君といられる喜びを。─短編集─
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バレーボールは高さじゃない。
身長が高いから上手いとか、低いのに上手いからすごいとか、そういう話じゃない。
まあ、言いたいことは分かる。
要するにプレイヤーがバレーに本気で向き合っているなら、身長なんか大した問題では無い。
けれどやっぱり「高身長」は「武器」であることに変わりはないし、その逆境をぶち壊す姿こそ、私には輝いて見えるのだ。
現に、私が大好きなブラックジャッカルの日向翔陽選手も、仲間たちと並んだら視線がストンと落ちてしまうようなタッパ。
背伸びしない足元、曲がらない背中。あるがままの自分で胸を張るその姿は、いつも私の背中を押してくれた。
「えっ、バスの点検ですか?」
はっ、と我に返って声のする方を振り返る。
気がつけば、試合を終えた選手たちが扉の入口付近に立ち往生していた。
私はバスに乗るまでの数十メートルの間で何とか日向選手にエールを送りたくて出待ちをしていたのだ。気が付かなかったけれど、自分の立っているところがいつの間にか日なたになって、シャツが汗で張り付いて気持ち悪い。
「ここ見てください、……これ、給油のランプが消えないんで、点検作業に入ります。ガソリンはいっぱい入ってるはずなんですけどね」
「はあ、分かりました。では中に入るので、終わったらお声かけいただけますか」
引率の先生みたいなその人は、会場の設営側の人間らしく。出待ちをする私たちファンを疎ましい目で一瞥し、目の前を通り過ぎて行った。
「キャーー侑選手ーー!カメラ目線ください!!」
「木兎選手試合お疲れ様ですーっ!」
「佐久早選手ーーっプレゼント受け取ってください〜〜っ」
鳴り止まぬ歓声の中、突然耳元で叫ばれて思わず耳を塞ぐ。しかし彼らのファンの女の子たちはそんなのお構い無しだ。私のことを障害物としか思ってなさそう。
バスの点検が終わったらしく、マネージャーらしき人が選手たちを呼びに行く。
ファンがドッと移動するのに合わせて、私も負けじと肩をねじ込ませた。
その時、ぶち、と鞄が何かに引っかかってちぎれるようなかすかな違和感を感じた。
頭の中ではすぐに思い当たった。大切につけていたキーホルダーが取れたのだと。
日向選手はまだ後列だ。すぐ探せば間に合うかもと思うけれど、戦線離脱して辺りを見回してもなかなか見つからない。
最悪だ。こんなところで、「バスケットボール」のキーホルダーを落としてしまっては立つ瀬がない。それに、私の全部が詰まった────……とにかく大切なものなのだ。
せっかく声をかけられるチャンスだったけれど、今回は諦めてキーホルダーを優先した。日向選手はバレーという戦場から逃げない。またいつでも会えるから。
「ない……どうしよう……」
バスの昇降口に選手やファンが集まっている時も、私は一人ぽつんと扉付近をかがんで探し回る。
騒ぐ女性ファンたちの誰かの鞄の中に入ってしまったのだろうか。ぐっと涙が出そうになるのを堪えた時、「あの!」とはきはきとした声が上から降ってきた。
「探し物ってこれですか?」
「!!」
目の前に日向選手が立っていること、その大きな手に挟まっているのが私のバスケットボールのキーホルダーであること、二重の意味で腰を抜かしそうになる。
「あ、ああああの、それ、あの……すみませ……」
極端に知能が落ちて自分でも何喋ってるか分かってない。こんな時、やっぱりシミュレーションというのは大事で「話せたらこんなことを言おう!」と日々妄想に励んでいたアレソレが爆発した。
「いい、いつも試合観てます!あの、日向選手の大大大ファンです!!大好きです!!えっと、えっと、ずっと応援してます頑張ってください!!」
顔はもちろん見れず、滑舌もギリギリ合格点。理想の一パーセントも引き出せていない私に、恐らく日向選手はにぱっと笑って「ありがとうございます!」と返してくれた。
打ったサーブが返ってきた。
トスで繋がった。涙が出そうなくらい嬉しかった。
「すみません、おれこういうの慣れてないんでアリガトウゴザイマス芸人になっちゃうんですけど」
「あはは、佐久早選手みたいですね」
