恋の病に薬なし!
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嫌じゃないのか? ー feat. デュース ー
✱
「なあ名無し、これ見てくれ!世界中のマジホイが展示される展覧会があるんだ」
お昼休み、食堂でご飯を食べていたら、デュースが嬉しそうに私にスマホを向けてきた。
そこにはたくさんの白いライトが反射したびかびかの魔法のバイクたちが勢揃い。デュースにスマホを持たせたまま画面をスライドさせると、「アウトバーンを思いのままに走るVR没入体験」だとか、「マジホイオーナーによる大通りからの凱旋」だとか、完全に高級車扱いされているマジホイがそこにはあった。
「エペルと行こうって話してるんだ。お前も来ないか?」
「うーん……私マジホイそこまで詳しくないし……」
行っても浮きそうだし、ね?と大盛りハンバーグをがっつくグリムにお手ふきを渡す。
「エースは?行かないの?」
「だって興味ねーもん。こいつマジホイのことになったら話止まらねえよ?やめといた方がいいって。ペット入場禁止だし」
「ふなっ!?オレ様はペットじゃねえ!!」
「プッ反応してんじゃん」
小競り合いを始めたエースとグリムは横に置いておき、「私はいいや。二人で行ってきたら?」とデュースに促した。
「僕は名無しと行きたかったんだけどな……」
「え、それまたどうして?」
「一回僕が乗ってるとこ見てカッコいい!って言ってただろ?展覧会行ったら絶対もっと良さが分かるはずなんだ、な?頼む!一緒に行こう!」
声でけえって、と隣のエースに突っ込まれながらも、デュースは熱烈な勧誘をやめなかった。マジホイが好きなのは以前から知っていたことだから、ここまでされて断るというのも愛想ない。というか、別に予定があるわけでもなかったから、見聞を広げるためにも行くだけ行こうかという結論に落ち着いた。
「え〜〜、じゃあ〜……クレーンポートの近くにあるクレープ屋さんに付き合ってくれるなら行ってもいいよ」
「やった!ああ、どこでも付き合うぞ!約束だ!」
「ええ〜〜〜っ、マジで行くん?マジホイはいいけどクレープは気になるわ、名無し俺も行きたいから日程分かったら教えてー」
「何言ってるんだ、クレープ食べたいなら展覧会にも来るのが道理ってもんだろ」
「いや意味わかんねーし。てかさークレープならデュース誘わんくても俺行くけど?」
「なっ……もう約束したんだから余計なこと言うな!」
二人のやり取りを見てくすくす笑う私に、「どうでもいいけどその日オレ様はどうするつもりなんだゾ……」とジト目で見てくるグリム。
「ペットじゃねーけど、マジなんとかは食えねーしな。行ってもつまんねえ」
「いやだから、行く以前に入れねーんだって」
「いつかお前にもマジホイの良さが分かる時が来ればいいな」
「なんかお前に言われたらムカつくんだゾ!」
「流れ的にはエースに預かってもらうことになるけど」
「「はぁ〜〜!?絶ッ対ヤダ!!!」」
会話に割って提案した途端、口を揃えて即拒否。仲がいいのか悪いのか、こういう時だけ息ピッタリだ。
「だから俺が名無しとクレープ食べに行って、お前はエペルと展覧会行けば全部解決じゃん!クレープならグリムも着いてくるだろ?」
「おう、まあ悪くねえな。どうせエースといるならここよりクレープ屋の方がずっとマシなんだゾ」
「僕が最初に名無しと展覧会行きたいって言い出したんだ!僕が先なんだから、グリム一日預かるくらい引き受けてくれてもいいだろ!」
「はいカッチーン!その〇〇くらいってのがダメー!人にもの頼む態度じゃないでしょそれ?」
「ちょっと!ストップ!一旦ストップ!!」
両手をあげて、体全体での制止。すでに周囲の視線は痛くて、もう周りも慣れっことはいえ自分が原因で言い合いになっているのは恥ずかしくてとても耐えられそうになかった。
「私に一つ、提案があるんだけどさ。話してもいい?」
ああ、とかどーぞ、とか少し冷静さを取り戻した二人が席に着きながら私に注目する。
「まずは、グリムが同伴出来ないならやっぱり私は展覧会やめとくよ。ごめんね、デュース」
「えっ、でも……!」
「その代わり、クレープ屋さんはデュースがマジホイで連れてってくれないかな?」
二人乗りって良かったっけ、いやグリムもいるから二人と一匹乗り?と首を傾げる。
「いいのか!?何人乗っても大丈夫だ!展覧会は残念だけど……分かった、じゃあその時に海とかも寄っていかないか?何ヶ所か連れて行きたい場所があるんだ!」
「もちろん、展覧会に行けない分付き合うよ」
「本当か!?やった!!」
今度こそ本当だよな?と喜びを隠せないデュースに、エースは面白くなさげに「なーんだつまんねー」と口を尖らせ、配膳トレーを持って立ち上がった。
