恋の病に薬なし!
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僕の誓いを聞いてくれるか? ー feat. マレウス ー
✱
もうすぐクリスマスがやってくる。
本当は月初めに飾り付けを始める予定だったのに、ツリーもオーナメントもホコリを被っていて掃除に何日間も時間を要した。それに、物の間に挟まっているオーナメントを多少乱暴に引っ張り出そうものなら、紐と飾りが切れて使い物にならなくなったりもした。
サムさんと交渉してそれなりの値段でそれなりの飾りを一式揃えているうちに、予定より二週間も遅い着手になったのだった。
段々貧相になる私の声を通話越しに聞いて何かを察した友人たちが手を貸してくれ、さらに三日間。
クリスマスイブを前日に控えた今日、やっとの思いで飾りつけを終わらせたのだった。
「お、……終わったーーーっ……!!」
投影機で映していない、本物のオーナメント。キラキラと光に反射して、地味だった部屋を華やかに彩る。床に寝転がって、豪華な空間に笑みが零れた。
「マジ疲れた……これをまた明明後日には片付けるって思うと気狂いそうだわ」
「え?エース、一緒に片付けてくれるの?優し〜」
「俺がとは言ってねーから!さすがにグリムと二人でやれよ!」
エースの容赦ないツッコミに、私や同じく横に寝転がっていたエペルはくすくすと笑って肩を揺らす。
「まあそうだよね。わざわざホリデーの最中に長い時間かけて来てくれたんだし」
「名無しんとこも、今はクリスマス一色でしょ?家族の人と、過ごさなくてよかったの?」
「さすがに年始には一度戻るよ。盆と正月くらいは実家に帰らないとね」
「盆?」とデュースとエペルが顔を見合わせる。ハロウィーンと似たようなものだ、と説明すると、大筋は理解してくれたようだった。
外でお昼食べようか、という話になり、暖炉の火を消す。寝ているグリムも起こして、三人とグリムと皆で厚着して街まで出かけた。
「うう、寒い寒いっ」
「ふな〜〜!!名無し!早く暖炉温かくするんだゾ!!」
「あー、薪切らしちゃってたか。持ってくるから、ちょっと待ってて」
三人を見送った後。
人がいなくなった寮の中はだだっ広くて肌寒い。元の世界から持ってきたお気に入りのもこもこのパジャマの上にコートを羽織って寮の裏に向かう。
その時、後ろで枯れ枝を踏む乾いた音が雪に沁みた。
「……?あ、ツノ太郎!」
イブは明日なのに、と薪のことは完全に頭から抜けて、つけたばかりの足跡の上を戻った。
近づけば、首が痛くなるほど上を見上げる。薄い唇は弧を描いて、大きく冷たい手が私の頬を撫でた。
「戻っていたのだな」
「オンボロ寮、クリスマスの飾り付けしたくて帰ってなかったの。エースたちが手伝ってくれてなきゃ間に合ってなかったよ」
「何?なぜ僕を招待してくれなかったんだ。飾り付けなら僕にも出来る」
「ツノ太郎の招待に間に合うように皆で頑張ったの〜」
それに茨の谷で忙しくてそれどころじゃないでしょ、と会話を交わしながら、オンボロ寮の玄関まで戻れば寒さに凍えるグリムの叫びが聞こえきた。
「あ……薪取りに外出たのに忘れちゃってた」
自室に入って、0.1秒前までなかった薪が目の前に現れて。相変わらず転移魔法というのは便利だと唸った。
「やはりここは落ち着くな。時の流れが緩やかで心地好い」
「そう?よかった。いつまでこっちにいられるの?」
「お前が次に実家に戻るまでは、一緒にいよう」
「でも私この飾り付け撤去してから帰りたいから、一緒にいるとツノ太郎まで片付けすることになっちゃうよ」
「魔法を使えば瞬きの間だろう……と、言いたいところだが、確かにこの趣のある見映え、すぐに終わらせてしまっては味気ないな」
「趣……趣……?」
それからはツノ太郎も参加して、みんなでお昼ご飯を食べに出て。ツノ太郎の相変わらずのオーラにたじたじなエースたちとは、彼らの意向で外出先で別れた。
