*佐野万次郎*
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私は本当に平々凡々な人間だと思う。
勉強も運動も平均的。顔もスタイルも特段良いわけではない。
だから私はあの人に釣り合わない。だから私はあの人を好きになってはいけない。だから私は――――。
「お前、8月3日の祭りって来ンの?」
「はい?」
たまたま公園で遭遇した同じクラスの佐野くんに、明後日の祭りに来るかどうかを聞かれた。私は数秒固まった後、「なんで……?」と問い返した。
「俺のダチに来るかどうか聞いてきてくれって頼まれたから」
「あ、あぁ……」
ダチとは誰のことだろうか。そしてなんでその人は私がお祭りに行くか否かを知りたいのだろうか。
「(佐野くんが私と一緒に行きたい、とかじゃないんだ)」
そんなことを思い、私はすぐに我に返る。
期待なんてしてはいけない。佐野くんにとって私はただのクラスメイト。むしろ認識されているだけすごいことなのだから。
「一応、行くよ?友達と一緒に」
嘘はついていない。友達が最近彼氏に振られたとかで、憂さ晴らしに祭りへ行こうと誘ってきたので、私は渋々了承したのだ。
本当は行く気はなかった。どうも祭りのあの喧噪は好きになれない。
「そっか。じゃあダチに伝えとくわ」
そう言って佐野くんは去っていく。私は小さく手を振りながら、その背中を見ていた。
期待なんてしちゃいけない。私は彼を好きになってはいけない。
だって、彼は私のことなんてなんとも思ってないに違いないのだから。
***
8月3日、お祭りの当日。
せっかくだからとお母さんに言われて、私は仕方なく浴衣に袖を通した。慣れない格好と下駄でとても歩きづらい。
友人と合流した私は、二人で出店を見て回り、なんやかんやでお祭りを楽しんでいた。その最中、私はふと佐野くんの友達のことを思い出した。
「そういえば、一昨日佐野くんに妙なこと聞かれたんだよね」
隣で金魚すくいに悪戦苦闘している友人に、その佐野くんの友達のことを話す。
友人は、三度目の正直!と言って三回目の金魚すくいを始める。こいつは人の話を聞いているのだろうか。憂さ晴らしに付き合っているのだから、少しはこっちの話も聞いてもらいたいものだ。
「……話聞いてます?」
「うあー!ダメだぁー!」
三度目の正直は叶わなかったようだ。
私が小さく溜息を吐くと、友人は「聞いてる聞いてる」と軽く言って立ち上がる。
「その佐野くんのダチ?って、本当に存在するの?」
「どういうこと?」
「いや、わかんないけどさ、もしかしてそれって佐野くんが――――」
途中まで言って、友人は固まってしまった。何があったのだろう。金魚すくいで金魚をすくえなかったのがそんなにショックだったのだろうか。
「ちょ、ちょっとどうし――――」
「ごめんこっから別行動で!」
「はぁ!?」
そう言って友人は人込みの中へ消えていった。一体何がどうしたというのか。その場で呆けていると、友人からメールがきた。
―元カレ発見!しばいてくる―
なんて物騒なメールだろう。友人の元カレよ、安らかに眠り給え。
私はそんなことを心の中で呟き、一人で見て回ってもつまらないと思い、お祭りの会場を後にしようとした。
「いっ……」
途中、足の親指と人差し指の間に激痛が走る。下駄を脱ぎ痛んだ箇所を見ると、見事に靴擦れしていた。
これは困った。絆創膏などは持ってきてないし、こんなところに売っているわけもない。
「(仕方ない、我慢しよう……)」
私はなるべく痛まないよう、足を庇いながら歩く。この人混みの中をこんな状態で歩くのはなかなかに難しい。
「あ……っ」
案の定、私は大柄な男の人の肩にぶつかり、その場で転んでしまった。
ぶつかった相手は私のことなど気にも留めず、人混みの中へと消えていく。周りの人も、私のことを見はするものの、特に気にせずに歩いていく。
なんだか、すごく惨めで、今すぐに走り出して一人になりたかった。だけどチリチリと痛む足がそれを許さない。
私はゆっくりと立ち上がり、足を引きずるようにしてお祭り会場を後にした。
***
会場裏の駐車場で私は座り込み、一人泣いていた。
佐野くんの言っていた友達は一体なんだったのかわからないし、友人は元カレを追いかけて消えるし、靴擦れで足は痛いし。
