君といられる喜びを。─短編集─
あなたのお名前は?
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「チーム戦なら連携がとれなくてどーするの」
LOSEと表示された私のスマホを覗き込んで、呆れたように徹がため息をつく。
「だーって、回線弱い人とかリアルが忙しくて参加できない人とかいるんだからしょーがないじゃん!バレーと一緒にしないでよね」
「ふーん、欠員のせいにするなんでまだまだお子ちゃまでちゅね〜」
「なーーっ、ムカつくーー!!じゃあ徹がやってみてよ!!」
「いいよ、貸しな」
あまりにもあっさり承諾を貰ったので、半信半疑で私のスマホを構える徹の横に陣取る。長い間一つの携帯を二人で見るとなるとそれなりに姿勢も苦しくなるので、ソファの端にもたれ掛かる徹の肩に自分の頭をのせた。
「……」
「……」
「チーム戦なら連携がとれなくてどーするの」
「ちが、今のはどう考えてもラグ……」
「ふーーん、回線のせいにするなんてまだまだお子ちゃまでちゅねーーーー」
「腹立つ〜〜!今に見てろ!」
多彩な顔芸で怒っているように見せかけながらも、くっつく私を振り払う素振りはない。
と、徹が色んなメンバーに声をかけ始めたのでムッとして頬をつねった。
「ちょっと、私のアカウントでナンパしないでくれる?」
「まあまあ、ここからだよ」
「否定せんかい!」
やんやと騒いでいるうちに戦いが始まる。初めは徹の立ち回りが上手いことにしか考えがいかなかったけど、やがて右下に出る「仲間のサポート効果」がどんどん相乗効果で膨れ上がっていくのに目を見張った。
「え、なんで……この人まだ補助スキル低いのに……」
「このNinjaって人がチームで一番強いでしょ。だからその人にジョブチェン頼んでカバーしてもらってる」
「でもそれだと火力足りなくならない?」
「バフがたくさん貰えると体力に余裕が出来るでしょ?そしたらヒーラーを減らせる」
「……あ、もしかしてヒーラーのtailさんをアタッカーに!?」
「騎士のジョブがレベマだったからもしかしてと思ったんだよね〜この人、元アタッカー専門らしい」
他にもターゲティングの徹底、戦闘中はチャットをうつ時間すら惜しいため指示文の効率化、私が無理だろうなと思っていたことから思いつきもしなかったことまで、怒涛の如く連携の素晴らしさを体現していった。
結局私は難関と言われるボスステージを、推奨レベルより下のメンバーの攻撃値で突破する瞬間を目にしたのだ。
WIN!と赤くでかでかと表示された画面には、プレイヤーを祝福するように紙吹雪を模したキラキラが舞っている。
「………」
「………」
「………」
「いや、何か言いなよ」
「スマホ返して」
「ちぇっ可愛くないやつ」
またまたあっさりと返されるスマホを握り、ゲームとは別に思っていたことをついに口にした。
「……なんか、大人になったね」
「はぁ?何いきなり」
今月のunun(ファッション誌)どこやったっけ、とソファから立って探し回る徹に、「自分の部屋に持ってってたよ」と助言する。
「昔はもっと突っかかってきてたし、それがむしろ徹っぽかったのに」
「……何?寂しいの?」
笑いを含んだ声に、私の方が「笑い事じゃないし」とさらに膨れる。
昔の方がいいとかそういうことを言いたいわけじゃなくて、私だけ成長してないのかな、って不安になってしまうのだ。
「今飛雄とか侑くんに会っても口喧嘩とか起きなさそう」
「それはないね。アイツらは一生アイツらのままだから。名無しと違って可愛げねーもん」
ununを取りに行ったのか、リビングに私しかいなくなってぽつねんとソファに体育座りする。
「……さっき可愛くないって言ったくせに」
それで喜んじゃってる自分もどうかと思う。ほんと、中身ってすぐに変えられない。
高校生の時も、徹と付き合う前も後も、何なら今も……釣り合ってる自信はこれっぽっちもない。ただほんのちょっと私が周りの女の子よりイケメンにも強く出れて、たまたま徹と話せる時間がつくれたから今があるだけ。