しんしんと雪の降り積もる外の様子を、部屋の窓から見上げる。その横顔が何だか寂しげに見えて、私はツノ太郎の座るソファの横に跪いてその顔を見上げた。
「……何考えてるの?」
「……何だろうな。僕にもよく分からない」
話すにもまとまらない、身の回りのとっ散らかった話題たち。こんな時、私ならガス抜きするために体を動かすだろうと思い立った。
「ツノ太郎」
「ん……?」
「雪合戦しよう!」
「……は?」
「せっかく積もってるんだから〜!ほらほら早く早く!」
戸惑うツノ太郎の手を引いて強引に寮の外へと連れ出す。私の微弱な力じゃどうしようもないことは知っていたから、ツノ太郎は合意の上で大人しく手を引かれてくれていたのだろう。
「フフ……ホントは大人数でやるのが楽しいんだけど。お手並み拝見といきますか!えいっ!!」
力の限り固めた大きな雪玉を全力でツノ太郎に投げつける。一方雪合戦の概念を知らない彼からすれば、外に連れ出されたかと思えば無防備な懐にいきなり硬い雪玉を投げつけられ、放心状態で立ち尽くすしかない。
「……???名無し、僕は何をすればいい?」
「こうやって雪集めて玉をつくって、相手に投げるの!今からオンボロ寮のゴースト集めて皆でチーム戦やるから、勝負しよう!」
「僕とお前が戦うのか?なぜ……」
「負けた方が勝った方の言うこと何でも一つ聞く!でどう?」
「受けて立とう」
「わーい!早速みんなを呼んでくるね!」
私とツノ太郎が二人でいる時は、オンボロ寮のゴーストはいつも気を遣って距離をとってくれていた。それが私には少し嬉しくもあり、寂しくもあった。
バタバタと忙しなくオンボロ寮の隅々までゴーストたちを捜して大声をあげる。暖炉で温まりながらツナ缶を平らげていたグリムも抱えて、全員で寮の外に集合した。
「ここからが私とグリムのチームで、向こう側がツノ太郎のチームね!あと、魔法は使用禁止だから!」
「はぁ〜!?そんなの、どう考えてもオレ様が不利なんだゾ!ただでさえ寒い中出てきてやってるっていうのに!」
「先生にも言われたでしょ。“魔法士として大成したいなら、魔法以外にも武器を持つべきだ”って。今がそのスキルを磨く時!さあ!」
「雪合戦なんて一年ぶりだぁ〜。張り切って頑張るぞ〜」
そういえば新年にエースたちとゴーストたちで雪合戦したな、と頭の隅で思い出しながら、今年二回目の雪合戦がぎこちなく始まった。
私のチームは作戦通り全員本気でツノ太郎を獲りに行くんだけど、一向に当たらないし、もはや残像すら見えないし、向こう側のチームからは流れ弾すら私に当たる気配はない。かと思えば同じチームのゴーストたちやグリムはあっけなく散っていく。言わずもがな蹂躙コースだった。
「ちょっとみんな!?当たるの早過ぎない!?」
「好きで当たってるわけじゃないんだよお〜!」
「名無し、グリ坊、ごめんよ〜」
「逆に名無しはなんで当たんねーんだ!?」
私は最初自分で避けているつもりだったが、段々ツノ太郎が当ててないだけであることに気づき始め、ついには私一人対ツノ太郎チームで対峙することになってしまった。
「もう!ツノ太郎ったら!」
「フフフ、雪合戦というのも悪くはないな。それなりに長く時を過ごしてきたつもりだが、名無しといると未だに何もかもを新鮮に感じられる」
笑顔で零すものだから、怒るに怒れない。勝てないことはうすうす分かっていたけれど、私としてはツノ太郎に楽しんでもらうことが何より大切だったから、勝ち負けはそんなに重要じゃなかった。
「あーっ!!」
「?」
「ツノ太郎、ちょっと一瞬、こっち来て!」
「?何だ?」
とはいえ、やはり一矢報いたい気持ちが勝る。
突拍子もなくひっ迫した表情で手招きして、ツノ太郎に互いのチームの境界線まで来てもらう。だらりと下げられたその手をがしっと掴んで、もう片方の手に隠し持っていた雪玉を「えい」と胸に投げつけた。
「あ」
「す、隙あり……」