「おいグリム、二人はアツアツのデートすんだから大人しくしとけよ」
「は?でーとって何なんだゾ。食えんのか?」
「ばっ、そんなんじゃない!適当なこと言うなって……!」
「あんまり必死に否定されても、私が傷つくんだけど……すんすん」
「うぇっ、悪い名無し!そういうつもりで言ったんじゃ」
エースも私も、純粋なデュースのことはからかい放題で。二人と別れ際、エースに耳打ちでこっそり「ちゃっかり自分の行きたいとこだけクリアしてんじゃん」と目敏く指摘されて苦笑いを返した。
そして、約束の日当日。
メインストリートで朝10時に待ち合わせということで、10分前にはまだデュースはいなかった。スマホを片手にグレートセブンの像の横に立った途端、どこからかエンジンを豪快に吹かす音が聞こえてきた。なんだなんだと休日を謳歌する学生たちが背伸びして音のするほうを見やる。
やがてその音はどんどん大きくなって、姿が見えてからはあっという間に私の目の前までやってきた。
「おはよう、早かったな!」
「おはよ……音でっかくない?」
「かっこいいだろ?ほら、乗れよ」
アイドリング音が響く中、「グリムは寝てんのか?」と私の腕の中で爆睡するグリムの額を小突く。その手にはグローブが嵌められていて、黒のライダースジャケットに紺のジーンズ、ワイン色のヘルメットが乗っかっている。映画でよく見るヤツだ!と嬉しくなり、そのセンスの良さはデュースらしくないなと失礼な感想を抱いてしまった。
「初ヘルメットだぁ」
渡された二つ目のヘルメットは扱いづらくて、中もごつごつしていてちゃんと被れているか不安になる。せっかくの髪のセットは会って10秒でお陀仏だし、今デュースに私の髪型はどんなだったか聞いても思い出してくれないと思う。
「ははっ、頭ちっさいな。ほら、貸してみろ」
「わっ」
ぎゅっとヘルメットを押し込まれ、顎紐を止める小気味良い音が鳴る。デュースの顔が見えなくなってしまって、心配になってぐいっと顔を上に上げた。
「よし、いいぞ」
「ありがとう」
「むにゃむにゃ……ツナ缶クレープ……早く寄越すんだゾ……」
「おいグリム、いい加減起きろ。ずっと名無しに抱えてもらう気でいるんじゃないだろうな」
「デュース、大丈夫だよ。マジホイ乗ってる間は私の上着の中に入ってもらわないと、いざという時危ないし」
そうか、と納得して跨ったデュースは、脳内シミュレーションがNOと言ったのか、渋い表情でもう一度グリムの元へ戻ってきた。
「?」
「名無しと僕の間にグリムがいたら、名無しが僕に掴まれないだろ」
「え、別に掴まるくらいなら…………ああ〜、そういうこと」
変に照れながら言われるから、私も気まずくなって返事を濁す。そうしている間に腕からグリムが抜き取られ、グリムは人の体温がなくなってすぐに鼻ちょうちんを割った。
「ん……?どこだここ……ってデュース!おめー何すんだゾ!?」
「いいから大人しく上着の中入ってろ。ツナ入りのクレープ食べたくないのか?」
「クレープは食うけどおめーの上着にくるまれるなんか聞いてねー!暑いだろ!」
「グリム、お願いだよ。私はクレープもだけどデュースと楽しくマジホイ乗る方が楽しみって話したよね?」
「ぐぬぬ……!」
唸るグリムの頭を撫でれば、ぺたんと耳を倒して渋々デュースの上着の中に仕舞われた。
「おお……なんかまたグリムの扱い上手くなってないか?」
「あはは、仲良くなったって言ってよ」
「そうとも言うかな。じゃあ行くか」
先に乗ったデュースにならって重厚な車体に跨り、マジホイは学園の外へと向かって走り出した。
流れていく景色と、肌で感じられる風が心地良い。ヘルメットを被ればエンジン音もそこまで気にならなくなった。
「ねえ、その服って自分で選んだのー?」
「え?何か言ったか!?」
「なんでもないっ!」
自分より広い背中にぎゅっと両手で抱きつく。デュースがどう反応してるかは分からないけど、私の顔も見られないからいいや、と体を寄せた。
✱
クレーンポートに着けば、店の場所は客の列で一目瞭然だった。とはいえお昼時も近くて、地中海料理みたいなレストランやサンドイッチのお店も繁盛していた。外は薄着じゃ肌寒いけど、行楽日和のこんな日はカフェのテラス席でスイーツやコーヒーを嗜むのも悪くない。
白と青を基調にした飲食店街は、見ているだけで簡単に海辺のランチが想像出来て、さざ波の音が聞こえてきそうだ。
そんな中、20分ほど並んでやっと手に入れた念願のクレープ。ちょうど私の番で欲しかったクレープが完売したらしく、店員さんが外の看板に“SOLD OUT”のシールを貼りに行っている姿が見えた。
「ツナコーンレモンクレープ!美味いんだゾ〜!!」
