*三途春千夜*
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気付いたら目が離せなくなっていた。
おっとりしていて、危なっかしくて、だけどしっかりしていて。
そんな彼女に俺は知らぬ間に惹かれていたのかもしれない。
「ああ、三途くん」
学校の図書館へ行くと、夕日に照らされたそいつ――――名前はいた。
いつもここで何やら難しい本を読んでいる名前は、にこりと柔らかく微笑む。
「何読んでんだ」
「人間失格」
「……おもしれぇの?」
「うーん……」
ちょっと難しいかな、と本に目を遣りながら答える。
夕日に照らされている名前は、とても中学生には見えないくらい、大人びていて、美しく見えた。
「三途くんはさ」
「あ?」
「どうして暴走族なんてやってるの?」
「そんなこと知ってどうすんだよ」
「どうもしないよ。ただ、三途くんのことが知りたいなって」
それはこっちの台詞だ、と言いかけて、俺はそのまま黙り込んだ。名前も、それ以上は何も聞いてこなかった。
本当に、何を考えているのか。
俺は、お前のことが知りたかった。
「”無垢の信頼心は、罪の源泉なりや”」
「は?」
「人を信用しすぎるな、ってことかな?」
難しいね、と困ったように笑いかける名前。
夕日に照らされた名前と、影に包まれた俺たちの間には、ぬるい風が吹いていた。
***
日々、東卍の抗争は激しくなっていた。
そうなると、身内にまで被害が及ぶ可能性も出てくる。
俺はそんな危険から名前を守りたくて、その姿を目で追うのも、図書館に通うのもやめて、徹底的に関わらないようにした。
その俺の態度に対し、最初は名前も戸惑っていたが、すぐに何かを察したのか、いつも通り俺のいない日常を送っていた。
***
東卍はどんどんデカい組織となり、最終的には”梵天”という、巨大組織になっていた。
その頃には、俺と名前の関係など綺麗に切れて無くなっていた。
きっと名前は、もう俺のことなど覚えていないのだろう。
俺だけが、ずっと名前を忘れられずにいる。
あの日、夕日に照らされた名前の美しさが、ずっと。
「三途、お前に紹介したい女がいる」
今日の夜俺の部屋まで来い、と言って去っていくマイキーの背に、俺は「ウッス」とだけ答えた。
***
マイキーの部屋に入った俺は、絶望に打ちのめされた。
「さ、三途くん……?」
あの日、夕日の下で見た、俺が美しいと感じた女がいた。
そう、マイキーに肩を抱かれている女は、間違いなく名前だった。
「こいつ、最近俺のお気に入りなんだ」
「んっ」
くいっ、とマイキーは名前の顎を上げ、その綺麗な唇に口付けた。
名前は抵抗することなく、それを受け入れる。
「ま、マイキー……、その女、どこで」
「それ、お前に関係ある?」
感情のない目で俺を見るマイキーからは、殺気ともなんとも言えない雰囲気が漂っていた。
「とにかく、名前は俺のモノだから。手ェ出すなよ?」
なんで俺にそんなことを言うんだ。俺と名前の関係なんて知らないはずだ。
いや、梵天の力なら簡単に俺の関係者なんて調べられる……。
「うっす……」
「じゃぁもう帰っていいよ、三途」
「えっ、あ……三途くんっ」
帰ろうとする俺を追おうとする名前。
その腕をマイキーは思い切り掴み、自分の方へ寄せる。
「痛っ……」
「お前は俺のモノだから、他の男に近付いちゃダメ」
「でも……」
「でも、じゃねーよ」
トン、とマイキーが軽く名前を押すと、バランスを崩した名前は床に転んだ。
「名前……っ」
「お前らなんなの?」
マイキーはそう言って名前の上に跨る。
まさか、やめろ、やめてくれ。
心の中で何度も叫ぶが、それは声に出来ない。
今すぐに名前を連れて、この場を離れてどこかへ逃がしてやりたい。
だけどそれはできない。それをすれば自分はおろか、名前まで殺されてしまうからだ。
「三途はそこで見てて」
にこ、と不敵な笑みを浮かべて、マイキーは名前の服に手をかけた。
そこから先の光景は地獄でしかなかった。
家に帰った俺は、部屋の扉を背にずるずると座り込む。
まさか名前がマイキーのお気に入りとは。
この先、ずっとこんな地獄が続くのか。
絶対の忠誠を誓った王のお気に入りに手など出せるわけもない。
守りたくて、遠ざけていたというのに。
俺はいつも飲んでいるクスリを多めに飲み、目を瞑り、しばらく座り込んでいた。
薄っすらと目を開けると、目の前に夕日に照らされた名前がいた。
辺りを見回せば、そこは闇しかなく、名前のいる場所だけが夕日に照らされていた。
「名前……」
名前の姿は、12年前のあの頃のまま。
「”無垢の信頼心は、罪の源泉なりや。”」
あの日何気なく交わした会話の中で出た、小説の一節。
「人を信用しすぎるな、ってことかな?」
そして名前は困ったように俺に微笑みかけるのだ。
そうか、そういうことか。
今ならその言葉の意味がわかる気がするよ、名前。
「ごめんな……ごめん……」
暗闇に消えていく名前に向かって俺は手を伸ばす。が、それは空を掴み、力なく床へと落ちた。
無垢の信頼心は、罪の源泉なりや。