正直難なく躱されるものだと思っていたから、むくむくと湧き上がってきた罪悪感に冷や汗をかきながら至近距離で顔色を伺う。
「……ふ」
「!」
「ふふふふ………ははは!僕としたことが、名無しの顔ばかり見ていてすっかり騙されてしまったようだ」
「ご、ごめんなさい……!本当に当たると思ってなくて……!と、いうかそもそも呼んでも来てくれないかと……」
「なぜだ?他でもないお前に呼ばれて、行かないという選択肢が僕にあると?」
まだツノ太郎チームは健在なのに、「僕の負けだな」と嬉しそうに私の手を引いて寮の部屋へと歩き出す。ゴーストたちやグリムに何て説明しようかと振り返れば、「ごゆっくり〜」とグリムを抱えたゴーストたちが笑顔で手を振ってくれていた。
自室に入ったら、すぐさまツノ太郎が火の魔法で暖炉に火をつけてくれる。私は雪を払ったコートを二人分、ハンガーにかけて吊るした。
「負けた方は勝った方の言うことを何でもひとつ聞く、だったな。言ってみるがいい、僕に出来ないことはない」
きっとツノ太郎の頭の中では、茨の谷の次期当主として、私には想像も出来ないような難しいことを色々考えているんだろう。
それじゃ雪合戦をする前の振り出しに戻ってしまうじゃないか。考えるふりだけして、用意していた答えを提示した。
「じゃあ、ツノ太郎が私にして欲しいこと、言って欲しいことを教えて。これがお願いかな」
まるで自分の勝ちをなかったことにするような私の発言には面食らったようで、しばらく沈黙が続いた。
「……それでは僕の勝ちになってしまうだろう」
「何でも聞くってルールだよ?何にもないって言うなら、寂しいけどそれでも……」
「何を言う、待て、まだ時間はある」
柄にもなく少し焦った様子のツノ太郎に、吹き出すように笑ってしまう。こんなしょうもないことで彼のマイペースが崩れる瞬間は目の前で以外見たことがない、というのは自負してもいいかもしれない。
「……では、僕の誓いを聞いてくれるか?」
「誓い?うん、もちろん」
ソファから立ち上がって、今度は私の前で片膝をつくツノ太郎に、私は卒倒しそうなほど驚いて両手を宙でシェイクし、声にならない声をあげた。
「ツノた……ちょっ、膝ついたりしないで!セベクが見てたら失神するよ!?」
「今は僕とお前しかいない。……床に正座しようとしてないか?」
「ツノ太郎より目線が上になるのは耐えられなくて……」
「僕はベッドの上で何度も名無しの顔を見上げたことがあるぞ」
「それとこれとはっ、ていうか言い方がなんかっ、……〜〜も〜〜っ!!」
過去最高に座り心地の悪い椅子。もじもじしながら、ツノ太郎の宣誓を受け入れるしか道はなかった。
「……僕とお前では、生まれた世界も種族も寿命も違う。お前の一生が、僕にとってはほんの一部であることに変わりはない」
どき、と心の嫌なところが疼く。それでも止める勇気は私にはなかった。
「それでも僕が歩む全ての瞬間において、生涯名無しだけを愛すると誓おう」
私は彼の目の前で泣き崩れてしまい、冷静さを取り戻して顔を洗う頃には外はすっかり暗くなってしまっていた。
✱
「……落ち着いたか?一時は涙で名無しが枯れてしまわないか気が気でなかったが」
いつの間にか連れてこられた寝室のベッドで布団をかけられて、ぽんぽんとあやすようにリズムをとるツノ太郎の手。
「ツノ太郎が私との出会いを運命 だとか言うから余計長引いたの」
「僕の最初の友がたまたま自分だっただけだと言うから、それを運命と呼ぶのだと返したまでだ。間違ったことは言っていない」
「リリア先輩みたいなこと言う……」
「ああ、リリアの受け売りだ」
こうやって私を落ち着かせるようにあやしてくれるのも、もしかすると幼い頃リリア先輩にしてもらったことなのかもしれない。愛情って偉大ですね、としみじみ呟けば、一瞬間を置いて「さすがにない」とばっさり切り捨てられてしまった。
「へ?」
「リリアはどちらかといえば、眠れない夜は思い切って夜更かしをし、遊びに興じよと言う方だった。結論の出ないことを延々と考え続けていても仕方ないのだから、と」
