ばされて散らばった手紙や写真を拾い集める。
その時ふと思い出して、ポケットに入れっぱなしだったじいちゃんへの手紙を取り出した。
やがて遺影に写る笑顔しか思い出せなくなるように、俺がじいちゃんに宛てたこの手紙だけを懐かしむようになるのは、ちょっと違う気がする。
「この手紙は捨てるか」
じいちゃんのことは好きだったわけでも嫌いだったわけでもないけど、俺が受け取った大事な言葉は、もっと他にあるし。
ぐしゃっと手紙を丸め、ゴミ箱の中へと投げ入れた。
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