彼の成長を近くで見られるのは喜ばしいことで、同時に「これ以上置いていかないで」と手を伸ばしたくもなる。
「ホントに俺の部屋にあった。よく見てたね」
間延びした声で自室から出てきた徹は、私の心の中を察するはずもなく、再びソファの左端・私の横に腰を下ろす。
「なに?」
「ん?」
雑誌から顔も上げずに聞かれるものだから思わず第三の目の在処を探しかける。
「難しい顔してる。こんな」
「ヒッドい顔」
「いや真似しただけだからね?」
くすくすと二人で笑い合い、「なに」と突然振られた原因を言おうか言わまいか、少し躊躇した。
「……徹ってさ」
「うん」
「何で私と付き合ってるの?」
「……え、何で、……というのは?」
「というのは……普通に、気になって」
「そりゃあ好きだからかな」
砂みたいなさらっとした答えに沈黙以外の返しが見つからない。と同時に、自分が何を言って欲しいのかよく分からなくなった。
雑誌を閉じる音と、徹の「覚えてる?」と私に尋ねてくる声が重なる。
「ちょうど一年くらい前かな、南米選手権でさ。観客席に日本人全っ然いないのはもう慣れっこだけど、こーいう時応援があったらちょっとは違うのかなって思うくらいには精神的に追い詰められてた瞬間が試合中にあったんだよ。そしたら、ドンピシャのタイミングで観客席から名無しのバカでかい声が聞こえて」
「あ〜……あったねそんなこと」
記憶の引き出しを探って、確か〝とおるーーー!!!負けるなーー!!!〟って叫んだんだっけと首を傾げた。負けるなってのは、相手にじゃなくて自分にって意味で。前後左右の観客から凄い目で見られたんだろうけど、あの時は無我夢中だったから記憶があやふやだ。
「俺さ、実はあの時ちょっと泣きそうになったんだよね、悔しいけど」
「えー、なんでよ」
「んんん言わせるの?マジ?」
「ここまで来たら言っちゃおう」
「……だから、めっちゃ愛おしく感じたっていうか……」
尻すぼみになっていく語尾と、比例して熱くなる私の頬。いっつもフランクな愛情表現をされる分、照れられるとこっちまで伝染する。
下手に考え無しに口走るのが嫌で硬直する私の横で、徹は雑誌をテーブルの上に置いた。
「不安にさせたならごめん。ちゃんと好きだから」
その顔は知ってる。困らせるのは嫌いだから敏感になってるの。
ふと、付き合って割とすぐ徹に言われた、今も強く印象に残っている言葉を思い出した。
「〝俺はバレーから離れられないから、名無しには寂しい思いさせることもあると思う。それでもいいの?〟」
「!それ……」
「付き合いたての時、徹が私に言った言葉。私、その時〝私はバレーが一番な徹が好きだから大丈夫〟って返したの」
若気の至りだったり、見栄を張りたかった年頃でもあるし。高校生のときですら、背伸びをしなければ彼には手が届かなかったのだ。
「だから徹はそんなこと気にしなくていい」
「……うん。ありがと、名無し」
すらりと長い手が横から伸びてきて、壊れ物を扱うかのように柔く抱きしめられる。徹の首元からは、私が好きだと言ったシトラスがほのかに香る。
徹のスマホが着信を知らせた。ちらりと画面を一瞥して、再び私を腕に閉じ込めようとした徹に「電話、出なよ」と声をかけた。
バレーが一番好きな徹が好き。
私は今日も暗示をかける。
そしていつか我慢の限界が来て、私が徹から離れようとした時、徹は追いかけて来てくれるかな。
今はまだ、自信がないからしない。
もしかしたらそんな自信がつく日なんて一生来ないかもしれない。バレーの試合を観る度、あの広いコートでサーブを打つ背中を見る度に、嫌というほど現実をつきつけられるかもしれない。
でもそれでいい。一生徹のそばにいられるなら、それで。
「練習付き合えって」
「うん、いってらっしゃい。晩ご飯は?」
「多分いらない」
パタン、と素っ気なく閉じられたリビングの扉。一人になってスマホの画面をつけたら、仰々しくWIN!と書かれたさっきのゲームクエストのリザルトが映る。
チームメンバーから賞賛のコメントが届いているのを一つ一つ確認しながら、少し口元が緩んだ。