「え、じ、じゃあツノ太郎のおばあさまとか……?」
「まさか。忘れたのか?僕にこれをやったのは名無し自身だぞ」
言われてやっとじわじわと思い出す、雷の降る夜。そういえばまたもやパーティーに招待されなくて、ちょうどツノ太郎も虫の居所が悪くて大騒ぎになったっけ。そんな中何も知らない私がゲストルームに招待して、ちゃんと来たのはいいもののすっごい機嫌悪そうだからってひとまずたくさんの毛布で包んであったかくして……という流れをやった気がしなくもない。
「あの時僕は、お前が何も聞かず、かと言って僕から離れずずっと傍にいてくれたことが何より嬉しかった。だから僕も、お前が必要とする時にどこへでも駆けつけようと心に決めている」
「……わ、私だって、異世界からでも駆けつけるよ。あ!ツノ太郎が呼んでる!ってツノ太郎センサー発動させるんだから」
「ふっ、頼もしいな」
「今のは思ってない笑い方だ!」
受け取った以上の愛情を返せるツノ太郎のことだから、きっと茨の谷は今後も安泰だ。安心したらぎゅるるとお腹が鳴って、「あ〜!」と誤魔化すように大声をあげて笑った。
「そういえば明日に向けてたくさんご飯つくるつもりだったのに、全然準備してないや」
「明日?……ああ、明日がクリスマス前日だったな」
「明日と明後日が本番なのに。こんな大事な話、よりにもよって今日!」
「案ずるな、明日も明後日もしてやろう」
「そ、それはそれで何か違う……!」
確かに、隣にツノ太郎がいるだけでとたんに何でもない日が特別になってしまう。
そうなるとクリスマスなんてただ大切な人と一緒にいるためのこじつけだよな、と独りでに納得して、今からでもローストチキンをつくろうとベッドから這い出る私だった。
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僕の誓いを聞いてくれるか? ー feat. マレウス ー
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もうすぐクリスマスがやってくる。
本当は月初めに飾り付けを始める予定だったのに、ツリーもオーナメントもホコリを被っていて掃除に何日間も時間を要した。それに、物の間に挟まっているオーナメントを多少乱暴に引っ張り出そうものなら、紐と飾りが切れて使い物にならなくなったりもした。
サムさんと交渉してそれなりの値段でそれなりの飾りを一式揃えているうちに、予定より二週間も遅い着手になったのだった。
段々貧相になる私の声を通話越しに聞いて何かを察した友人たちが手を貸してくれ、さらに三日間。
クリスマスイブを前日に控えた今日、やっとの思いで飾りつけを終わらせたのだった。
「お、……終わったーーーっ……!!」
投影機で映していない、本物のオーナメント。キラキラと光に反射して、地味だった部屋を華やかに彩る。床に寝転がって、豪華な空間に笑みが零れた。
「マジ疲れた……これをまた明明後日には片付けるって思うと気狂いそうだわ」
「え?エース、一緒に片付けてくれるの?優し〜」
「俺がとは言ってねーから!さすがにグリムと二人でやれよ!」
エースの容赦ないツッコミに、私や同じく横に寝転がっていたエペルはくすくすと笑って肩を揺らす。
「まあそうだよね。わざわざホリデーの最中に長い時間かけて来てくれたんだし」
「名無しんとこも、今はクリスマス一色でしょ?家族の人と、過ごさなくてよかったの?」
「さすがに年始には一度戻るよ。盆と正月くらいは実家に帰らないとね」
「盆?」とデュースとエペルが顔を見合わせる。ハロウィーンと似たようなものだ、と説明すると、大筋は理解してくれたようだった。
外でお昼食べようか、という話になり、暖炉の火を消す。寝ているグリムも起こして、三人とグリムと皆で厚着して街まで出かけた。
「うう、寒い寒いっ」
