*灰谷兄弟*
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その日、私はいつものように六本木のバーでバイトをしていた。
私の働いているバーは割と入り組んだ場所にある為、知る人ぞ知る、という感じのもので、常連さん以外はあまり来ない。
そんな常連さんの中で一際目立つ人がいた。
紫色の髪に、高級そうなスーツ。頼むお酒は高いものばかりの、とても顔の整った高身長の男性。
きっとなんでも完璧にこなすんだろうな、といつも思っていた。が。
「兄貴、帰ンぞ」
「まだ飲めるって~」
「完全に酔っぱらってんじゃねえか。明日の仕事どうすんだよ」
「竜胆やっといて」
「はぁ!?」
弟らしき人に腕を掴まれながら、駄々をこねる彼。いつもの姿とのギャップに驚いている私に、マスターが声をかける。
「彼、名前ちゃんがいないときはいつもあんな感じなんだよ」
「そうなんですか?というかなんで私がいないとああなるんですか」
「うーん……。格好つけたいんじゃないのかなぁ」
そうマスターは言うが、私は今日はいるわけで。それなのに彼は泥酔してしまっているし、何かの間違いだと思いながら私は黙々とグラスを拭く。
「あれ~?名前ちゃんじゃーん」
突然目の前に彼が現れる。驚いて危うくグラスを落とすところだった。
「あの、何か御用でしょうか」
「んー?今日も可愛いなーって」
「はぁ?」
「俺、名前ちゃんのこと気に入ってるんだよね」
ヘラヘラと笑いながら言う彼に、私は苛立ちを覚えていた。
私は普段の彼に憧れを抱いていた。いつも落ち着いていて、余裕のある彼。いつか話してみたいと思っていたのに、まさか初めての会話がこんな状況だなんて。
私は怪訝な顔で、「そうですか」とだけ言い、拭き終わったグラスを片付ける。
「名前ちゃん冷たいなぁ」
「いーから帰ンぞ兄貴!明日の仕事はデケェ仕事なんだって何回も言ってんだろ!」
「名前ちゃんと話したいからヤダ」
彼の腕を掴みなんとか店から出そうとする弟さん。だが彼は頑として動かない。そんな様子を私は見ながら、弟さんは苦労人だなぁと思っていた。
「くっそ、ダメだ」
弟さんは舌打ちしたあと、スマホを取り出す。
「おい三途!テメェ今すぐいつものバー来い!あ?嫌とか言ってんじゃ……切りやがった」
どうやら友達を呼ぼうとしたらしいが、それは失敗したようだ。弟さんは項垂れながら、「もう知らねー」と言ってバーを出ていこうとする。
いや待て、この人彼を置いていくつもりなのか?それは困る。
「あ、あのっ、弟さん帰っちゃいますよ」
私は目の前でニコニコしている彼に言うが、彼はどうでもいい、といった様子で全く帰る気配がない。マスターに目線を遣り助けを求めるが、「無理」と言われてしまった。無理ってなんだ無理って。
こうなったら一か八かだ。
「帰らないならもう二度と話しません」
「マスター、お会計」
早かった。
さっきまで駄々をこねていたとは思えないほど、帰る決断が早かった。
会計を済ませた彼は、私に笑顔で手を振り、バーを出ていった。
数日後。
バイトが終わり、裏口からバーを出ると見覚えのある人物が煙草を吸っていた。
それは先ほど帰ったはずの、例の酔っぱらいの彼だった。
「あ、名前ちゃん」
私に気付いた彼はにっこり笑って手を振る。私は軽く会釈をして、早足でその場を去ろうとした。が、彼に道を塞がれてしまった。
「あの、通してください」
「名前ちゃんが一緒に飲んでくれるなら通してあげる」
「……また酔ってるんですか?」
「どうだろうね~?」
これは酔っている。絶対に酔っている。
できるならこんな酔っぱらいの彼なんて見たくない。私の前では綺麗なままの彼でいて欲しい、なんていうのは私のわがままなので、とても本人には言えない。
でも正直、酔っているとはいえこんなに綺麗な顔をしている人に誘われたら、それを断るのは難しいというものだ。
「……一杯だけですよ」
私はそう言って、彼と共にバーへと戻った。
***
「ほんと、名前ちゃんはかぁわいいよねぇ」
「それ何回も聞きました……」
グラスの氷がカラン、と鳴る。
既に私のグラスは空だが、彼のグラスにはまだウィスキーが残っていた。
