*三途春千夜*
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「三途くんって、いつも黒いマスクつけてるよね。どうして?」
私は常に思っていた疑問を彼に問いかけた。
私の席の後ろの席の三途春千夜くんは、いつも黒いマスクをつけている。私はそれが不思議だった。
「お前には関係ない」
そう言って、三途くんは私から顔を逸らす。
放課後の教室には、私と三途くんしかいなかった。
「いいじゃない、教えてくれても。今は誰もいないんだし」
「そういう問題じゃねぇんだよ」
「じゃあどういう問題なの?」
三途くんは私とはよく会話してくれる。多分、私がしつこく話しかけたからかもしれないけれど、他にも何か理由があるような気がしていた。
私は三途くんの机に肘をつき、回答を待つ。
「なんでそんなに知りてぇんだよ」
「それは気になるからだよ」
そう答えると、三途くんは「くだらねぇ」と言ってその場を去ってしまった。私は一人になった教室で、ぽつりと呟いた。
「それは、君が好きだからだよ」
***
ある日、三途くんが傷だらけで登校してきた。クラスの皆は驚いていたが、私はなんとなく察していた。
きっと喧嘩だ、と。
前に三途くんから聞いたことがあった。とある暴走族に入っていると。
「傷、痛くないの?」
「別に」
相変わらず私たちは放課後の教室で話していた。
なんで自分から危険なところに行くのか、私には理解できない。
三途くんは席から立ち、教室を出ていく。私はその背中を見つめていた。
平静を装っていたはいたが、本当は心配で仕方がなかった。好きな人が傷だらけになっているのは、やはりつらい。
傷だらけで登校した日から、三途くんが登校する日は少なくなっていた。登校しても、遅刻したり早退したりして、なかなか話す機会が無くなっていた。
もしかしたら放課後にふらっと来るかもしれない、なんて淡い期待を抱きながら、私は毎日最後まで教室に残っていた。放課後に三途くんがわざわざ来ることなんてあり得ないことなのに。
夢を見た。
三途くんがどこか遠くへ行ってしまう夢。漠然としていてよくわからないけれど、私の手の届かない場所へと行ってしまう夢。
私は必死に三途くんの名前を呼ぶが、それは届かない。私が伸ばした手も、届くことはなかった。
「ん……」
いつの間にか机に突っ伏して寝ていた私は先ほどの夢を思い返して、もしかしたらもう三途くんは私とは違う世界にいるのかもしれない、と思った。
身体を起こすと、何かが私の背中から落ちた。何かと思い床を見ると、男子用の制服のブレザーだった。
こんな誰も残っていない教室に来る人物なんて、私は一人しか知らない。
ブレザーを持って、教室を飛び出る。階段を駆け下り、昇降口へと向かう。けれど、彼の姿は見当たらなかった。
悲しい気持ちがある反面、私は少しだけ嬉しかった。
***
その日は幸運なことに、三途くんが放課後まで残っていた。
一日の授業が終わったばかりの教室や廊下は喧噪に包まれている。
そんな中、三途くんは居眠りをしていた。確か五時間目辺りから寝ていたような気がする。
しばらくして、教室に静寂が訪れる。私は眠っている三途くんの顔を眺めていた。
長い睫毛、長い髪、そして相変わらずの黒いマスク。
その全てが愛おしく思えた。私が三途くんの頭を撫でようとしたところで、三途くんは目を覚ました。
「……お前、まだいたのかよ」
「ふふ、久々だね、こうやって話すの」
私は小さく笑って、「おはよう」と言った。
「ねえ三途くん」
「なんだよ」
「私がこんなこと言うのなんて、すごい迷惑だろうし、関係ないことだろうけど、私、三途くんのこと心配なんだ」
目を伏せて、私は言う。本当に、こんなことを言っても三途くんが喧嘩をやめることなんてないし、無意味なことだってわかっている。それでも私は三途くんが心配だった。
「私、三途くんのこと、好き」
流れるように、その言葉は出た。緊張もしていなかった。ただただ、彼に自分の気持ちを伝えたかった。
「……」
三途くんは何も言わない。それも、わかっていた。きっと彼に想いを伝えても無意味だと。それでも構わなかった。自分の気持ちを一方的に押し付ける形になってしまったが、これで踏ん切りがついた。
「もうこうやって話すのも最後。それじゃあ、私帰るね」
私はそう言って席を立つと、三途くんはおもむろに黒いマスクを外す。
三途くんの口には、ひし形の傷があった。
「これで満足か」
そう言って、またマスクをつける。
「……ありがとう、見せてくれて」
「お前、驚いたりとかしねぇの」
「なんで?」
三途くんが意外そうな顔で私を見る。
確かに驚いたけれど、それよりも私にその傷を見せてくれたことが嬉しかった。
「私はどんな三途くんも受け入れるよ」
「……変な女」
「今更じゃない?」
クスクスと笑って、私はまた自分の席に座る。
「本当はね、三途くんに気持ちを伝えるだけで終わりにしようと思ってたの。だけどね、私、もっと三途くんのこと知りたいって思っちゃった」
三途くんの目をまっすぐに見て、私はゆっくりと話す。
彼の過去を知ろうとか、そこまでは思わない。好きな食べ物とか、好きな映画とか、そんな他愛もないことを知りたい。
「私、三途くんと付き合いたい」
三途くんの表情は変わらない。本当に、三途くんにとって無意味なことを言っていると思う。だんだんと私は申し訳ない気持ちになってきた。
私が申し訳なさそうに目を伏せていると、三途くんが口を開いた。
「俺、暴走族だぞ」
意外な答えに、私は驚く。
一体、それがなんだというのか。私は三途春千夜という人物が好きなのであって、暴走族だろうがなんだろうが関係ない。
「そんなの関係ないよ」
「お前に構ってやる時間なんてねぇぞ」
「いいよ。三途くんに合わせる」
私がそう言うと、三途くんはもう一度マスクを外す。
「こんな傷もあンだぞ」
そんなの、本当に些細なことだ。
私は三途くんの頬に手を添え、その唇に軽く口付けた。
「言ったでしょ、全部受け入れるって」
そう言って微笑むと、三途くんは照れているのか、顔をそむけてしまった。
そんな三途くんが可愛くて、私はクスクスと笑う。
「答えを聞かせて欲しいな」
「……好きでもねぇ女にキスなんてさせねぇよ」
わかれよ、と言って、三途くんは私の方をちらりと見る。
「ふふ、ありがとう。じゃあ、これからよろしくね?三途くん」
「……ん」
三途くんは短く返事をした。
放課後の教室に静寂が訪れるが、そんな時間すらも、三途くんと一緒なら愛おしく思えた。
わたしはほほえむから