「ふな〜〜!!名無し!早く暖炉温かくするんだゾ!!」
「あー、薪切らしちゃってたか。持ってくるから、ちょっと待ってて」
三人を見送った後。
人がいなくなった寮の中はだだっ広くて肌寒い。元の世界から持ってきたお気に入りのもこもこのパジャマの上にコートを羽織って寮の裏に向かう。
その時、後ろで枯れ枝を踏む乾いた音が雪に沁みた。
「……?あ、ツノ太郎!」
イブは明日なのに、と薪のことは完全に頭から抜けて、つけたばかりの足跡の上を戻った。
近づけば、首が痛くなるほど上を見上げる。薄い唇は弧を描いて、大きく冷たい手が私の頬を撫でた。
「戻っていたのだな」
「オンボロ寮、クリスマスの飾り付けしたくて帰ってなかったの。エースたちが手伝ってくれてなきゃ間に合ってなかったよ」
「何?なぜ僕を招待してくれなかったんだ。飾り付けなら僕にも出来る」
「ツノ太郎の招待に間に合うように皆で頑張ったの〜」
それに茨の谷で忙しくてそれどころじゃないでしょ、と会話を交わしながら、オンボロ寮の玄関まで戻れば寒さに凍えるグリムの叫びが聞こえきた。
「あ……薪取りに外出たのに忘れちゃってた」
自室に入って、0.1秒前までなかった薪が目の前に現れて。相変わらず転移魔法というのは便利だと唸った。
「やはりここは落ち着くな。時の流れが緩やかで心地好い」
「そう?よかった。いつまでこっちにいられるの?」
「お前が次に実家に戻るまでは、一緒にいよう」
「でも私この飾り付け撤去してから帰りたいから、一緒にいるとツノ太郎まで片付けすることになっちゃうよ」
「魔法を使えば瞬きの間だろう……と、言いたいところだが、確かにこの趣のある見映え、すぐに終わらせてしまっては味気ないな」
「趣……趣……?」
それからはツノ太郎も参加して、みんなでお昼ご飯を食べに出て。ツノ太郎の相変わらずのオーラにたじたじなエースたちとは、彼らの意向で外出先で別れた。
しんしんと雪の降り積もる外の様子を、部屋の窓から見上げる。その横顔が何だか寂しげに見えて、私はツノ太郎の座るソファの横に跪いてその顔を見上げた。
「……何考えてるの?」
「……何だろうな。僕にもよく分からない」
話すにもまとまらない、身の回りのとっ散らかった話題たち。こんな時、私ならガス抜きするために体を動かすだろうと思い立った。
「ツノ太郎」
「ん……?」
「雪合戦しよう!」
「……は?」
「せっかく積もってるんだから〜!ほらほら早く早く!」
戸惑うツノ太郎の手を引いて強引に寮の外へと連れ出す。私の微弱な力じゃどうしようもないことは知っていたから、ツノ太郎は合意の上で大人しく手を引かれてくれていたのだろう。
「フフ……ホントは大人数でやるのが楽しいんだけど。お手並み拝見といきますか!えいっ!!」
力の限り固めた大きな雪玉を全力でツノ太郎に投げつける。一方雪合戦の概念を知らない彼からすれば、外に連れ出されたかと思えば無防備な懐にいきなり硬い雪玉を投げつけられ、放心状態で立ち尽くすしかない。
「……???名無し、僕は何をすればいい?」
「こうやって雪集めて玉をつくって、相手に投げるの!今からオンボロ寮のゴースト集めて皆でチーム戦やるから、勝負しよう!」
「僕とお前が戦うのか?なぜ……」
「負けた方が勝った方の言うこと何でも一つ聞く!でどう?」
「受けて立とう」
「わーい!早速みんなを呼んでくるね!」
私とツノ太郎が二人でいる時は、オンボロ寮のゴーストはいつも気を遣って距離をとってくれていた。それが私には少し嬉しくもあり、寂しくもあった。
バタバタと忙しなくオンボロ寮の隅々までゴーストたちを捜して大声をあげる。暖炉で温まりながらツナ缶を平らげていたグリムも抱えて、全員で寮の外に集合した。
「ここからが私とグリムのチームで、向こう側がツノ太郎のチームね!あと、魔法は使用禁止だから!」
「はぁ〜!?そんなの、どう考えてもオレ様が不利なんだゾ!ただでさえ寒い中出てきてやってるっていうのに!」