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LOSEと表示された私のスマホを覗き込んで、呆れたように徹がため息をつく。
「だーって、回線弱い人とかリアルが忙しくて参加できない人とかいるんだからしょーがないじゃん!バレーと一緒にしないでよね」
「ふーん、欠員のせいにするなんでまだまだお子ちゃまでちゅね〜」
「なーーっ、ムカつくーー!!じゃあ徹がやってみてよ!!」
「いいよ、貸しな」
あまりにもあっさり承諾を貰ったので、半信半疑で私のスマホを構える徹の横に陣取る。長い間一つの携帯を二人で見るとなるとそれなりに姿勢も苦しくなるので、ソファの端にもたれ掛かる徹の肩に自分の頭をのせた。
「……」
「……」
「チーム戦なら連携がとれなくてどーするの」
「ちが、今のはどう考えてもラグ……」
「ふーーん、回線のせいにするなんてまだまだお子ちゃまでちゅねーーーー」
「腹立つ〜〜!今に見てろ!」
多彩な顔芸で怒っているように見せかけながらも、くっつく私を振り払う素振りはない。
と、徹が色んなメンバーに声をかけ始めたのでムッとして頬をつねった。
「ちょっと、私のアカウントでナンパしないでくれる?」
「まあまあ、ここからだよ」
「否定せんかい!」
やんやと騒いでいるうちに戦いが始まる。初めは徹の立ち回りが上手いことにしか考えがいかなかったけど、やがて右下に出る「仲間のサポート効果」がどんどん相乗効果で膨れ上がっていくのに目を見張った。
「え、なんで……この人まだ補助スキル低いのに……」
「このNinjaって人がチームで一番強いでしょ。だからその人にジョブチェン頼んでカバーしてもらってる」
「でもそれだと火力足りなくならない?」
「バフがたくさん貰えると体力に余裕が出来るでしょ?そしたらヒーラーを減らせる」
「……あ、もしかしてヒーラーのtailさんをアタッカーに!?」
「騎士のジョブがレベマだったからもしかしてと思ったんだよね〜この人、元アタッカー専門らしい」
他にもターゲティングの徹底、戦闘中はチャットをうつ時間すら惜しいため指示文の効率化、私が無理だろうなと思っていたことから思いつきもしなかったことまで、怒涛の如く連携の素晴らしさを体現していった。
結局私は難関と言われるボスステージを、推奨レベルより下のメンバーの攻撃値で突破する瞬間を目にしたのだ。
WIN!と赤くでかでかと表示された画面には、プレイヤーを祝福するように紙吹雪を模したキラキラが舞っている。
「………」
「………」
「………」
「いや、何か言いなよ」
「スマホ返して」
「ちぇっ可愛くないやつ」
またまたあっさりと返されるスマホを握り、ゲームとは別に思っていたことをついに口にした。
「……なんか、大人になったね」
「はぁ?何いきなり」
今月のunun(ファッション誌)どこやったっけ、とソファから立って探し回る徹に、「自分の部屋に持ってってたよ」と助言する。
「昔はもっと突っかかってきてたし、それがむしろ徹っぽかったのに」
「……何?寂しいの?」
笑いを含んだ声に、私の方が「笑い事じゃないし」とさらに膨れる。
昔の方がいいとかそういうことを言いたいわけじゃなくて、私だけ成長してないのかな、って不安になってしまうのだ。
「今飛雄とか侑くんに会っても口喧嘩とか起きなさそう」
「それはないね。アイツらは一生アイツらのままだから。名無しと違って可愛げねーもん」
ununを取りに行ったのか、リビングに私しかいなくなってぽつねんとソファに体育座りする。
「……さっき可愛くないって言ったくせに」
それで喜んじゃってる自分もどうかと思う。ほんと、中身ってすぐに変えられない。
高校生の時も、徹と付き合う前も後も、何なら今も……釣り合ってる自信はこれっぽっちもない。ただほんのちょっと私が周りの女の子よりイケメンにも強く出れて、たまたま徹と話せる時間がつくれたから今があるだけ。
彼の成長を近くで見られるのは喜ばしいことで、同時に「これ以上置いていかないで」と手を伸ばしたくもなる。