「あっ、そーです!真似したの分かりました!?」
「もちろんです!最初はファンの波に近寄りもしなかったのに最近ではちょっとずつ挨拶も返されてて、成長を感じますよね…………って、すみません!!偉そうなこと言って!!」
よほど顔面蒼白だったのか、日向選手は私の顔を見てポカンとつかの間黙ってしまう。
「じゃあおれはどこらへんが成長したと思います?」
「えっ」
「プレーでもインタビューの答え方でも!」
長蛇だったバスの列がもう無くなる寸前だ。「日向、何してるんだ」と声がかかるのも時間の問題。私は頭をフル回転させ無我夢中で考えた。
────そして、出た答えは。
「……全部、です」
「んっ?」
「口にしたら数え切れないくらいあるんです。生で観戦しても、テレビで観ても、雑誌を読んでても、常に〝新しい〟日向選手で。試合の時なんて、スパイクを打つたびにどんどん高く跳んでる気がするんです」
それ、と私が指さした先には、未だ日向選手の手に納まったままのバスケットボールのキーホルダー。
元々バスケが好きで、この世で一番輝けるスポーツはバスケだ!って漫然と思っていた私。
当時買った最初で最後のバスケ関連のグッズが、総合施設の出店で買ったこのキーホルダーだった。
そしてその総合施設の別の体育館でバレーをするというので、〝ついでに〟観に行ったその日、バレーの素晴らしさを目の当たりにしたのだ。
「バスケのゴールって高さが決まってるじゃないですか。305センチ。皆そこにボールが来るって分かるけど、バレーは違う。日向選手のスパイクが決まった時、きっと昨日より、いやさっきより高く跳んだんだって嬉しくなるんです」
もちろん、バスケもバレーも好きだ。
でも、ゴールは305センチ先じゃない。
それだけは、絶対に違うところだった。
うん、とどこか納得するように、あるいはプロの前で一人前に語ってしまった自分が恥ずかしくて、自身で頷く。
「そっか……」
日向選手から返された言葉はそれだけだった。短いけれど、私の言葉を時間をかけて噛み砕いているようにも見えた。
「おーい翔陽くん、もうバス出んでー」
「あ、はーい今行きます!」
バスの中から顔を出した宮選手に呼ばれる、日向選手の名前。
「じゃあ俺行きます!ちょっとだけどお話出来て嬉しかったです」
いえいえそんな、こちらこそ、と何度も頭を下げたのち、
「日向選手、良かったらこれ使ってください」
と鞄の中でずっと温めていた袋を取り出した。
本当に、ずっと入れっぱなしだった。いつ彼に渡す機会が訪れてもいいように。そして私の心の準備がいつ出来てもいいように。
「サポーターとかは本人に合う合わないがあると思うのでタオルを……!イニシャル入りです」
「うわーーっスゲーー!ありがとうございます!大切にします!」
これ以上皆さんをお待たせしてはいけないとバスに少し駆け足で近寄り会釈する。
「試合、また観に来てくださいね!」
「はい!!」
日向選手は、最後までニコニコと笑って私に手を振ってくれていた。バスに張り付いていたファンの女の子たちが、自分に振られているものとばかり思って手を振り返している。
遠ざかるバスの後ろ姿を、いつまでも余韻に浸って眺めていた。
私、ちゃんと言いたいこと言えたかな。
少しでも伝わったかな?
今思えば、握手やサインの一つしてもらったら良かった。いやでも、もうバスに乗るよって時だったし、そんなこと要求してたら失礼だったに違いない。
常識と葛藤の狭間でうんうん悩みながら駅へ続く歩道を歩いていたら、ふとあることに気が付き歩みを止めた。
「…………キーホルダー返して貰ってない!」
今更振り返っても、バスはとうの昔に地平線の向こうへと消えて。
限定品でもなし、私にとって特別なだけで、いちファンの持ってたバスケグッズなんてきっとすぐ捨てられる。
私の手元を離れてなお、特別な人との縁をつくってくれるあのキーホルダーは、やっぱり大切なことに変わりはないのだけれど。
そんな私の思いとは裏腹に、そこから何ヶ月も後に、コート上から私を見つけた日向選手がそのキーホルダーとイニシャル入りのタオルを掲げて見せるなんて出来事が起こるのは……まだ先の話だ。
「あなたが応援しに来てくれるの、待ってました!」
.
