*灰谷兄弟*
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彼とはどこにでもあるような平凡なバーで出会った。
薄紫色の髪に、青いメッシュ。高級そうなスーツや腕時計。
どう考えてもこんなバーよりももっと高級なバーが似合うのに、なぜこんなところで一人で飲んでいるのか不思議で仕方なかった。
私はカクテルを飲み干して、ちらりと彼の方を見る。すると彼と目が合った。
「自棄酒でもしてんの?アンタ」
彼は半笑いで言う。
「違います」
言い切って、私は先ほどと同じカクテルを頼む。
図星だった。彼氏に振られ、仕事ではミスを連発し、上司からはセクハラされ、もう散々だ。という話を、先ほどまで居酒屋で友人に話していた。
今は少し落ち着いたため、こうしてバーでひとり飲んでいる。
「マスター、お会計」
私が席を立つと彼も席を立ち、「奢る」と言って、私が何か言う前にカードでさっさと支払いを済ませてしまった。
なんということだ。さっき会ったばかりの見ず知らずの男に借りを作ってしまった。これは後々面倒になるに違いない。ああ、本当に今日は厄日だ。
「あ、ありがとうございました……」
バーの外で彼に頭を下げる。彼は私をじっと見つめると、ゆっくりと近付いてくる。
「ちょっと付き合え」
「は?」
そう言って彼は私の腕を掴んで歩き出す。なんとなく、この後起きることは予想できた。
彼に連れてこられたのは、高級なラブホテルだった。
やっぱりこうなるのか、と思い溜息をつく。そりゃ何もないのに奢るわけがない。きっとこうやって何人もの女をたぶらかしてきたのだろう。顔イイし。
そんなことを考えているうちに部屋に着いてしまった。
こういったパターンで男と寝るのは何も初めてではないため、特に嫌ともなんとも思わなかった。いや誇れることではないのだが。
そうして私は、名前も知らぬ男と一夜を共にした。
***
昨晩のことは夢だったのだろうか。あんなに顔がよくてお金持ちそうな男と、こんなただのOLの私が一夜を共にするなんて夢以外に考えられない。
仕事中、そんなことをずっと考えていると、スマホが鳴った。画面を見ると、彼の名前が表示されていた。
『今夜、あのバーで』
そんな短文のメッセージだった。昨晩のことは夢ではなく現実だった、間違いなく。
彼の名前は「灰谷竜胆」。それしか彼については知らない。名前と連絡先以外のことを聞いても何も教えてくれなかった。
「業務連絡かよ……」
ボソリ、と呟いて、私は憂鬱な気分で仕事に戻った。
***
結局来てしまった。別に約束というわけではないし、彼と恋人同士でもないのに、なぜ来てしまったのか。
そんなことを思いながら、私はバーの門を開いた。
その日から、彼――――竜胆から頻繁に連絡がくるようになった。
連絡、と言っても「バーで待ってる」といった短文のメッセージのみで、会っても特に何か会話があるわけでもなく、バーで飲んだ後にホテルで身体を重ねるだけの関係だった。いわゆるセフレだ。
「業務連絡しか来ないじゃんかよぉ!なんなんだ、もう!」
「あんたさっきからそれしか言ってないわよ」
私はまたもや居酒屋で友人に愚痴を聞いてもらっていた。友人は「またか」といった顔をしているが、なんやかんや付き合ってくれている。
「出会って数分よ!?数分!なのにいきなり奢られて!今じゃ立派なセフレよ!?」
「そりゃ謎だけど、イケメンなんでしょ?その人。いいじゃない」
「よくないわよ!私はもっとちゃんとした恋愛を……」
言いかけて、ハッとする。これではまるで私が彼を好きみたいではないか。
「ふぅん?あんた、好きなんだ。その人のこと」
「ち、違うわよ!?私はただ別の人とちゃんとした恋愛をしたいだけ!」
慌てて否定すると、友人はニコニコと笑いながら「そっかそっか」と頷く。
私は散々友人にいじり倒された後、居酒屋を出た。友人とは家が別方向なので、居酒屋の前で別れた。
今日はまっすぐに家へ帰ろう、と思った次の瞬間、携帯が鳴った。
***
またやってしまった。流れに逆らえないこの性格をどうにかしたいものだ。