店の周りにはイートインスペースのようなものがあって、外でも食べられるように机や椅子がたくさん置いてある。パラソルがさされた小ぶりな机に落ち着き、わがままボディなクレープを口いっぱいに頬張った。
「すっごいボリュームあるね。お腹いっぱいになりそう、デュースは何買ったの?」
「……」
「……?デュース?」
「えっ?ああ、俺はピュアポークのトリュフクレープってやつ」
「うわあ高そ〜、一口ちょうだい」
「え……いいのか?」
「へ?」
差し出されたクレープをがぶりと一口。
私以外にも人のクレープを貰ってるお客さんはたくさんいたから、そこまで目立たなかった。
「んんーっ!!いい香りするし、意外ともちもちの生地と合う!胡椒も効いててジューシーだ、おいし〜!」
「グルメリポーターみたいだな」
「デュースったら“うまい”しか言わないから、お手本だよ」
「名無し、オレ様にものーこーブリュレ寄越すんだゾ」
「全部食べちゃダメだからね」
言ったそばからがつがつと可愛いお口に吸い込まれていく、その恐ろしい速度ったらない。
「あーっ!!もう!グリムったらちょっとは残しておいてくれてもいいじゃん!?」
「こんだけじゃ全然食った気しねえんだゾ〜!!」
「お客さまー!すみません、先ほどのお会計に手違いがございまして……!」
突然クレープ屋さんの制服を着た若い女性が小走りでやってきた。さっき会計をしてくれた人で、申し訳なさそうに頭を下げられる。メニューの値段と合ってることは確認したし、「え、間違ってないはずですよ?」と言いながら私も財布からレシートを取り出した。
「いえ、今期間限定でカップル割ってキャンペーンやってるんですが、何もお聞きせずにお支払いに進んでしまって……!申し訳ありません!」
「なっ……!」
「えっ?」
思わず二人で顔を見合わせてしまう。
確かに、はたから見れば私たちは男女カップル。距離の近い二人組が多いのってそういうことか、と冷静に分析する私と、得するためにここで私が首を縦に振ってしまっていいものかと迷う私。
「えっと、ちなみにどれくらい割引になるんですかね……?」
「はい、3割引ですが、お連れ様は対象外になりますので……割引後は1920円になります」
「なるほど」
なんでそんな何の解決にもならない質問するんだ私、とセルフツッコミを入れ、デュースには目線で決定権を委ねた。とはいえ十中八九、彼の選択は私の中では分かっていて。
「……いえ、カップルじゃないんで、割引は大丈夫です」
「あっ、そうなんですね!重ね重ね失礼致しました!」
「いえいえ、わざわざお声かけしていただいてありがとうございました」
私の一度の会釈に、ぺこぺこと何度もお辞儀をしてから去っていく店員さん。その様子を見ていたグリムが、「安くなるんならカップルでも何でも言っとけば良かっただろ。減るもんじゃねえんだし」と見上げた根性発言を炸裂させる。
「いや、嘘はだめだ。っでも名無し、全然嫌がって拒否したとかそんなんじゃないからな?」
「あはは、分かってるよ。真面目なデュースのことだもん」
時折真面目でいることに疲れて、魔が差してしまう私には出来ないことだ。
やっぱり私が代わりに言えばよかった、と一抹の後悔を残して、クレープ屋を後にした。
海がすぐ近くというところまで来ていたけど、もっと綺麗に見えるところがあるということで、一旦クレーンポートを離れて浜へと向かうことになった。
口数の少ないデュースに話を振っても、いまいちな反応しか返ってこない。マジホイに乗ってる間は会話なんて出来ないし、景色に集中出来ないまま目的地に着いてしまった。
「ねえ、どうしたの?何か元気ないよね?クレープ食べてる時も変だったし」
「こいつは元々変なやつなんだゾ。見ろ名無し!この砂でどデカい城つくってやる!!」
マイペースでいいなあと浜辺にはしゃぐグリムを眺めていたら、デュースが私と少し距離を空けて隣に座った。
「はあ……やっとグリムが離れたな」
「よく食べるしよく喋るから、見てて飽きないよ」
デュースのかわりにね、と笑いかけると、少し困ったように顔を伏せる。
「僕は元々あんまり学校行ってなかったからさ。つるむ奴も野郎ばっかだったし、今も男子校だし……だから、名無しと仲良くなって一緒に過ごすうちに、どう接すればいいのかわかんなくなってきちまって」
グリムに興味を持った若い男女数人組が、グリムと絡んで楽しそうに遊び出した。私はぼんやりその様子を視界に入れたまま、そりゃあそうだよなあ、とデュースの言葉に黙って納得していた。
「エースとか、あいつ距離近いだろ。……ああいうの、嫌じゃないのか?」
「全然。……はみ出しものの私と仲良くしてくれる人なんて、貴重だしありがたいよ」