「先生にも言われたでしょ。“魔法士として大成したいなら、魔法以外にも武器を持つべきだ”って。今がそのスキルを磨く時!さあ!」
「雪合戦なんて一年ぶりだぁ〜。張り切って頑張るぞ〜」
そういえば新年にエースたちとゴーストたちで雪合戦したな、と頭の隅で思い出しながら、今年二回目の雪合戦がぎこちなく始まった。
私のチームは作戦通り全員本気でツノ太郎を獲りに行くんだけど、一向に当たらないし、もはや残像すら見えないし、向こう側のチームからは流れ弾すら私に当たる気配はない。かと思えば同じチームのゴーストたちやグリムはあっけなく散っていく。言わずもがな蹂躙コースだった。
「ちょっとみんな!?当たるの早過ぎない!?」
「好きで当たってるわけじゃないんだよお〜!」
「名無し、グリ坊、ごめんよ〜」
「逆に名無しはなんで当たんねーんだ!?」
私は最初自分で避けているつもりだったが、段々ツノ太郎が当ててないだけであることに気づき始め、ついには私一人対ツノ太郎チームで対峙することになってしまった。
「もう!ツノ太郎ったら!」
「フフフ、雪合戦というのも悪くはないな。それなりに長く時を過ごしてきたつもりだが、名無しといると未だに何もかもを新鮮に感じられる」
笑顔で零すものだから、怒るに怒れない。勝てないことはうすうす分かっていたけれど、私としてはツノ太郎に楽しんでもらうことが何より大切だったから、勝ち負けはそんなに重要じゃなかった。
「あーっ!!」
「?」
「ツノ太郎、ちょっと一瞬、こっち来て!」
「?何だ?」
とはいえ、やはり一矢報いたい気持ちが勝る。
突拍子もなくひっ迫した表情で手招きして、ツノ太郎に互いのチームの境界線まで来てもらう。だらりと下げられたその手をがしっと掴んで、もう片方の手に隠し持っていた雪玉を「えい」と胸に投げつけた。
「あ」
「す、隙あり……」
正直難なく躱されるものだと思っていたから、むくむくと湧き上がってきた罪悪感に冷や汗をかきながら至近距離で顔色を伺う。
「……ふ」
「!」
「ふふふふ………ははは!僕としたことが、名無しの顔ばかり見ていてすっかり騙されてしまったようだ」
「ご、ごめんなさい……!本当に当たると思ってなくて……!と、いうかそもそも呼んでも来てくれないかと……」
「なぜだ?他でもないお前に呼ばれて、行かないという選択肢が僕にあると?」
まだツノ太郎チームは健在なのに、「僕の負けだな」と嬉しそうに私の手を引いて寮の部屋へと歩き出す。ゴーストたちやグリムに何て説明しようかと振り返れば、「ごゆっくり〜」とグリムを抱えたゴーストたちが笑顔で手を振ってくれていた。
自室に入ったら、すぐさまツノ太郎が火の魔法で暖炉に火をつけてくれる。私は雪を払ったコートを二人分、ハンガーにかけて吊るした。
「負けた方は勝った方の言うことを何でもひとつ聞く、だったな。言ってみるがいい、僕に出来ないことはない」
きっとツノ太郎の頭の中では、茨の谷の次期当主として、私には想像も出来ないような難しいことを色々考えているんだろう。
それじゃ雪合戦をする前の振り出しに戻ってしまうじゃないか。考えるふりだけして、用意していた答えを提示した。
「じゃあ、ツノ太郎が私にして欲しいこと、言って欲しいことを教えて。これがお願いかな」
まるで自分の勝ちをなかったことにするような私の発言には面食らったようで、しばらく沈黙が続いた。
「……それでは僕の勝ちになってしまうだろう」
「何でも聞くってルールだよ?何にもないって言うなら、寂しいけどそれでも……」
「何を言う、待て、まだ時間はある」
柄にもなく少し焦った様子のツノ太郎に、吹き出すように笑ってしまう。こんなしょうもないことで彼のマイペースが崩れる瞬間は目の前で以外見たことがない、というのは自負してもいいかもしれない。
「……では、僕の誓いを聞いてくれるか?」
「誓い?うん、もちろん」