一杯付き合う、と言ってしまった以上、彼が飲み終わるまでは帰るわけにはいかない。
「名前ちゃん、俺と付き合わない?」
「付き合いません。いいから早く飲んでください」
ひどいー、と言いながら、彼はウィスキーを飲み干す。
どうせ色んな女の子に「可愛い」とか「付き合って」とか言っているに違いない。
そう考えると、少し、本当に少しだけ、胸が痛んだ。
席を立ち、お会計を済ませようとすると、すかさず彼がカードをマスターに差し出した。
「奢るよ、俺のわがままに付き合ってもらったんだし」
にこり、と笑って、彼は会計を済ませた。
「奢ってくれてありがとうございました。それじゃあ」
「待って待って!もうかなり遅いし、送ってくよ」
踵を返して帰ろうとする私に声をかける彼。
確かに、もう大分遅い時間な為、一人で帰るのは少し怖かった。
「じゃあ、お願いします」
そう言うと、彼は私の隣にぴったりついて歩き出した。
何故こうも距離が近いのか。
私はそんな疑問を抱きつつも、少しだけ心臓が高鳴っていた。
「名前ちゃんは彼氏とかいるの?」
「聞いてどうするんですか」
「好きな子に彼氏いるかどうかは気になるでしょ?」
平気でそういうことを言ってくる彼に、軽くうんざりしながらも私は、「いません」と短く答えた。
「じゃあ俺と付き合っても問題ないね」
「どうしてそうなるんですか……」
どれだけポジティブなんだこの人は。別に私は好きともなんとも言っていないというのに。
確かに、素敵な人だとは思う。美形だし、スタイルもいいし、紳士的だし。今だってちゃんと道路側を歩いてくれている。
あの酔っぱらった姿を見なければ、きっと私はこの人に恋をしていただろう。いや、本当はもう好きだったのかもしれない。
「ここで大丈夫です。もうすぐ家なんで」
軽い会釈をして、私は彼に背を向ける。すると、突然彼に後ろから抱きしめられた。
「なっ、何するんですか!」
「俺、本気で名前ちゃんのこと好きなんだけど、なぁんで伝わんないかなぁ」
いつもと違って真面目なトーンで言う彼に、思わず胸が高鳴る。
なんで伝わらないも何も、真面目そうに思えないからだ、と言いたかったが、今の彼はどう考えても本気だ。
私が何も言えずに黙っていると、彼が私の頬に自分の頬をすり寄せる。
「名前ちゃんは俺のこと嫌い?」
「き、嫌い、ではない、ですけど……」
「じゃあ好き?」
何故その二択しかないのか。
酔っぱらったテンションで言っているのかとも思ったが、今の彼が酔っているとは思えなかった。バーではあんなに酔っていたはずなのに、なんで。
「まさか、酔ったフリ、してました?」
「あ、バレた?」
「なんでそんなことしたんですか。印象悪くするだけですよ」
「そうでもしないと会話のきっかけがなかったから。で、好きなの?」
耳元で甘く囁くように言われ、私の鼓動はどんどん早くなる。
好きか嫌いかの二択しかないのなら、それは好きなのだが、この感情が果たして本当なのかどうなのかが自分でもわからない。
でもこのまま黙っていても、彼は離してくれないだろう。
「……普通にしてるときは好きです。酔ってるときは、その……」
「じゃあ俺、ずっと普通にしてるから、付き合ってくれる?」
そんなことできるのだろうか。でも酔っているフリをしていた、というのなら、この間の姿ももしかしたら嘘だったのかもれない。
いや、待て。マスターが私がいないときはいつもああいう感じ、と言っていた気がする。
「私がいないときは酔っぱらうんですよね?」
「うん。でもたまにだよ?」
「否定しないんですね……」
私は小さく溜息をつき、ひとつだけ提案をした。
「別に酔ってもいいですけど、人に迷惑はかけないでくださいね」
そう言って、彼の腕から離れ、後ろを振り返る。
「名前、なんていうんですか」
「灰谷蘭」
「じゃあ、蘭さん。さっきの提案を受け入れてくれるなら、お付き合いします」
「名前ちゃんのお願いならなんでも聞くよ」
にこり、と笑って私の提案を簡単に受け入れる彼に少し驚きつつも、私は何故か喜びに満ちていた。
「約束です」
そう言って、私は彼の頬に口付けた。
酒は天の美禄
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