「……じゃあ、そっち行ってもいいか……?」
「いいに決まってるでしょ、今更なんでよ。授業でいっつも隣に座ってるじゃん。……あ、もしかして最近私との間にエース挟むようになったのって!」
さっきよりぐっと縮まった距離。私はおかしくなって、触れるほどの近さにある肩を軽く叩いた。
「私もあの学校にいたら、つくづく“男だったらよかったのになー”って思うよ。魔法も使えないし、女同士で盛り上がれないし。……そういう時、ちょっと故郷が恋しくなる」
「名無し……」
「あーっしんみりする話しちゃった!ごめんね今の話、忘れて!」
ぐーっと伸びをして立ち上がろうかと腰を上げる。けれど腕がぐいっと強く下に引っ張られ、お尻がコンクリートに打ち付けられた。
「痛っ!」
「あっ、強かったか、悪い……!」
「ううん、大丈夫だけど……何?」
「いや、……やっぱり何でもない!」
じぃっとデュースの顔をジト目で見つめれば、百面相をしながら次第に折れていく様子がリアルタイムで眺められて面白い。
「……二人になれることなんか滅多にないから、もう少しこのままでいたい」
「!」
元の位置に座り直すも、今度は座りが悪くて。自分の思っている以上にデュースの言葉に酔っている私は、それっきり口を噤んでしまった。
髪ってボサボサじゃなかった?ああ、鏡が見たい。砂で服汚れてないかな?払ってしまいたい、とか、関係ないことを延々と考え続ける。
全く気づいていなかったわけじゃない。意識されていることは薄々分かっていたけど、それはデュースが女性慣れしてないからであって、時間が経てば元に戻るだろうと悠長に構えていた。
でもさっきの発言のあとだと意味が変わってくる。無言で焦る私の手と、デュースの手が一瞬軽く当たった。どくん、と鼓動は一気に最高潮にまで跳ね上がる。
その手がするりと取られ、恋人のように繋がれた時は、私の手は震えていたと思う。
「い、嫌なら、やめる」
「嫌じゃないよ……」
それからグリムが若い人たちとお別れするまでのしばらくの間、私たちが言葉を交わすことはなかった。
動き回ったら腹減ったんだゾ、と眠そうに目を擦るグリムを、持ってきたタオルを水道の水で濡らしてわしゃわしゃと拭く。
「遊んでくれた人たちにお礼言った?」
「はぁ?なんでオレ様が言わなきゃいけねーんだ。遊んでやってたんだから、言うのはアイツらの方だ!」
「何言ってんの、一番楽しそうにはしゃいでたくせに」
「ツレがお前らだって言ったら、じゃあちょっとの間遊ぼうって向こうから言ってきたんだゾ」
デュースと顔を見合わせること、二度目。きっと私たち二人の時間をつくろうと思って提案してくれたんだろう。そんなにカップルに見えるんだろうか。二人で出かけたこと自体初めてだから気恥ずかしくなる。
早く帰ってメシ食いてぇ、とやりたい放題のグリムの後ろ姿を見て、デュースは「そろそろ帰るか」と息をつくように私に言った。
夕日が美しい浜辺を抜けて、段々建物が多くなってくる。
学園に戻るまでの間、ずっとマジホイに乗っていたから、会話はなかった。
「じゃあ……今日はありがとう」
「あ、ああ」
ずっしりと重みのあるヘルメットをデュースに返そうとしたけど、「洗って返すね」と手を引っ込める。お互い手を出したり引っ込めたり終始ぎこちない動きに、ついにグリムから「お前ら何やってるんだゾ……」と呆れられてしまう。
「何か言ったら言ったで、余計分かんなくなっちまったな……」
「デュースがどう接してきても、私はデュースのこと嫌いにならないから、大丈夫だよ」
「……本当か?」
「うん、本当」
その時安心したように笑ったデュースの顔を今でもよく覚えている。
「名無し、次移動教室だぞ」
「名無しー、早く取りに来い!」
「せっかくなら一緒に行こう、名無し」
男子高校生でも噂話をする時はする。
翌日以降デュースの様変わりした態度を見て、周りはあることないこと好き勝手言いまくる。
ついにはエースですら、少し頬を引き攣らせて「あいつ、どうしちゃったん?最近名無しにベッタリじゃん」と説明を求めてくる始末だった。
「うーん……反動?」
「は?どういうこと?」
「さあ、デュースに聞いてよ。それで、分かったら私にも教えて」
「はあ〜?何だよそれ!二人でやれっつーの!そんで分かったら報告して!」
私の方はデュースの行動の意味がどういうものなのか、予想はついている。それでも間違っていた時に自意識過剰だ!って思われるのは嫌だし、彼が考えて、自覚するまでの時間も必要だと思う。
私たちの関係性に名前がつけられるものなのかどうか、ってことを。
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嫌じゃないのか? ー feat. デュース ー