身長が高いから上手いとか、低いのに上手いからすごいとか、そういう話じゃない。
まあ、言いたいことは分かる。
要するにプレイヤーがバレーに本気で向き合っているなら、身長なんか大した問題では無い。
けれどやっぱり「高身長」は「武器」であることに変わりはないし、その逆境をぶち壊す姿こそ、私には輝いて見えるのだ。
現に、私が大好きなブラックジャッカルの日向翔陽選手も、仲間たちと並んだら視線がストンと落ちてしまうようなタッパ。
背伸びしない足元、曲がらない背中。あるがままの自分で胸を張るその姿は、いつも私の背中を押してくれた。
「えっ、バスの点検ですか?」
はっ、と我に返って声のする方を振り返る。
気がつけば、試合を終えた選手たちが扉の入口付近に立ち往生していた。
私はバスに乗るまでの数十メートルの間で何とか日向選手にエールを送りたくて出待ちをしていたのだ。気が付かなかったけれど、自分の立っているところがいつの間にか日なたになって、シャツが汗で張り付いて気持ち悪い。
「ここ見てください、……これ、給油のランプが消えないんで、点検作業に入ります。ガソリンはいっぱい入ってるはずなんですけどね」
「はあ、分かりました。では中に入るので、終わったらお声かけいただけますか」
引率の先生みたいなその人は、会場の設営側の人間らしく。出待ちをする私たちファンを疎ましい目で一瞥し、目の前を通り過ぎて行った。
「キャーー侑選手ーー!カメラ目線ください!!」
「木兎選手試合お疲れ様ですーっ!」
「佐久早選手ーーっプレゼント受け取ってください〜〜っ」
鳴り止まぬ歓声の中、突然耳元で叫ばれて思わず耳を塞ぐ。しかし彼らのファンの女の子たちはそんなのお構い無しだ。私のことを障害物としか思ってなさそう。
バスの点検が終わったらしく、マネージャーらしき人が選手たちを呼びに行く。
ファンがドッと移動するのに合わせて、私も負けじと肩をねじ込ませた。
その時、ぶち、と鞄が何かに引っかかってちぎれるようなかすかな違和感を感じた。
頭の中ではすぐに思い当たった。大切につけていたキーホルダーが取れたのだと。
日向選手はまだ後列だ。すぐ探せば間に合うかもと思うけれど、戦線離脱して辺りを見回してもなかなか見つからない。
最悪だ。こんなところで、「バスケットボール」のキーホルダーを落としてしまっては立つ瀬がない。それに、私の全部が詰まった────……とにかく大切なものなのだ。
せっかく声をかけられるチャンスだったけれど、今回は諦めてキーホルダーを優先した。日向選手はバレーという戦場から逃げない。またいつでも会えるから。
「ない……どうしよう……」
バスの昇降口に選手やファンが集まっている時も、私は一人ぽつんと扉付近をかがんで探し回る。
騒ぐ女性ファンたちの誰かの鞄の中に入ってしまったのだろうか。ぐっと涙が出そうになるのを堪えた時、「あの!」とはきはきとした声が上から降ってきた。
「探し物ってこれですか?」
「!!」
目の前に日向選手が立っていること、その大きな手に挟まっているのが私のバスケットボールのキーホルダーであること、二重の意味で腰を抜かしそうになる。
「あ、ああああの、それ、あの……すみませ……」
極端に知能が落ちて自分でも何喋ってるか分かってない。こんな時、やっぱりシミュレーションというのは大事で「話せたらこんなことを言おう!」と日々妄想に励んでいたアレソレが爆発した。
「いい、いつも試合観てます!あの、日向選手の大大大ファンです!!大好きです!!えっと、えっと、ずっと応援してます頑張ってください!!」
顔はもちろん見れず、滑舌もギリギリ合格点。理想の一パーセントも引き出せていない私に、恐らく日向選手はにぱっと笑って「ありがとうございます!」と返してくれた。
打ったサーブが返ってきた。
トスで繋がった。涙が出そうなくらい嬉しかった。
「すみません、おれこういうの慣れてないんでアリガトウゴザイマス芸人になっちゃうんですけど」
「あはは、佐久早選手みたいですね」
「あっ、そーです!真似したの分かりました!?」
「もちろんです!最初はファンの波に近寄りもしなかったのに最近ではちょっとずつ挨拶も返されてて、成長を感じますよね…………って、すみません!!偉そうなこと言って!!」