ソファから立ち上がって、今度は私の前で片膝をつくツノ太郎に、私は卒倒しそうなほど驚いて両手を宙でシェイクし、声にならない声をあげた。
「ツノた……ちょっ、膝ついたりしないで!セベクが見てたら失神するよ!?」
「今は僕とお前しかいない。……床に正座しようとしてないか?」
「ツノ太郎より目線が上になるのは耐えられなくて……」
「僕はベッドの上で何度も名無しの顔を見上げたことがあるぞ」
「それとこれとはっ、ていうか言い方がなんかっ、……〜〜も〜〜っ!!」
過去最高に座り心地の悪い椅子。もじもじしながら、ツノ太郎の宣誓を受け入れるしか道はなかった。
「……僕とお前では、生まれた世界も種族も寿命も違う。お前の一生が、僕にとってはほんの一部であることに変わりはない」
どき、と心の嫌なところが疼く。それでも止める勇気は私にはなかった。
「それでも僕が歩む全ての瞬間において、生涯名無しだけを愛すると誓おう」
私は彼の目の前で泣き崩れてしまい、冷静さを取り戻して顔を洗う頃には外はすっかり暗くなってしまっていた。
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「……落ち着いたか?一時は涙で名無しが枯れてしまわないか気が気でなかったが」
いつの間にか連れてこられた寝室のベッドで布団をかけられて、ぽんぽんとあやすようにリズムをとるツノ太郎の手。
「ツノ太郎が私との出会いを
「僕の最初の友がたまたま自分だっただけだと言うから、それを運命と呼ぶのだと返したまでだ。間違ったことは言っていない」
「リリア先輩みたいなこと言う……」
「ああ、リリアの受け売りだ」
こうやって私を落ち着かせるようにあやしてくれるのも、もしかすると幼い頃リリア先輩にしてもらったことなのかもしれない。愛情って偉大ですね、としみじみ呟けば、一瞬間を置いて「さすがにない」とばっさり切り捨てられてしまった。
「へ?」
「リリアはどちらかといえば、眠れない夜は思い切って夜更かしをし、遊びに興じよと言う方だった。結論の出ないことを延々と考え続けていても仕方ないのだから、と」
「え、じ、じゃあツノ太郎のおばあさまとか……?」
「まさか。忘れたのか?僕にこれをやったのは名無し自身だぞ」
言われてやっとじわじわと思い出す、雷の降る夜。そういえばまたもやパーティーに招待されなくて、ちょうどツノ太郎も虫の居所が悪くて大騒ぎになったっけ。そんな中何も知らない私がゲストルームに招待して、ちゃんと来たのはいいもののすっごい機嫌悪そうだからってひとまずたくさんの毛布で包んであったかくして……という流れをやった気がしなくもない。
「あの時僕は、お前が何も聞かず、かと言って僕から離れずずっと傍にいてくれたことが何より嬉しかった。だから僕も、お前が必要とする時にどこへでも駆けつけようと心に決めている」
「……わ、私だって、異世界からでも駆けつけるよ。あ!ツノ太郎が呼んでる!ってツノ太郎センサー発動させるんだから」
「ふっ、頼もしいな」
「今のは思ってない笑い方だ!」
受け取った以上の愛情を返せるツノ太郎のことだから、きっと茨の谷は今後も安泰だ。安心したらぎゅるるとお腹が鳴って、「あ〜!」と誤魔化すように大声をあげて笑った。
「そういえば明日に向けてたくさんご飯つくるつもりだったのに、全然準備してないや」
「明日?……ああ、明日がクリスマス前日だったな」
「明日と明後日が本番なのに。こんな大事な話、よりにもよって今日!」
「案ずるな、明日も明後日もしてやろう」
「そ、それはそれで何か違う……!」
確かに、隣にツノ太郎がいるだけでとたんに何でもない日が特別になってしまう。
そうなるとクリスマスなんてただ大切な人と一緒にいるためのこじつけだよな、と独りでに納得して、今からでもローストチキンをつくろうとベッドから這い出る私だった。
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