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「なあ名無し、これ見てくれ!世界中のマジホイが展示される展覧会があるんだ」
お昼休み、食堂でご飯を食べていたら、デュースが嬉しそうに私にスマホを向けてきた。
そこにはたくさんの白いライトが反射したびかびかの魔法のバイクたちが勢揃い。デュースにスマホを持たせたまま画面をスライドさせると、「アウトバーンを思いのままに走るVR没入体験」だとか、「マジホイオーナーによる大通りからの凱旋」だとか、完全に高級車扱いされているマジホイがそこにはあった。
「エペルと行こうって話してるんだ。お前も来ないか?」
「うーん……私マジホイそこまで詳しくないし……」
行っても浮きそうだし、ね?と大盛りハンバーグをがっつくグリムにお手ふきを渡す。
「エースは?行かないの?」
「だって興味ねーもん。こいつマジホイのことになったら話止まらねえよ?やめといた方がいいって。ペット入場禁止だし」
「ふなっ!?オレ様はペットじゃねえ!!」
「プッ反応してんじゃん」
小競り合いを始めたエースとグリムは横に置いておき、「私はいいや。二人で行ってきたら?」とデュースに促した。
「僕は名無しと行きたかったんだけどな……」
「え、それまたどうして?」
「一回僕が乗ってるとこ見てカッコいい!って言ってただろ?展覧会行ったら絶対もっと良さが分かるはずなんだ、な?頼む!一緒に行こう!」
声でけえって、と隣のエースに突っ込まれながらも、デュースは熱烈な勧誘をやめなかった。マジホイが好きなのは以前から知っていたことだから、ここまでされて断るというのも愛想ない。というか、別に予定があるわけでもなかったから、見聞を広げるためにも行くだけ行こうかという結論に落ち着いた。
「え〜〜、じゃあ〜……クレーンポートの近くにあるクレープ屋さんに付き合ってくれるなら行ってもいいよ」
「やった!ああ、どこでも付き合うぞ!約束だ!」
「ええ〜〜〜っ、マジで行くん?マジホイはいいけどクレープは気になるわ、名無し俺も行きたいから日程分かったら教えてー」
「何言ってるんだ、クレープ食べたいなら展覧会にも来るのが道理ってもんだろ」
「いや意味わかんねーし。てかさークレープならデュース誘わんくても俺行くけど?」
「なっ……もう約束したんだから余計なこと言うな!」
二人のやり取りを見てくすくす笑う私に、「どうでもいいけどその日オレ様はどうするつもりなんだゾ……」とジト目で見てくるグリム。
「ペットじゃねーけど、マジなんとかは食えねーしな。行ってもつまんねえ」
「いやだから、行く以前に入れねーんだって」
「いつかお前にもマジホイの良さが分かる時が来ればいいな」
「なんかお前に言われたらムカつくんだゾ!」
「流れ的にはエースに預かってもらうことになるけど」
「「はぁ〜〜!?絶ッ対ヤダ!!!」」
会話に割って提案した途端、口を揃えて即拒否。仲がいいのか悪いのか、こういう時だけ息ピッタリだ。
「だから俺が名無しとクレープ食べに行って、お前はエペルと展覧会行けば全部解決じゃん!クレープならグリムも着いてくるだろ?」
「おう、まあ悪くねえな。どうせエースといるならここよりクレープ屋の方がずっとマシなんだゾ」
「僕が最初に名無しと展覧会行きたいって言い出したんだ!僕が先なんだから、グリム一日預かるくらい引き受けてくれてもいいだろ!」
「はいカッチーン!その〇〇くらいってのがダメー!人にもの頼む態度じゃないでしょそれ?」
「ちょっと!ストップ!一旦ストップ!!」
両手をあげて、体全体での制止。すでに周囲の視線は痛くて、もう周りも慣れっことはいえ自分が原因で言い合いになっているのは恥ずかしくてとても耐えられそうになかった。
「私に一つ、提案があるんだけどさ。話してもいい?」
ああ、とかどーぞ、とか少し冷静さを取り戻した二人が席に着きながら私に注目する。
「まずは、グリムが同伴出来ないならやっぱり私は展覧会やめとくよ。ごめんね、デュース」
「えっ、でも……!」
「その代わり、クレープ屋さんはデュースがマジホイで連れてってくれないかな?」
二人乗りって良かったっけ、いやグリムもいるから二人と一匹乗り?と首を傾げる。
「いいのか!?何人乗っても大丈夫だ!展覧会は残念だけど……分かった、じゃあその時に海とかも寄っていかないか?何ヶ所か連れて行きたい場所があるんだ!」
「もちろん、展覧会に行けない分付き合うよ」
「本当か!?やった!!」
今度こそ本当だよな?と喜びを隠せないデュースに、エースは面白くなさげに「なーんだつまんねー」と口を尖らせ、配膳トレーを持って立ち上がった。