「ホントに俺の部屋にあった。よく見てたね」
間延びした声で自室から出てきた徹は、私の心の中を察するはずもなく、再びソファの左端・私の横に腰を下ろす。
「なに?」
「ん?」
雑誌から顔も上げずに聞かれるものだから思わず第三の目の在処を探しかける。
「難しい顔してる。こんな」
「ヒッドい顔」
「いや真似しただけだからね?」
くすくすと二人で笑い合い、「なに」と突然振られた原因を言おうか言わまいか、少し躊躇した。
「……徹ってさ」
「うん」
「何で私と付き合ってるの?」
「……え、何で、……というのは?」
「というのは……普通に、気になって」
「そりゃあ好きだからかな」
砂みたいなさらっとした答えに沈黙以外の返しが見つからない。と同時に、自分が何を言って欲しいのかよく分からなくなった。
雑誌を閉じる音と、徹の「覚えてる?」と私に尋ねてくる声が重なる。
「ちょうど一年くらい前かな、南米選手権でさ。観客席に日本人全っ然いないのはもう慣れっこだけど、こーいう時応援があったらちょっとは違うのかなって思うくらいには精神的に追い詰められてた瞬間が試合中にあったんだよ。そしたら、ドンピシャのタイミングで観客席から名無しのバカでかい声が聞こえて」
「あ〜……あったねそんなこと」
記憶の引き出しを探って、確か〝とおるーーー!!!負けるなーー!!!〟って叫んだんだっけと首を傾げた。負けるなってのは、相手にじゃなくて自分にって意味で。前後左右の観客から凄い目で見られたんだろうけど、あの時は無我夢中だったから記憶があやふやだ。
「俺さ、実はあの時ちょっと泣きそうになったんだよね、悔しいけど」
「えー、なんでよ」
「んんん言わせるの?マジ?」
「ここまで来たら言っちゃおう」
「……だから、めっちゃ愛おしく感じたっていうか……」
尻すぼみになっていく語尾と、比例して熱くなる私の頬。いっつもフランクな愛情表現をされる分、照れられるとこっちまで伝染する。
下手に考え無しに口走るのが嫌で硬直する私の横で、徹は雑誌をテーブルの上に置いた。
「不安にさせたならごめん。ちゃんと好きだから」
その顔は知ってる。困らせるのは嫌いだから敏感になってるの。
ふと、付き合って割とすぐ徹に言われた、今も強く印象に残っている言葉を思い出した。
「〝俺はバレーから離れられないから、名無しには寂しい思いさせることもあると思う。それでもいいの?〟」
「!それ……」
「付き合いたての時、徹が私に言った言葉。私、その時〝私はバレーが一番な徹が好きだから大丈夫〟って返したの」
若気の至りだったり、見栄を張りたかった年頃でもあるし。高校生のときですら、背伸びをしなければ彼には手が届かなかったのだ。
「だから徹はそんなこと気にしなくていい」
「……うん。ありがと、名無し」
すらりと長い手が横から伸びてきて、壊れ物を扱うかのように柔く抱きしめられる。徹の首元からは、私が好きだと言ったシトラスがほのかに香る。
徹のスマホが着信を知らせた。ちらりと画面を一瞥して、再び私を腕に閉じ込めようとした徹に「電話、出なよ」と声をかけた。
バレーが一番好きな徹が好き。
私は今日も暗示をかける。
そしていつか我慢の限界が来て、私が徹から離れようとした時、徹は追いかけて来てくれるかな。
今はまだ、自信がないからしない。
もしかしたらそんな自信がつく日なんて一生来ないかもしれない。バレーの試合を観る度、あの広いコートでサーブを打つ背中を見る度に、嫌というほど現実をつきつけられるかもしれない。
でもそれでいい。一生徹のそばにいられるなら、それで。
「練習付き合えって」
「うん、いってらっしゃい。晩ご飯は?」
「多分いらない」
パタン、と素っ気なく閉じられたリビングの扉。一人になってスマホの画面をつけたら、仰々しくWIN!と書かれたさっきのゲームクエストのリザルトが映る。
チームメンバーから賞賛のコメントが届いているのを一つ一つ確認しながら、少し口元が緩んだ。
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