もういやだ。来なければよかった。
ぽつ、ぽつ、と雨が降り始める。最悪だ、本当に。
「(佐野くんと一緒に、来たかったなぁ)」
雨に打たれながら、私はそんなことを考えていた。
私なんかじゃ佐野くんと釣り合うはずないのに。過ぎた願いだ。
それでも、それでも私は佐野くんのことが――――
「やっと見つけた」
「え……」
土砂降りの雨の中、私の目の前に現れたのは佐野くんだった。
どうしてここに?という疑問を抱いたが、すぐに友達のことだと理解する。
「あ、えっとね、佐野くんの友達なんだけど、なんか、会えなかった」
なんでだろー?などと言いながら、私は笑う。雨が降っていてくれてよかった。泣いていることがバレないから。
「……とりあえず、あっち行こう」
「あ、うん……」
私と佐野くんは、近くにあった木の下へと移動した。移動している途中、靴擦れがチリチリと痛み、無意識に足を引きずっていた。
「足」
「え?」
「見せて」
佐野くんはそう言うが否や、私の足に触れ、下駄を脱がせる。
私は突然の出来事に頭が完全にパニック状態となり、「いやっ、汚いというかあの、大丈夫なので!!」と早口で言い、足を引っ込めようとする。が、佐野くんにがっしりと掴まれてしまった足は引っ込めることができず、結局されるがままとなってしまった。
「靴擦れしてんじゃん。絆創膏とかないの?」
「うん……」
「じゃあ俺そこのコンビニで買ってくる」
「あ……待って!」
その場から去ろうとする佐野くんの服の裾を、私は掴んでいた。
ただ心細いからという理由で呼び止めて、どうするというのだろう。
佐野くんは私に特別な感情なんてなくて、ただの善意でこうしてくれているだけだというのに。
そう考えると、自然と裾を掴んでいた手は離れた。
「絆創膏、大丈夫だよ。家そんなに遠くないし、歩けるから」
そう、大丈夫。私は、大丈夫。だから泣いたりなんてしない。
私は零れそうになる涙を拭い、歩き出そうとする。
すると、今度は佐野くんが私の腕を掴んだ。私が驚いた表情で佐野くんを見ると、「俺が大丈夫じゃないんだけど」と言われ、木の下へと戻された。
「俺のダチ、今日は来ないんだ」
「え?」
「つーか、ダチにお前が祭りにくるかどうか聞いてくれ、なんて頼まれてなくてさ」
「えぇ?」
どういうことだ。意味が分からない。
首を傾げている私を見て、佐野くんは困ったように笑う。
「本当はもっと早くに来るつもりだったんだ。それで、偶然を装ってお前に会おうと思ってたんだけど、見つかんなくて」
「ち、ちょ、ちょっと待って!」
私は佐野くんの言葉を遮るように、両手を前に突き出してストップをかける。
佐野くんの友達は私が祭りに来るかどうかを聞いてくれとは頼んでなくて、むしろその友達は来なくて、佐野くんは私に偶然を装って会おうとしてた……?
だめだ、情報量が多くてまとまらない。要するにどういうことなんだ。
「……つまり?」
「つまり、俺のダチがお前に祭りにくるかどうか聞いてくれって頼んできた、っていうのは嘘。本当は俺がお前と祭りに来たかっただけ」
ドキン、と心臓が大きく跳ね、顔が一気に赤くなっていくのを感じた。
ここまで言われて、期待するなという方が無理な話だろう。
「さ、佐野くんは、なんで私と一緒にお祭りに来たかったの……?」
絞り出すような声で佐野くんに問いかける。
私と佐野くんの間に少しの沈黙が訪れる。聞こえるのは雨の音だけ。
「好きだから」
私の世界から、雨の音だけが消えた。
今まで私はこの人を好きになってはいけないと思っていた。釣り合わない、と。最初から諦めていた。
「わたし、も」
閉じ込めていた感情が、どんどん溢れ出してくる。ずっと閉じ込めて、見ないふりをしていた感情。
――――佐野くんが、好き。
「私も、佐野くんのことがずっと、ずっと好きだった……!」
今までの想いを精一杯乗せて、私は自分の気持ちをぶつけた。
佐野くんはにこりと笑うと、私を抱き寄せる。
「じゃあ、お前……名前は、今日から俺のカノジョな?」
私は佐野くんの背中に腕を回し、強く抱きしめる。
「うん……っ!これからよろしくね」
降りしきる雨の中、私と佐野くんは口付けを交わすのだった――――。
心の扉に鍵をかけたの