落ち込んだ私を見ても、竜胆は何も言わない。そりゃそうだ。セフレのメンタルなんてどうでもいいに決まっている。
そう考えると、なんだか悔しくなった。
私ばかり竜胆のこと考えてて、いっつも短文の業務連絡みたいなメッセージばかりで、というかなんで私とこんなに頻繁に会うのかわからないし、一体なんなんだ。
「ねえ、竜胆はなんで私なんかとこんなに頻繁に会うの?」
「あ?めんどくせぇこと聞くんじゃねーよ」
スーツに着替えた竜胆が心底面倒そうに言う。まあ、わかりきっていたことだ。今更ショックを受けるほどのことでもない。
そう、思っているのに。
私の瞳からは涙が流れていた。
「もう、もう会わない!!」
そう言って、私はホテルを飛び出した。竜胆が何か言っている気がするが、そんなの知ったこっちゃない。
家に帰ったあと、私はベッドに寝転がりながらスマホを眺めていた。
何回も竜胆に謝罪のメッセージを送ろうと考えたが、何を謝るというのか。たかがセフレが一人いなくなったところで竜胆は困らないだろう。だったらこのまま関係を終わらせた方が私の身のためだ。
「もう疲れた……」
こんなことなら、バーで奢られたときにキッパリ断って、すぐに帰ればよかった。こんなことなら、彼の呼び出しに応えなければよかった。
こんな思いをするくらいなら、好きにならなければよかった。
スマホの着信音が鳴る。
友人からだろうか、と思いながら画面を見ると、竜胆と表示されていた。
どうしよう、もう会わないと決めたのに。
私の心は揺れていた。会ったらきっとつらいことしかない。もう関係を切るべきだ。
そう考えていたのに、私はつくづく馬鹿な女だと思う。
「はい……」
私は、竜胆からの電話に出た。
***
「ここ、って結構高級なホテルなのでは……?」
竜胆に指定された場所は高級ホテルだった。
こんな場所に来たことなんてなかったし、そもそもこんなところに来るとは思ってなかったので、私の服装はその高級ホテルにはそぐわない恰好だった。
「いやいや無理帰って服を……」
「何してんだよ」
私が踵を返して帰ろうとした瞬間、後ろから声をかけられる。
そこにはいつも通りのスーツ姿の竜胆がいた。
「いや……服を、変えようかと……」
「んなことどうでもいいだろ。入ンぞ」
「ちょちょ、待って待って!ほんとにこんなところ入るの!?」
「うるせェ黙れ」
私は竜胆に引きずられるようにして、ホテルへと入った。
エレベーターはどんどん上へと上っていく。
なんで私はこんなところに連れてこられたんだ。まさか何か怪しい取引とかの現場に連れていかれるのだろうか。
悪い予想ばかりしていると、チン、とエレベーターの止まる音がする。
そして竜胆が部屋の扉を開けた。
ああ、さようなら、私の平穏――――。
「……え?」
そこには信じられない光景が広がっていた。
眩い夜景。広い部屋。広いベッド。部屋も二つ。
これは、俗にいうスイートルームなのでは……?
「あの……これはどういう……?」
私がぎこちなく問いかけると竜胆は私の顎をくい、と持ち上げる。
「お前、俺の女になれ」
「……は?」
「お前の為にこの部屋用意したんだぜ?それに俺、お前のこと気に入ってるし」
それはどういうことでしょうか、と尋ねる前に、唇を塞がれる。
私は軽くパニックになりながら、なんとか竜胆の言葉を理解する。
「お付き合いをしてほしいと……?」
「言わなきゃわかんねェのかお前」
「わ、わ、わっかんないわよ!!」
半ば叫ぶように言って、私は竜胆から離れる。
しばらく私は自分の心を落ち着ける為に、夜景を眺めていた。
そして深呼吸をして、竜胆へと向き直る。
「私の方こそ、不束者ですがよろしくおねがいします!」
そう言ってから、これは堅苦しすぎるのでは?と思い、またもや恥ずかしくなり、夜景を眺めることにした。
すると竜胆が私を後ろから抱きしめる。
「じゃ、これからよろしくな、名前」
耳元でそう囁くように言われ、私は更に恥ずかしくなるのだった。
***
「不思議だったんだけど」
「何が」
「なんで私なんかと何回も会ってたのよ」
「バーで一目惚れしたから」
「サラっと言うことなのそれ……」
深みへ堕ちる