「おいグリム、二人はアツアツのデートすんだから大人しくしとけよ」
「は?でーとって何なんだゾ。食えんのか?」
「ばっ、そんなんじゃない!適当なこと言うなって……!」
「あんまり必死に否定されても、私が傷つくんだけど……すんすん」
「うぇっ、悪い名無し!そういうつもりで言ったんじゃ」
エースも私も、純粋なデュースのことはからかい放題で。二人と別れ際、エースに耳打ちでこっそり「ちゃっかり自分の行きたいとこだけクリアしてんじゃん」と目敏く指摘されて苦笑いを返した。
そして、約束の日当日。
メインストリートで朝10時に待ち合わせということで、10分前にはまだデュースはいなかった。スマホを片手にグレートセブンの像の横に立った途端、どこからかエンジンを豪快に吹かす音が聞こえてきた。なんだなんだと休日を謳歌する学生たちが背伸びして音のするほうを見やる。
やがてその音はどんどん大きくなって、姿が見えてからはあっという間に私の目の前までやってきた。
「おはよう、早かったな!」
「おはよ……音でっかくない?」
「かっこいいだろ?ほら、乗れよ」
アイドリング音が響く中、「グリムは寝てんのか?」と私の腕の中で爆睡するグリムの額を小突く。その手にはグローブが嵌められていて、黒のライダースジャケットに紺のジーンズ、ワイン色のヘルメットが乗っかっている。映画でよく見るヤツだ!と嬉しくなり、そのセンスの良さはデュースらしくないなと失礼な感想を抱いてしまった。
「初ヘルメットだぁ」
渡された二つ目のヘルメットは扱いづらくて、中もごつごつしていてちゃんと被れているか不安になる。せっかくの髪のセットは会って10秒でお陀仏だし、今デュースに私の髪型はどんなだったか聞いても思い出してくれないと思う。
「ははっ、頭ちっさいな。ほら、貸してみろ」
「わっ」
ぎゅっとヘルメットを押し込まれ、顎紐を止める小気味良い音が鳴る。デュースの顔が見えなくなってしまって、心配になってぐいっと顔を上に上げた。
「よし、いいぞ」
「ありがとう」
「むにゃむにゃ……ツナ缶クレープ……早く寄越すんだゾ……」
「おいグリム、いい加減起きろ。ずっと名無しに抱えてもらう気でいるんじゃないだろうな」
「デュース、大丈夫だよ。マジホイ乗ってる間は私の上着の中に入ってもらわないと、いざという時危ないし」
そうか、と納得して跨ったデュースは、脳内シミュレーションがNOと言ったのか、渋い表情でもう一度グリムの元へ戻ってきた。
「?」
「名無しと僕の間にグリムがいたら、名無しが僕に掴まれないだろ」
「え、別に掴まるくらいなら…………ああ〜、そういうこと」
変に照れながら言われるから、私も気まずくなって返事を濁す。そうしている間に腕からグリムが抜き取られ、グリムは人の体温がなくなってすぐに鼻ちょうちんを割った。
「ん……?どこだここ……ってデュース!おめー何すんだゾ!?」
「いいから大人しく上着の中入ってろ。ツナ入りのクレープ食べたくないのか?」
「クレープは食うけどおめーの上着にくるまれるなんか聞いてねー!暑いだろ!」
「グリム、お願いだよ。私はクレープもだけどデュースと楽しくマジホイ乗る方が楽しみって話したよね?」
「ぐぬぬ……!」
唸るグリムの頭を撫でれば、ぺたんと耳を倒して渋々デュースの上着の中に仕舞われた。
「おお……なんかまたグリムの扱い上手くなってないか?」
「あはは、仲良くなったって言ってよ」
「そうとも言うかな。じゃあ行くか」
先に乗ったデュースにならって重厚な車体に跨り、マジホイは学園の外へと向かって走り出した。
流れていく景色と、肌で感じられる風が心地良い。ヘルメットを被ればエンジン音もそこまで気にならなくなった。
「ねえ、その服って自分で選んだのー?」
「え?何か言ったか!?」
「なんでもないっ!」
自分より広い背中にぎゅっと両手で抱きつく。デュースがどう反応してるかは分からないけど、私の顔も見られないからいいや、と体を寄せた。
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クレーンポートに着けば、店の場所は客の列で一目瞭然だった。とはいえお昼時も近くて、地中海料理みたいなレストランやサンドイッチのお店も繁盛していた。外は薄着じゃ肌寒いけど、行楽日和のこんな日はカフェのテラス席でスイーツやコーヒーを嗜むのも悪くない。
白と青を基調にした飲食店街は、見ているだけで簡単に海辺のランチが想像出来て、さざ波の音が聞こえてきそうだ。
そんな中、20分ほど並んでやっと手に入れた念願のクレープ。ちょうど私の番で欲しかったクレープが完売したらしく、店員さんが外の看板に“SOLD OUT”のシールを貼りに行っている姿が見えた。