よほど顔面蒼白だったのか、日向選手は私の顔を見てポカンとつかの間黙ってしまう。
「じゃあおれはどこらへんが成長したと思います?」
「えっ」
「プレーでもインタビューの答え方でも!」
長蛇だったバスの列がもう無くなる寸前だ。「日向、何してるんだ」と声がかかるのも時間の問題。私は頭をフル回転させ無我夢中で考えた。
────そして、出た答えは。
「……全部、です」
「んっ?」
「口にしたら数え切れないくらいあるんです。生で観戦しても、テレビで観ても、雑誌を読んでても、常に〝新しい〟日向選手で。試合の時なんて、スパイクを打つたびにどんどん高く跳んでる気がするんです」
それ、と私が指さした先には、未だ日向選手の手に納まったままのバスケットボールのキーホルダー。
元々バスケが好きで、この世で一番輝けるスポーツはバスケだ!って漫然と思っていた私。
当時買った最初で最後のバスケ関連のグッズが、総合施設の出店で買ったこのキーホルダーだった。
そしてその総合施設の別の体育館でバレーをするというので、〝ついでに〟観に行ったその日、バレーの素晴らしさを目の当たりにしたのだ。
「バスケのゴールって高さが決まってるじゃないですか。305センチ。皆そこにボールが来るって分かるけど、バレーは違う。日向選手のスパイクが決まった時、きっと昨日より、いやさっきより高く跳んだんだって嬉しくなるんです」
もちろん、バスケもバレーも好きだ。
でも、ゴールは305センチ先じゃない。
それだけは、絶対に違うところだった。
うん、とどこか納得するように、あるいはプロの前で一人前に語ってしまった自分が恥ずかしくて、自身で頷く。
「そっか……」
日向選手から返された言葉はそれだけだった。短いけれど、私の言葉を時間をかけて噛み砕いているようにも見えた。
「おーい翔陽くん、もうバス出んでー」
「あ、はーい今行きます!」
バスの中から顔を出した宮選手に呼ばれる、日向選手の名前。
「じゃあ俺行きます!ちょっとだけどお話出来て嬉しかったです」
いえいえそんな、こちらこそ、と何度も頭を下げたのち、
「日向選手、良かったらこれ使ってください」
と鞄の中でずっと温めていた袋を取り出した。
本当に、ずっと入れっぱなしだった。いつ彼に渡す機会が訪れてもいいように。そして私の心の準備がいつ出来てもいいように。
「サポーターとかは本人に合う合わないがあると思うのでタオルを……!イニシャル入りです」
「うわーーっスゲーー!ありがとうございます!大切にします!」
これ以上皆さんをお待たせしてはいけないとバスに少し駆け足で近寄り会釈する。
「試合、また観に来てくださいね!」
「はい!!」
日向選手は、最後までニコニコと笑って私に手を振ってくれていた。バスに張り付いていたファンの女の子たちが、自分に振られているものとばかり思って手を振り返している。
遠ざかるバスの後ろ姿を、いつまでも余韻に浸って眺めていた。
私、ちゃんと言いたいこと言えたかな。
少しでも伝わったかな?
今思えば、握手やサインの一つしてもらったら良かった。いやでも、もうバスに乗るよって時だったし、そんなこと要求してたら失礼だったに違いない。
常識と葛藤の狭間でうんうん悩みながら駅へ続く歩道を歩いていたら、ふとあることに気が付き歩みを止めた。
「…………キーホルダー返して貰ってない!」
今更振り返っても、バスはとうの昔に地平線の向こうへと消えて。
限定品でもなし、私にとって特別なだけで、いちファンの持ってたバスケグッズなんてきっとすぐ捨てられる。
私の手元を離れてなお、特別な人との縁をつくってくれるあのキーホルダーは、やっぱり大切なことに変わりはないのだけれど。
そんな私の思いとは裏腹に、そこから何ヶ月も後に、コート上から私を見つけた日向選手がそのキーホルダーとイニシャル入りのタオルを掲げて見せるなんて出来事が起こるのは……まだ先の話だ。
「あなたが応援しに来てくれるの、待ってました!」
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