「ツナコーンレモンクレープ!美味いんだゾ〜!!」
店の周りにはイートインスペースのようなものがあって、外でも食べられるように机や椅子がたくさん置いてある。パラソルがさされた小ぶりな机に落ち着き、わがままボディなクレープを口いっぱいに頬張った。
「すっごいボリュームあるね。お腹いっぱいになりそう、デュースは何買ったの?」
「……」
「……?デュース?」
「えっ?ああ、俺はピュアポークのトリュフクレープってやつ」
「うわあ高そ〜、一口ちょうだい」
「え……いいのか?」
「へ?」
差し出されたクレープをがぶりと一口。
私以外にも人のクレープを貰ってるお客さんはたくさんいたから、そこまで目立たなかった。
「んんーっ!!いい香りするし、意外ともちもちの生地と合う!胡椒も効いててジューシーだ、おいし〜!」
「グルメリポーターみたいだな」
「デュースったら“うまい”しか言わないから、お手本だよ」
「名無し、オレ様にものーこーブリュレ寄越すんだゾ」
「全部食べちゃダメだからね」
言ったそばからがつがつと可愛いお口に吸い込まれていく、その恐ろしい速度ったらない。
「あーっ!!もう!グリムったらちょっとは残しておいてくれてもいいじゃん!?」
「こんだけじゃ全然食った気しねえんだゾ〜!!」
「お客さまー!すみません、先ほどのお会計に手違いがございまして……!」
突然クレープ屋さんの制服を着た若い女性が小走りでやってきた。さっき会計をしてくれた人で、申し訳なさそうに頭を下げられる。メニューの値段と合ってることは確認したし、「え、間違ってないはずですよ?」と言いながら私も財布からレシートを取り出した。
「いえ、今期間限定でカップル割ってキャンペーンやってるんですが、何もお聞きせずにお支払いに進んでしまって……!申し訳ありません!」
「なっ……!」
「えっ?」
思わず二人で顔を見合わせてしまう。
確かに、はたから見れば私たちは男女カップル。距離の近い二人組が多いのってそういうことか、と冷静に分析する私と、得するためにここで私が首を縦に振ってしまっていいものかと迷う私。
「えっと、ちなみにどれくらい割引になるんですかね……?」
「はい、3割引ですが、お連れ様は対象外になりますので……割引後は1920円になります」
「なるほど」
なんでそんな何の解決にもならない質問するんだ私、とセルフツッコミを入れ、デュースには目線で決定権を委ねた。とはいえ十中八九、彼の選択は私の中では分かっていて。
「……いえ、カップルじゃないんで、割引は大丈夫です」
「あっ、そうなんですね!重ね重ね失礼致しました!」
「いえいえ、わざわざお声かけしていただいてありがとうございました」
私の一度の会釈に、ぺこぺこと何度もお辞儀をしてから去っていく店員さん。その様子を見ていたグリムが、「安くなるんならカップルでも何でも言っとけば良かっただろ。減るもんじゃねえんだし」と見上げた根性発言を炸裂させる。
「いや、嘘はだめだ。っでも名無し、全然嫌がって拒否したとかそんなんじゃないからな?」
「あはは、分かってるよ。真面目なデュースのことだもん」
時折真面目でいることに疲れて、魔が差してしまう私には出来ないことだ。
やっぱり私が代わりに言えばよかった、と一抹の後悔を残して、クレープ屋を後にした。
海がすぐ近くというところまで来ていたけど、もっと綺麗に見えるところがあるということで、一旦クレーンポートを離れて浜へと向かうことになった。
口数の少ないデュースに話を振っても、いまいちな反応しか返ってこない。マジホイに乗ってる間は会話なんて出来ないし、景色に集中出来ないまま目的地に着いてしまった。
「ねえ、どうしたの?何か元気ないよね?クレープ食べてる時も変だったし」
「こいつは元々変なやつなんだゾ。見ろ名無し!この砂でどデカい城つくってやる!!」
マイペースでいいなあと浜辺にはしゃぐグリムを眺めていたら、デュースが私と少し距離を空けて隣に座った。
「はあ……やっとグリムが離れたな」
「よく食べるしよく喋るから、見てて飽きないよ」
デュースのかわりにね、と笑いかけると、少し困ったように顔を伏せる。
「僕は元々あんまり学校行ってなかったからさ。つるむ奴も野郎ばっかだったし、今も男子校だし……だから、名無しと仲良くなって一緒に過ごすうちに、どう接すればいいのかわかんなくなってきちまって」
グリムに興味を持った若い男女数人組が、グリムと絡んで楽しそうに遊び出した。私はぼんやりその様子を視界に入れたまま、そりゃあそうだよなあ、とデュースの言葉に黙って納得していた。
「エースとか、あいつ距離近いだろ。……ああいうの、嫌じゃないのか?」
「全然。……はみ出しものの私と仲良くしてくれる人なんて、貴重だしありがたいよ」
「……じゃあ、そっち行ってもいいか……?」
「いいに決まってるでしょ、今更なんでよ。授業でいっつも隣に座ってるじゃん。……あ、もしかして最近私との間にエース挟むようになったのって!」
さっきよりぐっと縮まった距離。私はおかしくなって、触れるほどの近さにある肩を軽く叩いた。
「私もあの学校にいたら、つくづく“男だったらよかったのになー”って思うよ。魔法も使えないし、女同士で盛り上がれないし。……そういう時、ちょっと故郷が恋しくなる」
「名無し……」
「あーっしんみりする話しちゃった!ごめんね今の話、忘れて!」
ぐーっと伸びをして立ち上がろうかと腰を上げる。けれど腕がぐいっと強く下に引っ張られ、お尻がコンクリートに打ち付けられた。
「痛っ!」
「あっ、強かったか、悪い……!」
「ううん、大丈夫だけど……何?」
「いや、……やっぱり何でもない!」
じぃっとデュースの顔をジト目で見つめれば、百面相をしながら次第に折れていく様子がリアルタイムで眺められて面白い。
「……二人になれることなんか滅多にないから、もう少しこのままでいたい」
「!」
元の位置に座り直すも、今度は座りが悪くて。自分の思っている以上にデュースの言葉に酔っている私は、それっきり口を噤んでしまった。
髪ってボサボサじゃなかった?ああ、鏡が見たい。砂で服汚れてないかな?払ってしまいたい、とか、関係ないことを延々と考え続ける。
全く気づいていなかったわけじゃない。意識されていることは薄々分かっていたけど、それはデュースが女性慣れしてないからであって、時間が経てば元に戻るだろうと悠長に構えていた。
でもさっきの発言のあとだと意味が変わってくる。無言で焦る私の手と、デュースの手が一瞬軽く当たった。どくん、と鼓動は一気に最高潮にまで跳ね上がる。
その手がするりと取られ、恋人のように繋がれた時は、私の手は震えていたと思う。
「い、嫌なら、やめる」
「嫌じゃないよ……」
それからグリムが若い人たちとお別れするまでのしばらくの間、私たちが言葉を交わすことはなかった。
動き回ったら腹減ったんだゾ、と眠そうに目を擦るグリムを、持ってきたタオルを水道の水で濡らしてわしゃわしゃと拭く。
「遊んでくれた人たちにお礼言った?」
「はぁ?なんでオレ様が言わなきゃいけねーんだ。遊んでやってたんだから、言うのはアイツらの方だ!」
「何言ってんの、一番楽しそうにはしゃいでたくせに」
「ツレがお前らだって言ったら、じゃあちょっとの間遊ぼうって向こうから言ってきたんだゾ」
デュースと顔を見合わせること、二度目。きっと私たち二人の時間をつくろうと思って提案してくれたんだろう。そんなにカップルに見えるんだろうか。二人で出かけたこと自体初めてだから気恥ずかしくなる。
早く帰ってメシ食いてぇ、とやりたい放題のグリムの後ろ姿を見て、デュースは「そろそろ帰るか」と息をつくように私に言った。
夕日が美しい浜辺を抜けて、段々建物が多くなってくる。
学園に戻るまでの間、ずっとマジホイに乗っていたから、会話はなかった。
「じゃあ……今日はありがとう」
「あ、ああ」
ずっしりと重みのあるヘルメットをデュースに返そうとしたけど、「洗って返すね」と手を引っ込める。お互い手を出したり引っ込めたり終始ぎこちない動きに、ついにグリムから「お前ら何やってるんだゾ……」と呆れられてしまう。
「何か言ったら言ったで、余計分かんなくなっちまったな……」
「デュースがどう接してきても、私はデュースのこと嫌いにならないから、大丈夫だよ」
「……本当か?」
「うん、本当」
その時安心したように笑ったデュースの顔を今でもよく覚えている。
「名無し、次移動教室だぞ」
「名無しー、早く取りに来い!」
「せっかくなら一緒に行こう、名無し」
男子高校生でも噂話をする時はする。
翌日以降デュースの様変わりした態度を見て、周りはあることないこと好き勝手言いまくる。
ついにはエースですら、少し頬を引き攣らせて「あいつ、どうしちゃったん?最近名無しにベッタリじゃん」と説明を求めてくる始末だった。
「うーん……反動?」
「は?どういうこと?」
「さあ、デュースに聞いてよ。それで、分かったら私にも教えて」
「はあ〜?何だよそれ!二人でやれっつーの!そんで分かったら報告して!」
私の方はデュースの行動の意味がどういうものなのか、予想はついている。それでも間違っていた時に自意識過剰だ!って思われるのは嫌だし、彼が考えて、自覚するまでの時間も必要だと思う。
私たちの関係性に名前がつけられるものなのかどうか、ってことを。
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